※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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宝玉

 そんな私の視線を受けてマルコさんも視線を向けて来たから、結果的に睨み合うように見つめ合っていたけど、先に視線を逸らしたのはマルコさんの方だった。それに何処かホッとして息を吐けば、小さな声が聞こえてきた。

 

 「本気で、攫って行きたくなるよぃ」

 

 その声は聞こえなかったフリをして、私は立ち上がると荷物を手にする。ペンにインクを補充しつつ紙を用意して、セットで胸元に入れるとマルコさんが呆れたように見ているのがわかったけどその理由が分からない。

 それから本棚に視線を向けて、マルコさんが暫しの間固まった。それは明らかに動揺しているのだと見るからに伝わってきて、それからこれは……と感嘆の息をもらした。

 手にしていたのは最新で出版したばかりの医学書で、出発前にチョッパーに渡そうと思っていた物だ。地域によってはまだ発売前のそれを手に、マルコさんは私に視線を向ける。

 

 「この医学書は、何処で売って……?」

 「……地域によりますけど、普通に新作らしいです。うちの船医にあげようと思って、持っていました」

 「本屋で、売ってるのかよぃ?このレベルの本が?」

 「本ですから、本屋で売ってるのは当然かと」

 

 何を言っているのかと本気で思った私に、マルコさんは嬉しそうに笑った。それを見て漸く気付く。

 白髭さんの為に、新しい知識が欲しいんだ……と。確かにあの描かれていた姿では間違いなく内科的な分野になる筈だと思うから、その気持ちは痛い程によく分かる。

 こういう人を見るから、私は少しでも早く、本を出したいと思う。前はただお金の為だけだったけど、今は喜んでくれたり、必要だと言ってくれる人の為にも、早く確実な物を出したいと……。

 とは言え、どれを見ても自作では無いところが切ないのだけれど。医学書なんて、編纂してるだけだもの。

 言い方は悪いけど、この受け取った資料があれば誰でも書ける。編纂のやり方に多少の誤差はあっても、その程度だもの。

 それでも……求めてくれる人がいる。それが、私の中で大きな力になる。

 私はページの差し替えが入ってしまっていた同じ本を取り出して、その事を書いた付箋を挟んでマルコさんに差し出す。ちゃんとしたのはチョッパーにと決めてるから、そっちはあげられないけど……。

 

 「ページの差し替えが起きちゃってる奴ですけど、宜しければ……このページ、左右逆になってるの。他は大丈夫だけど、それでも宜しければ……どうぞ」

 「……有難く頂いとくよぃ」

 

 マルコさんは本を受け取ると、チョッパー用の本を私に返してくれた。そして真剣な顔で医学書を読み始めるのを見て……あれ?

 マルコさんって、船医なの!?普通に副船長とか、戦闘員じゃなくて!?

 ……船医って、この世界だと強いのが常識なのかしら?

 少し遠い目になったのは、仕方ないと思う。それから本に集中してるマルコさんを残して部屋を出ると、チョッパーに本を差し出す。

 チョッパーは本を見た瞬間嬉しそうに小躍りするから、持って行くか帰ってから読むかは任せると言って先に船を降りる。砂漠の風は乾燥していて、肌が焼け付くような感覚に陥るけど……ジメジメしてないだけマシなのかも知れないと、ふと日本の夏と比べてしまう。

 熱く渇いた風が肌を焼く。本来ならばここまでの状態ではない筈の国を思い、ビビはどんな思いで居るのだろうかと思ってしまえば、呼吸さえつらくなりそう。

 視線を向ければビビも真っ直ぐに砂漠を見詰めていて、苦しそうにその表情を歪めているのがわかった。なのでそっとビビに歩み寄ると、背後からその頭を軽く撫でる。

 それにより私の存在に気付いたらしいビビが抱き着いてくるから、そっと抱き締め返してその頭を暫くの間撫で続けていた。大丈夫、ちゃんと家に帰らせるからね。

 そんな時に背後から妙な音が聞こえて振り向けば、何故かジュゴンと戦っている馬鹿が居て……。素直に負けたウソップと、負けた事を責めるゾロ、そして……勝ってしまったルフィがいた。

 それからチョッパーが交渉してくれてる間に、私はサンジ君に可能な限りで良いから、追加の食料をと頼む。それを受けてサンジ君は、呆れた様子でルフィ達を見てから頷いてくれた。

 どうして出発前に食糧難に遭わねばならないのか。深い溜息を落としてからルフィとウソップに拳骨を落として、交渉を頑張ってくれたチョッパーを労う。

 そこへ合流して来たエースとマルコさんにも荷物を渡したら、マルコさんが不思議そうに私達を見た。

 

 「1時的に行動を共にするだけなのに、食料とか渡して大丈夫なのかよぃ?」

 「当たり前だろ。1緒に動くなら友達で仲間だ!」

 

 ルフィは明るくそう答えるので、私はそれを微笑ましく見守る。それはゾロやサンジ君も同じ様子で、何とも穏やかな気持ちにさせられる。

 でも、そんな気持ちは長くは続かない。今居る場所は砂に埋もれた廃墟にしか見えないけれど、元々はここもある程度栄えた町だった筈なのだから。

 恐らく先程ビビの様子がおかしかったのも、それが原因だろう。そう思ってビビに視線を向ければ、ビビが枯れ果てたその町を歩きながら、この国で何が起きているのかを話し始めた。

 語られたのは、仕掛けるには簡単でかつ有効。それでいて誤解を解く手段などほぼ無いに等しい、巧妙な物。

 砂嵐が頻発していると聞けば、思わず成程それも作戦の1つかと納得させられる。クロコダイルの能力ならば、言葉通りと言うか文字通りと言うか、本当に指先を動かす程度の労力で実現可能なソレは、不満を高め生活環境を悪化させるのに恐ろしい程に適している。

 他の細かい所についても、金さえあれば簡単に実行できる範囲のもので、英雄と呼ばれるカジノのオーナーには容易い。……その話を聞いた事で生じた怒りを持て余して、ルフィ、サンジ君、ウソップが無駄に建物を破壊するのをゾロはガキかと言って眺めている。

 エースとマルコさんは困ったような顔でそれを見ていて、その表情がどうにも〝お兄ちゃん〟なのが妙に嬉しく思える。その時唯1オロオロしていたチョッパーが、それから間も無く暑さにやられて倒れたのでゾロがチョッパーをソリでひいていく事になった。

 私はそれにより歩く速度をゾロに合わせて、歩きながらクールボールをチョッパーに向けて放出する。ソリには簡単な屋根は付けたけど、それでも冬島に適した体のチョッパーにこの暑さは辛いだろうなと思えば、どうしたって心配でこんな事しか出来ない事が情けなくなる。

 

 「ナミはチョッパーにばっかり優しいよなァ」

 「煩いわね。船医を守らなかったら戦闘員のあんた達が困るのよ!」

 

 ルフィの言葉に咄嗟にそう返したけれど、単純にチョッパーが可愛くて仕方ないのだと言えなくもない。そう思った時、エースが徐に口を開いた。

 

 「ナミは誰にでも優しいだろうが。そもそも1番甘やかされてるルフィが、ンなこと言う権利はねェぞ」

 「……確かにな。ナミはチョッパーにも甘ェが、ルフィにはもっと甘ェ」

 

 ゾロがそこで追い打ちをかけるような事を言うと、ルフィがいじけたような視線を向けて来たので手招いてその頭を撫でる。私がチョッパーに付きっきりなのが、多分寂しかったのだろうと分かってしまったから。

 切なそうに瞳を揺らすルフィに内心でごめんねと謝る。それから笑顔で慰めるように言葉を紡いでいく。

 

 「良いのよ、私の全てはもう……ルフィに託してあるんだから」

 「……託される前から、確かにナミは俺に甘かったよな。頼むから、チョッパーの事とかビビの事だけじゃなくて、自分の事もちゃんと労わってくれ」

 

 そう言ったルフィの顔は真剣で、だからこそ勝手に顔が綻ぶ。本当に……私は幸せだ。

 そうして皆揃って砂漠を歩くけど、特に代わり映えの無い景色と、暑すぎる現実から体力と気力が奪われて男達は短気になって喧嘩を始めてしまう。その中でもゾロは旅慣れているのか平常通りであり、火であるエースと年長者のマルコさんにも変化は見られない。

 当然この国で生まれ育ったビビも特に変わった様子は無くて、ホッと息を吐き出す。すると突然私の上に影が出来てどうしたのかと思ったら日差しの来る側に、マルコさんが来てくれていた。

 

 「女にこの強行軍はつらいだろうからねぃ。よく、耐えてると思うよぃ」

 

 言いながら笑顔を見せてくれるマルコさんに、私はアーロンに受けた拷問に比べたら随分と楽だから大丈夫なんて返せる筈もないので、笑顔でお礼を言う。それの後でマルコさんはなんでもない事のように、ルフィを見ながら言う。

 

 「エースと、本当に良く似てるよぃ」

 「……義兄弟でも、案外似るものですよ。私と義理の姉も……似てると言われます」

 「待てよマルコ!俺とルフィの何処が似てるんだ!?」

 

 慌てた様子で会話に入ってきたエースに、私とマルコさんは顔を見合わせて笑う。知らぬは当人ばかり成りって、こういう事かしら?

 いつの間にかルフィが全員の荷物を運ぶ事になっていて、私はそれを見て微かな頭痛と共に思い出した事で慌てて口を開く。その私の様子にマルコさんとチョッパーが、少し心配そうな視線を向けて来た。

 

 「ルフィ、砂漠には人を騙す鳥がいるから、岩場に着いた時絶対に荷物から視線を離さないで。今ルフィは全員の命を握ってるのよ!」

 「……わかった。ナミ、そんな心配すんなよ」

 

 いや、心配よ。ルフィって変に素直でいい子だから。

 勿論そんな事は言えないので、信じてるわと笑っておく。それを見ていたチョッパーが、私に心配そうな声で話しかけて来た。

 

 「ナミ、その頭痛……ちゃんと診察させろよ。治せる筈ないとか言ってねェでさ。俺、治せるように頑張るから」

 「チョッパー……」

 

 泣きそうな顔で言われると、困る。本当は偏頭痛じゃないってバレるのもだし……チョッパーを悲しませるつもりは、本当に無いのに。

 

 「ナミ、その時俺も立ち会うよぃ。これでも船医やって長いんでねぃ、地域性のものなら情報共有しておきたい」

 「マルコ、ありがとう!凄く心強いよ!ナミはすぐ診察とかから逃げるからさ……」

 「つらい時にそれを隠す患者が1番困るねぃ」

 「本当にそうなんだよ。ナミは俺に何にも教えてくれねェんだ。俺だって仲間なのに、ナミが宝玉だって教えて貰えなかったし……」

 

 その瞬間マルコさんが私を物凄い顔で見て来た。しまった、本を渡さなければ良かったか。

 と言うか、折角宝玉じゃないんだって事にしておいたのにどうしよう。マルコさんからの視線が異様に痛い。

 

 「……そりゃァ、つらいねぃ」

 

 マルコさんはチョッパーにそう返しながらも、何故か視線を私から外してはくれなくて、それに寒気にも似た何かを感じつつ、気付かないふりで歩き続ける。未だ岩場さえ見えては来ない。

 その内にルフィが腹が減ったと言い出したのを聞いて、休めそうな所が無いから我慢しなさいと声をかける。それに続いてビビが岩場を見付けたら休みましょうと、優しく言葉を続ければルフィは情けない顔で頷いた。

 汗が流れているのを感じながら、汗が出てるんだから大丈夫だと自分に言い聞かせる。汗が出なくなったら、不味い。

 これだけ消耗していれば、確かに太る事は無いわよねと思いながら歩いていたら、ウソップが岩場が見えたと言い出した。流石は狙撃手、目がいいわ。

 そんなウソップに齎された救いのような言葉に、揃って安堵の息を漏らした直後に、ルフィは元気に岩場へと向かって行った。その背を見送り、不安にかられた私は咄嗟にサンジ君へと視線を向ける。

 

 「サンジ君、ルフィが騙されるといけないから、追って!お願い!」

 

 サンジ君は小さく、けれども力強く頷くと駆け出してくれたので、私は皆と共に岩場へと向かって歩き続ける事にした。

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