どの位の時をそうしていたのか、震えの落ち着いたサンジ君がゆっくりと唇を動かした。音はない、唇だけの動き。
〝仲間以上には、見てくれないんですか?〟
それにごめんと答えて俯くと、そっと私から手を離したサンジ君が、期待を残さないところは優しいんですかねなんて、泣きそうな顔で笑う。それから逃げようとした時、腰を強く抱かれて逃げ損なってしまえば、当然のように重なる唇。
突然の暴挙に反射的に抵抗するが、圧倒的な筋肉量の違いの前では全くの無意味。それ迄の怯えや縋るような弱々しさは演技だったのでは無いかと叫びたくなる程に、優しさの欠片も無い口付け。
ただ奪う為だけに私に襲い掛かる。喉の奥まで舌を差し込まれ、痛い程に吸われ、たっぷりと注ぎ込まれた蜜を飲まされてしまう。
何度も逃れようと首を振っては、追いかけて来るサンジ君の唇に捕らわれ、更に強く貪られる。その時に感じたのは明らかなる〝怒り〟の感情。
でも、その怒りの理由が分からない。唾液に塗れた私の唇を舐めながら、サンジ君は問い掛けて来る。
「ナミさんは男を何だと思ってるんですか」
「……!少なくとも、私は仲間でも家族でも無い男に、こんなに無防備にはならないわ。……サンジ君は、仲間でしょ」
私の言葉にサンジ君の腕から力が抜ければ、その隙に逃げるようにその場を去る。そのまま全てを忘れたいと願いながら、アクアリウムで1人酒を口にすれば心が落ち着いてきた気がした。
……仲間以上には、見れないわよ。私は、ルフィに全て捧げてるし、何より私はルフィにしか触れられたくないと願ってしまっているのだから。
ストレートの状態のままで、用意してもらったお酒を呑んでいたら、自然と唇が動いて歌が零れる。何かあると、脳内で繰り返し歌って来たこの歌は、まだ譜面には起こしていない。
これを歌うと、アーロンに囚われていた頃を思い出してしまうのよね。だからって訳じゃないけど……その頃は歌ってる場合じゃなかったし、それ以降は歌う勇気が持てなかった。
「馬と鹿」
普通ならば、バカと言う意味なんだろうけど、実際はどうなんだろう。この人の歌は、色々な意味で意味深なのよね。
「ーーー」
心に効く麻酔なんて無いから、それなら何も薬なんて使いたくなかった。私だけ楽になるなんて、許されないと思っていたの。
もしも皆が許してくれても、きっと私自身が許せなかった。苦しいくらいじゃ無ければ、この世に自分が存在する事を、自分に許せなかったのよ。
「ーーー」
それなのに……卑しくも、生きていたいと願う自分がいた。諦めたくないと、足掻こうとする自分が居たのよ。
夢を見ていた。大切な人と笑い合い、壮大な夢に向かい船に乗る自分の姿を。
「ーーー」
冷め切れない心を持て余して、涸れてくれない涙を溜め込んで……。独りで、歌う事さえ忘れて居たの。
「ーーー」
ぶつけられる憎しみの視線と、与えられる現実という鎖。肉体と心に与えられる痛みに、多くのものを無くして……その果てに漸く残ったものは〝魔女〟である自分だけ。
「ーーー」
ベルメールさんとノジコから与えられたそれを愛と呼ばないのであれば、何と呼ぶのか。けれども私は知らなかったの、村の人達が何を想ってくれていたのかを。
演じているのは、自分ばかりだと思っていた。残酷な優しさが私を包んでいるなんて、気付けていなかったのよ。
「ーーー」
ずっと私は、呼んで欲しかった。ただ1言……私の名を。
教えて欲しかった。知ってて、信じて待っててくれてるのだと。
知っていたら、諦めたくなる事も無かったと思う。何か理由が無ければ、生きる事そのものが私にはどうしたって苦痛だったから……。
「ーーー」
ルフィが、皆が助ける為に動いてくれて、漸く知った村の人達の想い。呼吸が止まるんじゃないかなって、そう思う程の衝撃。
見えてなかった真実。認めたくなかった、現実と言う残酷な運命。
「ーーー」
あの時の感情が、痛みだというのならば、私はその痛みを忘れたくない。これから先も、ずっと抱えて生きたいと思う。
左肩が、僅かに熱を持った気がした。家族を表す刺青が……私自身が生きる事を認め始めた何よりの証となると、あの時は確かに思ったの。
「ーーー」
ハミングと言うべきか、なんと言うべきか。色々な感情を乗せて声を音にする。
間奏の筈のその時を利用して、そっとグラスに口をつけて、脳内で流れるメロディに合わせてリズムをとる。今なら歌えるし、今なら聞かれても酔っ払いの歌でしかない。
「ーーー」
もう疲れたと思っても誰にも言えなくて、苦しいと思っても表に出せなかった。それをきっと瞳だけは偽れなくて……それを隠す為に私は、感情そのものを殺す事を選んだの。
その事に少しも後悔は無い。大切な人達だから、彼等が生きてくれるならそれだけで良いと……心の底からそう思って、治る予定もない傷跡を隠して歩いていた。
「ーーー」
だと言うのに、その片鱗を落としていた。多分……誰かに気付いて欲しかったのね。
甘えたかったんだと、今なら分かる。助けを求めるのが怖かったのに、誰かに助けて貰う事を夢見ていたの。
私はなんて卑しく、なんと情けないのか。自分も含めて、世界の誰も信用なんてできもしなかった癖に。
「ーーー」
まだ歩けるかなと確かめるように踏み出した足は、いつもしっかりと地を踏み締めた。それだけ、生きようとしていたのだろうけど。
1人となる度に人のいない事に安堵しながら転がった草の上で、その芝生を濡らしていたのは本当に夜露だったのだろうか。本当は、私の涸れてくれない涙だったのではないのかな。
「ーーー」
時間が無い。休んでる暇なんてないと自分に言い聞かせて、動き続けた。
何度も諦めて投げ出したくなったけど、大切な人達の笑顔を思い出しては首を振って立ち上がった。終わるにはまだ早い、私はまだ生きていると。
「ーーー」
誰も悲しませたくなくて微笑んだのに、それさえ上手く出来ていなかった。心配する家族に、涙を耐えるのが精一杯だった情けない自分。
「ーーー」
願う事はただ1つ。生きていて欲しい。
大切な人を守れるだけで……それだけで良かったのよ。自分の存在なんて、消えてしまえば良いとずっと呪ってきたから。
大切な人達に、生きていて欲しいと本当にそれだけを願って存在していた。そしてそれは、きっと今も根本は変わらない。
「ーーー」
それなのに、くだらない願いがどうしても消せなかった。私も生きて、自由になりたいと。
私として、ナミちゃんの代わりではなく、私自身としてこの世界で生きたいと……そう、愚かにも願ってしまう自分がいた。それが、許せなくて……でも、今はそれを願わない事の方が許されないと知ってるの。
「ーーー」
何に例えたら正しいのかな。皆と私を表すには。
でもきっと、本当は分かってる。何に例える事も出来ないんだって。
「ーーー」
さぁ行こう。怯えて震えていても、目の前にある現実は変わらないから。
蜜柑の花も私の背を押してくれる。だから、迷う事なんてきっと必要無いのよ。
「ーーー」
これが仲間達からの愛で無ければ、何と呼ぶのか私には分からない。共に生きて、私として進んで欲しいと言ってくれる人達。
「ーーー」
呼んで、私の名を。私でなければ駄目なんだと、優しく笑って欲しいと願ってしまうの。
「ーーー」
愛しい人からの優しい温もり。それでもしも呼吸が止まるのなら、それでも構わない。
「ーーー」
これ迄に負ってきた傷は治らなくていい。痛みも消えなくていい。
それは全て、私が私として生きて歩んで来た何よりの証だから。ここに居ても良いと認めて貰えた私の、それが等身大の姿だから。
「ーーー」
余りにもくだらない願いが、今も胸の中から消えない。壮大過ぎる夢を……大切な人達が生きるこの世界で、叶えたいという願いが。
歌い終えたその時、背後から抱き締めてくる温もりに、体がビクリと反応する。振り向けばそれはルフィで、どうしたのかとじっと見つめていれば微かに体を動かされて、そっと重ねられる唇。
何がルフィの琴線に触れたのかは分からないけど、ルフィにされる口付けは好きだったりするから、つい悦んで受け入れてしまう。獰猛な舌が私の舌に纏わりついて、引き抜かんばかりの勢いで吸い上げる。
苦しさに身じろいだ首筋を逃がすまいとするように添えられた指が、私の髪を軽く引っ張る。獣じみた舌遣いも、少々乱暴な仕草も、珍しいなとは思っても全てが愛しくて、自らルフィを求めて口元が濡れるのも構わず、存分に舐め合う。
荒い息ばかりの長く蕩けるような口付けの甘さに溺れている間に、ルフィの手が巧みに私の服を脱がせて行く。それに慌てて待ったをかけようとしたけど、アクアリウムのソファに押し倒されてしまえば、止まる気が無いと気付いてしまう。
指先で乳首を弾かれただけで体は呆気なく陥落して、私の吐息を耳を塞ぎたくなる程に媚びた喘ぎへと変えてしまう。見る間に芯を持ち、ツンと尖ったそこを押し潰されて、背をたわませれば自然と胸を突き出す形になる。
「ナミ、欲しいんだな」
チュッと音を立てて離れて行きながら、そんな言葉を放たれてしまう。その唇が細く光る銀糸を引いて、それさえ惜しいと視線が追ってしまえば、ルフィの唇が笑みを形作る。
それと同時にルフィの舌が喉元を通り過ぎて、期待に震える胸飾りへと向かう。既に恥じらいもなく色付いた粒を甘噛みされて、舐るように転がされては呼吸が1気に乱れる。
それにより下肢が濡れてるのが、触ったりしなくても分かってしまう。ルフィを身体が求めている。
それにより恥ずかしくて両手で顔を隠せば、ルフィの呆れたような声が降ってくる。でも……耳まで、熱い。
「顔隠しても、仕方ねェだろ」
「……だって、私……も、無理。恥ずかし……」
「大丈夫だ。ナミは何してても、大概可愛いだけだからよ」
私は悶死寸前なのに、ルフィの指がルフィを求めて濡れているそこに差し込まれていた。それによりクチュリと音が聞こえてしまえば、顔だけでなく全身が発火する。
それなのに、私の体は羞恥にも反応してしまうのか入り込んでる指を歓喜の蠕動で持って締め付けてしまう。それによりいじめっ子モードに入ったルフィが、わざと音を響かせるから、私から甘えたような鼻にかかった声が漏れ出す。
「ルフィ……!音、わざと……!やぁ……んっ!ルフィなんか、もう、知らなっ……!」
「ごめん。でもよ、ナミが悪い」
「んっ……ぅ?」
「1人で俺に愛を歌って、俺を誘惑した」
「そんな、の……知らなっ……!」
だってさっきの歌は、家族と村の人達を想っていたんだもの。でも……そっか、聞かれてたのかと何処か静かな心で思う。
会話の間も思考の波に沈めないようにか、ルフィの指は私の中を蠢いて、卑猥な水音を響かせて来る。それに憤死しない自分を褒めてあげたい気分になりながら、抵抗するなんて選択肢は私には終ぞ出現しないのだ。
それを分かってて、ルフィは私に責任転嫁を続ける。それも真顔で。
「笑った顔は綺麗だし、泣いた顔は可愛いし、怒ってる顔はカッコイイ。俺はどんなナミにも俺は欲情するんだから、もう仕方ねェだろ」
「ルフィが、変なのよっ!確かにナミちゃんの身体は美しいし、顔も可愛いけど中身は私なんだか……ら……」
「ナミちゃんの身体は美しいし、顔も可愛いけど、中身は私……?」
ルフィが私の言葉を繰り返す。私は自らの失言と空気の変わったルフィのそれに、血の気が引いて行く。
恐らく私は、文字通り紙のように白い顔をしてるだろう。どうやって、誤魔化せば……?
「詳しく、話を聞きたいな……?」
「……不思議現象で、私は未来を見てたから、なんか他人事に思える事が時々あるのよ」
「なんだそっか。なら仕方ねェよな」
「うん」
「よし、続けるか」
「うん!……へ?」
「よし、ゲンチは取ったぞ!俺はナミが欲しい。ナミの身体は俺を求めてる。ここには2人だけ。ナミの了承も得た。ほら、後は喰うしかねェだろ」
そう言ってにししっと笑ったルフィに、力が抜けて私は愚かにも頷いてしまった。それにより何が待っているのかなんて、考えるだけの精神的余裕は私に残されていなかったのだ。
この先、私の全力の裏になります。苦手な方はこの先2話、読まずに飛ばして下さい。