空島にてナミが別れの挨拶をしていた頃、世界最大の海底監獄インペルダウンより、脱獄に成功した囚人の数……総勢242名。インペルダウンの歴史上、最大の失態となるが……事件はまだ終わってはいなかった。
ポートガス・D・エース、公開処刑まで……後、4時間。時計を確認し、巫女様はナミにその事を伝えた後、真剣な顔で言葉を続けた。
「映像が映し出されて、白髭海賊団が姿を見せて、脱獄組が姿を見せたら……ナミ、貴女を降ろす。それ迄に万全の体勢を整えておくのよ」
「ありがとう。心配かけて、ごめんね」
「……貴女に何かあったら、世界の損失だもの。……ずっと計画はしてたけど、いざ行かせるとなると……私の方が覚悟を決められないわね」
困ったように笑った巫女様に、私は映像電伝虫が伝える映像へと視線を向けつつ、言葉を返す。逆の立場なら、きっと私は行かせられないだろうなと思いながら。
『海軍本部』のある島〝マリンフォード〟には、主に海兵達の家族が暮らす大きな町がある。現在、住人達には避難勧告が出ており……避難先のシャボンディ諸島からモニターによって、人々は公開処刑の様子を見守っていた。
そのモニターに映し出されているのと同じ物が映し出されているのが、今ナミ達の見ている物である。それができるよう、長年かけて巫女様が準備を進めていたのだ。
各所より集まった記者や、カメラマン達もまた、ここから世界へ情報を逸早く伝えるべく、身構えていた。そこにエースの姿が映し出されれば、ナミの身体は自然と動きそうになり……それを必死で抑え込む姿に、ハレダス達は声を掛ける事さえ出来なかった。
海軍から出される監視船は出航の度に撃沈され……〝白髭〟の目撃情報も皆無……。マリンフォードに走る緊張は、高まるばかりで、迫る処刑の時間までとうとう3時間を切っていた。
〝偉大なる航路〟マリンフォード『海軍本部』。世界各地より召集された名のある海兵達。
総勢約10万人の精鋭が、にじり寄る決戦の刻を待っている……。三日月形の湾頭及び、島全体を50隻の軍艦が取り囲み、湾岸には無数の重砲が立ち並ぶ……。
港から見える軍隊の、その最前列に構えるのは、戦局の鍵を握る5名の曲者達。海賊〝王下七武海〟。
……そして、広場の最後尾に高く聳える処刑台には、事件の中心人物〝白髭海賊団〟二番隊隊長。ポートガス・D・エースが、運命の刻を待つ……。
その眼下で処刑台を堅く守るのは、海軍本部〝最高戦力〟。3人の『海軍大将』青雉クザン、赤犬サカズキ、黄猿ボルサリーノ。
今考え得る限りの正義の力が、エース奪還を阻止する為〝白髭海賊団〟を待ち構える……。そのマリンフォードにて、海軍本部元帥センゴクが、エースを責めるようにその言葉を口にする。
彼を殺すのは当然だと知らしめる為だけに、彼の心をも殺そうと無常にも言葉を告げる。世界に向けて。
〝お前の父親は誰なのか〟と、残酷にも問い掛け続けるのだ。その後エースの産まれた時の話をするつもりなのは、嫌でも分かる。
「エース!」
「ナミ!まだ、また駄目!1人ではどうしたって勝てないでしょう!」
「分かってる!分かってるけど……!!エースは、私の弟なのよ!!」
エースの心を傷付けないで。エースが父親と認めたのは、この世にただ1人、白髭さんだけなのだから……もう、それでいいじゃない!
どうして、親の罪を子が背負わなければならないの!?
どうして、親からの愛情さえ感じられない環境に育った少年を、産まれる事すら否定する権利があると言うのよ!?
けれども私が叫ぶように口にした言葉に反応した巫女様は、笑顔を引き攣らせ、声を震わせる。それはファン心理なのか、それとも別な何かなのか、私には判断出来ない。
「ちょっと待とうかナミちゃん。お姉さんその話聞いてないよ……?」
その結果、エースが血を吐くように叫んでいる現在、私は巫女様に問い詰められエース達と幼少期に過ごしていた事等を話す事となる。そして、サボの記憶が戻っている事までしっかりと吐かされたのだった。
そうして、それを聞き終えた巫女様は、ニンマリと笑う。悪人のような、自分の好みに話が展開しそうだと思ったオタクの喜びの笑顔のような、微妙な笑顔だ。
「それなら、無事に生きて帰れそうね」
「なんで、そう思うの?」
「私が天才だからよ。と言うか、サボが好きなオタクならこの先何が起きるか分かるわ!」
そう言って巫女様は満足気に頷く。私には全く持って理解は出来ないけれど。
お爺ちゃん達は私が戦場に向かった後、このモニターで私の様子を見守ってると言ってくれた。だから私は、その時を逸る気持ちを抑えつつ、待つ事しかできない。
見守る事しかできない自分が口惜しくて、唇を噛み締めた。その時になって、その思いをこれからハレダスさん達が味わうのだと気付き小さく謝罪する。
そんな私に皆が順番に頭を撫でて来るから、泣きそうになってしまう。その時聞こえてきたのは、白髭海賊団到着のざわめき。
「俺の愛する息子は、無事なんだろうな……!!グララララ……!!ちょっと待ってな……エース!!」
「親父ィ!!」
叫ぶエースを見て、私と巫女様は正反対の悲鳴を上げる。それを見てお爺ちゃん達が巫女様を殴ったのは、ご愛嬌だろう。
「親父……皆……俺は、皆の忠告を無視して飛び出したのに、何度も引き留められたのに……何で見捨ててくれなかったんだよォ!!俺の身勝手でこうなっちまったのに……!!」
「いや……俺は行けと言った筈だぜ。息子よ」
「嘘つけ……!!馬鹿言ってんじゃねェよ!!あんたがあの時止めたのに俺は……「俺は行けと言った。……そうだろ、マルコ」」
「ああ、俺も聞いてたよい!!とんだ苦労かけちまったなァ、エース!!この海じゃ、誰でも知ってる筈だ。俺達の仲間に手を出せばどうなるか位なァ!!」
映像電伝虫が映し出すのは、海軍側の状態と、湾岸にいる白髭海賊団の姿。そして今は海軍将校がひしめいている平地。
この三面を映し出している映像に、私は我慢できないと立ち上がる。それにより巫女様は乗り物に跨ると、困ったように笑った。
戦争が始まる。攻め入るは……『白髭』率いる新世界47隻の海賊艦隊。
迎え撃つは……政府二大勢力『海軍本部』『王下七武海』。誰が勝ち、誰が負けても、
戦争が始まったのが分かる映像の中、白髭海賊団を映す映像に妙な仕草をする不死鳥マルコの姿があった。何かを探すようなその姿に、処刑台にいたエースがまさかと顔を上げる。
「ナミは、まだ来てねェみたいだねぃ」
「エースの姉貴か?」
「あァ……」
「どうやって来るってんだ。1人にしろ、仲間と共にしろ、無理があるだろ」
「だが……来るよぃ。アレは相当な……姉馬鹿だからねぃ」
マルコの言葉を聞いた白髭が大声で笑えば、放送されたそれに反応して巫女様が眉間に皺を寄せる。先が読めないわと言って。
「ナミ、貴女、不死鳥マルコとも会ってたのね」
「えぇ、何度か。エースの姉だから」
「……仕方ないわね。でも、私は戦えないから、降ろすだけよ。でも、本当にルフィの到着を待たなくて良いの?」
「私が実力不足なのは分かってるわ。でもね、だからこそ……行かなきゃ……実力のある人を守らないと……」
「ルフィを待った方が良いわ。お願い、後数分よ?」
そう言って心配そうに見てくるその視線に、何かを思い出しそうになる。私は彼女を知っている気がしているけど、どう考えても彼女は成り代わりではないのだから、気の所為の筈。
心配かけたい訳じゃないし、苦しめたり傷付けるのも本意では無い。でも……私はそれに頷けない。
「ごめんなさい。でも、降りるのにも少しは時間かかるでしょ?」
「……仕方ないわね。分かった……行きましょう」
そう言ってくれた巫女様の運転する乗り物で、私は戦場を目指す。既に戦いは始まっている。
戦場ではオーズが倒れそれを踏み越えて、白髭海賊団が進み始めた所だと分かる。大切な家族、兄弟のそれを無駄にしない為に。
覚悟をしていたとはいえ……どれ程苦しいだろう。そう考えた事で泣き叫びたくなるそれを抑えて、出来る限り冷静な声で言う。
「行くわ。ここでいい」
「この高さよ!?」
「月歩、使えるから」
「ナミって、本当にある意味チートね」
もしも本当に私がチートならば、誰も喪う事は無いだろう。青雉に手加減してもらって互角なんて、そんな情けない事になる筈も無い。
だから思わず口から言葉が滑り落ちる。こんな事、言っても仕方ないのに。
「そうだったら良かったのに……」
その時巫女様がどんな反応をしているのか、それを確認する勇気を私は持たなかった。なので逃げるように、私は乗り物を飛び降りる。
降り立つ途中でドフィの笑い声が聞こえて視線を向ければ、白髭海賊団の隊長の1人が操られているのが見えて、短剣を手にしてそちらを着地場所に選ぶ。アトモス……だったかしら?
手配書にあったその顔と名前がイマイチ合致しないわねと思いながら、その糸を切りドフィが操る事を出来なくする。それと同時に、大声で宣言するように言葉を連ねるドフィの前に立つ。
アトモスと呼ばれた隊長は、動けるようになった事に驚いている様子だけど、説明してる暇は無い。今の内に進むように言って、短剣を見せる事でそれで解放した事を示せば、少し考えるように動きを止めてから、頷いてくれた。
「海賊が悪!?海軍が正義!?そんなものはいくらでも塗り替えられて来た!!〝平和〟を知らねェ
そう言ってドフィの視線が私に向けられた。私を認識した上で、ドフィは言葉を続ける。
最後まで聞けと、そう言われてる気がした。だから、私は黙ってドフィを見上げる。
「頂点に立つ者が善悪を塗り替える!!今、この場所こそ中立だ!!」
違うかとドフィが言外に問い掛けてくる。それに対して今の私は否定も肯定も出来ない。
ただ、ドフィを見上げている私は、ドフィがそんな宣言をしつつも、私に向けられる攻撃を全てドフィが弾いてくれている事には気付いていた。ドフィの話を黙って聞けるように、私を、傷付けないように……。
「正義は勝つって!?そりゃあそうだろ。勝者だけが、正義だ!!」
「そうね、だから私は正義になれない。私は……勝つ事が出来ないから」
私の言葉に納得したのか、ドフィは私に視線を固定するとその口元をいつものようにニンマリと上げる。何処か揶揄うような色を含み、ドフィは言う。
「ナミ、約束だったな。〝邪魔はしない〟と言う」
「えぇ、守ってね。……っ!……ドフィ」
「ん?」
「気を付けてね」
死ぬ事も大怪我する事も、ドフィは無かったと記憶してる。それだけの実力を持ってる筈だから。
でも……それでも私は、やっぱりドフィが心配で思わず言葉を向けていた。それを受けてドフィは、はぁっと溜息を落とすと、先程迄とは違う何処か穏やかな様子で薄く笑って頷いてくれる。
それに安心して駆け出す私の背後を、ドフィが守るように塞ぎ、誰からも害されないようにしてくれてたなんて気付いては居なかったけど。その時、妙な音が聞こえて動きを止めると、空から軍艦が降ってくる所で……。
「ルフィ……」
思わず呟いて足を止めたまま落下して来るそれを見上げていた私に、背後から振り下ろされる刃。それは、何故か途中で動きを止める。
そして悠然と歩いてくるドフィが、頭をかきながら言う。その様子からまさか……と思う。
ここに至るまで、私は前方からの攻撃しか受けては居ない。まさか、私が背後からの攻撃を受けなかったのって……?
「戦場で意識散らすんじゃねェよ。ナミは、まだそこまで強くねェだろ」
「うん、ごめんね。ありがとう」
問い掛けるまでもない。ドフィは、邪魔しないどころか守ってくれていた。
それに感謝しつつ、近くにドフィがいるならと肩から力を抜けばドフィもまたソレに視線を向ける。そうして、呟いた。
「アレが……〝麦藁〟か」
「えぇ、いい男でしょ」
そう言って笑ってから、私は白髭海賊団の船へと剃と月歩で向かう。その間、脱獄囚達に視線が向いているのが分かっているからの行動だったけど。
船に飛び乗った私の目の前で、クロコダイルが白髭さんに斬り掛かるのが見えれば、咄嗟に間に入り込む。それはどうやらルフィと同時だったようで、けれどもルフィは私に視線を向ける事無くクロコダイルと会話を続ける。
その会話の終了と同時に、白髭さんの声が聞こえる。ルフィに問い掛けるそれは、質問というよりも確認のようだと思った。
「小僧、その麦藁帽子……〝赤髪〟が昔被ってたやつに、良く似てるな……」
「おっさん、シャンクス知ってんのか!これ、預かってんだ。シャンクスから」
「兄貴を助けに来たのか」
「そうだ!!」
その直後、ルフィと白髭さんの視線が同時に私に向けられる。ルフィは少し困ったような、けど嬉しそうな複雑な顔をしていて、それに笑ってしまう。
「そんな顔、出来たのね。ルフィ」
「ナミ、無事で良かった」
そう言って抱き締めてくれるルフィに、ルフィもねと言えば腕に込められる力が増した気がした。その上でルフィは言う、本当にこんな所まで来るなんてと。
「……エースは確かにルフィの兄だけど、私の弟でもあるのよ。弟を、見殺しに出来る訳無いでしょ」
「あァ、シキのオッサンがナミは絶対来るって言ってたから……あんま驚かなかった。……シキのオッサンが、ナミだけは守ってやるって言ってたから、連れて来た」
シキのオッサンって、まさか……。そう思って視線を向けると笑いながら近付いてくるその巨体に、軽く目眩がしてきた。
勿論その目的は私では無くて、白髭さんだろうけど。ルフィはそっと私を抱く腕から力を抜いて、唇を掠める程度のキスを残してから離れる。
それに抗議しようとした時、その声が聞こえて言葉を飲み込む。ルフィは何だか嬉しそうに笑っていた。
「久しぶりだな。白髭!」
「お前ェが、嬢ちゃんを〝守る〟だァ!?」
「あァ、喪うには惜しい頭の良さなんだぜ?なんと言っても、俺がその小僧に勝てなくなるように、画策し成功させたんだからな」
それを受けて白髭さんは私とルフィに視線を向けた後、軽く覇気を放ちつつルフィに言葉を向けた。明らかに試しているとわかる状態で、この場にいれば死ぬぞと平然と言い放つ。
それに対してルフィは勝手に決めんなと言って張り合うから、その生意気な様子に困ったなと思って笑ってしまう。私も何か言うべきかなと視線を向けて、でも会話を邪魔したくなくて2人のやり取りを聞いていた。
その内にそのやり取りが親子みたいだなと思えて、微笑ましくなる。そうしてルフィが飛び出したのを見送り、シキと挨拶を交わせばシキが微かに表情を変えた。
「……少し見ない間に、成長したようだな。ベィビーちゃんは」
「そうですか?相変わらず、甘いって言われますけど」
「だが、人を殺す覚悟が出来たんじゃねェのか?」
「……極力、殺したくないですけど……エースを助けるには、そうしなければ、私の実力では太刀打ち出来ないもの。それにしても、私を守るって、どうして?」
私は貴方を倒す為に、長い事かけて行ってきただろう計画を破壊したのに。そして、再びインペルダウンに捕えられる原因となったのに。
言葉にしなくても私のその質問の意味に気付いたようで、シキは笑うと少し乱暴に私の頭を撫でる。そして、囁くような声で見届けたくなったと言うのだから、首を傾げてしまったのも不可抗力だろうと思う。