エースの震える体を抱き締めた状態で、私は言葉を紡ぐ。ここで話す事をやめたら、知ってる事を告げただけで何1つ解決には向かわないから。
「エースがどれ程拒んでも、その体を流れる血を消し去る事は出来ないのよ。そして、その事を海軍の上層部は既に掴んでいるの」
「まさか……ジジイが!?」
顔を上げながら放たれたエースの言葉に、私は無言で覇気を纏わせた拳を脳天に叩き落とす。それを押さえて蹲るのを何事も無かったかのように抱き締めて、私は言葉を向ける。
言っていい事といけない事がある。そして、疑うべき相手と、何があっても疑う事さえ許されない相手がいるのよ。
「ガープさんはエースもルフィも可愛くて仕方無いのよ。アレぞ祖父って感じの人なんだから、疑っちゃダメ。あの人の愛は、紛れも無く本物よ」
「ナミ……。ジジイの事も……」
「あの島で、いいえ、あの村でそれを知らずに居られるとは思えないでしょ。それこそ何言ってるのよって話」
村長とガープさんの仲良しな感じで、色々分かろうというもの。それにしても……強く殴りすぎたかなと今更だけど、瘤とか出来てないかなと少し心配になる。
それでも今更ごめんと謝るのもおかしい気がするから、抱き締めている手の先で背中を軽く叩く事で想いを伝えようと試みる。本当に、本題からズレるわねと思いながら。
「……海軍がエースの父親を知っている状態で、仲間を殺す事に躊躇いのない男に負けたら……どうなるかわかるでしょう。手配書の無い男ならば、突き出す事に何も問題なんて無いのよ」
「だけどよ、俺は白髭の……」
言いたい事は分かるけど、それを凌駕できるビックネームなのよ。海賊王ってのは。
その名前に散々振り回されて生きてきたのに、どうしてそんなにも楽観的なのか。どうして、こんなにも思いを伝えるのは難しいのか。
「その白髭海賊団を敵に回して、戦争を引き起こしても構わないと政府が判断するような案件なのよ。だから……お願い、この結果もしも黒髭の話が誤報なら……いい子に船に帰って」
「……ナミ」
「ここに黒髭がいるのならば、私も全力で戦うから。傷付けたくないとか、そんな事言わないわ。家族より大切なものなんて、私には無いから」
「……ナミさんが言うと重い言葉ですね」
サンジ君の声が降ってきて、視線を向けると困ったように微笑まれた。そっと差し出されたのは飲み物で、どうやら全員に配っていたらしいとわかる。
「ありがとう」
エースから手を離してそれを受け取れば、エースも続いて飲み物を受け取り、私が迷わず飲み物を口にしたのを見てルフィが笑う。その笑い方が少し気になって首を傾げるのと、ルフィの言葉が私に向けられるのはほぼ同時だった。
「ナミにとって、サンジも家族なんだな」
「……どうして、そう思ったの?」
思わず飲み物を吹き出しそうになった。だって、1味を家族と同等の大切な存在に想ってるなんて、私1度も言ってない。
ルフィはどこで判断してるのよ!?
「ナミが毒味しねェで食いもんとかを口にするのなんて、俺達が用意したものだけじゃねェか」
何故か返事はルフィでは無くゾロから聞こえて、私はギョッとして視線を向ける。そのやり取りを見聞きしていたマルコさんが突然笑い出し、それに驚いて視線を向けたら妙に優しい声でエースを呼んだ。
「……あんまり〝姉貴〟を心配させるもんじゃねェよぃ。結果がどうあれ、1度親父の所に帰るなぃ?」
「マルコ……わかったよ。……ナミ、ありがとな。それと、サボの事なんだけどさ。ルフィから聞いてねェのか?」
「ブルータス、お前もか」
「は?ブルータス?」
思わず天を仰ぎつつ言葉を口にしていたけど、通じないよね。うん、ごめん世界の違いを痛感したよ。
まぁ日本でも、この言葉は知ってても元になった話は知らないって人多いんだけどさ。歴史の教科書に載ってないから仕方ないのかな。
簡単に言うと騙されて殺された人がいて、その人が多くの人に襲われて絶望している中で漸く味方に会えたと思っていたら、信頼していた義理の息子ブルータス迄もが自分に刃を突き立てた。そうして死ぬ間際に絶望の中で言い残した言葉が、ブルータスお前もか……だったって話なんだけどね。
ならそうね……次回からは古代時代の有名な歴史を小説にして出そうかな。それなら書けるもの。
偶然にも小説のネタを手にした事で、思わずそれを胸元から取り出したメモに書き留めてから、エースに何でもないのよと答えて笑う。それにルフィがそうだった!と言ってエースに飛び付いた。
「サボ生きてんだよ!」
「はァ!?ルフィ、お前頭大丈夫か?」
「だって、ナミがそう言ったんだ!」
その時頭を抑えつつ、マルコさんが嫌そうな顔で問い掛けてきた。
「さっきから聞こえてくる〝サボ〟ってのは、エースの兄弟で間違いない無いのかよぃ?」
「「あァ!」」
ルフィとエースの声が重なり、私は空笑いをするしか無くなる。どうやらその名前から、マルコさんが正体に気付いたらしいと分かってしまう。
マルコさんは呆れたようにエースを見てから、それなら生きてるだろうねぃと言ったので、エースが物凄い勢いで反応する。エースの気持ちも分からなくはないけど、コイツらどうしてこんなにも新聞読まないんだろう。
「こりゃァ……随分と大物な兄弟だねぃ」
「エースも白髭海賊団の隊長ですから、随分と大物って言われてますよ」
思わず返せばマルコさんが小さく笑う。その笑顔が少し無邪気に見えて、何処か誇らしげで本当に船長を、父親を愛しているのだと伝わって来る。
私の知る話ではなかった邂逅と、無かった希望。ここで黒髭を倒せたならば……話は大きく変わってくる。
エースに生きて貰えるなら、多少話が変わろうと構いはしないと思いつつ、私はサボに関する説明をさり気無くマルコさんに丸投げして、川の向こうへと視線を向ける。この先何が待ち受けているのだとしても、私にはそれと対峙する他の選択肢は無いのだから。
船を川岸につけて、それぞれが身支度を整えて行く。サンジ君がどうしても1番やる事が多くなるのに、何故か私とビビが上着を着てるのを見て文句を言う余力があり、全くと思って笑ってしまう。
踊り子の衣装らしいそれは、いつもの服とあまり変わらない気がするのは、恐らく気のせいではない。私がいつもは羽織る上着を無くせば、すなわち踊り子で通るという事だろうか。
確かに動きやすくて武器を仕込みやすいと考えれば、踊り子っぽくなっておかしくは無いけど、今まで気付かなかった。女部屋に戻り荷物の最終チェックをしていた時、背後でドアが閉まる音を聞いた。
「エースの兄弟には、面倒なのしかいねェなぃ」
「それには、マルコさん達も含まれてるのはご存知ですよね?」
突然かけられた声に振り向きながら答えれば、可笑しそうに笑って頷いてくれる。その余裕に、かなわないなと思う。
私達がこの1味から離れる事が出来ないのと同じように、マルコさん達もきっと死んでも尚白髭海賊団を離れる事は出来ないだろう。それが伝わるような穏やかで、暖かい笑顔だと思う。
「あァ、当然だろぃ。白髭海賊団だからねぃ。……それで、手紙の件だが……どうやって未来を知った?」
「新聞や歴史から情報を確認し「それが出来るレベルの話じゃ無かった事は、ナミが1番よく分かってるだろぃ。他のメンバーがいたら言い難いかと2人になるのを待っていたんだ。答えてもらおうか」」
言葉を遮って悠然とした微笑みを浮かべたマルコさんに言われて、私は仕方ないかと溜息を零す。でも、そうなるとどう言えばいいだろう。
シャンクス達に言ったように、夢でしたなんて言って納得してもらえるのか。……死ぬ前に読んでた漫画と似てるからなんて言うよりはマシだろうけど、どちらにしても眉唾ものである事に変わりはない。
それでも無言でいる事は許されないから、私はゆっくりと唇を開く。その唇の隙間からは、妙に凛とした声が発せられる。
「幼い頃から、夢で未来を見る事がありました」
「夢見……?」
「それにより見えるのは、必ず最悪の未来。人が死ぬもののみ」
マルコさんは私の言葉の続きを無言で促してくる。だから私は、それに頷いて答える。
「それの細かい情報は無く、それについては予測したり調べたりする事で、事前準備が出来て、未来を変えられる事に気付きました」
覇気で近くで他に誰も聞いていない事を確認してから、私は言葉を続ける。聞かせたくない言葉だと言うのが理由だけど、何だか悪い事をしている気分になる。
「夢に見るのは、必ず近しい人の死でした。でも、エースの死を阻む方法が分からず、情報欲しさに、夢を遡れないか試して見たのです」
「そこで、サッチの死を見た……か?」
私がその言葉に頷くと、マルコさんは頭を押さえて視線を上に向けた。それが妙に様になるから嫌味だと思う。
「ですが、それは私が自分の母の命を守った後、次第に失われました。今はもう、未来を知る力はありません。それでも……このままではエースが死ぬ。それだけは……」
「そんなに、エースが愛しいかぃ?」
私が迷う事無くマルコさんの言葉に笑って頷くと、気が付いた時にはマルコさんに抱き締められていた。何事かとその顔を見上げれば、随分と警戒心の薄い甘っちょろい姉貴だよぃなんて言われてしまう。
それに少しムッとして、甘くて悪かったわねと言おうと口を開きかけた時、唇が重なった。何事かと思っている間にも口内に侵入してくる舌に、今口を開きかけていたのだと思い出す。
そんな事よりも問題は、妙に冷静に受け止めてて抵抗するのが遅くなった事と、異様に上手い事にある。腰を抱かれているだけなのに、両腕を突っ張ってみようにもそれさえできない程で、この細い体の何処にと言いたくなる程の力で持って動きを封じられている。
動こうとする度に拘束する力が強まり、体が密着する。その体の熱が伝わり、求められているのだと伝わって来る。
だからといってじゃぁどうぞなんて訳にもいかないから、必死で頭を振って逃げようとするけど、頭も後頭部をしっかりと抑えられていては何も出来はしない。それでも、嫌だと思って抵抗しようと精一杯足掻くけど効果がない。
「ふぁ……や……めっ……!」
恐らく角度を変えるために離れた唇の隙間で、声を出してみても、楽しげな瞳が細まるだけで辞めてくれる気配は無い。瞳を閉ざして受け入れるなんてしたくなくて、思いっきりその舌を噛もうとした所で喉の奥まで蹂躙されて、息苦しさで噛む事を許されなくなる。
この人……慣れてる……!
足に覇気を纏わせて蹴りあげようとした所でその足を払われてバランスを崩せば、上半身が机に押し付けられて下半身を突き出すような形にされる。
「んゃ……ぁ!……ルフッ……!」
思わず助けを求めて声を出せば、深く唇を合わせられる。体勢的に無理があるからか、ろくに力が入らない。
ルフィ……!シャンクス、ベック……助けて!
声にならない声で助けを求めた時、マルコさんは突然唇を離して私を解放した。荒い呼吸をしながらマルコさんを見上げれば、1人で納得した様子を見せる。
「成程ねぃ。……冗談じゃなく、ナミだけでも白髭海賊団に来いよ。赤髪とも会えるし、エースを縛り付けてもおける。ナミの望みは叶えてやるよぃ」
「……私の望みは……ここじゃなければ、ルフィの傍じゃなければ叶えられないわ」
私の〝夢〟は、世界地図を描く事。だけど……私の〝望み〟はルフィを海賊王にする事だから。
真っ直ぐにマルコさんを見て言えば、惜しいねぃと苦笑される。それは何だか妙に切なげで……。
「こんな小さな海賊団に埋もれさせるには、惜しい人材な上に……本気で、欲しくなったってのによぃ」
「迷惑な話だわ。私はルフィの女で、他の誰かのものになるつもりは無いの。それに、私の居場所はここにしかないから」
白髭海賊団ならば、他にいくらでも航海士も測量士もいる。戦闘員も腐る程居るから、私の居場所なんてある訳もない。
だけどここには、航海士も測量士も私しかいないし、金銭管理とかだって私が何とかやりくりしてる。戦闘能力は低いけど、必要だと言い切ってくれる仲間がいる。
私が死ぬのは海の中かもしれないけど、私が生きるのは麦藁の1味の傍だと旅立ったあの日に、既に決めているのよ。私とマルコさんは、ほんの僅かな時間ではあったけれど無言で〝来いよ〟と〝断るわ〟の会話を繰り返した。
その直後マルコさんが小さく溜息を落としたと思ったら、僅かしかなかった距離を1瞬で詰められて再び唇を奪われる。咄嗟に嫌と言って抵抗しようとしたけど、マルコさんの瞳が海賊のそれになっていてゾクリと冷たいものが身体中を走り、反応が遅れる。
「ンンっ!ゃ……ぁ……」
抵抗しようとする私を先程よりもしっかりと抑え込んだマルコさんは、私の反応を楽しんでる様子のあった先程とは違い奪い尽くそうとするかのように、私を貪る。こんな事で泣いてる場合じゃないと、自分に言い聞かせるけど零れそうになる涙を耐えるのが今出来る精一杯で……。
マルコさんが辞めてくれる気になる迄、私には永遠にも思えるような口付けを強制的に交わされる事となる。それから間も無くマルコさんに開放されると、私はその場に崩れ落ちて身動きの取れないままにマルコさんの真意をはかろうと、その姿を視界におさめる事くらいしか出来なかった。