シャワーを浴びる為、そう言って入ったその場所でドアを閉めた瞬間に崩れ落ちる身体。震える自分の身体を抱き締めて、シャワーを頭から被る。
強がらなければ、叫んでいた。笑わなければ、発狂していたと自分で分かる。
自分で選んだ事なのに、ローちゃんを傷付ける事が出来なかったのは、私なのに……。何度やり直せても同じ道しか選べやしないのに、私の心は悲鳴を上げている。
「……ルフィ……」
無意識の内に呼んだその名前が、余計に胸を締め付ける。それに気付いて、頭を振ってシャワーを浴び終えてしまう。
ついでに持ち込んだ薬を飲んで、リスクだけは消し去っておく。薬を飲む度に、いつかこれを飲まずにその存在が身の内に宿る事を喜べる時が来るのだろうかと、僅かに考えてしまう。
今はまだ、私の夢は半ばにさえ差し掛かっていないし、ルフィは父親になるには早すぎる。そして……他の男を父親に持たせるつもりは無いのだから、これしか無いのは分かってるんだけどね。
シャワーで汗を含む体液の他に、消化しきれない数々の感情を流せてしまえたら……。そんな、叶う筈の無い事を願う。
そんな自分の弱さを、本当はきっと1番流して消し去ってしまいたいのだろうけど。シャワーでは弱さを流せない事は、アーロンの元にいた頃より以前から知っているの。
シャワーを終えて出ると、ローちゃんが手招くので素直に近付けば、タオルを奪われて頭を拭かれてしまう。何するのよと見上げれば、呆れた様子のローちゃんが私を見下ろしていた。
「何だって風呂に入ったら、蜜柑の香りが増してるんだよ。まァ、俺はナミの香りも好きだから構わねェけどな」
後半の言葉が妙に優しいと言うか、なんとも言い難い甘さを含んでいて、私は俯くしか出来ない。そんな私の身体に触れて来るローちゃんの手は、性的なそれを感じさせないので、今はもう医者のモードに入っているのだと気付く。
丁寧に行われる治療に、何だってローちゃんの二つ名はこんなに物騒な物になったんだろうと少し考えてしまう。誰かの命を奪ったりは、ロシーも居るんだから極力せずにここまで来た筈なのに。
「何か、考え込んでるな。……どうした?」
「ローちゃんの二つ名は、どうして死がつくのかなって、考えてたのよ。こんなに優しい子なのにって」
「…………コラさんの言っていた、何しても勝てないし変わらねェってこういう事か」
「へ?」
思わずローちゃんを見上げたら、深い溜息を落とされてしまう。それに首を傾げた時、窓ガラスが砕け散った。
咄嗟に近くにあったシーツを身体に巻き付けて振り向けば、そこに居たのは大将の1人。天竜人を殴り飛ばした弊害は、黄色の人だけだと記憶していた為に内心で舌打ちが漏れる。
「あーらら……。随分、いい格好してるじゃないの。……二人共、覚悟は出来てるよな」
青雉の言葉にふぅと息を吐き出して、私は武器にそっと手を伸ばして触れると同時に装着する。服はもうこの際、どうでも良い。
そんな物に構っては居られないもの。でも、ローちゃんは守らなきゃ。
「ローちゃん、逃げなさい。まだ、大将とはやりあえないわ」
「ナミ……?」
「行きなさい!!」
「行かせる訳、ねェでしょーよ……」
そう言って氷を向けて来るそれを短剣で切り裂けば、小さな舌打ちが青雉から漏れる。こんな所で、ローちゃんを喪えない。
エースが捕まっている今、もしも私が運命を変えられなかった時、ローちゃんが居なければルフィの命だってないわ。ならば本来の運命では何も出来ない筈の私がこの場にて
ホテルの部屋はダメになるだろうけど、そんな事を気にしてる余裕は無い。凍らせようとして来るそれを覇気を纏って拒否して、貫く等の攻撃をして来ようとする氷は、短剣で斬り割き砕く。
その戦いの中で、ローちゃんが狙われれば咄嗟に間に入って庇う。それにローちゃんが驚愕の眼差しを向けて来ているけど、気にするだけの余裕も説明する暇も無い。
青雉は、余裕があり過ぎるわ。今の攻撃だって私を殺したり、致命傷を与えないのはどの程度なのか確認しつつ、遊んでるだけだと分かるから。
「ローちゃん、今の自分の立場を忘れないで!……私が庇いきれなくなる前に、早く!」
「……どうして億超のルーキー船長よりも、宝玉の方が強いのか。そして、それを上層部が知らないのか、俺は甚だ疑問だ」
青雉の言葉に、笑ってしまう。基本的な所では、私が弱いのが理由だもの。
能力者でも無いし、瞬発力もない。体力と筋力がどうしても不足しているから、接近戦も苦手。
戦いの神と、戦いの女神が戦争した時、知恵だけで戦った女神は神に対して固体的な能力では全く敵わなかったのにも関わらず勝率を5割にしていた。それと、私のこれは同じだろう。
読んでいて知っていた事。ナミちゃんがしていた変わった戦闘術。
そして何より、シャンクス達から鍛えて貰っていた事実がある。そういったものが重なり、私はそれなりに戦えてるだけ。
それでもまだまだ、大将を相手にするには足りない。このままじゃ、喪ってしまう。
「私の価値は〝宝玉〟である事だけよ。そこに、殺すなと騒ぐ七武海が居るから、値段が跳ね上がり生け捕りのみとなったけど、他に特出する何かがある訳でなし、懸賞金の額は当然の事……ううん、寧ろ高いと思うわ」
「……覇気を纏って戦えて、海楼石の短剣が武器なんて怖い子に対して、その金額はおかしいだろうと俺は思うんだよなァ」
「あら……過大評価痛み入ります。なれど、私は単なる美少女作家よ!」
本来ならば、航海士と名乗るべきだと分かっている。でも、海軍相手にそんな情報与えたくは無い。
麦藁の1味にいる女達は、頭脳だと既に知られている。ならば、そちらの方面でのみ情報を開示するべきだと判断した。
「援軍を、連れて戻る。……死ぬなよ!」
「良いから、逃げなさい!ルーキー達にはまだ、誰も勝てない!」
「ナミちゃんも、ルーキーの1人なんだけどね?」
豆をイメージしたキャラクターのように、ねェ知ってる?とでも言いそうな勢いで青雉は小首を傾げる。でも、それに可愛いなんて思う心の余裕は無い。
ローちゃんがその能力でこの場を去り、後を追わさない為に青雉の懐に短剣ごと突入すれば嫌そうな顔で対応される。それは予定通り。
実力差を考えれば、殺しても構わないローちゃんの方が狙いやすい。それに、ローちゃんが死ねば私が戦えなくなるのは、少しでも私に関わっていれば分かってる筈だもの。
でも、残るのが私なら、話は変わって来るわ。なんと言っても、私は生け捕りのみだもの。
殺してはいけないというだけで面倒さが増すのに、私は覇気を使えるから簡単にはいかない。更にそこでそのつもりで戦えば、脆弱過ぎる肉体の為に再起不能になりかねない事もまた、見ただけで分かる筈。
「確信犯か、ナミちゃん」
「貴方が相手なら、この作戦が有効と判断したのよ。他の人だったら、戦い方を変えていたわ」
例えば今戦ってるのが黄猿なら、自ら生け捕りのみの私をどうするのかと問い掛けるとかして、その反応をまず見るだろう。そして、赤犬ならば……全力で逃げた筈よ。
生け捕りのみだからって手加減しないのは、わかり切ってる。自分の中で正しくない海兵は、平然と殺してしまえるのだから。
誰が正しいとか、正しくないとか、そんな話じゃない。ただ、生き残る為に、生かす為には力が及ばない分こうして足りない頭を使うしか道は無いのだ。
けれども地力が違い過ぎて、それ程長い時は稼げないままに凍り付いた室内に私は倒れる事となった。そこから身体を起こそうとした私に、青雉は手を伸ばして簡単に動きを封じて来る。
手首を持たれて持ち上げられれば、身長差もあり地に足はつかなくなる。けど……足に覇気を纏えばまだ戦えると考えて覇気を纏おうとした時、腹部にめり込まれた拳が私から意識を奪う。
「あお……き……じ……」
「クザンって呼ぶ、約束でしょーよ」
そんな返事が、確かに聞こえたような気がしていた。意識を失うその瞬間、短剣を手から離していない事だけは確認出来ていたけど、他は確認できていない。
意識を取り戻すと目の前に青雉の顔があって、思わず悲鳴をあげそうになれば、口をその大きな手で塞がれてしまう。それにより少し冷静になった私に、青雉はいつものように適当な言葉を向けて来るかと思ったけど、そうでは無かった。
「ナミちゃんに、提案があるだが……受けるか?」
返事をしたくても、口を押さえられていては出来ないからとその手を叩こうとして、動かせない事に気付く。ご丁寧に凍傷にならないように厚手の布で覆ってから氷で固定してくれてるそれに、内心で溜息が落ちる。
見れば足も同様で、でも覇気を使えれば氷だけなら砕けるかなと思うのに、何故か力が入らない。体力が足りないのかな……?
その時そっと手を口元から離して、青雉が私を寝かせているベッドの端に腰掛ける。それを見て、私はゆっくりと口を開いた。
「それに答えるには、情報が明らかに足りないわ。それと……この状況は何?」
「提案は、俺に捕らえられたって事で報告して、そのまま俺に飼われるのはどうかって話だ。そうなれば、他のメンバーは見逃してもいい」
仲間の為に、身を犠牲にしてみるかと問われているのだと気付く。でも、そうなれば勝てないと分かっていても皆が来て、結局同じかそれより酷い事になるのはわかり切ってる。
だから私は首を横に振った。多分青雉は、私を害さないだろうけど、それは青雉しか海軍に居ないならって話だもの。
「駄目よ。皆は素直に守られてはくれないもの。……ロビンの件で分かったでしょ」
「……だよなァ……あの人の、孫だしなァ……」
脱力した様子で言われてしまえば、浮かぶのはガープさん。ルフィもいずれは、あんな感じになるのかな。
ムキマッチョタイプなら、ガープさん風に、細マッチョ風ならレイリーさんみたいな感じになるのかもと思えば、楽しみでもある。それ迄、傍に居られたら嬉しいのだけれど……。
「ちゃん!……ナミちゃん!聞いてるか?」
「へ?」
「聞いてなかったな。……ベガパンクと同じ種族か、ナミちゃんは」
「……会った事も無い人の事を言われても分からないけど、ベガパンクが人族なら同じだとは思うわ」
「そうじゃねェが……まァ……なんだ?……いいか」
あ、なんか投げた。これだと周りの人が苦労しそうね。
「……さて、拒絶されるとは正直考えてなかったから、面食らってるんだがな。ナミちゃんは、俺からのこの提案で落ちると踏んでたからな」
「状況的な事を考えれば、皆が素直に守られてくれるのであれば、その提案に乗ったと思うわ。でも、皆は私を助ける為にそれこそ命を捨ててしまう。それならば、最期まで抗って殺された方が有意義よ」
死ねばその先はない。だからこそ死んだ人間の為に、命を捨てる必要なんてないのよ。
いつか強くなってから、戦ってその仇をうてばいい。その為にも、即座に奪い返そうなんてしないだろう。
でも囚われているのであれば、生きているから……少しでも早く傍に戻そうと、苦しめたくないと願うのだ。その時囚われているその先で、大切な人の幸福が約束されていない限り、喪うかも知れないと言う恐怖から、無謀な戦いに身を投じるのだと私も分かる。
「その提案は、ロビンを守りたいから?」
「まァ……否定はしねェがな」
青雉がロビンに対して、どんな感情を持っているのかは分からないけど、親のような、親戚のような、そんな気持ちなんじゃないかなって推察してる。
「……状況の方だが」
青雉の言葉に視線を向ければ、それ迄のだらけきった様子から変わり、色気を含んだ笑みが向けられた。それに息を飲んだ直後、青雉から言われたのは到底受け入れられないものだ。
「この間の〝約束〟が中途半端だったから、その続きをしようかと思ってな」
「悪趣味ね。それに、ちゃんと中に挿れたじゃない」
「俺は出してねェよ。あんなもん未遂と同じでしょーよ」
そんな訳あるか馬鹿者と叫びそうになり、黙る。いや、黙るしか無くなった。
だって、唇が塞がれてしまったから。重ねられた唇が、冷たくて……この人本当に氷なんだなと動けないのもあり妙に冷静に受け止めていた。
けれどもそれが身を隠していた唯一の砦であるシーツを取り払われてしまえば、その限りでは無い。例えば欲望や愛情にその瞳が揺らめいていれば、現実感もあるだろうが……何も、その瞳に見いだせないのだ。
そう、美術品でも見てるような瞳だと思う。青雉の中で私はどんな存在で、本当は何を考えているのか、全く読めない。
「相変わらず、綺麗だな」
落とされた呟きに眉根が寄る。あの時も決して綺麗ではなかった筈だと言うのに、何を言っているのか。
分からなくて見詰めた時、氷のようだと思っていた、やる気のなさそうなその瞳に欲情が見えた。それに背筋がゾクリとする。
突然実感した、女として狙われているという事実に、動かない四肢の代わりに身を捩って抵抗しようとするけど、上手くいかない。そんな些細な抵抗が、この実力差で効果がある筈も無かったのに。
「裸体で氷漬けにされて、展示されたいっていうなら、抵抗しなさいよ。ナミちゃん。違うなら大人しくしてな」
その言葉と共に唇が胸元に落される。そうして胸飾りに舌を這わされた途端、たったそれだけの事で身体が大きく弾けた。
つい今しがたまで、ローちゃんにされていた影響が残る身体は、恐ろしく敏感になっていて、ナミの意志とは関係無く男から与えられる熱に飢えている。そうとは知らず、反応する自らの身体に怯えを見せるナミは、男の嗜虐心を煽るのに適し過ぎてさえいるだろう。