天竜人がルフィの拳により吹き飛ばされ、会場は声を失う。そんな中でルフィはまだ足りないとばかりの様子で、けれども仲間に視線を向けて謝罪する。
「悪い、お前ら……。コイツ殴ったら、海軍の〝大将〟が軍艦引っ張って来んだって……」
「お前がぶっ飛ばしたせいで……斬り損ねた……」
ルフィの言葉にゾロの声が続く。刀を鞘に納めた音が聞こえたから、ゾロも本気で斬るつもりだったんだなと分かってしまう。
ハチが大変な事をなんて言うのを少し遠い所で聞きながら、私は薄く笑う。ルフィはシャンクスの考えに感化されてるから、友達を傷付ける存在を許しはしない。
「
「……ニュー……いや、この場合
霞む視界の中で、サンジ君が何かを呟いたのが聞こえた。その直後、フランキーが鍵を探しに動き出して、チョッパーが傷を診ると言って駆け寄ってくる。
その直後、皆が暴れ出した。本当なら、私も戦うべきなのに……。
元々の怪我もあって、今回の銃弾はそれなり以上のダメージを私に与えたらしい。天竜人の父親が持つ銃をサンジ君が蹴り飛ばし、次々と姿を見せる衛兵達をゾロが斬り捨てる。
その斬撃でルフィやサンジ君を巻き込みつつケイミーの水槽を斬り、そこで声が届くとなればハチが叫ぶ。そこで待ってろと。
会場にいた人達が外へと逃げ出して行き、騒動と言うより暴動に近くなったそれに、動けない私はあらあらと思ってそれを眺めていた。けど、そんな中で突然初めて聞くのに懐かしい声が耳に届けば、何事かと思うのも致し方ないと思う。
「〝room〟」
まさか……居たのかと、その姿を見て思う。大きくなったなと、思って見つめてしまう。
そんな私に、少し悲しそうな顔をしたローちゃんが歩み寄ってくる。それに皆が警戒した様子を見せるけど、それに対しては私が手で制した。
「大丈夫、敵じゃないわ」
「……ナミは、馬鹿か。敵だろ」
そう言いながらも手には幾つもの銃弾があって、私のだけでなくハチの銃弾も抜いてくれたのが分かる。それにはチョッパーも気付いたようで、即座に私とハチの治療を進めてくれた。
それを恩に着せる事も無くて、ローちゃんは優しいなと思う。昔から素直な性格じゃなかったけど、それでもやっぱり優しい子ね。
「……久しぶりだな、ナミ」
「初めまして、よ。ローちゃん」
「コラさんに、会ったんだよな?」
「えぇ、まだ……ロシーは怒ってる?」
「怒る?何の話だよ。寧ろ……悪い事したって……てか、ナミこそ怒れよ。アレは、俺が命じたんだぞ」
その言葉に、船長命令なら仕方ないかと思い、同時にロシーから憎まれてた訳じゃないらしいと知る。それにより良かったと思って笑えば、ローちゃんの眉間に分かりやすく皺が寄った。
「ナミは、相変わらずお人好しだな。……コラさんが落ち込むのも分かる」
「ナミ、ソイツ知ってんのか?」
そう言ってルフィが視線を向けて来るから、私はどう答えたらいいかなって考えてから小さく頷く。多分、私はローちゃんを本当は知らないけど、ローちゃんは私を知っているのだろうから。
「昔ね、ローちゃんとは会った事があるみたいなのよ。私は、よく覚えてないけど」
「ローちゃんと呼ぶなと何度言えば覚えるんだ、ナミは……」
そんなに何度も言われたのかと思いながらも、わからない話なので曖昧に笑えば私の顔をじっと見てから溜息を落として、ルフィに視線を向けた。ルフィもローちゃんを興味深そうに見ていたから、2人は瞬間的に視線を交わらせる事となる。
「麦藁屋だな。ナミのこの怪我は、どうした」
「海賊だから、色々あるさ。何でだ?」
「俺は医者だ。得意なのは、外科治療。1晩預けろ。治してやる」
「うちにも船医は居るぞ!だか「ルフィ、俺が得意なのは内科だ。なんでも治せるように頑張ってるけど、俺……外科はまだ経験が浅いんだよ」」
ルフィの言葉をチョッパーが遮るとルフィは、そっかと言って頷いてから私を見る。そして首を傾げた私に笑ってから、ローちゃんのそれに頷いた。
「ナミを泣かせんなよ。それなら、預ける」
「ナミが泣いてるところなんざ、見た覚えがねェよ」
そう言って肩を落としたローちゃんが自らに迫る敵を難無く打倒すのを眺めていたら、誰かに腕を掴まれて身体が引っ張り上げられた。それにより走る痛みに、呻きそうになるのを耐えていたら唇に触れる温もり。
でも、ルフィじゃないのはわかるから必死で抵抗を試みる。なのに、離れてくれないどころか勝手に侵入してくる舌により呼吸さえ奪われてしまう。
けれどもその舌を噛み切る勢いで歯を立てようとすれば、僅かに離れたそれで相手を認識する。この、赤い……チューリップは!
「な……んで……!!」
痛みとか状況を忘れて思わず口にしたのはそんな言葉。それに男……キッドはニンマリとした笑みで答える。私の腰を抱いたまま。
その時確かに殺気を感じた。恐らくは、ルフィ、ゾロ、サンジ君、そしてローちゃんのものを。
「痛みに喘ぐ姿が色っぽかったから、ついな……。見ててこんなに飽きねェ女も珍し「その、汚ねェ手を離しやがれ……クソ野郎」」
「サンジ君……」
「遅くなりました。俺のプリンセス」
そんな言葉を口にしながら、容赦無くキッドに蹴りを叩き込もうとして、それにより開放された私を抱きとめてくれた。私がこれ以上足手纏いにはなれないからと、体勢を整えようとしたその時、ブルックが降り立ちそれと同時に参戦してくれる。
そして……。
「ナミ!!」
「ロビン!!」
降り立つと同時に敵を攻撃しながら駆け寄ってくれた親友は、私を強く抱き締めると無事じゃないわねと痛々しそうに私を見る。そんなロビンの胸に頭を預けて、ありがとうと呟くとルフィが降ってきた時と同じような声が聞こえて来て、私達は視線を向けた。
その結果見えたのは、ウソップが天竜人父の上に落下する瞬間だった。ロズワードセイと呼ばれていた天竜人父の上から立ち上がったウソップは、ごめんおっさんと謝罪してるが多分許される事は無いと思われる。
「……ふふ。相変わらずナミは無意識で男引っ掛けて歩きやがるし、船長の麦藁屋の顔も拝めた。面白ぇもん、見せてもらったよ。麦藁屋1味」
ローちゃんがそんな事を言ってる間、ルフィはローちゃんの近くに居る白熊に意識を持っていかれていて、なんだその熊と繰り返す。どうやらルフィは、ローちゃんよりも白熊に興味があるらしい。
ふぅん……私を預ける相手より、白熊なんだ?
別に、気にしてないわよ。ただ、ちょっと、いじけてるだけで。
まぁ、確かに可愛い顔してると思うけど。そう思ってじっと見てしまった私は、衝動を抑えられなくなる。
……あ、ダメだ、撫でたい。抱き着きたい!
フラリとロビンから離れて、ローちゃんの方へ向かうと視線を向けて来るローちゃんがいる。少しだけ焦った様子を見せるローちゃんの横を通り、私は衝動に抗えずに白熊に手を伸ばした。
「……撫でていい?抱きついていい?」
「……そういや、ナミ動物好きだった。今は止めてる暇ねェのに」
ルフィの声が聞こえた気がするけど、今はこの白熊の方が大切!何この可愛さー!!
二足歩行してて、喋ってて……!もう、連れ帰りたい!
「え……あの……」
「触っちゃ、ダメ?」
「「どうぞー!!」」
上目遣いに聞いてみたら、何故か動揺している白熊本人ではなく、周りにいた人達から許可が降りた。だけど私は1応許可が出たんだしと思って、遠慮も無しに白熊に飛びつく。
その様子にチョッパーが何か呟いたけど、それも聞こえなかった事にする。当然その後のルフィとの会話は、私には聞こえていないのだ。
「ルフィ、ナミって動物皆に〝ああ〟なのか?」
「ニュースクーにも、あれだからな。……確か、鳩の奴と居た、あの鳩にもデレデレだったぞ」
「……完璧な人間って、やっぱ居ないんだな」
「ナミは完璧になれちまうから、完璧じゃない方が嬉しい。それにあれ、ナミの可愛い所だろ」
ルフィの言葉にチョッパーは肩を落とす。そして胡乱な視線を向けてしまう。
その間私はそちらに関しては完全に意識から外して、白熊君に抱き着いて撫で回していた。以外と毛が硬くて、でも大半はツナギの下に隠れてるから私に痛みは無い。
「ルフィも、ナミには評価甘いよな。それな、撫で回される側じゃ無いから言えるんだぞ!?」
「撫で回されてるの、羨ましいけどなー。俺は。それに、チョッパーも嫌じゃねェだろ」
「俺は、ペットじゃねェから、そういう意味じゃ、嫌だぞ!俺は、ナミを守れる海賊の男になるんだ!!」
「にししっ!頑張れよ!」
そんな時、ケイミーを殺そうとする女の声が聞こえて振り向けばその姿が見える。それにより私は、自分が怪我をしている事も忘れて何も考えずに空を蹴った。
剃と月歩でケイミーの元へ向かう私と、天竜人女を攻撃をしようとするゾロとウソップ。そして止めようと構えるロビンの目の前で、その女が突然倒れる。
その時奥から出てきたのは、
ケイミーの横に行き足を止めた私と、巨人と楽しげに会話をしているその男の距離は、ほぼ無い。背後ではハチが怯えを宿した声で、その名を呼ぶ。
「レ……レイリー」
「え?コーティング屋か!?どっちが!?」
レイリーさんと巨人、ハチを見比べるチョッパーの声が聞こえるけど、私はその風格に声を失っていてそれどころじゃない。シャンクスと、近いものを感じる。
ううん、シャンクスよりもずっと……強い。久しぶりだとハチに言いながら怪我を気遣い、明るい笑顔を見せる様は……シャンクスを思わせる。
そして辺りを見て1人納得した様子を見せると、私を含めた麦藁の1味に視線を向けてから言う。なんの衒いも無く。
「お前達が助けてくれたのか」
酷い目に合ったなと気遣う様子のそれに、ハチは何も答えない。代わりにレイリーさんが覇王色の覇気を放ち、その場にいた多くの雜兵達を1瞬にして気絶させてしまう。
その様子に双璧の2人が警戒心を強め、ルフィが帽子を抑えながらなんとも言えない顔をする。そんな中でレイリーさんは言う。
「その
その言葉の直後、レイリーさんはケイミーに視線を向けて大丈夫だと言うと、その手錠と首輪に手をかける。皆が止めようと声をかける中、私は咄嗟に足から短剣を引き抜いて差し出した。
「使いますか?」
「……いや、万が一にも娘さんの柔肌を傷つけたくは無いからね。ありがとう」
敵わないな。素手で対処出来るその実力も、冷静さも、判断力も……小娘相手にお礼を言えるその度量さえ……。
「やっぱり、似てるわ」
恐らく、シャンクスが追いかけたのだろう。結果、どことなく似てしまったと考えるべきかな。
長く時を共にした仲間が似るように、追いかけた背中に、人は似て行く。別れてそれ程経ってないのに……何だか酷く懐かしい。
ん?でも待ってよ?
そうなると、いつかルフィもシャンクスみたいになって、最終的にはレイリーさんみたいになるの?
確かに今既にルフィとシャンクスって、似てるところあるけど……。でも、なら、私……この先ルフィにかてる可能性なんて無くなるじゃない!
そんな事を考えている間にも、レイリーさんの手により破壊された手錠に反応して、首輪が音を鳴らす。けれども躊躇いや迷いもなく、レイリーさんはその首輪を見据えて目に追えない早業で持ってそれを遠くに飛ばしつつ外し、ケイミーの命を救ってくれた。
その圧倒的な強さに、判断力に、泣きたくなる。その高みへ、恐らく皆は行くのだろう。
私はそんな皆の横に居られるだけの強さを持たなければならない。導かなくてはならないのだから。
……遠い、わね。遠過ぎて、恐怖さえ抱けない。
そう思った時、昔シャンクスに同じ事を思ったのを思い出す。強過ぎるわ、この人。
お礼を言うケイミー、鍵を得てきたのにと憤りつつも他の人達を解放するフランキー。レイリーさんを見て、本物に会えるとはと言葉少なに見物する三バ……いやいや、三船長の内ルフィを除く二人。
フランキーにケイミーを運ぶよう軽く命じて、レイリーさんはハチの元へと足を進める。軽く小言を言いつつも、気遣うその姿を舞台の上から眺めていたらハチが私とレイリーさんを見てなんの能力かと騒ぐ皆に言う。
「ニュー……あれはハキってやつだ。俺もよく知らねェけど……ナミも10歳の時には、もう使えてた。あの日、ナミが殺す事を躊躇わなければ、アーロンさんを含めた全員、命は無かったと言われてる」
「……アーロンが、そんな事を?」
思わず声に出した私の問いに、ハチは頷く。そして、声を震わせた。
懺悔するように、けれども救いを求めるように。その救いはきっと、ハチ本人ではなくアーロンに対してのものを求めているのだと、そう感じてしまったのがきっといけなかったのだと思う。
怒りの火種は、この瞬間に灯されていた。そうとは知らずに、ハチは言葉を紡ぐ。
「ナミは、優し過ぎるから……絶対に、逆らえなくなるから、任せておけって……言われたんだ。あの甘さは、利用できるって」
言葉が、浮かんでこない。全て、あの時切り結んだ僅かな時間で、気付かれてしまっていた。
……傷つけたくないと甘えていた私の弱さが、結局皆を傷付けていた。そして、多くの命を、失わせてしまった。
「でも……俺達は誰も、ナミが甘いなんて信じられなかったんだ!アーロンさんは、ナミがハキを使えるから殺すには惜しくてそんな事言ってんだって……それくらい、ナミの演技は完璧だった!」
「ハチ……」
「ナミが、俺達が捕まった切っ掛けの日に、アーロンさんに歯向かおうとするココヤシ村の人間達を押さえてるのを見た時……そして、麦藁達に笑いかけた時、俺達は……初めて、お前の素顔を見たんだよ」
「そんな事、ない筈よ。私の実家の前に〝全員〟が集結したあの時……アレは、私の素だったわ」
手が震える。でも、泣く訳にはいかないし、声だって震わせるつもりは無い。
「だからこそ、アーロンは騙されてくれなかった。全て、甘かった私の罪よ。……あの時、もしも躊躇わなければ、誰も死ななかった」
でも、村の人達や諸島の人達は死ななくても、ハチを含む魚人達は全員死んでしまっていたという事になる。そうなれば……それはそれでまた悲劇が生まれていた。
私を〝加害者〟側として数える形で。だからこそ私は、あの時はあれが最善であり、精一杯だったと思っていたかった。
誰も傷付かずに、誰も死なずに、いて欲しかった。ただ、大切な人達と共に平和に生きていたいと願っていたのよ。
誰も苦しまないで、笑っていて欲しいと……。それなのに、自らの手を汚す事を躊躇ったのは、私の弱さであり罪だと、傲慢だったのだと分かってる。
「……確かに、私の実力なら、殺せた筈よ」
「ニュー……なら、アーロンさんは、正しかったのか」
「そうね。私は、致命傷を負わせずに、戦闘不能にしようとした。だけどね、十歳の私には、魚人相手にそれが出来る程の実力は、無かったのよ」
「ナミ」
シャンクスから、戦う力は貰っていた。ベックから、戦う道具と知恵を貰っていた。
だから、後は私の覚悟だけだったのよ。私が、命を背負う覚悟を出来ていなかったから……。
いいえ、今だってない。傷付けた相手の人生や、殺した相手の命を背負う覚悟が私には……!
「あの後だって、アーロンだけならいつでも殺せたわ。でも、出来なかった……!何故アーロン達が私を憎むのか、皆を苦しめるのか、過去に何があったのか、勿論それを知っていたのもあるわ。だけど同時に、私達には何1つ罪が無い事も知ってたの」
「アーロンさんは、俺達全員に言ったんだ。〝ナミの、命だけは奪うな〟と。皆はナミが〝使える〟からだと思ってた。けど……違ったんだって気づいたのは、ナミが14歳の時だった」
「え?」
ハチの言っている言葉が理解出来ない。違ったってどういう事?
私は海図を描く機械として、その才能を求められていたに過ぎない。ただ、使える道具として扱われていた筈よ。
「ナミが大怪我して帰って来ただろ。マッドトレジャーに挑んで……」
「……ドジった私を、笑いたいな「あの時、アーロンさん、寝ないで看病してたんだ。ナミの事。だから、それからだろ。〝ナミはアーロンさんの女〟だと皆が言い出したのは」」
言われてみれば、それ以前は確かに言われてなかった。動けるようになって、アーロンの所に海図を描きに行った時、初めて言われたんだったわ。
でも、それがどうしたっていうのかな。看病するくらいに使える道具だったと、そんな話?
「アーロンさんは、ナミに惚れてる。俺達は確信して、外堀埋めてたんだ」
「……は?」
「なのに、ナミは全然気付かねェし、日々〝魔女〟に磨きがかかるし、涙の1つも見せねェし……。麦藁達が攻め込む直前、ナミをアーロンさんが殺しかけただろ」
いつよ、いや、どれの話よ、それ。そう思った直後、ハチが止めに入った件だと気付く。
ミホークと、ドフィに付けられた跡を見て、アーロンが怒り狂った時か。あれは、自分の道具が他の男に触れられたのが不快だった、独占欲のもたらしたものでしょう?
「……嗚呼、あの時ね。私も体力使い果たしてたから、ろくな抵抗出来なかったものね」
「アレ見て、俺達は初めて気付いたんだ。何年も前からデキてると思ってたのに、実際ナミとは何も無かった。アーロンさんの片想いのままだったんだって」
「……ハチ、その冗談は笑えないわ。アーロンから見たら、私は都合のいい道具だった。八つ当たりも出来て、優秀で、従順……見た目も良いから飾るにも適していたに過ぎないわ」
わかり切ってる事じゃない。なのに……ううん、だからこそ……。
「アーロンが時折見せた優しさを否定したりはしないわ。でもね、私を想ってたなんて、そんな事は認めない……!何人、殺したと思ってるのよ!」
私の心の奥底にしまっていた筈の感情が、怒りとなって溢れそうになる。その怒りは、ともすれば自分に向けているのかもしれないけど。
眼を閉じなくても鮮明に思い浮かぶ、あの頃の惨劇。耳にこびり付いて離れない、怨嗟の声と木霊する嘆きの声。
目の前で潰される町。殺される人々。
助けに動く事も、泣く事も、動揺さえ見せられない私の目の前で、無残に奪われて行く命。地獄絵図を強制的に見せられ続けたあの頃。
「アーロンは、私を想ってなんか居なかったわ。ベルメールさんは、今も歩けない!私は、命しか……守れなかった。そして、アーロンは分かっててやったのよ。私の目の前で……!私の演技が崩れるのを嘲笑う為だけに、必要も無いのに……!アーロンがあの頃、何人殺したと思ってるのよ!」
「ナミは、表情も変えなかったから……気にしてないと、思っていたんだ。ずっと……。今回の償いも、ナミにやった拷問とか、それで食事もまともに出来なくなった事に対してのつもりで……。そんなに、気にしてたなんて、知らなかったんだ」
私が受けた拷問なんてどうでもいい。眠れぬ夜を、誰かのせいにするつもりは無いわ。
それは全て、私の弱さが原因。だって、私はもう解放されてる。
だけど……アーロンは、私が演じてるのだと知っていて、それを行った。そんな中でも、それ以上の確証を与えない為には、演技を続ける他に選択肢なんて何も無かったのよ。
「変えられる筈ないでしょう!?私の背後には、250人以上もの大切な家族の命がかかってたのよ!!優先順位考えたら、見知らぬ人達か家族なら、家族を優先して、他を見捨てるしか無いじゃない!!」
「家族……?」
「血の繋がりは無いわ。親子の繋がりなんて、戸籍ですら無い……!私には、戸籍その物が存在しないのだから」
「あ……!」
ハチの顔色が変わる。もう充分でしょうと、私の中で誰かが囁くけど……止められない。
大切だった。守りたかった。
ただ、生きていて欲しいと願った。その為なら、何を無くすのも構わないと思っていた相手が……目の前で殺される痛みを、その哀しみを……私は昇華しきれていない。
「あんた達はそれを確認したでしょ。それでもね、探せばノジコには戸籍があるのよ。でも、私にはそれすらない」
「ナミ……」
「だから、あの村に住む全員が、私の家族だったわ。彼等が生きているなら、それだけで良かったのよ。他の誰が死んでも、傷付いても、見捨てるって決めて……そうやって8年、あんた達と過ごしたのよ……!」
「わる、かった……なら、あの村の奴等が死んだ時……葬儀も出ないで出てったのは……興味が無いって言ってたのは……まさか……あれも全て、演技、か?」
傷だけが原因では無さそうなその顔色に、震えに気付いていながら止められない。この場には、仲間じゃない人間も居るのに。
「……私の弱味を握ったら、クロオビ達はどうしたと思う?」
「そ、それは……」
「弱さは罪。甘さは悪。躊躇えば死。涙は枯れ果て、冷たく笑い、妖艶に惑わせる。……それの他に、どんな生き方が私に出来たって言うのよ……?」
責めるつもりなんて、無かったのに。そう思った時、帽子が頭に乗せられたのを感じる。
視線を向けるまでもなく、ルフィだと分かる。帽子を乗せたのに、動かされないその手が、もう大丈夫だと伝えて来て、甘やかそうとして来る。
「甘くて……良いと思うぞ。俺は、ナミの甘さに助けられたし、それに育てられた。俺は母ちゃんも父ちゃんも知らねェけど、ナミが母ちゃん代わりしてくれた。感謝してる」
「ルフィ……」
「ナミの甘さは、いい所だ!お人好しだし、無理ばっかするし、自分の事後回しにして倒れちまうのは問題だけどよ。……そんな所も引っ括めて、いい所も悪い所もあってナミだろ。もう、独りで背負わなくていい」
「っ……!」
「俺達がいる。ナミ、大丈夫だ!」
そう言ってルフィは私を抱きしめるから、私はルフィに甘えちゃいけないって分かってるのに……。私はルフィに甘えるように頭を預けるしか道はなくて、震える身体を抑えることさえ出来ないでいる。
そんな状態でルフィがハチに言う。その声は、感情を読み取れない程に凪いだものだった。
「アーロンの気持ちは、わかんなくもねェけど……やり方は間違ってた。だから、俺もアーロンのそれは認めねェ!ナミがあんな泣き方したのに、許せるかよ」
「麦藁……」
「俺はハチを友達だと思ってる。だからこそ、頼む。もうナミを傷付けないでくれ」
「ニュー……。悪かった……」
ハチはそう言って、その後アーロンに関する事は何も言わなくなった。そのやり取りを受けて、後で詳しく聞かせなさいとハチに言ったのはレイリーさんだ。
私はその時の笑顔とやらを見ていない。けれど、その時の笑顔を見た人達は揃って、見ない方が幸せだったと思うと言い切った。
笑顔で怒るそれが怖い人は、敵に回さない方が安全だと言われている。だとしたら、きっと……レイリーさんもそのタイプなのだろう。