巫女様
ある島々のある場所に、それぞれ巨大な肉球跡を1つずつ残しながら彼等はあるべき場所へと送り届けられた。彼等がそれぞれどの位の距離、日数、飛ばされたのか、それは当人達でさえ想像もつかない。
飛ばされた衝撃と、身動きの取れない現状。急激に薄くなり過ぎた酸素に体が悲鳴を上げる。
身体中から流血してるのが分かるけど、自力ではどうにも出来ない。今はただ、呼吸をしているだけで精一杯なのだ。
酸欠もだけど、出血死したとかだけはやめて欲しい。私はルフィを悲しませたくないから、まだ死ぬ訳には行かないのよ。
遠のく意識の中で皆を思い出す。大怪我してるゾロは無事かしら。
暴走してる状態だったチョッパーは、生きていてくれてるのかな。目の前で仲間を次々と消された、ブルック、ウソップ、サンジ君、ロビン、フランキーは心が折れてないかしら。
……何よりも、これまで身内にしか負けた事の無いルフィが、目の前で仲間全員消されてしまったのだ。更には自分迄もが……。
完膚なきまでに追い詰められてしまって、ルフィの心はまだ、生きているかな。そして私は最後に、ちゃんと笑えていただろうか……?
早くルフィの所へ行かなきゃ。独りにしたくない……。
嗚呼、その前にエースを助けないと。ルフィの心の傷を、これ以上増やしたくないわ。
薄れ行く意識の中でそう思っていたのに、目覚めると知らない老人と美女が私の顔を覗き込んでいた。驚いて体を動かそうとしたら、治療されていたのかしらと誰かに問い掛けたくなる程に、思ったより動けた事に驚く。
それでも少し辛くて、私はやっとの思いで体を起こす。でも、血が足りないのかクラクラする。
その時声が聞こえて、私はそっと視線を向けた。それは老人の方。
「おいおいおいおい、娘さん。目覚めたのかね?」
「……貴方が、助けてくれたの?」
多すぎる呼びかけをしてくる老人に尋ねれば、そうだと頷かれるから、私は頭を下げる。この時傍にいた美女に、私は見覚えも無ければ知識も無いけど、描かれてなかっただけかもしれないし、忘れてるだけかも知れないとあまり気に停めなかった。
「助けて頂き、真にありがとうございました。私はナミと申します。お二人のご尊名をお伺い出来れば幸いで御座います」
「礼儀正しいを超えて、堅苦しい娘さんじゃの。儂は、ハレダスと言う名じゃ」
続いて美女が、私は巫女様って呼ばれてるわなんて言うから、神社みたいなものでもあるのかなと頭の片隅で思う。それからそっと視線を上げて、二人にここが何処なのかを問い掛けた。
窓から見える景色は空だけで、情報が足り無い。もしも私が知っている通りならば、空島なんだけど……。
18年以上も前の知識であるのと、そこ迄細く描かれていなかったのもあり、老人の多い空島で天候を学んだって程度しか知らない。だからどうしても、確証を持てないのよね。
だけどもしその通りなら、まずは下界の新聞を入手して天候の科学を学びたいとお願いして、地上に降りられなくていいからマリンフォードの上に行かせてほしいと頼まなければならない。
私は真剣にハレダスと名乗った人と巫女様の話を聞いて、確証を得て行く。そして、天候の科学を学びたい事と、新聞を読みたい事、マリンフォードの上空へ行きたい事を伝えれば、いくつかの質問の後、ハレダスさんは1度チラリと巫女様に視線を向けた後、頷いて許可をくれた。
私はそれに感謝して早速動こうとしたけど、上手く体が動かなくてベッドから落ちて床に転がる。何が起きたか分からずにいると、ハレダスさんが大怪我だったのだと話してくれた。
私がそれでも動こうとしたからか、巫女様がそっと私の肩に触れる。そして、それまでの落ち着いた雰囲気を吹き飛ばして、私の肩を強く掴むと鼻息荒く問い掛けてきた。
「貴方、ナミちゃんなのね!?」
「え、はい」
「髪の毛長いからちょっと驚いたけど、ナミちゃんで間違い無いのね!?」
「は、はい!」
この時私は悟った。この人も、この世界を作品として読んでいた人なのだと。
それならば、巫女様と呼ばれるのもわからなくは無い。この世界の過去と未来を、知ってる事も多くあるのだから。
「ここにいれば会えると思ってたのよ!未来を変えちゃうかも知れないし、行かせたら死なせるかもって思ってたけど、大丈夫そうならマリンフォードまでは私が連れて行くつもりでいたのよ!」
その発言で気付く先程のハレダスさんの行動の意味。準備は整っていたんだ……!
本当に、可能性は、あるの?
だとしたら、私諦めない。例え私がそれにより死んだとしても、悔いは無いわ!
「巫女様……私、未来を、変えたいんです……!」
「任せなさい。この世界に産まれてから現在迄、その為にずっと研究して来たんだから!……手配書見た時に私の知るそれと少し違ってたのは、貴女も、そうなのね?」
そう言って巫女様は微かにその眼を細めるから、それに頷く。するとフッと笑ってから、強く抱きしめて……身体中を撫で回して来た。
「ああああ!蜜柑の香りが本当にするわ!ナミちゃァーん!!」
「おいおいおいおいおいおい!!止めんか!この変態ー!!」
「あらヤダ、そんなに褒めないでよ」
「褒めとらんわー!!」
「本当に腰ほっそいし、肌白いしィ、胸も大きいしー!!」
言いながら頬擦りしつつ人の胸を当然のように揉んでくる巫女様に、どうしていいか分からなくて咄嗟にハレダスさんに助けを求めるように視線を向ける。するとハレダスさんは不思議なロープを手にして、巫女様に向けて突風を起こし吹き飛ばしてくれた。
それに感謝して飛び付くと、怖かったな、すまんと謝られてしまい、私はお礼を言いそびれそうになってしまった。とりあえずハレダスさんの影に隠れて、巫女様と距離をとれば少し寂しそうと言うか、残念そうな顔をされたけど……身の危険を感じるからごめんね。
その後食事を提供してくれた2人に感謝しつつ、私の荷物の確認やこれ迄の治療の経過、マリンフォードに行くに当たり残された時間等を教えて貰った。その上で、私が〝宝玉〟である事と、ビビに兄がいて、それが私や巫女様と同じ枠に該当するらしい事を説明し、情報交換を行う。
「成程ね。貴女は成り代わりで、ビビの兄なんて美味しいポジに産まれた人は知識不足か。私は、自他共に認めるオタクだったから寧ろ知らない事は無いと思ってくれて良いわよ。完璧に覚えてるし!でもね、多分それをナミちゃんに教えるのは良くないと思ってるの」
「……未来を変えるリスクって事ですね」
私が背負わされたそれを思えば、確かに下手に知識を与えれば巫女様にどんな弊害が起きるか分からない。そう思って発言したのに、巫女様は頭を横に振った。
「違うわ。未来を変えられなかった時の絶望と、それを知った時の恐怖、その結果に応じて憎悪等に変わるかも知れない感情……。それらが、私に向けられるのが嫌なのよ」
その言葉に、考えてもいなかったと気付かされる。確実に運命を変える為に生きてきたけど、変えられなかった場合の事なんて考えても見なかった。
そんな私に、巫女様は笑う。貴女は変え続けてきたのねと、そう言って。
「そんなに多くは変えてません。ただ叶えられた……変えられた運命は、母を死なせずにすんだ事と、サッチ隊長が生きているらしい事しか把握出来ていな……。あ!そう言えば」
「何?」
話してる途中で思い出したのは、義手どうする?なんて笑ったベックと、左腕を私を抱き締めて、ドフィに右手で剣を向けてくれたカジノでの事。必ず守ると、そう言ってくれた声と温もりを、思い出してしまった。
何故か泣きそうになって、私は誤魔化すように巫女様にふっと笑いかける。オタクならばこれできっと誤魔化せると信じて。
「シャンクスの左腕があります」
「……でかした!!私のシャンクス!!」
美しい容姿なのにうおっしゃぁー!と叫びながらガッツポーズを決める姿に、嗚呼……この人シャンクスのファンかと思って、少し微笑ましく見てしまう。そうしていたら、直後に首を傾げてから巫女様はでも……なんて言った。
何かなと思ったら、なんでシャンクスと知り合いなのよなんて言われてしまう。話してなかったかなと思いながらも、母を助けたくて師事した事を伝えたら、何故か悶絶された。
「シャンナミ!?何それ美味しい!!……それで、ゾロサンなの、サンゾロなの!?」
「どちらでもなさそうです」
鼻息荒く問い掛けられた事に答えれば、見るからに萎れるその姿に何だかなぁと思わされてしまう。それからBLの世界軸じゃないのね……と落ち込んで居たかと思ったら、突然顔を上げて問い詰めてくる。
その勢いは少し怖い。なのに、顔は勝手に赤くなる。
「ナミちゃんの恋人は誰!?」
「……る、ふぃ……です……」
脳内で太陽みたいに笑うルフィがナミと、呼んでくれる。それだけで何だか気恥しいのに幸せな気持ちになっていたら、巫女様は1人で身悶え始めた。
「マイナーだけど王道!!私はゾロナミ推しだけど……はっ!!ゾロとは何も無いの!?」
「何もって……?」
「『ルフィにしないで俺にしとけよ……』とか言って倉庫で襲われて、ルフィに言えずに震える夜を過ごすとか!!」
言われて考える。キスは何度かされたけど、倉庫では無いわね。
「…………多分、ないと思います」
「多分って、何よ。多分って……」
ガックリとした様子を見せる巫女様に、私はなんと声をかけていいか分からなくなる。ゾロにも仲間として愛されてるとは思うけど……未遂までしかないもの。
それに多分、恋愛感情よりもゾロは仲間意識の方が強いんじゃないかなと思ってるのだ。ウソップにも言われたけど、ロビンといるのもよく見かけるし、多分ゾロはロビンかたしぎちゃんを好きなんだと思うのよね。
もしくは、これからペローナちゃんとどうにかなるのかなって。まぁ、ゾロなら相手は腐る程いるから大丈夫よと1人で納得して頷けば、巫女様に何か嫌な予感がするわ……なんて言われて首を傾げてしまう。
その後天候の化学についてはハレダスさんが教えてくれる事になり、巫女様とは情報交換をしつつ、マリンフォードへ行く方法についての話し合いをする日々となった。その間も傷の治療もして貰えて、私はクリマタクトを改良出来る範囲でして行く事となる。
巫女様は私を戦場に送り届けたら1度空島に帰り、後から情報収集しつつ私の事を迎えに来てくれる予定だと言う。それに感謝して頭を下げようとしたら、真剣な顔で阻止された。
「忘れないで。私はナミを
「な、にを……」
「ナミが居なかったら、麦藁の1味は、ラフテルに行けない。だから必ず、生きて帰って来て!私は……原作のナミちゃんは勿論、今のナミも喪いたくはないの!」
真剣なその眼差しから逃げるように視線を反らせば、巫女様がどんな顔をしているのか分からなくなる。だけど、何か言わなければと口を開いて、飛び出したのは私の本音。
「……私がいる時点で、ナミちゃんは存在しないわ。だから「貴女が、ナミなのよ」」
驚いて巫女様を見れば、真剣な顔をしていて……震えそうになる自分を自覚する。それは、成り代わったからと言うだけではないと巫女様は言う。
もしも他の人がナミとして成り代わったとして、その海図を描く能力を持っていたとしても……。村人の為に8年も奴隷として、生きる事は常人には出来なかっただろうと言うのだ。
逃げ出すか、絶望するか、もしくは……。そう言って震えてから強く抱き締めてきたその温もりを、私は何故か
「これ迄の麦藁の1味について、調べて来たわ。その中で、貴女はしっかりナミだった。確かに違うところもあるとは思うけど、その甘いとさえ言える優しさは、ナミと名乗る事を誰にも否定できないと思うわ」
「……甘い、かな?」
この世界基準ならそうかもしれないけど、この人は……恐らくこの世界基準では話して居ない。だから、不思議に思う。
「ナミとチョッパーは、優しいを超えて甘い。でも、だからこそ愛されるのよ。そのままでいいわ。守るのが、男達の仕事よ」
「……いや、よ。私、守られるだけなんて嫌!!私がルフィを、仲間達を守るの!!」
その瞬間、眩しそうに私を見た巫女様は、ほらねと言う。知らない筈なのにと、小さく呟いてから……ナミが空島で同じ言葉を口にしたのよと笑ったのだ。
実際、原作のナミちゃんがそれを口にしたのは、ルフィがエースを喪ったと知った後の事らしい。でも、これからエースを助ける為に飛び込むと言っている私ならば、少し変わっても同じ事だっただろうとそう言われては、私にはもうその言葉を否定する力なんて残されていなかった。
この時、ポートガス・D・エース公開処刑まで……後6日。〝白髭〟が監視船を全滅させた事により、『海軍本部』は1層緊張感を増し……マリンフォードの港には、各地で名を挙げる屈強な海兵達が続々と着港。
『正義』の名を持つ……全ての戦力が『海軍本部』に、集結していた。その情報さえも、巫女様は全て入手し、ナミに伝えていた。
寝ている間に落ちた筋肉を取り戻しつつ戦いに備える為に、ナミは天候の化学について学ぶ傍らで、自身の能力を高めていっていた。その為に1人舞う姿を見た巫女様が半狂乱でナミに飛び付いて、ハレダス達に抑え込まれたのは余談だろう。
その頃……〝聖地マリージョア〟には、既に召集された〝七武海〟の海賊達にも戦闘陣営が伝えられるが……いずれも手に余る曲者揃い。……ただ、1つだけ理解できる事は、彼等が1丸となって戦う事は……まず、考えられない。
そして……時は流れる。ポートガス・D・エース公開処刑当日。
武器の点検を終えたナミは、髪をポニーテールにして立ち上がった。巫女様はその姿に切なげに瞳を揺らすと、気を付けてと言って抱き締めてくれる。
「ハレダスさん、お爺ちゃん達、巫女様、ありがとう。行ってきます」
「行ってきますと言う言葉には、帰って来ると言う誓が込められている。必ず、帰っておいで」
ハレダスさんの言葉にナミは笑い、頷いた。その顔には、迷い等微塵も無い。
運命を変える戦いは、目前に迫っていた。その代償が何になるのか、それは今はまだ誰にも分からない。
仲間の事を思うシーンで、ウソップの名前が抜けておりました。謹んでお詫びと訂正を致します。