最愛の息子達を差し置いて、他人でしか無い私に視線を向ける筈も無い。だからこそ、この決意はどうしたって覆らないだろうとわかる。
生きて欲しいと願った。でも、長年船長として生きて来た男の決意を覆せるものを私は持たない。
「今から伝えるのは……!!最後の〝船長命令〟だ……!!よォく聞け。……白髭海賊団!!」
白髭海賊団の面々が叫ぶ。嫌だと、聞く前から言われるだろう言葉を予想して、続く言葉を否定する。
私はこの戦いの中で、弱すぎた為に守られる形で偶然傍にいたに過ぎない部外者だ。口を挟む権利は無い。
それでも、死なないで欲しい。どうして、私は分かっていて防げないのか。
前もって私からの情報により何が起きるのかを知っていて、それに合わせて準備だってして来てくれた筈だ。油断なんて、この人達がする筈も無い。
「……いや、死なないで……」
なのに、どうして……。そう思えばこそ、無意識で言葉が落ちる。
残りの命の火は少なくとも、せめて、息子達と最後に笑い合う時間くらいあったって許されるんじゃないの?
どうして、世界はこんなにも残酷なんだろう。喪われていい命なんて、本当は1つだってありはしないのに……!
この世に存在する事が許されないのは、唯一、私だけなのに。どうして私では無くて、この人達の命が喪われるのだろう。
「お前らと俺は、ここで別れる!!全員!!必ず生きて!!無事、新世界へ帰還しろ!!」
息子達が叫ぶ。血を吐くような想いを乗せて。
息子達が嘆く。こんな事、誰も望んじゃ居なかったのにと。
「俺ァ、時代の残党だ……!!新時代に、俺の乗り込む船はねェ……!!行けェ!!野郎共ォ~!!」
嫌だと叫ぶ声。船長命令だと泣きながら去る者。
泣きながら崩れ落ちる者。それ等に海兵達は容赦無く攻撃を繰り出す。
もう……戦う意味はどちらにも無い筈なのに、戦いは終わらない。戦争とはいつも、始めるには容易く、終えるには難しい。
いや、目的はまだあるのかも知れない。この戦争は、エースと言う1人の青年の命を奪い合う為のものだから。
海賊達は、エースを完全に逃がすまで……。海軍は、エースの命を奪うまで……。
彼等の戦いは終わる事等出来ないのだろう。ならば、私は海賊側に立ち、駆け抜けなければならないけど……今は白髭さんの傍を……離れたくない。
「……お前もだ。ナミ。……エースを、頼んだぜ」
「白髭さん……!!」
「ベィビーちゃん、行け。ここは、男を立てとけ」
突然背後から聞こえた声はシキのそれで、驚いて振り向くとヒョイッと抱き上げられて、当然のように唇を重ねられた。こんな時に何をと思うのに、容赦も無く舌を吸い上げてくる。
そんな事望んじゃいないし、1億歩譲ったとしても場所と状況を弁えろと叫びたい。けれどもシキは強く激しく吸っては、私の口から溢れる蜜を、飢えたケモノのように喉をならして飲み込んでいく。
荒い息の間から絡む舌が、私の意識を奪い尽くそうとしてくる。けど、この戦場で……何考えてんのよっ!そう思って思いっきり舌を噛もうとすれば、サッと逃げられてしまう。
「っ!……な、に……すんのよ!」
思わず舌打ちしつつ口を拭う。そうしながら睨み付けて文句を言えば、シキが海賊らしい顔で笑った。
「駄賃だ。……この状況で、白髭と運命共にしてやるってんだ、これくらいの役得は貰っても構わねェだろう」
「……シキ?」
何を、言ってるの?
問い掛けは音にならず、呆然と本来ならば怖がるべきだろう顔をしているシキを見詰める。そこに白髭さんの呆れたような声が割って入った。
「おい〝金獅子〟俺の話聞いてな「俺は〝白髭海賊団〟でも無けりゃ、お前の部下でも息子でもねェぞ。そうだろ〝白髭〟」」
白髭さんに言葉を向けつつ、私をそっと降ろしたシキは、私を見ずに行けと言う。私には、この2人と並んで戦えるような実力は無いし、覚悟も無い。
それに私は……。守るべき者を決めてしまっている。
「酔狂な奴だ」
「ベィビーちゃんが〝白髭〟に対して並々ならぬ思いを抱いてるのは、前に捕らえてた時に聞いてたからな。ロジャーの息子をそれと分かって慈しむお前に、感謝もしてるらしい」
シキの言葉に白髭さんは驚きを隠さずに言う。私には気紛れでそんな事もするのかなと言う程度でも、長い付き合いらしい白髭さんには、驚愕の行動だとわかる。
「珍しい事もあったもんだ。本気で気に入ってるのか」
「既に始まっちゃいるが……ベィビーちゃんは、世界が奪い合う程のいい女になるぜ?気に入らねェ方が無理のある話だ」
そんな軽口を叩き合いながら、白髭さんとシキは海兵達に向き直る。私はその背に深く頭を下げて、それから頭を上げると白髭さんが言葉を海軍に向けて放った。
戦いが、始まる。けれども納得出来ない息子達が嘆き叫べば、白髭さんはそちらに視線を向けて、怒鳴る。
「船長命令が聞けねェのか!!さっさと行けェ!!アホンダラァ!!」
始まった戦いは、もう助ける相手も居ないとなっている為か、人外の者ではないのかと思わされる程。島を沈めてしまうようなそれに、ゆっくりと足を動かそうとした私は、けれどもその直後目に飛び込んできた光景に言葉を無くし、呼吸も止めて、立ち尽くした。
エースが誰にも近付けないように炎を周りに放ち、文字通り炎の壁を作ってくれている。その内側に居るからこそ、私はそれをただ見ている事が出来るのだけど。
「……言葉はいらねェぞ。……1つ、聞かせろ。エース」
謝罪も感謝も何もいらないと、白髭さんは言外に伝える。それに頭を下げたままのエースは微動だにせず、無言で応えているように見えた。
絞り出す様な声を、微かに震わせながら、白髭さんは言葉を告げる。その問い掛けは、きっと白髭さんにとって何よりも恐ろしい問い掛けでもあっただろう。
「……俺が親父で、良かったか……?」
「勿論だ……!!」
「グララララ……」
切なそうに、けれども満足そうに笑った白髭さんのそれを受けて、私は泣きそうになる自分を叱咤しながらその場から動き出す。エースとルフィの元へ走らなければ。
ここまで来て、奪わせてなるものか。どれだけの犠牲を払おうとも、白髭海賊団がエースを奪い返して終わったのと、全てを失ったのとでは全く異なる。
悲劇の運命を変える為に私はこの場所に来た。勿論、全てを救うなんて、誰にも出来る筈も無い。
誰を犠牲にしても、エースとルフィは守ると決めて私はここに来たのだ。変えられない運命なんて無い。
残酷で理不尽な運命を受け入れるつもりは無い。必死に足掻いて、考えて、精一杯の事をしながら私はここまで来たのだから。
この運命は確かに変わっている。私の知らない事も多く起きているのだから、このまま変えられる可能性は高い。
ともすれば、白髭さんもシキも全てを終えて生きて帰る可能性だってある。だからこそ、私は今エースとルフィを守る事に全力を尽くせばいい。
運命を変える決意は、幼いあの時もうしている。その為に私が払う犠牲なら、いくらでも構わない。
少し離れたところを走るエースとルフィを視界におさめていたら、挑発する赤犬の言葉でエースが足を止めてしまったのが見える。それに不味いと思って方向転換したのは、多分本能的な所だろう。
赤犬の挑発は確かに許せない言葉の連続で、エースにそれを耐えるなんてのは無理な話。それでも、今のエースにはまだ、勝てる筈も無いのだ。
エースが赤犬に飛びかかる。周りの静止を無視して。
「駄目よエース!相手はエースの上位能力者!!覚醒してないエースに勝ち目は無い!!逃げなさい!!」
私の声はエースに届かない。ルフィが体力切れで、膝を笑わせながら崩れ落ちる。
心配そうに声をかけるジンベエに、私は叫ぶ。他に手段がない。
「ジンベエ!!ルフィを連れて逃げて!!」
「……ナミ?」
その声に反応したのはルフィで、ジンベエはよく分からないって顔をしている。時間が無いのに……!
「早く!!」
エースが焼かれて地面に転がった時、ルフィはエースのビブルカードに手を伸ばしたまま私をボウッとした様子で見ていた。そんなルフィに、逃げてと祈るように願う。
お願いルフィ、生きて……。私は貴方を、喪えない。
エースも同じなのだろう。エースはルフィへと向けられたそのマグマの拳の前に当然のように飛び出して、私もまた手を伸ばしながら必死でその場へ向かった。
全力で2人を突き飛ばし、その先で誰かが2人を抱えて駆け出したのを感じて良かったと迫り来る熱に目を伏せる。けれども、熱が私に襲い掛かる事は無かった。
「……肝が、冷えたよぃ」
「マルコ……さん……?」
「ナミ!2人は無事だ!お前も早く!!」
私と赤犬の間に入って戦ってくれてるマルコさんとは明らかに違うその声に振り向けば、両手に1人ずつ抱えた金髪の青年が立っていた。そして、再び早くと言われて私は頷くと同時に、その青年の方へと駆け出した。
「……サボッ!!」
「間に合って良かった。俺も、肝が冷えたよ」
「「ナミ、俺を庇うな!!」」
サボの脇に抱えられた状態で声を揃えた2人のそれに、少し笑ってしまう。それを見て、サボが2人をその場に落としてから走ろうとした。
けれどもすぐに、ルフィが動けない事に気付く。それによりルフィに触れて抱きあげようとしたら、エースがルフィを私から奪うようにして横抱きにして駆け出した。
「力仕事は俺達に任せとけ!」
「エース!この運ばれ方嫌だ」
「我儘言うな。今は逃げるぞ」
最悪まだ戦おうとするだろうと思っていた。そうなったらエースを宥めなきゃと思っていたから、私はルフィを抱えるその姿に安心して、頷いて駆け出す。
この時私は運命を変えられたのだという安堵から、色々と注意力が散漫になっていたと思う。エースが生きて、笑っている。
ルフィは文句を言いながらも嬉しそうで、サボまで助ける為に来てくれた。運命は、明るい未来を照らし出している。
四人で駆け出したのを見て、ジンベエが嬉しそうに笑って頷き、そして……襲いかかって来たマグマの攻撃に気付くのが少し遅れてしまった。それは赤犬の放った
その1撃が私に振り注ごうとして、けれどもルフィを抱えて両手を塞いでいたエースが身を呈して私とそれの間に入って、庇った。何が起きたのか、分からない。
……いいえ、分かりたくない。私が、守りに来たのに、庇われるなんて……。
「エース……?」
「ナミ、ぶじ、か」
「エース、どうして……?」
「同じこと、した奴に、言われたく、ねェ……な」
ルフィがエースの腕から落ちて来る。咄嗟にルフィを抱えて、叫ぶルフィと立ち尽くしたまま動かないエースを見て、私は首を横に振り続ける。
ゆっくりと崩れ落ちるエースを、私の腕から抜け出したルフィが支える。それを私は、ルフィの背後で見ているしか出来ない。
「ごめんなァ……ルフィ……」
エースの掠れた声が聞こえる。ルフィがエースに腕を回すと、その背から溢れる血液に嫌でも気付いてしまう。
「エース!!……急いで手当て「ちゃんと、助けて貰えなくてよ……!!すまなかった……!!」」
人が集まってくる。遠くから赤犬も歩み寄って来て、それをマルコさんとビスタさんが対応しているのが妙に遠く感じて、現実感がない。
……これは、何?
「何言ってんだ。馬鹿な事言うな!!誰か手当してくれ!!エースを助けてくれェ!!」
「無駄だ!!……自分の命の終わりくらい分かる……!!もう、持たねェ……!!だから……」
こんなの、知らない。こんな事にならない為に、私はこの場に来たのに。
どうして……?
「聞けよ、ルフィ……!!」
「……何言ってんだ……エース、死ぬのか?……ぃ……約束、したじゃねェかよ!!お前絶対死なねェって……!!言ったじゃねェかよォ!エースゥ~!!」
「……そうだな。……サボと、ナミと、お前みてェな世話のやける弟がいなきゃ、俺は……。生きようとも……思わなかった……」
声が、出ない。こんなの、現実な筈が無い。
運命は、変わっていた。確実に変化していたのだ。
「お前達の他、誰も、それを望まねェんだ。仕方ねェ……!!サボ、最期に逢えて良かった。本当に、生きてたんだな」
「エース……!!嘘だろ、おい、エース!!」
サボが膝をついて叫ぶ。やっと逢えたのにと、どうしてまともな会話さえできる前にと、嘆く声が遠く微かに聞こえる。
「ナミに、初めて会った時は、サボを……取られたくない、だけだった。でもよ……すぐにぬりかえられた。あの頃から、ずっと……憧れて、あいして、来た」
エースが、何か言ってる。こんなの、認められる筈が……ない。
なら、私は何の為に、この世界に産まれてきたの?
この運命を変える為に、私は生まれてきたんじゃ……ない、の?
今、目の前で、何が起きてるの……?