岩場が見えるからか、岩場までが異様に遠く感じる。歩いても歩いても岩場が近付いてこない気がして、いや……近付いてきたらおかしいのか、私が近付くのだから。
そんな意味のわからない思考に陥るくらいには、暑さで体力と思考能力を奪われている。クリマタクトって、常時杖として使っても壊れないかしらなんて本気で考える位、サラサラと流れる砂に足を取られて苦労しているのも疲労が蓄積している要因だろうか。
「ナミお前、ちょっと止まれ」
ゾロの言葉で足を止めると、何故かゾロが私に手を伸ばして担ぎ上げるから、どうしたのかと慌てた時今度は別の手が伸びて来てゾロから引き離される。……私は荷物か。
「俺が運ぶ。自分とこの船医運んでやれよ。随分弱ってるぞ」
そう言ってエースが私を横抱きにするから、なんなんだと叫びそうになる。そんな私を無視してゾロはゾロでエースに頼むなんて言うから、私が拒否する隙がない。
「エース、大丈夫だから、私歩けるから!」
「エース、そのままナミを運んでくれ。ナミの自分に関する大丈夫ほど、この世に信用出来ねェ言葉はねェから」
ウソップの言葉が私を全否定してきて、エースは私に視線を向けると何やらかしたんだよと呟くから、私は聞こえないふりをして黙るしかなくなった。でも代わりにウソップが私がココヤシ村で私のやろうとしてた事や、やっていた事を簡潔に伝えてしまうので、マルコとエースから呆れたような視線が向けられる事となった。
「ナミ、それは信用されなくなっても仕方ねェと思うぞ?」
チョッパーまでそんな事を言って追い打ち掛けてくるので、私はお地蔵さんよろしく無言で運ばれる事にした。そうしている内に岩場に到着し、ルフィ達の様子を見ればどうやら争っているらしいとその声で判断できる。
エースに解放してもらうと争うルフィとサンジ君の元へと足を進めて、状況を確認する。荷物は何とか無事な様子だけど、どうやらルフィが騙されそうになったのをサンジ君が取り押さえてくれたらしいと理解出来た。
それを理解したのは私だけではなく、ウソップはそれを知って喧嘩に混ざってしまうので、大騒ぎになる。私はその荷物の中から水とひとつまみの塩を用意して、適当な果物も貰う。
簡易的ではあるけど、これでもミネラルウォーターを作れるのだ。作ったミネラルウォーターを喧嘩してる3人を除いたメンバーに配り、それから3人にはどうやって渡そうかと視線を向けた時、諸悪の根源たる鳥を発見したルフィが追い掛けて行ってしまった。
「いくらルフィでも水分補給しておかないと、ダメだと思うのよ」
思わず呟いた私に、水分補給していたビビが低い声で名を呼ぶから何事かと思って振り向く。その表情に怒りが見えて、私は小首を傾げた。
「人に配ってただけで、ナミさんも飲んでないじゃないですか。ダメですよ、顔色悪いです。休んでください」
おかしいな、ナミちゃんが倒れるような描写は記憶にないのに。私の方が少しばかり体力も戦闘力も高い筈なのに、どうして……?
「頭痛起きてる時さ、いつもは休んで体力回復させてたのに、今回それ出来なかったんだから、少しは自分を大切にしてくれよ」
チョッパーの声が聞こえて、私は成程と思いながら頷く。頭痛のせいでこんな事になったのかと。
私がチョッパーの横に腰を下ろして水分補給をすると、そこで漸くチョッパーが笑ってくれてホッとする。見ればチョッパーの飲み物が無くなっていたから、追加を用意しようかと考えた時チョッパーが水は貴重だからとか言い出した。
ならばと思ってクリマタクトで小さな雨雲を作り、鍋の中にそれを落としたらビビに女神とか言われたのでデコピンしておく。辞めて、嫌な事を思い出すから。
シャンクスめ……次に会ったら今度こそ膝をつかせてくれるわ……。何が女神ちゃんですか……!
その時遠い海上にいるシャンクスがクシャミをしたのか、寒気に襲われたのか、それとも何事も無かったのかは、本人にしか分からないだろう。とりあえずそんな訳で、水分を入手出来た私達は先程の使いかけだった果物と塩で追加のミネラルウォーターを用意して、弱ってるメンバーを中心に暫しの休息を取る。
ミネラルウォーターを私が作ろうとしたのを、サンジ君に止められて代わられてしまったので、私は横から口を出てただけだけど。そんな私達を見ていたマルコさんが、私の額に何気なく触れて来た。
「……熱中症の症状はないねぃ。それにしても、知識量だけは本当に多いな。生きる辞書ってところかぃ?」
揶揄うようなそれに私は笑っておく。そんな私とマルコさんを見たサンジ君が騒ぎ始めた時、妙な音が聞こえて視線を向けるとルフィが怪物を数体引き連れて帰って来たのを確認出来た。
思わず頭を抱えた私とは違い、ウソップ、チョッパー、ビビは怯えた様子を見せて、ゾロとサンジ君、エースとマルコさんは一斉に立ち上がるとマルコさんを残してルフィの元へと向かって行った。
「……マルコさんは、行かないんですか?」
「病人と、女子供に護衛無しって訳には行かねェだろうよぃ」
なんだ、この無駄にイケメンな発言は。そう言いたくなる程に自然に発せられた言葉は、恐らく本気で護衛として残ったのだろうと分かる。
そして視線を向ければ、寧ろ怪物に同情したくなるような事態になっていて……。とりあえず、視線をビビに向ける。
「ねぇビビ、アレって毒のある生物?」
「無かったと思いますよ?」
「そう、ならちょうどいいわね。食料GETよ」
「……ナミさんって、時々物凄く逞しいですよね」
ビビの疲れたような声を聞きながら私は笑う。だって現地調達出来るなら、それにこした事は無いもの。
肉を即座に捌いているサンジ君と、それを手伝うゾロ、ソワソワして楽しそうに待つルフィと、火起こしなら任せろと火起こし超えてキャンプファイヤー状態にするエースを眺める。あれらと共に居て、逞しくならない筈があろうか。
答えは否である。それはビビにもわかったようで、何故か同情的な眼差しを向けられてしまった。
捌くのが区切りになったのを見て、私は手荷物からローズマリーの岩塩を取り出してサンジ君に投げる。それを受けたサンジ君は難無くそれを受取り、それを見て納得した様子で味付けを行ってくれる。
頼れるコックさんだわとそれを見て思いながら、チョッパーに動けるかと声を掛ければ大丈夫だと笑ってくれた。なので私達もそろそろ何か手伝わないとねと言って、歩み寄る。
「それにしてもナミさん、どうしてこれを?」
「砂漠では汗と1緒に塩分が不足すると思ってね。それと、ローズマリーなら肉の臭い消しに……」
サンジ君の問い掛けに答えれば、何故かサンジ君はそうじゃありませんと言う。何が違うのかと視線で問いかければ、ローズマリーの岩塩を返してくれながら言葉を口にする。
「俺が作った物を持って出たのに、どうして調味料を持ち歩いてたんですか?」
「……ルフィとの付き合いが長いから、島に降り立つ時にルフィが1緒の場合は常に携帯してるのよ。他にも幾つかあるわよ?」
そう言って紫蘇の醤油漬け等を見せれば、サンジ君が成程と言う。ジビエ料理を突然食べる事になる事を考えたら、ある程度何か揃えないと私は生きていけないと思うのよ。
野生動物というのは家畜と違い筋肉が発達してるから、硬いのよ。その上で食べる物が厳選されてる家畜とはやはり違うから、臭みも強いので臭み消しがなければ種類によっては焼いてる臭いだけでダメなんて事も有り得る。
血抜きとか臓物を即座に抜くとかの処理を正しく即座に行えれば良いけど、それも出来ないなら本当につらい。だからお店で出るジビエ料理って大半が、臭くて固くて二度と食べたくないなんて言われる事になるのよね。
そんな事を考えながら食事を進め、それを終える頃には皆大分精神的にも肉体的にも落ち着いた様子だったので、ビビとエースを手招いて地図を広げる。
「今私達はここに居るの。そうなると……」
そこまで言った時、目の前にラクダがいるのが分かり息を飲んだ。このラクダがいるなら、乗れるのなら、色々余裕が出来るかもしれない。
慌ててチョッパーを呼んで通訳してもらい、私とビビを乗せてくれるというラクダにより、私の脳内はフル稼働を開始する。その瞬間ルフィとエースが悲痛な悲鳴を上げたけど、その理由は定かでは無い。
現在位置からユバまでは、私やビビが歩いて行くならば到着は明日の昼になるだろう。勿論休憩無しでの計算をした上で。
それに対して私とビビがラクダで移動するならば、男達の歩く速度で考えればいい訳だから到着は深夜になるだろう。夜になってから到着したのでは、残念ながら宿を取る事は難しい。
簡単に考えれば、ここからユバまで徒歩なら1日、ラクダなら半日なのだ。そうなるとこの場で黒髭対策を話し合って、朝早い時間帯に出発するのが吉だろうと考えられる。
だけど折角ラクダがいるのに乗らないなんてのはおかしな話だし、戦う事を考えたらまる1日歩いた後で寝ないで戦闘に入るのは難しい。でも、半日の移動で昼間到着ならば、食事でもしてから戦えば恐らく勝てなくても負ける事は無い。
考えが纏まった所で顔を上げると、私はこの場で1夜を明かして朝一で出発する事を提案する。その理由も説明すればビビは少し躊躇ってから、納得したように頷いてくれたし、マルコさんはルフィとエースを見てそうした方が安全そうだねぃと笑ってくれた。
残るはルフィの意見だと視線を向けると、ルフィは大きく頷いた。
「なら、火もあるし今日はここで休もう!んで、ユバに着いたら飯食って、戦えばいいんだろ?」
「そうね。それが安全だと思うのよ」
「なら、そうしよう!ビビは大丈夫か?」
「えぇ……私も少し、心を決める時間が欲しかったから、ちょうどいいかもしれないわ」
少し暗い表情を浮かべるビビに、私はひとつ提案する。勿論皆の許可は必要だけど。
「反乱軍が町にいるのを見付けたら、食事する店を探すついでにリーダーの居場所聞き出して、可能ならビビと1緒に、護衛としてチョッパーとウソップを連れて会いに行ったらどうかしら?」
「え?」
ビビが驚きを隠さないで私を見るから、私はビビをそっと抱き締めて背中を軽く叩く。焦っているのだろう。必要ならば先に反乱軍をどうにかしたいのだろう。
その気持ちは……痛い程によく分かる。私がビビの立場ならきっと、同じように思って葛藤する。
「今回エースやマルコさんが戦う相手は、冗談にならない位に、人間とは思えないくらいに強いわ。それならば人間相手なら十分戦えるウソップとチョッパーを連れて、ビビは1度別行動するのもアリだと思うのよ。お姫様が海賊に殺されたなんて事には、させられないわ」
「でも、ナミさんは?」
不安そうに腕の中で顔を上げるビビに、私は笑いかける。そんなに不安そうな顔はしなくていいのよ。
「うちの三強にはかなわないと思うけど、私だってそれなりに戦えるのよ。昔はエースより強かったんだから」
ビビとウソップとチョッパーが安全なところに居てくれるならば、その方が私も戦いやすい。その考えがわかったのか、サンジ君とゾロも納得したように頷いてくれて、マルコさんが妥当な所だろうねぃと言ってくれる。
それによりビビの中で焦りは大分軽減されたようで、この場で泊まる事が決まった。黒髭と戦うであろう明日に備えて、私は気持ちを引き締める。
……叶うならば、ここで黒髭を倒して、エースが死ぬ未来を消滅させたい。ルフィも、白髭海賊団の人達も、誰も傷つかない明日が……私は欲しい。