多分時間に直したら僅かな間だったと思う。それに恐らく私には、隙しか無かったとも思う。
けど、この時の私には文句を言う事も、その行為を認める事も出来なくてじっと見つめれば、泣きそうな顔でサンジ君が笑った。そして、ゆっくりとその沈黙を破る為に声を出す。
「やはり、ルフィじゃないとダメですか」
「当たり前でしょ」
「……俺は、どうしたってナミさんを諦められそうもありません。だから、勝手に想わせてください」
「私は応えられな「俺は!片想いでももう、構わない。ナミさんが笑ってくれるなら、もう……それ以上は望まないから……だから、無理に笑わないでください。自分を、許してあげてください」」
舌の根も乾かぬうちにと言いたくなる程に、即刻言葉を覆す様な発言をしたサンジ君に驚き視線を向ける。けど、サンジ君は悲しげな表情を浮かべるから、強く何かを言う事も出来ない。
「今、笑ってればって……」
「ルフィの傍で、自然に笑っててくれたら、それでいいんです。ルフィの隣にいる時だけ、ナミさんは〝少女〟みたいな顔で笑うから」
作ってでも笑おうと思ってたのに、サンジ君はそんな私にタオルを投げ渡すと、必要になったら嫌でも呼ばれますから今はゆっくりしててくださいと言って、部屋を出て行く。私は何も応えられないのに、サンジ君は想い続けると言う。
何も、私は返せない。私は、どうしたらいいの?
残されたタオルと、残されたカップを見て、とりあえず顔をどうにかして心を落ち着かせようとタオルを目に当てながら、カップの中身を口にする。それにより伝わる優しさが、酷く胸を締め付けるけど……それでも私は、ルフィの共に進みたいの。
ルフィじゃなきゃ、嫌なのよ。守って貰ってるのに、助けて貰ってるのに、受け入れられなくて、我儘でゴメンね、サンジ君……。
涙が落ち着いて、ホットミルクを飲み干した頃になって表が騒がしくなっているのに気付き慌てて飛び出すと、空から襲いかかって来る魚が見えた。その動きを確認した私は、咄嗟にケイミーの前に躍り出ると伸ばされるその手をクリマタクトで弾いて、臨戦態勢に入る。
「ナミちん!?」
「私の背後から出ないで!……狙いは、ケイミーみたいね。ケイミーは、海賊じゃないってのに……!」
「そういう事なら、私も手伝うわ」
ロビンが私と共にケイミーを挟むようにして立つ。ロビンと背を合わせる形で飛び回る魚の様子を見ていたら、ルフィ達が暴れたのはあるけど、それにしても不自然に撤退する魚。
その魚は、どうやらトビウオライダーズという人攫いを担う者達らしいと知る。でも確か人攫いって、海賊とか手配書が出てる人物しか売れないんじゃないの?
ケイミーも海賊船にいるから、弱そうなのからと狙われたのかと思ってたけど、人攫いだと言うなら話は変わる。どうしてケイミーが狙われたのかしら……?
「何だったのかしら。急に撤退だなんて……」
「撤退命令が出ていた様子だったわね」
私の言葉にロビンが答えると、皆も戦闘準備に入ると言ってシキの時とは違って、ちゃんとそれらしい行動を開始した。ウソップが大砲があれば撃ち落とせると言えば、フランキーが甲板にそれを用意するといった感じで。
そんな中で、何故か寒気に似たものを感じて私は身を震わせる。そんな私の頭に手が乗せられて、視線を向けたらゾロが隣に居た。
「もしもアイツなら、お前の判断に従う。それは、全員同じだ」
「ゾロ……」
「だから、笑ってろ。ルフィが待ってるぞ」
言われて視線を向けると、タコ焼きタコ焼きと歌いながら前を見ているルフィが居た。そして私に視線を向けると、暖かい笑顔で名を呼ぶ。
「ナミ!タコ焼き楽しみだな!」
「……まだ、戦いが始まってさえ居ないってのに」
「俺達が負ける筈ねェだろ?」
きょとんとした顔で言われては、それはそうだけどと言う他ない。そんな私にルフィは笑って文字通り腕を伸ばすと、そのまま絡み付いてくる。
それだけで、震えが止まる。甘えてる場合じゃ無いのに、な。
そっとルフィの背中に腕を回すと、ルフィが私の頭にその手を移動させて、優しく撫でてくれる。ルフィは、メキメキと強くなったし色々な意味で成長してるわ。
私だけが、立ち止まっていて、寧ろ後退してる気がする。このままじゃ良くないとはわかるけど、どうしたら良いんだろう。
そんな事を考えている間にサニーはシャボンディ諸島より東にある〝トビウオライダーズ〟アジトへと到着した。視力検査の表を思わせる形をしたそれの中央に、明らかに怪しい檻がひとつ設置されているのが見える。
そして、その中に囚われている存在は、真っ黒な姿でケイミーに逃げろと言う。それを認識した時、全身が総毛立ったのが自分でわかる。
「……やっぱ、聞いた声にあの珍しいシルエット。……おいナミ、どうだ」
「怪しいってって言うか……ほぼ……」
ゾロからの問いに答えるとルフィが何が?と言いながら私とゾロを見比べる。そうして離れようとするルフィに、思わず抱き着く力を強めればルフィが動きを止めた。
「ナミ?お前……」
「もう少しだけ、こうしていさせて……お願い」
「それなら、1応確認してみましょうか。……おーい!アーロンは元気かァー?!」
震えながら縋るようにルフィに抱き着く私を見たサンジ君がそう言って確認すれば、はっちんは素直にアーロン達がどうなったのかを教えてくれる。この世界では、処刑されるか、脱獄するか、牢の中で死なない限り捕まった海賊がシャバに出る事は無い。
刑期なんてものは存在しないからだ。つまり、本来ならば二度と会う筈の無かった相手。
「……っ!」
こんなシーン覚えてないけど、もしも原作にあったとして、原作のナミちゃんは、こんなに震えてなかった筈よ。なのに、私は……!
情けない。震えるな、私はナミちゃんよりも戦える筈でしょう!?
皆が口々にお前かと、助けないぞと言ってくれる。でも、そうなったらケイミーとの約束はどうなるの?
「ナミちん!」
ケイミーが半泣きで名を呼ぶ。……私は、ケイミーを泣かせたい訳じゃない。
魚人の全てが憎いわけでもなくて、当然人魚であるケイミーに対しては思うところは無い。こんな顔、させたい訳じゃないのに。
「ケイミー、ごめんね。助けるって約束したのに、こんな事になって……」
「なら、はっちんを助けては貰えないのね」
そう言って泣き出したケイミーは、1人でも助けると言ってヒトデのパッパグと共に海に飛び込んでしまう。言葉が足りなかったと気付いた時にはもう遅くて、簡単に囚われたケイミーに私とサンジ君が同時に叫ぶ。
ケイミーの悲鳴が聞こえて、ケイミーだけは助けようと騒がしくなる甲板で、私は脳裏に響く笑い声を頭を横に振って追い払う。シャーッハッハッハッと笑うそれが、谺しているのは私の弱さでしか無い。
ケイミーは悪くない。私は、同じ種族だからなんて理由で全くの別人を苦しめたくはないのよ。
「待って、皆……」
喪った人は大勢いる。皆を守れなかった私の弱さは、その罪はこれからも背負って行くと覚悟してるわ。
だけど……ケイミーは何もしていない。それに、ハチはあのメンバーの中で、唯一無害に近い存在だった。
笑え、私。これ以上皆の動きを止めさせる訳には、いかないじゃない!
「いいわ!!ハチも解放しましょ」
「え!?」
「ハチは大丈夫!!実は無害な奴だから!!……だってこれじゃ、ケイミーとの約束が違うもんね!!」
「んナミさァん!!」
「ルフィ!!」
声をかけると振り向いたルフィの瞳が明らかにタコ焼きになっていて、涎まで出ていればそんなに食べたかったのかと思わされる。まったく……可愛いんだから。
口先では仕方ないなんて言っても、ルフィの頭の中も含めてタコ焼きに占拠されてるのは明白。ケイミーとパッパグを呼びながら、悔しそうに涙を滲ませるハチに視線を向けて、私は覚悟を決める。
ルフィはケイミーとパッパグを助けてから、ゾロに指示を出すと、全員に鼓舞するように言葉を向ける。だから私もそれに応えようと、クリマタクトを構えて笑って見せた。
「野郎共!!戦闘だァ~!!」
「「「「「「「「うおおお~!!」」」」」」」」
そうして始まった戦いは、大騒ぎの始まりだった。私は戦うにあたって帆が邪魔になるからと畳むよう指示を飛ばして、今居るこの場所の気圧や湿度を脳裏で計算していく。
その間にも降り注ぐ砲弾をサンジ君がはじき飛ばしてくれて、サニーは無事。けれどもトビウオに乗りたかったらしいルフィがトビウオごと水没してしまえば、慌てて海に飛び込む事になる。
問題は、飛び込んだのが私だけじゃなくて、ブルックとチョッパーもいたという事。それによりフランキーも飛び込んでくれて、水中で私がルフィを抱いて上がるのと同時に、フランキーはチョッパーとブルックの救出をしてくれていた。
甲板に三人を転がしてから、私とフランキーは思わず怒鳴る。まずは正当にフランキーがルフィを叱り、それに引き続き能力者二人も叱ってくれた形だ。
「てめェ、戦闘中に何やってんだァ!!」
「ぶばー。すびばでんでしだァ……ゲホ」
「で!!なんでてめェらが助けに行くんだよっ!!」
「結局カナヅチを3人も救出しなきゃならない私達の身にもなってよ!!ばか!!手間を増やさないで!!」
言いながら私がルフィとブルックの頭を叩けば、2人はすみませんでしたと繰り返した。ん?勿論チョッパーには手を上げないわよ?
子供に手を上げる趣味は無いのよ。まぁ、次やったら殴ると思うけどね。
「……心配させないで。あんた達の場合、冗談や比喩じゃなくて死んじゃうんだから……」
「「「ごめんなさい」」」
そんな騒ぎの間にケイミー達が狙われたけど、ゾロがハチを解放してくれたし、その後ハチ共々にゾロが助けてくれたから無事なのが分かる。でも……ゾロの動きが明らかにおかしい。
でも、それを気にして助けに行く余裕は無い。敵の数が明らかにこちらより多過ぎるから。
ウソップが砲弾を浴びせてくれた事で少し減るけど、今度はサニーを破壊しようと金棒を振り回しつつ、突っ込んでくる男が見える。それに小さく舌打ちして足を踏み出したら、サンジ君が片手でそれを遮りルフィと共闘してそれを返り討ちにしてくれた。
……流石は三強。そして私は、本当に役立たずね。
「乗りて~くそー!さっきので俺が、諦めたと思うなよ!」
「諦めなさいよ!!もー、助けないからね!?」
「……ナミ」
「なによ」
トビウオに未練タラタラなルフィを叱れば、ルフィが珍しく真面目っぽい顔で私を見た。それに胸がドキッとする。
「ナミは、絶対俺を助けるよ」
「……っ!!~っ!五月蝿い!ルフィのばァか!!」
「にししっ」
そんな私達の傍でブルックは打ちひしがれ、それから立ち上がると敵を音楽で眠らせてから、トビウオごと敵を切り落としてゾロの元へと移動する。そうしてゾロの補佐に入ってくれたのが分かれば、少しばかりホッとしてしまうのも仕方ないと思う。
ゾロの無事が確認出来れば、私もそろそろ戦おうかしらねと立ち上がる。ルフィももう、動き出しているし。
ミラージュテンポで敵を用意しておいた雷雲へと誘導する。それに掛からなかった敵をロビンが落として、サニーを狙う敵はチョッパーが倒す。
そして甲板や私本体を狙って来た敵はフランキーが殴り飛ばしてくれて、飛び回る敵をウソップが狙撃してくれる。それを繰り返しているのに、どこからともなく現れる敵は、倒しても倒してもキリがない程。
……ルフィの姿が見えないわ。大丈夫かしら?
負けるとは思わないけど、新たな騒動を引き起こさないかとか、少しだけ心配になってしまう。その直後、巨大な牛に乗った男に追われながら姿を見せたルフィに、私は安堵の息を吐き出した。