※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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シャンクス

 抱き着いたまま震える私を、ただシャンクスは好きにさせてくれた。そんな姿が他から見えないように、その大きなコートでそっと隠した状態で。

 守られている事を、大切にされている事を、嫌という程に思い知らされる。シャンクスは、いつも私に甘過ぎるから、だから弱虫な私は、ずっとシャンクスの腕の中(ここ)に居たいと願ってしまいそうになるのだ。

 でも、そんな訳にはいかない。これ以上甘える資格も権利も、私には無いのだから。

 それにより落ち着いた私が顔を上げると、無言で促されるままに船内に入る事となった。久し振りに入ったシャンクスの部屋は、まるで時が止まってるかのようにさえ思える。

 

 「……変わってないわね」

 「そうか?色々入れ替えたつもりなんだが」

 「そうなの?違いが分からないわ」

 「あー……使い慣れた物が壊れると、近い物を買うか作って貰うからかもな。……でもほら、ベッドがでかくなったろ?」

 

 少し得意そうに笑うシャンクスだけど、本気でわからない。子供視点と今の視点では、同じにしか見えないのよね。

 子供視点では、シャンクス用のベッドは充分巨大だったし。……違いは、宮台が新たに設置された事くらいかしら?

 だからこそ首を傾げれば、シャンクスもその理由に思い至ったようで子供だったもんなと笑う。その笑顔が優しくて、楽しそうだったから、私は完全に油断していた。

 何も考えずに動かした唇が、素直な気持ちを吐露してしまう。相手がシャンクスだからなのか、この部屋が懐かしくてあの頃に戻ったような錯覚を与えて来るからか。

 恐らくはその両方なのだろうけど。私は明らかにシャンクスに甘えていた。

 

 「そうね、多分……私は、あの頃が1番楽しかったわ」

 「ん?」

 「まだ、何も起きてなかった。絶望の未来が待っていると分かっていても、それを変えられると信じていたし、毎日が楽しかったの」

 

 シャンクスは厳しいけど優しかった。ベックは、怖かったけど大切にしてくれた。

 皆、私を大切に、寧ろ甘やかす勢いで愛して護ってくれていた。それらを甘受しつつ、私は力と知恵を与えて貰って、好きなだけ海図を描かせて貰い、行く先々の地図も描いて行けて……幸せ、だったな。

 日々強くなっている事を自覚出来ていた。これで、ベルメールさんが生きてくれると素直に信じられたのよ。

 未来を変えられないかもなんて、想像もして無かった。ベルメールさんが生きてくれて、ノジコが笑ってくれて、ゲンさんは怪我をしなくて……そんな未来を信じられていたあの頃。

 まだ誰も、何も喪っては居なかった。喪う未来なんて消え失せる筈だったのよ。

 

 「ナミ?」

 「なぁに?」

 

 妙に優しい声に反応して視線を向けると、恐ろしく真剣な顔をしたシャンクスがいた。それに驚き目を見開くと、ゆっくりと唇を動かすシャンクスから視線を外せなくなる。

 

 「……この船に、戻ればいい」

 「え?」

 

 真剣な声でシャンクスが私に言う。私も成長したけど、それでもやっぱり大きいシャンクスが、膝を折って私と視線を合わせるようにしてくれた状態で、私の肩を強く掴む。

 それが微かな痛みを与えるけど、そんなの気にならない。だって、シャンクスの手が小刻みに震えている。

 

 「幸せ〝だった〟。楽し〝かった〟。さっきから全て過去形で話してる自覚はあるか?」

 「……!ご、めん、なさい。少し感傷的になってたみたいね。私は今、充分幸せで「ナミ、この船に戻れ」」

 

 低く、王者の声でシャンクスが命じる。私は、いつもこの声に、この気配に逆らえない。

 だけど、頷く訳にはいかない。私は〝ルフィの航海士〟なのだから。

 必死で抗うからか、声が震えるのを自覚してしまう。シャンクスはどうしたって、最初の船長(私の王様)なのだ。

 

 「……だめ、よ。私は……ルフィを愛してる」

 「ナミ!!」

 「シャンクスの事は好きよ。尊敬してるし、感謝もしてる。家族として、愛してるわ」

 

 心が僅かに痛む。どうしたって私は、ミホークに気付かされた通りシャンクスを男として見てる。

 シャンクスの事も愛しているのを自覚してしまった。それでも、私はシャンクスを選べない。

 シャンクスには、多くの頼れる仲間がいる。確かにここにいれば、私は安全に守られながら夢を叶えられるかも知れない。

 ……でも、私はルフィの笑顔を隣で見ていたい。危なくても、手が掛かっても、心や身体が休まる時を得なくても構わないと思えるの。

 ルフィになら、何を捧げても後悔しない。ルフィに捨てられてしまうその時まで、私はルフィの傍らに在ると決めているのよ。

 

 「……それに、私が居ないとルフィの船には私の他に、航海士も、測量士も、操舵者も、事務や経理、会計も……居ないのよ」

 「…………それは、問題だな」

 

 シャンクスの呆れたような、困ったような声が何だか可愛い。心配するようなその視線を受けて、無意識のうちにクスクスと笑ってしまう。

 だからなのか、素直に皆の事を話し始めていた。大切な〝私の仲間〟の事を。

 

 「仲間がね、増えてくれたの。その度に私の仕事が減るのよ」

 「ん?」

 

 私は初めはルフィとゾロしか、つまりは船長と方向音痴な剣士しか居なかったのだと言って話し始めた。次に仲間になったのは狙撃手で、そうなれば船の事は全て私が担うしか無かったのだと。

 それを聞いて目元を抑えたシャンクスがベッドに仰向けに転がり、笑い出す。ルフィらしいなと言って。

 だから私はサンジ君が仲間になり、料理をしなくても大丈夫となり、ビビが仲間になり、女の居る楽さを知ったと語る。チョッパーが入り、船医がいる安心感と、看護師もどきをやれば良いだけ状態になった事を話せば、それまで全て私がやっていた事にシャンクスは呆れを隠さない。

 ビビが実家に帰り、代わりにロビンが仲間になり、フランキーやブルックが仲間になった事を話せば、確かに私がどう足掻いても麦藁の1味から離れられない事は、理解して貰えた様子。けれどもその瞳は諦めてないと言っている。

 だからこそ私はシャンクスに伝えなければ。私の全てはルフィのもので、私の仲間は麦藁の1味なのだと。

 

 「シャンクス、私は「それでもナミは、俺のモノだ」」

 

 シャンクスが何を言ってるのか、本気で分からない。突然変わったシャンクスの空気に、逃げなければと本能的に察知して踵を返すけど、ベッドに転がっていた筈のシャンクスが私を背後から抱きしめて来るのは、それこそ刹那の出来事。

 振り払おうと足掻いても、振り払えない。その手が、明らかに性的な意味を持って足を撫でて来る。

 

 「シャンクス!?」

 「ナミは忘れている。俺は1時的にナミを下船させたが、俺のクルーを辞めさせた記憶はねェって事をな」

 「待ってよ!私は元々客員で、お邪魔虫で……良く言ってみた所で見習いだったわ!!」

 「俺もロジャー船長の〝見習い〟だったが、今でも〝海賊王のクルー〟と呼ばれているだろ」

 

 そう、だ。この世界では見習いも立派な乗組員で、クルーで……。

 背後から耳に直接声を吹き込まれる。それと同時に手は足の間に滑り込み、敏感なその場所に触れようとしてくるから、大声を出す事でそれを止めさせようと試みた。

 

 「でも、私は良く言ったところで、見習いなのよ。普通なら見習いじゃなくて居候とか、お邪魔虫って枠なの!客員ってのが1番正しいのよ!」

 「俺は、ナミをクルーとして見ていた」

 

 その言葉の意味を、分からないとは言えない。赤髪海賊団本船、赤髪の大頭であるシャンクスが、クルーだと認めていた事実は重い。

 

 「わ、たし、は……」

 

 声が、震える。身体が震える。

 無理よ、そんな名前背負えない。背負いきれない。

 それに、シャンクスはクルーのつもりでいると言う。なら、それを公言されてしまえばルフィの方が腰掛けの扱いになってしまうのは明らか。

 四皇赤髪海賊団クルー、作家〝宝玉〟航海士〝泥棒猫〟ナミ。現在〝麦藁の1味〟に腰掛け修行中。

 そんな事になったら、困るわ。私は、シャンクスの元に戻るつもりなんて無いんだから……!

 

 「止めて!私は、あの時下船したのよ。クルーじゃない!初めからクルーじゃないのよ!」

 「ナミ!!」

 「私は、師匠として、兄として、シャンクスを慕ってるけど……船長と呼ぶのは、ルフィだけよ!」

 

 何度も、呼びそうになった。シャンクスを船長と、お頭と、呼びそうになったわ。

 でも、腰掛だし、居候だし、お邪魔虫だしと、そう思って呼ばなかった。だからこそ、私はシャンクスを師匠と呼んでいたの。

 他に、繋がりなんか無かったから。繋がっていたかったのよ、どんな形であれ、私はシャンクスとの関係を保っていたかった……!

 最初に船長と私が決めたのは、間違いなくシャンクスで、でもそんな言葉を口にしたらシャンクスは絶対に私を手放さない。私は、ルフィの元に帰ると決めているけど、シャンクスが本気で捕らえようとしたなら逃げられる筈なんて無いのだから。

 悟らせてはいけない。気付かれたら終わる。

 だから、あえて言葉を口にする。その言葉で自らの心が引き裂かれたとしても、シャンクスに諦めてもらう必要があるのだから。

 真実を織り交ぜて、シャンクスを傷付ける為に言葉を口にする。言葉を刃とする為に放つ。

 

 「私は、麦藁の1味の航海士!私の船長は、心からそう呼べるのは、ルフィだけなの!!」

 

 シャンクスの事は、心でそう呼んでいた。アーロンの事は契約上仕方なくそう呼んでいた。

 だから、本来ルフィは三人目の船長である筈だけど、今はそんな事言えない。だから私はその腕を振り払い、レイリーさんに教えて貰ったように演じて見せる。

 震えるな、泣くな、演じて見せろ!今はそれしかこの場を乗切る手段が無いのだからと己に言い聞かせながら。

 

 「……私に気安く触らないで。そう言う意味で欲しいなら、クルーだなんて適当な事言わないで欲しいわ」

 

 高飛車で気位の高い女海賊として、雌としての私か、クルーとしての私か、どちらかを選べと選択肢を突き出す。何も渡さないでこの場を乗り切るのが不可能ならば、他に選べる選択肢等ありはしない。

 そんな私を見てシャンクスが空気を変える。それにより震えそうになる自分を抑え込み、艶やかな笑みを浮かべて見せた。

 男遊びに慣れた、女豹のように。男心を弄び、平然と去って行く高級娼婦のように振る舞う為に、指先も含め神経を尖らせながら、それを悟らせないように唇も瞳も弧を描く。

 

 「ナミ……。良いだろう、なら……クルーじゃないと、そう言うのであれば、覚悟は出来てるな」

 「……覚悟?」

 「ここは、敵船となる。……違うか」

 「あら……。師匠に保護されてるだけよ、私は。つまり、敵船とは呼べないわね」

 

 余裕ですと言わんばかりにクスクスと笑って見せれば、シャンクスがその眉間に皺を寄せる。この場に居るのが、シャンクスで良かった。

 シャンクスも充分すぎる程に賢いけど、ベックなら言葉で言い負かすなんて死んでも出来ない。その点、シャンクスなら演じつつ何とか出来る可能性が残されているわ。

 焦るな、私。活路はある。

 

 「……そうか、なら……保護した対価として、その身体で支払え」

 「……シャンクス……」

 「……師匠、だろ?」

 

 寂しそうに、シャンクスがその瞳を揺らす。それに心が軋んだのを自覚しながら、私は笑う。

 他の選択肢なんて、ない。レイリーさんが脳内で囁く。

 『上手くやりなさい』と。心と身体のどちらを犠牲にするか、そんな簡単な事じゃないけど、全てを奪い尽くされて手元に何も残せないよりは、マシである事だけは確かなのだから。

 それでも、叶うなら何事もなくこの場を超えたい。そう思って、弟子としての立場を貫く言動をしてみる。

 

 「師匠、お助け頂き、ありがとうございました。けれど私は、師匠と弟子以上の関係を持つつもりは御座いません」

 「俺のクルーとしてこの先も乗るつもりが無いと拒んでも、師匠と弟子だと言い張っても、俺の想いは消せない。それは、分かるな?」

 

 空気が、変わる。餓えた肉食獣が、寝たフリを辞めたのだと、そう……空気が訴える。

 肌がビリビリと言う。この感覚は、覚えてるわ。

 シャンクスの、覇王色の覇気……!……何度も、慣らして貰ったけど、こんなにも強く放たれた事がこれ迄にあっただろうか?

 倒れる訳にはいかない。私は、こんな事で屈して居られないのよ……!

 

 「分からないし、分かりたくもないわね。私は、麦藁のルフィを男としても愛してるの」

 

 1度言葉を切って、シャンクスを真っ直ぐに見据える。瞳だって揺らしたりはしない。

 

 「シャンクスの想いは、受け入れられないし……もしもルフィの事が無くても、私はシャンクスをそういう意味では愛せないわ。私、シャンクスをそう言う意味で見た事なんて1度もないもの」

 

 シャンクスを強く睨み付けて、心にもない言葉を口にする。どうしたって、私の中ではシャンクスが特別だと言うのに、強がる私はきっと真実を知っている人から見れば恐ろしく滑稽に見えてしまうだろう。

 

 「シャンクスは、私のタイプじゃないの。潔く諦めて欲しいわね」

 「……この状況で、よく言ったもんだな。悪いが、逃がしてやるつもりは……もう、ねェぞ」

 「私としては、捕まるつもりなんて、無いわ……!」

 

 捕食者と獲物でしか有り得ないと分かっていて、私は強気に言葉を返す。その時同時に脳内で笑うレイリーさんに向けて、シャンクス相手に上手くなんか出来ません!と叫んでからクリマタクトを強く握り締めた。

 けれどもそんな私を見てシャンクスは薄く笑う。それは、シャンクスが敵に見せる残酷な海賊の顔で……。

 嫌な、予感がした。そして、人間とは総じて嫌な予感程当たるものなのだ。

 

 「クリマタクト(俺からの贈物)で、俺と戦うつもりか?」

 

 その言葉の持つ威力は凄まじく、私は瞬きさえ出来なくなってしまう。それはつまり、短剣も同じ理由で使えはしないという事を意味している。

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