ドアを開けたその瞬間、私は既に臨戦態勢に入っていた。そんな私達はそれでも既に席に着く事が既に出来なかったので、座席の後ろに立つ形になる。
立ち見だと言うのであれば、好きな位置に居られるのだからと、会場全体が見やすい正面近くの席の後ろに立った。そんな私を囲むように皆が立ち、守ってくれる。
それに、泣きたくなったのはなんでかな。誰にも、集中してる私を害させないと言ってるような布陣に、心が暖かくなる。
私はいつも、1人で戦って来た。でも、今は私が突っ走ったらその私を補佐してくれる人達がいる。
怪我をしないように、共に戦ってくれる人達がいる。その事実が私を、支えると同時に弱くした気がしているけど、そんな弱い私もまた、私なのだ。
ルフィは弱くてもいいと言ってくれた。隠さなくていいと、守ると言い切ってくれた。
例え今ここに居なくても、ルフィは私を守ってくれてる。どんなに遅れても、必ずルフィはここに来ると分かっているから、私は壇上を見据えて思う。
必ず、どうにかしてみせるわ。今の私なら、確実に競り落とせる。
壇上では踊り子の女の子が売りに出されている。膝が震えて居るのが見てわかり、舞台慣れしててもそうなるのかと少しだけ憐れに思う。
「ナミさん、あの踊子ちゃんも買うとか……ダメですか?」
「サンジ君が彼女を1生守ると、その生命に最期まで責任を持てると言うなら良いわよ。海賊に買われた人間は、真実はどうあれ普通の生活には戻れないわ。特に女は……その覚悟はあるのね?」
「す、みません、でした」
「……犬猫でも、飼うならその生命に責任を持つ必要がある。人魚であるケイミーは別だけど、人間はその後の風評等も気にしないといけないのよ。軽々しい事は言わないで」
その時拍手が聞こえて視線を向けると、赤いチューリップ頭が見えた。こんなに目立つ男に気付かなかったなんて、私どうかしてたのかしら?
「ナミ、アイツ知ってるのか?」
チョッパーの問い掛けに、私は細く息を吐き出して、初対面よと言う。そして、名前位は知ってるけどと付け加えれば首を傾げられるので、警戒すべき相手だと分からせる為に言葉を口にする。
「ルーキーの中で、ルフィよりも懸賞金が高い唯一の男。ユースタス・〝キャプテン〟キッド。懸賞金3億1500万ベリー」
「随分と、お利口さんだなァ?〝泥棒猫〟?」
揶揄するような言い方に、けれども年齢的にも、懸賞金の額的にも、船の中での立ち位置としても、私はこの男に並べない。それでもルフィもゾロも居ないこの場では、私が古参になる。
この場では私が、皆を守るべき立場にある。そう思って、そっとチョッパーを背後に庇うように立つ。
「船長不在につき、この場は私が責任者です。どう言ったご用件で?」
「世界政府が、喉から手が出る程に欲しがる女を2人も抱えている男に会えなかったのは残念だが……これだけ頭数がいて〝宝玉〟センセーが代表かよ」
そう言って呆れたような視線を皆に向けるキッドに、多少ではない苛立ちが募る。女に庇われるのかと皆を馬鹿にしてるのが、その視線から伝わってしまえばどうしたって不愉快になる。
うちのクルーを、馬鹿にしないで貰いたいものね。そう思うからこそ、声が平坦になるのが自分でわかる。
「それが、なにか?」
「……欲しくなるな。良い眼をする女だ。ただの甘ちゃんかと思ったが、そんなのがここ迄来られる筈も無かったな」
愉しげに笑うそれから殴りかからない為に視線を逸らそうとした時、世界貴族……つまりは天竜人が姿を見せた。その時に使っていた奴隷を売りに出す形で、その先を嫌そうに歩いて行く。
……本当に、腐ってるわ。どうして、あんなのに囲まれていたのに、ドフィとロシーの両親は人としての良心を失う事無く生きて居られたのだろうか。
人は周りに感化される。いつもやって貰っていたら、やって貰うのが当然になるから、やって貰えない事に不満が出て文句を言う。
何かをしてもらう事が当然ではないのに、どうしてやってないんだと怒るようになる。当然、戦争など理由はどうあれ、人殺しの集団に混ざっていれば、人を殺す事が当然になって行く。
なのにどうして、彼等は人の心を失わずに居られたのか。……泥水の蓮、そんな存在だったのかな。
「ナミ……」
「チョッパー、大丈夫よ」
チョッパーの声に思考の海から帰った私はそう言って笑う。心配かけてる場合じゃないわ。
その直後、天竜人の言葉が耳に入って来た。それは、私の背筋に冷たいものを走らせる事となる。
「わちし〝人魚〟が欲しいんだえ~!!今回も出てないかなァ~」
……今、人魚がって……言った?
なら、アレが敵になる。私はチューリップを意識から追い出すとステージに意識を集中するように睨みながら、天竜人が席に移動するのを待った。
「皆、聞いて。私は……全額使い果たす予定でいるわ」
「ナミさん?」
「敵は、天竜人よ。相場のそれでは買えない。それでも、私は絶対にケイミーを買い戻すわ」
低く呻くように言った私のそれに、誰が注目しているのかを気付いては居なかった。私はただ、ケイミーを取り戻す事だけに全神経を集中していたから。
海賊がステージに現れると、懸賞金と名前、どんな事でその名を知られていたのかを紹介される。同じ海賊として見ると、売る男がどれ程忌々しいか。
その時突然口から血を零しながら、ステージで売られていた海賊が倒れると、会場は大騒ぎとなる。それに対してサンジ君が、冷静な声で舌を噛んだのだと説明してくれた。
私でもきっと、そうするだろうと思えば、わからなくは無い。でも、それは売られてからだろうなとも思う。
相手次第では上手く逃げ出せると思うし、ルフィ達が助けに来るだろうと思えるから。でも、あの人は助けに来てくれる仲間が居なかったのだろうか。
そう、信じられる仲間が居なかったのだろうか。そう考えたら、切なくなる。
「怖いだろうな、ケイミー」
チョッパーのそれに私は小さく返事を返す。仲間内にしか聞こえないよな小声でのそれは、周りに色々聞かせたくないから。
「もう少しの辛抱よ。私達が買っちゃうんだから!スリラーバークのお宝もあるし、ウォーターセブンに来てたカジノ船でも稼いでおいたわ。空島の宝も少しは残ってる。……それで足りなければ、私の原稿料があるもの」
その言葉の後少しすると、恐らくは雰囲気を変える為だろう、大目玉の筈のケイミーがそこに姿を見せた。金魚鉢を思わせるそれに入れられた、ケイミーの姿に観客席から歓声が上がる。
ハチとパッパグが騒ぎ、私は壇上を睨む。負ける訳にはいかない。
けれども、壇上の男がいくらからと言うより早く立ち上がった天竜人が、大声で言う。欲しかったのだと伝わるけど……負ける訳にはいかないのよ。
「5億ベリー~!5億で買うえ~!」
会場は言葉を失うが、壇上の男はすぐに正気を取り戻すと声を出す。相場なんて霞んで見えないそれに、男は狂喜乱舞でもしそうな勢いだと分かってしまう。
「……か……会場。言葉を失っておりますが、えー、一応!!5億以上!!ありますでしょうか!?無ければこれで早くも打ち止めとい「6億!!」」
手をスっと挙げて、言葉を重ねるように告げる。そうしなければ打ち止めにされてしまうと分かったから。
会場の視線が私に集中する。馬鹿かと言う声も聞こえて来るけど、今は少しも気にならない。
けれども天竜人がそれで引き下がる筈もなく、6億5千万と続いたそれに私は1気に値を上げる。無表情で、淡々と。
「8億!!」
「……チャルロス、もう辞めておきなさい。次に人魚が出た時で良いだろうえ」
「お父上様!そんなのいつになるか分からないえ~!この人魚、絶対買うえ~!10億だえ~!!」
「チャルロス!!「15億!!」」
天竜人の父親の諌めるような声に私の声が重なる。それに会場が黙った。
そして壇上の男が、そこで私を見て念の為にといったふうに問い掛けて来る。遊びでは無いんだぞと言わんばかりに。
「……本当に、お支払い頂けるのでしょうか?」
「随分と無礼ね。貴方……私の手配書、見た事ないの?全く問題にならないわ。この程度の端金。それで……その〝人魚〟は私のペットに出来るのかしら?」
冷たく笑いながら言えば会場は再び静寂に包まれて、私の手配書を思い出したらしい男が宣言する。相手が天竜人なら、ここで全財産注ぎ込むようにしなければ負けると判断した。
けど、まぁ、正直キツい。今後の事を考えたら泣きたくなる。
でも、ケイミーの命には替えられない。それに、ここでそれ以上の金額を言われたら……。
祈るような気持ちで、押し黙る会場の中で悠然と魔女の笑みを浮かべてみせる。笑顔ってのは、武装なのよ……!
「時間いっぱいです!!それでは本日の大目玉!!〝人魚〟のケイミーは幻の作家〝宝玉〟の15億にて「ああああああああ」」
結果の判定が降りる直前、ルフィがゾロと共に降ってきた。そして、ケイミーに気がついたルフィが壇上にいるケイミーに向かって駆け出す。
「ケイミー、探したぞ~!よかったー!!」
「ちょっと!!待て麦藁!!何する気だよ!!」
「何ってケイミーがあそこに!!」
「居るけど、爆薬首輪が嵌められてる!!連れ出せねェんだ!!それに今ナミが競り落としてくれたんだよ!!」
「関係あるか!!」
その時、会場から悲鳴が上がる。ハチが全力でルフィを止めようとした為に腕を出してしまったが故の、差別の言葉と視線がハチに集中した。
それに動揺してハチがルフィから離れると、ルフィは1人突き進んでいく。私はそれを見て動揺する仲間達から離れて、足を踏み出した。
このままだとハチが危ない……!
ハチの元に飛び移ったパッパグがハチに逃げようと言うけど、ハチはケイミーを気にして動く事が出来なくなっている。その時ルフィに警備の男達が飛び掛り、私はハチの前に飛び出した。
天竜人が、ハチに銃口を向けていたから。そして私は、最初の数発を武装色の覇気で耐える形で庇えたけど、1瞬間の空いた後に放たれたそれらをモロに受けてしまう。
右脇腹と左肩に受けたそれに、思わず膝から力が抜けてその場に崩れ落ちるとハチの絶叫が響き渡った。それの他、誰がどんな反応をしているのかなんて私には分からなかったけど。
「ナミ~!!!!」
「は……ち、無事、ね?」
「ナミッ!どうして、どうして俺を庇ったんだ!?どうして!?俺がお前に、何をしたのか忘れたのか!?」
忘れてない。でも、ハチの事は許したもの。
そうなれば残るのは、ケイミーの大切な人である真実だけが残る。ルフィの友人である、ドジなハチしか、この場には居ない。
だから、庇うのは当然だし、怪我をしたのは私のミス。そう思って笑う。
「……もう、いいって、言ったでしょ。ハチのことは、もう、いいのよ」
「ニュー……ナミ~!!」
その時、不快な声が背後から聞こえて来た。なのに、ルフィや仲間の声が聞こえて来ない。
「むふふふ、むふーん、むふーん!当たったえーっ!女を仕留めたえー!!」
無言でルフィが私の真横を通り過ぎようとする。それに私とハチが同時に手を伸ばす。
天竜人が自分でとったから、犯罪者である私はタダで手に入ったと言う声が聞こえる。だから当然、私が競り落としたケイミーも自分のものだと歌う声が。
ハチは無言で怒るルフィに、俺のせいだけど、ダメだと言って、それからゴメンと謝る。それによりルフィは動きを止めた。
それを聞きながら私もまたルフィに言葉を向ける。ダメだと。
「目の前で
「ナミ……」
ハチが私を呼ぶ声が、妙に遠い。でも、伝えなきゃ。
脇腹のそれは、臓器を傷付けてはいない様子だもの、大丈夫。肩は……もう既に傷だらけだから、今更よね。
「私も、ルフィも海賊よ。怪我くらいするわ。大丈夫だから、落ち着いて……この程度、大丈夫だから……」
「……ゴメンなァ。ごめんな、ナミ。こんなつもりじゃ無かったのになァ……!!」
ハチが私を抱き留めながら、泣き出したのが分かり、泣かなくていいのにと笑顔を向ける。苦しまなくて良いのよ、ハチはもう、気にしなくていい。
ただ、ハチの涙を拭ってあげる余裕は無い。ルフィの腕を掴む私の指先が、冷たくなって行くのを感じているくらいだから。
痛みから咳込む私にルフィは振り向くと、そっと肩を支えに戻って来てくれる。だから私は少し身体から力を抜いた。
ルフィ……だ。怒ってるのが、伝わる。
「ナミに……!!ちょっとでも償いをしたくて……。お前ェらの役に立ちたかったんだけども……」
「はち、大丈夫だから、泣かないで」
そう言葉を向けた瞬間、再び銃声が響いた。そうして撃たれたのは、今度こそハチで、私は反応できなくて、ルフィが怒りを爆発させそうになってるのが分かる。
でも、私とハチの声が重なりルフィを止める。ダメだと。
「「ダメッ!」」
その時、ルフィが私を見て、ハチを見た。その視線を受けて、ハチは言う。
大粒の……いいえ、滝のような涙を流しながら。悔しそうに、紡がれる言葉。
「やっぱり俺は、昔から……何やってもドジだから……!!本当にドジだから……結局、迷惑ばかりかけて……ゴベンなァ~……!!」
「女も魚も、撃ったのにまだベラベラ喋って……。ムカつくえ~!!」
その時、ルフィが
パッパグの焦る声が聞こえる。そして、会場がザワつく。
次の行動は誰にでも予想が出来て、同時に有り得ない事だと思っていた行動だった。声を出そうと思うのに、ルフィの怒りにのまれて声が出せない。
そんな中でルフィは迷いなくその足を進め続けて、誰もが想像しながらも、やる筈は無いと思っていたその行動をとる。強く握り締めた拳で、手加減の無いルフィの拳が天竜人の頬に迷いも容赦も無く放たれた。