きっと皆、大切な人を喪いたくないと願うのは同じだから。だから私は、ゆっくりと、嘘偽りの無い言葉を口にする。
後悔しない為の選択を続けたい。あの時もしも……そんな無駄な事考える時間さえ、勿体無いから。
どうしたって伝えないところはあるけど、嘘はつかない。皆に、嘘は言いたくないから。
「……私は、死ぬ筈だった義母の命を繋いだわ。その代償が恐らくは、村を解放する条件となる金額を跳ね上がらせたり、拷問が入ったりした事なんだと思ってる」
私の言葉に皆は無言で先を促す。反応はなくても、聞いているのが分かる。
あの頃アーロンに自分がやられた事は、思い出しても何とも思わない。拷問された事に対して、恨む気持ちにもならないのよね。
「そうして考えれば、これ迄も何か運命を変えれば、その代償は必ずあったと思う。そういう意味では、運命を変え続けてきた私から未来を見る力を奪うように世界が動いても、何もおかしくないと思ってるわ」
言葉を1度その場所で切って、小さく息を吐き出す。私は、もう、迷わない。
泣いても、嘆いても未来は変わらない。本当に喪いたくないのならば、みっともなくても、情けなくても、足掻くしかないのよ。
「……私は、必ず変えると誓って生きてきた〝運命〟が2つあるわ。その1つは既に変えた〝ベルメールさんの死〟というもの。残る1つ、それが……〝エースの死〟」
「ナミ」
ルフィが私を呼ぶ。でも、私は止まるつもりは無い。
どうあっても死なせない。きっと〝私〟がこの世界に産まれたのは、その為なんだって信じてるから。
「多分それが理由で、私は何かの形で代償を支払うのだと思うわ。どうやってそれを成すのか、成せるのか、それさえ分からないけど……運命の代償と言うものが存在するのならば、それはエースの死を阻めると言う事になる」
「ナミの知る未来では、エースは、死ぬのか……?だってよ、エースは、死なねェって……言ったんだ。絶対に死なねェって……!」
「ルフィ……。ルフィも知ってるでしょ。〝人は、死ぬ〟それも〝必ず〟」
容姿も、能力も、才能も、産まれる環境も、決して人に対して平等じゃない。生まれた直後に殺されてしまう人だって居るし、苦しみながら生きる事になる人も居る。
楽して何でも得られる人もいれば、必死で得たものを簡単に奪われる人もいる。人生も平等なんかじゃないけど……ひとつだけ確実に平等なものがあるのよ。
全ての命は、命として産まれれば必ず死ぬ。物質として産まれれば、必ず壊れる。
始まれば、終わる。この世で唯一無二の不変的事項。
その必ず来る最期の時を、私は遅らせると決めているの。エースは、死ぬにはまだ早すぎるもの。
風が、私達の間を吹き抜ける。ルフィは動揺していたそれを細く吐き出した息と共に落ち着かせると、静かに頷いた。
「変えられるんだな?」
「えぇ、諦めなければきっと道はあると信じてるわ。ルフィは、ルフィの思うままに動いて。それがきっと役に立つから」
「……俺の力は、必要なのか?」
真剣なルフィの顔に私もまた、真剣な表情で返す。耳障りのいい言葉なんて、今はなんの価値も無い。
今必要なのは、真実だけ。でも、ここで未来について語って、ルフィの歩みを惑わせたくも無いの。
「えぇ、ルフィが必要よ。これのせいで未来がなんて考えないで、ルフィはルフィの判断で、先へと進んで。私は私に出来る事をするわ。……情報を集めたりね」
「成程な。そういう意味では小娘とロビンの右に出る者は居ねェか。……なら、それが何時になるかは分からねェが、俺もできる範囲の協力はするぜ」
フランキーが私の言葉にそう続けてくれた事で、話は1応の纏まりを付ける。それから海底探索に行きたいと名乗りを上げたロビンとルフィ、そして後1人誰かと言う話になり話し合いが開始された。
情報を貰って船の上から纏めたい私は残る組。怖がってるウソップとチョッパーもまた残る組だ。
乗り物から出てはいけないという事もあり、敵と直接戦うしか脳の無いゾロもこの場合除外。なので、サンジ君、ブルック、フランキーでくじ引きして貰い、当たった人が向かう事になった。
フランキーはどうしても行きたい様子だったし、サンジ君もロビンが居るならと行きたがった。けど、結果は特に行きたいとも行きたくないとも言わなかったブルックに決まる。
「しっかりロビンちゃんをお守りしろよ!分かってるだろうな!骨が!……クソ!俺が行きたかったっ……!」
そんな風に騒ぐサンジ君に、それ程行きたかったのかと思いながら電伝虫の準備等を勧めていく。フランキーと共に話し合い、回線を繋いでから甲板で三人を見送れば暫くの間は私とフランキーを除けば自由時間だ。
そんな訳でウソップとチョッパーはフランキーに出して貰ったプールで、楽しそうに遊び始める。そんな中で、フランキーが頑丈に作ってくれた筈のサニーが、ミシミシと嫌な音を立てるのを聞けば、ゾロは1体どんなトレーニングをしているのかと思わず見上げてしまう。
その時フランキーに視線を向ければ、やはり同じように展望室を見上げていたのでつい笑ってしまう。そんな私にフランキーは、視線を向けずに言う。
「……アイツ、大怪我してんじゃなかったか?」
「してるわね。だから私は、ろくに動けないじゃない」
「だよな。薬切れてるよな……」
「何してると、サニーがあんな音を出すのかしら?」
落ちて来ないかと少し不安になっていたら、フランキーがボソッと1トンのダンベルを使ってるのは確認したと言うので、顔が引き攣る。そんな馬鹿な……。
まずどうやって、誰が、何処からそのダンベルを持ち込んだのか。そう思っていた私に気付かず、フランキーは言う。
「サニーを少し強化しねェとな。このままじゃまだまだ弱ェって事だろ」
「……いや、普通に考えてゾロが可笑しいのよ」
「この船に普通の奴は居ねェし、この先はそんなのを相手にしながら進むんだろ。強化は必要だ」
フランキーの真剣なそれに思わず頷いて、でも1つ疑問がある。普通の奴はいねぇって?
「私とロビンは普通でしょ」
「…………本気で言ってるのが怖ェな。……ロビンも小娘も、スーパーいい女だから、普通じゃねェだろ」
「そういう意味か。成程。……必要経費はちゃんと計上してね」
私やロビンに対する普通じゃないというのが、そういう意味ならいいのよと思い頷きながら言えば、フランキーは漸く私に視線を向けて来た。そして、大人の顔で笑うとそっと頭を撫でながらありがとうと言って、通信システムの傍に腰を降ろす。
年齢的な事もあるとは思うけど、フランキーは時々こうして娘を見守る父親のような顔をする。それを見る度、私はゲンさんを思い出してしまうのだけれど。
どうして思い出すんだろう。フランキーと共通する所なんて、どこにも無いのに……。
「……充分に警戒じゃなきゃ。ここはもう〝海軍本部〟と世界政府の聖地〝マリージョア〟のすぐそばよ……!」
感傷に浸ってる余裕は無いからと、気持ちを切り替える為に、宣言するように通信機に向かい言葉を放つ。それにフランキーは頷いてくれて、その場所から離れた所では私の言葉とは正反対に楽しげに笑うウソップとチョッパーの声が響いている。
「どお?ロビン、ブルック、ルフィ!!」
声をかけた順番は、こういう時に頼れる人ランキングに則っている。つまり、ルフィには初めから期待していない。
「〝だめね……真っ暗で〟」
「〝真っ暗だー!うひゃー!!おいおいアレ、今なんか光ったぞ!!〟」
「〝うわぁーっ!怪物の目玉では!?〟」
案の定ロビン以外は本気で役立たない。分かっちゃいたけどね。
そんな中でブルックがロビンに下着の色を聞くのに対して怒鳴れば、フランキーはそんな私を無視して注意事項を伝えていた。フランキーめ、ロビンが心配にならないのかしら?
ワーワー、キャーキャーと聞こえて来るそれに、フランキーはダメそうだななんて言っていて、私はそれに無言で頷くとそれでも何とか少しでも情報を集めたいと紙にその会話をメモして行く。何度読み返しても、役立ちそうにはないけど。
いつの間にか遊びを終えていたウソップとチョッパーが、シャークサブマージに乗りたくないと言っていてそれに苦笑した時、サンジ君が船内から飛び出して来た。スリラーバークの食料庫を空にする勢いで中身を貰って来ただけでなく、ホラー梨とやらを得ていたらしい。
それにより作られたタルトを差し出され、つい瞳が輝く。だって、本当に美味しそう!
「わー!美味しそう!!」
「お茶もそれに合わせて、梨の紅茶にしてみました」
「ありがとう、サンジ君。……だけど、困ったわ……」
紅茶を1口、口にしてみれば身体から力が抜けるのを感じる。同時に少し痛みを感じる情けない肉体に、歯噛みをしたくなるけどしたからと言って何も解決しない。
背後でホラー梨のタルトを食べて原型を留めなくなる程に、美味いと叫ぶ三人を無視して私もそれを口に運ぶと、思わず美味しいとハート付きで言葉にしてしまう。これなら2~3個食べられそうだわ。
「また〝空島〟の時の行き詰まり再来だな。……少し多目に作ったんで、後でお代わり持ってきますね」
「ありがとう!!……そうなのよ。進むべき方角は分かっても、到達の手段が分からない。やっぱりとりあえず、別な島を探して情報を集めなきゃかしらね」
魚人島へ向かう道は分からないけど、タルト美味しい。どうしよう、幸せ……。
でも、本当に魚人島にはどうやって行けば良いのかしら?
コーティングが必要ってのは分かってるし、それにはお金が掛かるのも分かってる。けど、コーティングってそもそも何よ?
「とりあえず今出来るのは、この場での情報収集をした後で島を探す事。それが1番無駄のない行為だった訳ですから、三人の帰りを待ちましょう」
「そうね……。あ!」
「どうしました?」
「このホラー梨って、樹を持って来たりしてる?」
やっぱり果物だけ収穫して来たのかな。普通ならそうするわよね。
蜜柑の樹は、特別に植えさせてもらってるようなものだもの。通常ならば、甲板で樹を育てるなんて許される筈もない。
……勝手に植えてそれを言うかって話だけど、蜜柑が無いと私は生きられないから仕方ないのよ。うん、不可抗力。
「……ロビンちゃんに頼まれて二本、植木鉢にご用意がありますが……?」
「本当に!?嬉しい!育ててみるわね。紅茶もタルトも美味しいし、これならジャムとか砂糖、蜂蜜漬けも美味しいと思うのよ」
流石ロビン、分かってるわー……。この梨美味しいし、食べやすい。
梨の育て方後で調べてみよう。私の知識と、この世界特有の梨だと違うかもしれないもの。
「ナミさんが、果物なら食べるんじゃないかって言ってたので、きっと喜びますよ」
「……ロビンは、私に甘いわ」
「小娘が自分に厳し過ぎるから〝大人〟としては甘やかしたくなるんだろうぜ。それと、唯一無二の〝友人〟との距離感が分からねェんだろうさ」
フランキーの言葉に驚いて視線を向けたら、チョッパーが頷く。ロビンはナミの為なら、何でもしそうだよななんて言いながら。
それに続いてウソップが、甘やかされる位でお前は丁度良いだろなんて言うからなんか居た堪れない気持ちになる。……良いのかな、私ばっかりこんなにも幸せで。
その時三人が帰って来て、それを迎え入れた時ルフィ達が海の中で追い回されていた物が姿を見せた。それをルフィが殴り飛ばすのを眺めながら、ローラからもっと話を聞いておくべきだったと頭を抱えた時、何かが空に飛び出したのに気付く。
……まさか、アレは……。そう思うのは私だけではなくて、サンジ君はハートを振り撒きながらそれを見上げ、落ちてきたそれを受け止めて下敷きになった。
水滴を落としながら呼吸を整える細身のシルエット。ピチピチと動く尾ビレ……。
「まさか、本当に……!?」
ルフィって、何なの!?
このタイミングで人魚と出逢うとか、何者なのよ!?
流石は未来の海賊王。引きが強いわ……。
それから大騒ぎの中で、お礼にタコ焼きをご馳走すると笑う人魚のケイミーに皆の表情が綻ぶ。サンジ君なんて大興奮で、人魚に初めて会ったと言っているけど……。
「おめー、ココロばーさんに会ったじゃねェかよ」
ウソップのこの1言で突然倒れ、窶れて、血を吐き始めるサンジ君は、そのままカタカタと震え出す。そして、そんなサンジ君にウソップは慌てて無かった事にしようと言うけど、失礼だからね?
「えー!?ココロのばーさんって、人魚だったのか!?歩いてたじゃんか!!」
「そうか……。おめェ知らなかったか。タイミング的に……」
「ココロのばーさんが人魚って、すげーイヤだな」
そう言って露骨に顔を歪めたルフィに拳を叩き込みながら、失礼にも程があるわと怒鳴る。そもそも私は最初から言ってたのに、私がおかしい的な事皆が言っていじめたんじゃないのー!!
……少しだけ、根に持ってるんだから。しかもココロさんが人魚だったって分かってからも、誰も私にその事謝らないし!
「まったく……男共の人魚への願望と来たら」
「でも、可愛らしい人魚さんね。……ナミには、敵わないけど」
「あら、ロビンの美しさにも敵わないわよ」
「ナミ」
「ロビン」
互いに手を取り合い、見つめ合ってふふっと笑う。その間もケイミーを中心に男達は騒いでいる。
でも、私はこれが何の前兆であるのか分かっていなかった。ただ単に、私の覚悟が足りていなかったのかも知れないけど……この出会いは必然であり、必要な事だったのだろう。