ミホークとシャンクスは、ずっとライバル関係だったと知ってる。つまりは、私に勝ち目なんてある筈も無いという現実を理解しているのだ。
でもだからと言って、ここで引き下がれる筈も無い。私は、ルフィもエースも喪えないのだから。
「俺の攻撃を躱して、短剣で俺の間合いに躊躇いなく入り込み……髪一筋とはいえ切った。剣士を名乗る資格は充分だな」
「剣士なんて烏滸がましいわ。私は、剣なんて振り回せないもの」
「……体力と握力が足りぬのか」
「あんた達化物と1緒にしないで!私は単なる美少女でしかないのよ!!」
「素質としてはアサシン等が近いか。……俺の元で暫く鍛えてみるか。それなりになると思うが?」
その言葉を口にしているその瞬間にも、ミホークはまたしても黒刀で攻撃を仕掛けてくるから、それを躱しつつこうなれば腕の1本でも貰い受けようと短剣をふるう。そこで間に入ってくれたのは〝花剣〟のビスタだった。
驚いたような声でミホークがその名を呼べば、相手もまたそれに応える。私に向けていたのとは全く異質の眼差しに、結局遊ばれていたのだと痛感するけど、明らかに今の僅かな時間で私は体力を消耗してしまった。
「白髭海賊団、五番隊隊長〝花剣〟のビスタ」
「お初に〝鷹の目〟のミホーク。俺を知ってんのかい」
「知らん方がおかしかろう……」
目の前で起きている戦いに翻弄されながらも、私は必死でクリマタクトと短剣を振るい続ける。そうしなければ大切な人を喪ってしまう事を、私は知っていたから……。
立ち止まる事も出来ずに、心で謝罪を繰り返しながら、それでも攻撃する事は辞めない。この場にいる人達それぞれに大切な人は居るだろうし、想ってくれる相手もいるだろうけど、私はそんな人達全員を敵に回してでも、エースとルフィが笑う未来に進みたいのだ。
刻刻と迫る処刑時刻を前に……次々と明らかになった衝撃的な事実。鉄壁の大監獄『インペルダウン』で、まさかの200人を超える大脱走劇と、戦場へ雪崩込むその名だたる凶悪な囚人達。
目の前に映し出されるのは、まるでこの世とは思えぬ光景。世界の歴史を塗り替える程の、まさに頂上決戦!!
その中において特に注目されるのは、今正に処刑される時を待つポートガス・D・エースと、その弟を名乗ったモンキー・D・ルフィ。そして、その二人を弟だと言い切った謎の美少女。
世界中の人々はただ息をのみ、ここに託された揺れ動く未来を見守る事しか出来ない。空島の1角にあるモニターを見る者達は、その光景に絶望を見て、けれども今は出来る事が無いのだと悲嘆にくれる。
〝開戦〟より約1時間半の死闘を経た頃……。『海軍』が大きく仕掛ける……。
〝戦争〟は急速に流れを変え……最終局面へと、1気に雪崩込む!!そして……ナミが伝えていた通り、傘下のみを狙った平和主義者達からの攻撃により、騙された男が1人、絶望の中で大切な人を打ち倒す為に動き始める。
それに気付いたのは、情報を把握していたマルコと白髭。そんな状態から、刃を正に突き立てんとした男を抑え込んだのは……四番隊隊長サッチ、その人だった。
「……スクアード、お前ェ……騙されたな」
「サッチ!?なんで、船降りてねェんだよ!!それに、騙されたって何だ!!」
それからスクアードは叫ぶ。抑え込まれた状態で、エースと白髭海賊団の命を保証すると確約があるのだと。
それにより動揺する息子や娘達に、白髭が何を思ったのか……それは、本人にしか分からないだろう。ただ、
その間もすぐ側で繰り広げられる2人の剣士の戦いに、途切れる事無き敵の猛攻に、私はフラリと足元が揺らめくのを感じた。バランスを崩した私を支えたのは、驚いた事にシキである。
私を支える為に出来た隙をつくように、挑みかかって来た海兵達をシキがその足にある剣で切り刻む。私はその太い腕に大切そうに抱えられた状態で、剣は足にあるから問題ねェなんて言うそれに、少しだけ力が抜けてしまう。
早く、助けに行かなきゃいけないのに。甘える資格なんて有りはしないのに。
「シキ……ありがとう」
「ベィビーちゃんのその怪我は、俺の所に来た時は無かったよな?」
「あったわよ。でも、この程度で動けなくなるようじゃまだまだだわ。ルフィを、導かなきゃいけないんだから」
「……少し、休んでろ。焦っても仕方ねェ。このまま行けば、白髭海賊団の隊長達の協力もある今、ロジャーの息子は助かるだろ」
その言葉に、そうだと思う。大切なのはエースが解放された後。
それ迄に回復しておかなきゃ……。邪魔しないって約束だったのに酷いわ……と、半ば本気でドフィとミホークを思いつつ、敵である筈のシキに守られながら少し、休息を取る事にした。
白髭さんが、騙されてしまった……けれどもどうしたって愛しい息子をその胸に優しく抱き締めるのを見ていた。その直後に息子や娘に退路を与えてから動き出すのを見て、病気の進行を理解する。
けれども、私の知っている話では存在していなかったサッチ隊長の姿を見て、居る筈の無かったシキを見る。そうする事で……私の知らない運命の中に居るのだと気付かされるのだ。
海軍が用意していた巨大な壁がせり上がり、けれどもオーズの血と巨体によりその場所だけ壁が作り出されぬ状態。1斉砲火を浴びせ、足場を奪い、白髭海賊団にとって大切な
その光景を、私は守られながら見詰めるしか出来ない。けれどもメリーと同じように燃えているモビーを見れば、自然と言葉が零れ落ちる。
「モビーの声が、海賊王なら聞こえたのかしら」
「んあ?」
「万物の声を聞けた彼ならば、これだけ大切にされた船だもの。最期の言葉を、聞けたのかなって……」
燃える船に視線を向けたままそう言った私に、シキは呆れたように溜息を落とすと近くの海兵を切り倒しながら応えてくれた。アイツなら、きっと……と。
けれども居ない人を頼るようではダメなのだ。それでも……叶うならばモビーの言葉を、彼等に伝えたかったと思ってしまう。
「モビーディック号の、言葉を……伝えたかったわ。でも私にそれが出来ないのならば、仕方ない」
「ん?」
「シキ、休ませてくれてありがとう。私、戦うわ」
言葉と共に身じろげば、身体に激痛が走る。それにより血圧が下がるのを自覚してしまう。
こんな大怪我をおして、ルフィは私達を守ってくれていたのだ。それを私は、ほんの1部さえ受け止めきれず、守られている。
悔しくて泣き出したくなるのを耐えると、私を降ろすつもりは無いとでも言いたげな強さで、抱き締める腕に力を加えているシキが口を開いた。それは冷静なようで、何処か困っているような声に聞こえる。
「……その顔色戻してからにしろ。もしくは、白髭の勇姿をその目に焼き付けてからだ」
そう言って私を抱く腕の力を更に強めるから、私はそれに抵抗しない方が得策だと判断する。このままでは、骨だって折れかねない。
それに、多分私を相当心配してくれてるのは分かるのだ。なので、ありがとうと言って身体から力を抜いたのだった。
傷口が開いたのか、身体が変に熱を持ち、何となく湿ってるのがわかる。それでも私の視線は、ただルフィへと向けられていた。
エースを助ける為に無謀にも先陣を切るルフィは、それでも実力の為に蹴り飛ばされてしまう。危ないと思うけど、そんな風に観戦していられるのはシキが私を抱いたまま、平然と戦ってくれているからに他ならない。
エースに刃が振り下ろされようとしたその時、あわや殺されるという段で悲鳴を上げた私に、シキは大丈夫だと言う。その刹那砂が処刑人達を切り飛ばした。
そう……まさかの事ではあるけど、助けてくれたのはクロコダイルで、追い詰められていたルフィを助けてくれたのはマルコさんだった。誰が敵で誰が味方かさえ、今は定かじゃない。
ただ、分かる事は1つ。海軍は敵であり、私から今大切な家族を奪おうとしているという事のみ。
瀕死のオーズの力を借りて、舟ごと広場に乗り込んだ白髭海賊団が、広場で暴れ出す。私はそれを見て、行かなければと思いシキに告げる。
「このままだと、不味い事になるわ。だから……行かせて。正直シキが本当に助けてくれるとは、思ってなかったわ。ありがとう。感謝してる」
「……気を付けて行け」
そう言って解放してくれたシキに私は笑顔で頷く。もう、私は立ち止まらない。
次に倒れるのは、死んだ時のみ。そう誓って地に足をつければ、その声が戦場に響き渡った。
「野郎共ォ!!エースを救い出し!!海軍を滅ぼせェエェェ!!」
そこからは乱戦であり、激戦。海賊と海軍の戦い。
動けなくなったルフィを治療してくれている人の姿をその中で確認して、敵を蹴散らしながら駆け寄れば既に意識が無い。そっとその額に触れて、軽くその額に口付けると寝てなさいと告げてから治療してくれている船医さんに頭を下げる。
「船長を、宜しく頼みます」
「船長……って、あんた、麦藁の小僧の、クルーか」
「はい」
頷いた私に船医だろう人達の視線が集まる。その内の1人が辺りを見ながら静かに問い掛けて来た。
「他のクルーは」
「今は、別行動です」
「あんたの怪我も治療した方が良い。こっちへ……危ない!」
その時その場に刃を振り下ろしてきたそれをクリマタクトで防ぎ、短剣で切り裂けばその血液が私にかかる。その感触に……心が悲鳴を上げそうになるけど、怯んでは居られない。
私の服にあるのは全て返り血なのだと思われる事が、これで出来ないだろうかと思い、平然と立ち上がる。心配されてる場合でも、治療されてる場合でもないのよ……!
もう私には、迷う時間も戸惑う時間も存在しない。死なせたくない人が、目の前に居るのだから。
駆け出した先は黄猿の居る場所。マルコさんを喪えば、この先困る事になるのは火を見るより明らか。
私が到着するのとほぼ同時に白髭さんが病の影響で崩れ落ちれば、そうなる事は伝えてあったけれど動揺するのは止められない。そこを狙って攻撃しようとする黄猿に切りかかれば、それは防げたけれど今度は私が危険になる。
「……ナミちゃん……だったかねェ?いくら君が〝宝玉〟であり〝生け捕りのみ〟の手配書でも〝麦藁の1味〟である以上、捕まえてそれなりに対応しないと天竜人の怒りが収まらないのよォー……」
「馬鹿馬鹿しい。人の物に手を出して、突然攻撃されたのだから、反撃して然るべきでしょ」
「普通ならねェ……。でも、君は海賊であり犯罪者、しかも相手は天竜人だよォ?」
短剣を正眼に構え、細く息を吐き出す。リーチの差を考えれば望ましい戦いではないけど、マルコさんが海楼石で捕えられる事を防げただけでもマシと思うしかない。
心乱せば勝てる筈も無い相手。ならば、心なんて今は不要だわ。
「それでも私はこの世に唯一の〝宝玉〟よ。全ての作品を私1人で創り出しているわ。それに……海軍が正義だった事なんて、私の知る限り有はし無い……!」
「……ナミちゃんとは、直接戦った事は無かったよねェ。光の速さで蹴られて、生きていられるかなァ?」
「蹴られなければ、生きられるわ」
「光を躱すって?」
馬鹿な事をとでも言いたげな様子を見せた黄猿は、けれども先の言葉と同時に動く。結果として、私と黄猿は双方同時に地を蹴っていた。
光の速度で動く相手に、私がいくら素早いと言われていても対抗出来うる筈も無い。それでも、ここで退く事は自らの死の他に、大切な人達の死をも意味する。
青雉とは全く違う戦い方のそれに、頭で考える余裕もクリマタクトにチャージする時間も足りない。それでも、私には短剣がある。
短剣で戦いながらチャージしていけば、やってやれない事は無い。この戦場の気候は既に把握済みなのだから。
「
前にエニエス・ロビーで使ったのとは違い、寸分違わぬ私が10人姿を見せた。それには黄猿も1瞬動きを止めるから、黄猿の動きに合わせて攻撃を仕掛けて行く作戦を取る。
そんな私の背後で、マルコさんが何事か呟いたけど、気にしてる余裕は無い。当然、その会話は私の耳には届いていなかった。
「こりゃァ敵に回すのは怖いねぃ」
「マルコ、彼女は……」
「エースの姉貴だよぃ。悪魔の実の能力者じゃねェと聞いてたがねぃ」
この場所は、海上に居るのと湿度は変わらない。マグマも降り注ぎ、氷は溶けている。
そうなれば気象や気圧、気候を把握するのに、それ程の苦労は無いのだ。肌が、全てを教えてくれる。
1/10の確率でしか当たらない攻撃。消してもそれが偽物ならば、また新たな私が少し離れた所に現れる。
妖術のように見えても、これは明らかなる化学。理論に基づいて構成されたそれは、理屈を理解している私には最高の武器となる。
有り余る体力を黄猿には勝手に減らして貰いつつ、時に反撃するように見せかけて時間を稼ぐ。他の人への攻撃を入れさせない。
それだけでもある程度の価値はある。そこへシキが斬波と言いながら攻撃を入れてくれて、戦いを代わってくれた。
「ベィビーちゃん、相変わらず変わった事をしてるな。……戦えないと思っていたが、意外といいとこいくもんだな。正直、驚いたぜ」
「師匠の顔に泥はぬれないもの」
私の言葉に、シキは笑った。そして、行けと言うその言葉にありがとうと言って駆け出す。
黄猿からの攻撃を免れたマルコさんが、白髭さんを赤犬の攻撃から庇う事に成功しており、白髭さんが攻撃を受けた事で気を散らす筈だった人達のそれが結果として防がれた。私は当然ながら、それを全て覚えていた訳では無い。
けど、白髭さんが病で倒れてそこを攻撃される事で被る被害の大きさだけは分かっていたし、それによりマルコさんが戦えなくなるリスクは思い出せていた。だから、本人にも伝えてあったのよ。
それでも、全く動揺しないという訳には行かないのだと分かっているから、駆け出したのだ。結果、シキに助けられて事なきを得たに過ぎないけど、時間は稼げたと思う。
間に合って良かった。それでも、まだ油断は出来ない。
私もまた、知っているのだ。前世からの知識云々の前に〝白髭〟を喪う事により、この世界で何が起きるのかを。
役立つ縄張りなんてそれ程多くは無い。白髭海賊団の縄張りは〝白髭〟の名で守られているだけの、弱者達の集っている場所なのだ。
「助けなんざ、いらねェよ……」
白髭さんの言葉に、分かっていますと呟きながらもその背後に立つ。それだけは、許してもらいたい。
「俺ァ〝白髭〟だァァ!!」
辺りの敵をなぎ倒し、立ち上がるその姿。まさに怪物。
けれども私は、彼を喪えないと勝手にその背後に立つ。病の進行度合いは、こんな時に崩れ落ちたそれで否応にも分かってしまう。
この戦場を生き抜けたとして、半年後に白髭さんが生きている可能性なんて限りなくゼロに等しいのだと言う事だって、理解はしてる。それでも、今この人を喪わせる訳にはいかないのだ。
「……俺が、死ぬ事……。それが何を意味するか……。俺ァ知ってる……!!」
誰も、白髭さんの言葉に口を挟めない。誰もが白髭さんを注視している。
「……だったらおめェ……息子達の、明るい未来を見届けねェと、俺ァ死ぬ訳には、いかねェじゃねェか……!!」
自らの命が終わる事の意味を分かっていて、それでも……力無き者達の悲鳴が谺響すると分かっていて、選んだ道。優しく、責任感のある、男気溢れるこの人がそれでも譲れなかったのは……家族の未来。
「なァ、エース」
その時、続々と集まって来た多くの隊長達と、ジンベエは私が立っている事を厭わずに共に並び、その背後を守る。この人の背中は、傷付けさせはしない!……と。
誇りを、生涯を、穢させはしない。叶うならば……この先もずっと生きて、その場所を守り続けて欲しいと願ってしまう。
「気が利きすぎだ。アホンダラ」
けれども目の前でエースを殺そうとするそれに、覇気を発動させようとした白髭さんは、病により上手く力を発動できずにいる。私にも、覇王色の覇気があれば良かったのに……。
「エース……!」
思わず叫んだ私の目の前で、その奇跡は起きた。持っているのは分かっていたし、その片鱗は何度も見て来た。
けれども……自分の意思でいつでも発動できるのとは違う。拙いそれが……エースを守ったのだ。
想う心が、奇跡を呼ぶ。ひたむきなその想いが、人の心を動かすのだ。
「やめろ~!!!!」
ルフィの持つ、持って生まれた王の素質。〝覇王色〟の覇気。
「……私だけが、持たない力ね。三兄弟揃って、覇王かぁ。……あれ、サボはどうなんだろう?」
強さだけならサボも間違いないけど、覇王色を持って生まれたのかな?
騒ぎが起きる。その中で白髭さんを狙う海兵達を薙ぎ払いながら、白髭さんはその声を響かせた。
「野郎共ォ~!!麦藁のルフィを、全力で、援護しろォ!!!!」
戦場全体に動揺が走る。〝エースの弟〟でしかない存在を、この人が援護しろと言うのだから当然だ。
彼らからすれば〝麦藁〟と呼ぶ事さえまだ不要と言える程の若輩者。それでも、世界一の大海賊が言うのだ。
疑う事も、躊躇う事も必要無いとばかりに彼らは動く。ルフィを援護する為に。
その声に応えたのは、何も白髭海賊団だけでは無い。クロコダイルもまた、白髭を慕う1人の海賊として、それに従うような動きを見せる。
私は今、歴史が動くその瞬間に立会っている。激動の歴史の中に居るのだと、そう……痛感した。
ここまで来れば、もう大丈夫。エースを解放する事は、ルフィにならば問題ないだろう。
明るい未来が、微かに見える。そんな気がして私は微笑み、クリマタクトを強く握り締めた。