私の体調が回復するのを待って、出航したサニーは海を突き進む。波間を割って、前へ前へと、少し勇み足かも知れない勢いで。
私達は未だ、挫折を知らない子供なのだという自覚が足りていない。目の前に広がるのは、希望と夢なのだと、無邪気に信じられる刹那さの中に生きている事を、理解出来ていないのだ。
そんな中で私達は到着したのだ。数ヶ月前にこの偉大なる航路へ入る時に見たのと同じ、巨大なそれの前に。
船は止まった。進むべき道は今も下を示しているけれど、それより以前の問題として誰もが感動と、言葉では言い表せない感情を理由に、それを見上げていたから。
「来た……とうとう来たんだ!!ここまで!!!」
「何だか〝懐かしい〟ような……感慨深いわね……」
ルフィが喜びの声を上げる横で私はそれに視線を向けてしみじみと言う。それに対して皆がそれぞれの感想を口にしていく。
初めてこれを見た時、私達は僅か5人だった。今はその倍に人数が増えている。
もしもここにビビが居たならば、何か反応してくれたのだろうか。超えてすぐの頃とは言え、ビビもまたこれを見てはいるのだから、何か反応はあっただろうと思う。
「あの日は……酷い嵐だったっけなァ」
「あれからちったァ成長したのかね……俺達は」
サンジ君の言葉にゾロが続く。それにブルックが、少し切なそうな声で言葉を繋いだ。
短いその言葉の重みが、私の心に深く突き刺さる。それでも、ブルックは生き抜いて来たのだ……この不可思議な海で、ただ1人。
「私!!50年もかかりました……。ヨホホ」
ルフィはそれにししし!と笑って、それでも視線は動かない。私は、何を言っても慰めにもならないと知っていて、だからこそ何も言葉には出来なかった。
「とにかくこれで〝半分〟だ!!ラブーンに会った双子岬は海の反対側でこの壁と繋がってる!!……誰1人欠けずにここへ来れて良かった!!」
ルフィの言葉に、私の体がビクリと揺れる。まだ作品としてこの世界の事を読んでいた時、何気無い発言等が全て伏線になっていた事がある意味で楽しかった。
でも、今この世界が私の生きる世界となり、楽しんでばかりも居られない。特にルフィの発言は……怖い。
ルフィの発言からは、もう半分の間に誰かを喪う……仲間が欠ける可能性があるとも受け取れてしまうから。そうして不安にかられた時、チョッパーが初めて見るそれに感動の声を上げた。
「てっぺんが見えねェ!でっけー!これが!!〝レッドライン〟!!!」
「何だか泣けてくらァ!色んな事あったなァ!!」
チョッパーの言葉に続いて、ウソップが声を震わせて泣き出す。けれども、いつもはすぐに男泣きするフランキーが、珍しく泣く事無くレッドラインを見つめている。
それにより、空気が変わる。ブルックの1言で重くなっていた空気は何時しか弛緩して、同時にまたフランキーの言葉で引き締まるのだ。
そして、フランキーが妙に静かな声で言葉を続ける。打ち合わせした訳でもないのに、途切れる事無く続くそれに、何だか心が暖かくなる。
「俺は物心つく前に〝
「私は〝
ロビンがそう呟いた事で、全員が何かしらの思い出を脳裏に浮かべているのが分かる。レッドラインに到着したからだろうけれど、天候の乱れも落ち着いて今は穏やかであるのも合わさり、それぞれが感慨深げな様子だ。
そんな中でルフィは、いつものように船首に飛び乗るとレッドラインを見据えて宣言するように言う。それは〝船長〟らしいと言うより〝ルフィ〟らしい言葉。
「世界をもう半周した場所でこの壁はもう1度見る事になる。……その時は。俺は、海賊王だ!!!」
そんな宣言をしておきながら、ルフィは嬉しそうに……楽しそうにししし!と笑う。ルフィのその笑い方が好きな私は、ルフィを見上げて微笑みを浮かべた。
……ん?
ルフィなら何でもいいんだろうって?
……まぁ、否定はしない。でも、楽しそうに、嬉しそうに笑うルフィのそれに何者もかなう筈はないのもまた、変えられない事実。
その後少し皆で甲板にてお茶をしつつ、この先どうやって進むかについて話し合いの席が設けられた。こんな時ゾロは完璧に空気になるし、ルフィは役に立たない。
その為、専らアダルト組と私、そこにウソップやチョッパーが口を挟む。そこへサンジ君が、ウェイター宜しく給仕に専念してくれる。
「……俺はそう言う話なら役立てそうもねェから、鍛えて来る」
「あ!ゾロ、それならついでに見張りしてて。今、気候は安定してるけど絶対じゃ無いし、何が起きるか分からないから」
「おう。……戦いになれば、出て来る」
背中に向かって声をかければ、頷きながら請け負ってくれたので、私は話し合いに戻ろうと皆に視線を戻す。この時のゾロの言葉にある戦いは、素直に戦闘を意味するのは勿論だけど、天候の変化によるそれも含まれているのだから心強い。
ゾロから思考を切り離して、ログポースに視線を向ける。現状レッドライン迄来ているのもあり、指針は明らかに真下を指しているのがある意味で問題よね。
「今選べる選択肢は、多くないわね」
思わず呟くように言えばそれにウソップとチョッパーが首を傾げるから、簡単に説明する事になる。選択肢は大きく分けて二つなのだと。
「この場で海底を調べるか、近くの島を探して情報収集するかしないと、魚人島に関する情報が少なすぎて身動き取れないのよね」
「近くの島って……?」
ウソップの言葉にロビンが苦笑する。私が世界地図を描きたいと願う理由も、実はそこにあるのよね。
海軍の他は、この世界の地図は基本的に自分の島の地図か、自分達で描いたものしか存在しなかったのだ。だからこそ、宝玉の出した地図が爆発的人気を誇り売れているのだろうとも分かる。
「……さ迷ってみるしかないのよ」
私が把握しているのは、ウォーターセブンで青雉に会った時、その荷物の中にあった地図をチラ見していたのを覚えている範囲なので、進むなら運頼りになると言う現実に他ならない。それでも、候補になる島は三つあるからどれか1つくらい当たりもあるんじゃないかな?
「……小娘への期待だけってのは、俺としては賛成しかねるな。思うように進まなかった時、どうしたってその不満は小娘に向く上に、小娘自身も自分を責めるだろ」
「そうですね。私もそれならばまずは1度、この近海や海底を調べる事を選択したい所です」
フランキーとブルックが言えば、チョッパーがそれに頷き、ルフィがヒョイっと船首から飛び降りて来た。それからフランキーに海底に行ける乗り物は無いのかと確認した事で、フランキーが楽しそうに説明を開始してくれる。
それを聞くともなしに耳に入れながら、先へと進む方法を考えていたら久々に頭痛が来た。それにより、情けなくも平衡感覚を失い倒れる私の体をルフィが支えてくれる。
そんな私を気遣い、即座に駆け寄ってきたチョッパーが、心配そうに覗き込んでくるけど、今回は声を出す余裕も無い。……正直、キツい。
見え始めたそれは恐ろしく膨大な情報で、けれども最近新聞に挟まれていた手配書で見ていた情報でもある為、何とか情報処理が追い付いている状態。つまりは、もしその情報を自分で得ていなければ情報処理が追い付かなくて、頭がパンクしてただろう量の情報が流れ込んで来ている。
人魚、ハチ、ヒトデ、深海1万m、デュバル、ヒューマンショップ、冥王レイリー。億超ルーキー11人。
ここまでの単語と映像が脳裏に映し出された直後、億超ルーキー達の情報が怒涛の勢いで押し寄せて来る。その特徴的な姿を映像情報として。
〝麦藁〟のルフィ3億、〝海賊狩り〟のゾロ1億2千万。カポネ〝ギャング〟ベッジ1億3800万、〝大食らい〟ジュエリーボニー1億4千万。
〝魔術師〟バジルホーキンス2億4900万、ユースタス〝キャプテン〟キッド3億1500万。〝海鳴り〟スクラッチメンアプー1億9800万、〝赤旗〟ディエスドレイク2億2200万。
〝怪僧〟ウルージ1億800万、〝殺戮武人〟キラー1億6200万。〝死の外科医〟トラファルガーロー2億。
……ロー、ちゃん……。幼い頃見続けていた夢の中で、深く関わっていた少年は今の映像では随分と大きくなっていた。
私の未来、そして恐らくはこの世界の過去で、私はあの夢の中で起きていた事に直面する。ロシーに憎まれ、怨まれたであろうそれに、私は今突き進んでいるのだろう。
そんな事を考えている間にも、情報は脳内に流れ込む。まるで、呼吸する隙さえ与えまいと言わんばかりに。
天竜人、大将黄猿、パシフィスタ、修行先。ルフィが女ヶ島へ、インペルダウン侵入、脱獄して後に頂上戦争。
頂上戦争での白髭の病気再発と、仲間が騙されて裏切り、エースが白髭の名誉をかけて戦い、赤犬に殺される。ルフィを逃がす戦いが始まり、ローちゃんが助けに来た後、ルフィが精神崩壊を起こしかけ、2年の修行にそれぞれが取組む。
最後に映し出された〝代償の支払い〟とは何なのか。不安になるけど、見たいと、知りたいと思ってもそこから先がパッタリと見えない。
何が起きたのか分からない。脂汗が滲んで、手が震える。
流石にこれはこれ迄に経験が無いわ。魚人島への情報も多少入ってはいたけど、魚人島に関する情報その物は無かったのが不安を煽る。
この先で、何が起きるって言うの……?
「……代償って……未来を変えてきた、代償……ってこと……?」
訳が分からない。でも、今手に入った情報を元にすれば何とかなる筈よ。
変えられるわ。ルフィを悲しませない未来へ、私は運命を変える。
その代償とやらがなんであれ、私1人が背負うものならば構いはしない。私は、エースの命だって諦めるつもりは微塵も無いのよ。
「ナミ、それどういう事だよ。何を見たんだ」
ルフィの問い掛けに視線を向けて、微笑む。答えられる事は何も無いから。
私はルフィの負担になるつもりは無い。そして何よりも、ルフィの冒険を邪魔するつもりなんて無いのよ。
「ルフィには、話せないわ」
「ナミ!」
「ルフィは、先のわかってる冒険はしないんでしょ」
「ナミに関わる事なら別だ!俺はナミをこれ以上傷付けるつもりはねェ!」
怒鳴るように言うルフィにそっと手を伸ばせば、ビクリと震えつつもそれを受け入れてくれた。そんなルフィに抱き着いて、後ろ頭を撫でながらそっとその耳元で囁く。
「私は傷付いてないわ。ルフィが守ってくれてるから」
「ナミ……」
「でもそうね……話しておくべき事があるわ」
そう言ってルフィを解放してから、私は皆に視線を向ける。皆は少し緊張した顔で私を見るけど、そんな大した話じゃない。
「私が未来や過去を見ていた事は話したと思うけど、その能力がどうやら失われるらしいの。その代わりに、頭痛から解放されるから、プラマイゼロだと思うわ」
「それなのに〝代償〟なの?」
私の呟いてしまったそれにロビンが反応する。心配そうなその眼差しから、私は逃れられずに苦笑してしまう。
「……それについては正直分からないの。情報の1つとして、脳裏に〝代償の支払い〟と出ただけだから」
でも……これまでだって支払ってきたつもりだけどな。理不尽に感じつつも、それなりに。
だからこそ、私は素直に言葉を口にする。心配かけない為にって黙ってる方が、皆を心配させて傷付けてしまうのだと、私も漸く理解出来るようになったから。