恐らく現状この船に乗っている人達の主要メンバーが、1堂に会しているだろう事が分かる。そんな中で、今感謝の言葉を伝えられた。
けれどもこの場において私は、1番価値も地位も低い。感謝される側にいる事で、何とか対等にその顔を見る事が許されると言うのが本来の状態だろう。
どう考えても、この場で本来ならば私は誰よりも立場が弱く、戦闘能力も低い。シャンクスの庇護が無ければ、名前だって誰にも知られてないくらいに無名。
だからこそ、ここでは礼を返す必要がある。心の中で何を思っているかはこの場合関係無い。
「赤髪海賊団の皆様、私及び、弟とその家族を保護して下さりありがとうございます。いつか、このご恩は返させて頂きます」
「ナミ!?」
シャンクスの慌てたような声が聞こえるけど、今はそんなの構っていられない。私は、赤髪海賊団のクルーでは無いのだから。
「白髭海賊団の皆様。私の方こそ、命を守って頂き、感謝致しております。あの場に立つには、私では力不足であると承知で挑みました。その為、元よりこの命、捨てる覚悟でおりましたが、皆様方の尽力により、私は今、こうして五体満足の状態で生きております。心より感謝致します」
「……ナミって言ったね、お姫さん」
そう声を掛けてきたのはイゾウさんで、それにはいと答えれば成程と言って笑った。それから手を叩くと、1瞬でその場を収めてしまう。
「これで挨拶は終わった。これ以上堅っ苦しい挨拶なんぞして、困らせるもんじゃねェさ。解散!!」
そうして人を散らしておきながら、イゾウさんは私に歩み寄るとそっと手をとり指先に口付ける。それから艶やかな笑みを浮かべて、放心している私に言った。
さり気ないようなその仕草に視線が奪われる。それ程強くは無い力だと思うのに、逃げる所か動く事さえ許されない。
「……兄弟を助けて貰って、親父の為に奮闘してくれた恩は忘れねェが、それとは別に……危なっかしいお姫さんを傍で守る権利が欲しいと願ったら、叶えてくれるかい?」
「へ?」
「俺を、ナミの男にして貰えたら嬉しい……と言ったつもりだがね」
「だ、め、です!!と言うか無理です!私にはルフィと言う恋人がいますから!!」
「……赤髪じゃなくて?」
驚きを隠さないイゾウさんに、私が驚かされる。どうやら、シャンクスの恋人だと勘違いされていたらしい。
なんでそんな事にと思った直後に、先程のキスだと気付く。……シャンクスが、人がいるの分かっててわざと続けるから……!
思わずシャンクスを睨めば、シャンクスは軽く肩を竦めてイゾウさんに、言葉を向けた。けれどもそれは、助ける行為とはならないような気がしている。
「俺の片想いだ。赤髪の女神は赤髪を袖にし続けているってのは、有名だろ。……そんな訳で、手を出さないで貰いたい」
「仲間にならなかったって意味だと、そう解釈していただけさね。あの頃はまだ、幼女の域だろう?……欲しいお宝が誰かのものなら、奪い取るのが海賊だったと思うがねェ?」
イゾウさんの言葉にシャンクスは小首を傾げると、平然と言い放った。まるでそれは誰もが知っている当然の事のように。
「俺は、当時から求めてたぜ?女としてもな。そんな俺に宣戦布告とは……強気だな」
「……え……?」
思わず声が出たのは許して欲しい。だって、再会したら女らしく成長していて、驚いたとか……そんなのが理由じゃ?
元々娘とか、妹として見てたから、その愛情を変換しちゃったんだとばかり……。なのに、違うの?
それに、イゾウさん、宣戦布告って……今、戦うつもりなの!?満身創痍なのに白髭海賊団の隊長が赤髪の大頭と!?
血が、有り余ってるのかしら。だとしたら、止めなきゃ……。
それとも、そんなにも求めてしまうようなお宝なのかな。シャンクスは宝に固執するタイプじゃ無いし、話合いでどうにかならないかなぁ?
「……まさか、ナミお前、本気で全く分かってなかったのか」
「そうだろうな。ナミは、そういった方面だけ鈍い」
私の思考を知らずにシャンクスが驚愕の声を上げると、それに続くようにベックが笑いながら言う。それに驚いて視線を向けたら、周りから何故か納得したような声が上がり、混乱する私に笑い声が向けられた。
でも私はとりあえず今はシャンクスとイゾウさんが手合わせなんて事態は避けたくて、必死で言葉を紡ぐ。どうしたら正解かなんて分からないけど、今戦うのは良くないと分かるから。
「イゾウさん、シャンクス、戦争の後で気が立ってるのは分かったけど、今は穏便にね!戦うのは良くないわ!お宝がどんな物かは分からないけど、命あっての物種と言うでしょ!?」
直後に何故か静まり返ったその場のそれに首を傾げると、ベックが耐えられないとばかりに笑い出す。そして私を強く抱き締めると、頭を撫でながらそのままで良いぞなんて言い出すから混乱するばかりである。
それによりどうしたら良いのか分からずにいた時、エースが寝ている筈の部屋から船医の1人が転がるように飛び出して来たのが見える。全員がその人物に視線を向けると、無言で大粒の涙を落としながら、叫ぶように、聞き取りにくい声で言葉を紡ぐ。
「ま、る……こ!ナミ!きて……くれっ!えー……スッが!」
その瞬間何も考えられず、私はエースの寝ている筈のその部屋に飛び込む。それと同時にマルコさんも入室していたようだけど、そこでエースはベッドの上から動く事無く存在している。
けれども僅かに首を動かして、エースは掠れた声をその唇から紡ぎ出した。それは、待ち望んでいた瞬間で……。
「……ナミ、マルコ、ひでぇ、かおだ、な……」
「「エースッ!!」」
私とマルコさんは同時にエースを呼び、抱き着いた。何時もより明らかに低いその体温に、それでも生きていると伝わるその鼓動に、溢れ出す涙を止められない。
そんな私にエースは震える腕を動かして、頬に触れるとその指で涙を拭おうとするけど、結局その指の上を私の涙が伝って落ちて行く。それに困ったような、嬉しそうな顔でエースは笑う。
「ナミが泣いてるの、珍しいな……。マルコ、の、泣き顔とか、はじめて、見たかも……」
「このっ……阿呆がっ!!」
「マルコ?」
「1度は死んだんだぞ!!俺達が、エースが目覚めるまで、どんな思いだったか……!!」
そう言ってエースを無理に起こし、その流れで強く抱き締めたマルコさんは、その身体を明らかに震わせる。強く抱きしめられているエースは、それを受けて気恥しそうに笑うと、ありがとうと、静かに呟いた。
「……エース、お帰り。皆待ってたからなぃ、この後全員に抱き着かれる覚悟しとけよぃ」
「え!?野郎共にそんなに抱き着かれても嬉しくねェ!!」
「エース、諦めろぃ。ジョズには全力で抱き締めてやれと伝えておく」
「俺の背骨折れるだろ、それ!!」
叫ぶエースからマルコさんが少し離れたので、それに引き続くように私が抱きつけば、エースが戸惑ったような顔をする。そんなエースに、私は言いたい事が沢山ある筈なのに、上手く言葉に出来ない。
鼓動が動いている。呼吸もしているし、声も、聞こえる……!
「……っ!エース、エース……!」
「ナミ……」
「私を、置いて、逝かないで……!エースは、生まれて来なければいけなかったのよ。エースは、必要な人なの!エースはね、望まれて産まれてきたのよ……」
この世に存在する事が許されないのは、私だけ。だけど、強欲な私はそれが罪だと知りながら、今〝存在していたい〟と願ってしまっている。
「この世に存在する事が許されないのは、私だけよ。私は産まれた事で、それだけで奪ってしまった命があるわ。それを償う為に、生きて来たつもりだった」
「ナミ?」
「私は、エースをあの戦争で殺させない為だけに、ここまで生きてきたのに……!私、何も、出来なかった……!」
「ナミ、俺は、ナミが存在してくれてる事が、嬉しい。そもそもさ、俺がナミに何したか思い出して、こんな時は殴るくらい……「エース、帰って来てくれて、ありがとう」」
この会話を外で皆が聞いてたなんて知らなかったし、私は必死過ぎて何を言ったのかさえ覚えてはいなかった。落ちる涙は兎も角として、鼻水垂らしてるのはどうかとエースから離れると、ティッシュでそれに対応していたら、なんか嬉しそうに笑うエースが私を見ているのに気付く。
「ナミ、マルコ、ありがとう。ただいま」
「本当になぃ。ナミが、エースを蘇生させたんだから感謝しろよぃ」
「は?」
マルコさんの言葉にエースが固まると、戦場で私が何をしたのか、それを誰が手伝ったのかをマルコさんは引続きエースに教える。それに言葉も無く呆然とするエースに、マルコさんは言う。
「エースが生きている事が知られると面倒かと思って、心臓が動いたのを確認して、ナミに寝かせてやれと言って引き剥がしたんだ」
その後も、エースの首を晒すと言う海軍から守ろうと私が離れなくなり、ここに運び込まれてからは手を握って離れなくて強制的に休まされたのだと言うマルコさんに、私はワタワタする。そんな私を見ていられなかったのか、入口から顔を覗かせたサッチさんが笑う。
「マルコも似たようなもんだったぜ?」
「サッチ!」
咎めるようにマルコさんがサッチさんを呼ぶけど、サッチさんはケラケラと笑って受け流す。こんな時、本当に仲が良いのだなと思わされるのだ。
「エースが目覚めるまではって、治療続けて、常に様子見ててよ。ハルタに殴られて意識失って、そのまま睡眠薬注射されて眠ってたんだからな」
「や・め・ろ!!」
「同じような暴露したのはマルコだろ。自分のやった事、ちゃんと受け入れろよ」
そう言って笑ってから、サッチさんは突然私の腰を抱くのでWhy?と思ってその顔を見上げる。その瞬間に重ねられた唇に、遅れて抵抗すると即座に唇は離れたけど、腰は抱かれたまま。
え……?
今、何が、起きてるの?
「早く回復しねェと、この先も奪うぞ、エース」
「サッチ……!」
「ナミちゃんには、俺も憧れて来た。エースがナミちゃんを託せねェ状態を長く続けるなら、奪うだけだ」
「ふっざけんなァー!」
叫ぶエースに、けれども発火しないその様子に私も、マルコさんも、サッチさんも目を見張る。だって、エースが感情を爆発させたのに火が出ないなんて……。
「エース、指先に、火を、出せるわよ……ね?」
震えているのは、声だけだろうか。崩れ落ちずに居られるのは、今もまだサッチさんが腰を抱いてくれているからに他ならない。
エースは戸惑いをその表情に見せながら、火を出そうとして出せない事に気付く。それはその場に居た全員と、表で様子を伺っていた全員の声を奪うには充分過ぎて、船医達が雪崩込んで来て私とサッチさんは部屋を追い出された。
「エース……」
「ナミちゃん、大丈夫か?」
「エース……」
どうして、悪魔の実の能力が使えなくなるなんて、そんな事有り得るの?
だって、食べた事でその身体に能力が宿り、1生その能力を使える代わりに、海に嫌われるって……。何が、どうなってるの?
不安と緊張で震える私を支える腕が変わった事に気付いたのは、その温もりだけではなく、香りが理由だろう。何時もの香りに戻ったシャンクスに抱き締められて、漸く知ったのだ。
「ナミ、俺が分かるか?」
「シャン、クス……?」
「……本当にナミは、家族に弱過ぎるな」
「シャンクス、エースが、エースが!」
取り乱して縋り付く私を優しく抱き締めて、シャンクスは言う。船長として立っている時の顔と声で……。
「あァ、恐らくは1度死んだのが理由だろうな」
「え?」
言葉が、上手く紡げない。思考が止まる。
そんな私にシャンクスは困ったような顔をしてから、その空気を真剣なものに変えた。それに伴い、即座に気を引き締める私を1瞬切なそうに見詰めてきた気がする。
「あの場で蘇生が完了していたにも関わらず目覚めなかったのは、恐らく悪魔の実がその身体から抜けた衝撃もあるんだろうと思う。悪魔の実を、生きている人間から抜く方法も、ない訳じゃねェからな」
「え……?」
「当然、抜かれた相手は死ぬ事になる。つまり、1度死ねばその能力が失われるのもおかしい事ではない。無論、ある1定時間はその身に残っているから、黒髭が白髭の遺体からからその能力を奪い取るのに成功したんだろうが」
「……ヤミヤミの、能力なら、確かに……できるかも知れないわね」
「……賢すぎるのも、問題だな」
そう言って頭を撫でてくれたシャンクスに、私はなんとも言えない感情を持て余して、抱きつく事で暴れたくなる衝動に耐える。本当に、黒髭の1人勝ちだわ、あの戦争は……!
己の無力さに歯噛みしながら、運命を何ひとつ変える事の出来なかった現実に泣きたくなる。それでも、泣く権利なんて無いと分かっているから、私はそれを必死で抑え込んでいた。