身体が震えるのが分かる。これなら、丸裸にされている方がマシかもしれないと思える程の恐怖。
どうして私は、シャンクスと戦うのだろう。どうしてシャンクスは、私をそれ程までに求めるのかな。
クリマタクトも短剣も、確かにクルーとしての私へと贈られた物だから、今の私がシャンクスや赤髪海賊団の人達に使う権利はない。私は、シャンクスのクルーじゃないもの。
でも、それならばとクリマタクトを胸に戻せばシャンクスが僅かにその眉を上げた。そして私は、鉄笛と鉄扇を両手に構えてシャンクスを睨み上げる。
そんな私にシャンクスは笑うと〝素手〟で襲いかかって来た。シャンクスも得物を使うと信じ込んでいたけど、確かに室内ならば素手の方が動き易い。
捕まれば即詰みだわ。でも、近付かなければ戦いにはならない。
双方向かい合い、鉄笛を腰に戻すとシャンクスの拳を左手で受け鉄扇で胴を打つ。鉄扇を少し改良してあり、側面が刃となっている為に脇を切り裂く事に成功すれば、シャンクスが面白そうに嗤う。
背筋に冷たいものが走り咄嗟に距離を取れば、予定していた動きは取れなくなってしまう。腕がらみ表と呼ばれる、抑え込みの技を予定していたんだけど。
あのまま傍に残れば、間違いなくこちらがやられていた。元々成功率は低かったけど、これではどうにもならない。
予定していたのは、脇を攻撃する事で弛緩した隙をついて、相手が攻撃して来た腕に棒と体重を利用して仰向けに倒して押さえ付ける技である。それが不可能ならば、別な事をと考えるけど、その間もシャンクスの足は私を蹴り飛ばそうと動き続けていて、躱しながら考えても埒があかない。
流星錘もあるから、可能なら早縄を仕掛けたい。けどこれ迄、シャンクス相手に成功した事は過去に無い。
やり方は分かってるけど、筋肉量に違いがあり過ぎるのよね。そんな事を考えながら、シャンクスの攻撃を躱し、ヒョイと机に飛び乗ればシャンクスから呆れたような視線を向けられてしまった。
「ナミ、お前猫か」
「そう言われてるけど、どう見ても人間でしょ。悪魔の実は食べてないわ」
「……なら、兎だな」
何故そうなった!?
そう叫びたくなるのを耐えて、拳を躱して床に降り立つと机が割れていて、避け無かったら私の骨砕けてたよねと少し寒気がして来た。今の机だけじゃなくて、幾つもの家具が壊れている。
つまりは、物凄い音がしてる筈なのに誰も入って来ない。恐らくそれは、私が昔からシャンクスと手合わせして来たからだろう。
「足を折れば、大人しくなるか」
「そんな事したら、もう二度とシャンクスと口きいてあげないんだから!」
「ガキか!」
「シャンクスから見たら、どうしたって私は子供でしょ!年齢差考えなさいよ!」
べーっと舌を出してから、何故か油断したような弛緩した空気を醸し出すシャンクスにスっと近付き、その股間に蹴りを入れてから距離を取る。それによりシャンクスの眉間に青筋がたてば、どうやら怒らせたらしいと気付く。
だからと言ってこのまま負けるつもりは無い。拿捕できず抑え込めないなら、急所だけ狙って攻撃したらいいと考えて何がおかしいのか。
力なんか無くても勝てるやり方は多い。けれどもそれは全て……シャンクスや、ベックが教えてくれた事。
私に合わせて、本来必要無くて知らなかった戦い方をベックが調べて、シャンクスと練習して、2人で私に教えてくれていたのだと言ったのは、ルーだった。私との約束の為に、私が簡単に敵に囚われない為に、2人はそれ迄以上に強くなって行ったのだと笑ってて……。
甘やかされてたのは、分かってるけど、それでも楽しかったし幸せだった。だけど今はもう、甘える権利なんてないのは分かってる。
だから片付けた鉄笛も構えて、迫り来るシャンクスの身体を切り裂き、打ち付け、跳び回りながら逃げて行く。シャンクスから鮮血が飛び散る度に、泣きそうになる自分を自覚して、その度にシャンクスが困ったように笑うのを見てしまう。
……傷付けたくないのに。シャンクス、お願いだから私の事なんか諦めてよ。
呼吸が上がり、時折足元がフラつくのを自覚すると同時に背中に嫌な痛みを感じた。これは1旦休まなければと考えて窓を見るけど、嵌め殺しの窓である為に脱出は造り的に不可能。
窓硝子を割って逃げたとして、今の私では硝子で怪我を増やすだけだろう。そう考えれば、残る選択肢は1つだけだわ。
迫る拳を躱して、その足で逃げようとドアに向かうけど、鍵がかかっていた。それに戸惑っている間に、距離は1気に詰められてしまう。
しまったと思ったのと同時に床に叩き付けられて、卍固めを決められてしまえば呼吸するのさえ危うい。背中の痛みが増した直後生暖かい体液が流れ出るのを自覚して、己の不甲斐なさに嫌気がさす。
それでも、声だけは出すものかと唇を噛めば、その拘束は強められ、身体が悲鳴を上げる。何とかこの状況を脱しようと足掻くけれど、上手くいかない。
「ナミが俺に勝てる筈ねェだろう。……その戦い方も、武器も、俺達が与えた。力も無く傷付ける事を嫌うナミが、俺に勝てる道理は無い」
「……っ!」
声を出そうとすれば、呻き声になるのが分かり口を噤む。そんな情けない声を出すくらいならば、死んだ方がマシだわ!
そう思って耐えていたら、ふと拘束が緩む。その隙に逃げようとしたけど身体が動いてくれない。
どうやら、今の卍固めで筋を痛めてしまったらしい。私は……なんて、情けないんだろう。
動かない私を見て、シャンクスは怪訝そうな顔をしてから、慌てた様子で声を張り上げる。それにより船医が飛び込んでくれば、即座にベッドへと運ばれ躊躇いなく行われる治療に慌てたのは私の方。
「いや、触らないで!私はクルーじゃない!」
「ナミ!大人しくしていろ!」
「だめ!だって、私は……!」
治療を拒もうとした私にシャンクスは細く息を吐き出すと、困ったような顔をする。そんな顔をさせたくは無いけど、これ以上関われない。
手にしている鉄扇が小刻みに震える。シャンクスを傷付けた証拠に、まだ赤いそれが残っているのに、シャンクスはそれを責めるつもりはなさそうで……。
「……俺が、悪かった。大人気なかったよ。だから、頼むから、治療を受け入れてくれ。そんな怪我してるなんて知らなかったんだ」
「……シャン「ルフィは、何してたんだ。ナミにそんな怪我を負わせるなんて。それ、戦争の時に負ったものじゃねェだろ」」
名を呼ぼうとした時に重ねて言われた言葉に、私は息を飲む。それによって動かなくなった私を治療する船医が、苦しげな顔をしているのが分かる。
ごめんなさい。そんな顔させたい訳じゃないのに。
「ルフィは、悪くないのよ。寧ろ、私のせいなの」
「自分の女なのもそうだが、それ以前の問題だ。女のクルーに、これだけの怪我を負わせてるところが問題なんだろうが」
シャンクスの言葉に怒りと呆れを感じ取れば、慌てて口を開く。ルフィは何も悪くないもの。
あれは元を正せば全て私の責任。ミニメリーに浮かれた事が、全ての始まりだもの。
「私が、買い出し船に浮かれて、七武海の縄張りに突入して、捕まって……その為に皆が助けに来てくれたけど、影を取られたりして難航しちゃってたのよ」
「影……」
「私は、影を取られなかったし、皆も影を取り戻せたのよ!だから大丈夫!」
「なら、ナミは捕まってる時どうなってたんだ?」
まさかと呟いたシャンクスと船医に、言いたい事を理解して違うと言う。そういう事はされ無かったのだと。
「目覚めたら目の前に唇があって、必死で逃げて、そうしたら友達がね、助けに来てくれたの。ローラが来てくれなかったら、私無理矢理結婚させられてたわ」
「は?」
「だって、起きたらウエディングドレス着てたのよ?でもね、そいつがローラを攻撃して、傷付けて……私、プツンってなって……戦ったら勝てたのよね。不思議な事に」
私言葉にシャンクスはほぉ……なんて言って何故か覇気を出すから、船医さんが苦しそうにしていて、止めなさいとシャンクスの頭を軽く殴る。それによりシャンクスは治療の為にと脱がされてる私を見て、盛大に舌打ちするから首を傾げてしまう。
だって、大切なクルーを苦しめるのはシャンクスの本意じゃないでしょ。シャンクスは、優しいもの。
「……結局ね、ルフィが、私達の為に1人で七武海と戦ったのよ。それでルフィが勝って、皆の影は戻り、私も変な形で結婚なんてしなくて済んだわ」
「それは、何よりだな」
「うん。それでね、戦いの後ルフィが休んでる時に……動けない時に別な七武海が来て、戦いになったけど足元にも及ばなかった。そんな時に試すように……ルフィの疲労や怪我を、既に満身創痍の仲間に受け止めて見せろって……そう、言われて……」
1度言葉を切ってシャンクスを伺い見れば、黙って聞いてくれているのがわかる。ルフィの評価を下げたくなくて、私は言葉を重ねて行く。
「私が勝手に、その1部を受け止めようとしただけ。つまりこれは、ルフィの負った怪我のほんの1部なのよ」
私の言葉にシャンクスは溜息を落とすと、七武海としか伝えなかったけど相手が誰なのか思い当たったのだろう。シャンクスはその瞳を静かに閉ざす。
恐らくシャンクスの情報網で集まっているそれ等も加味して、誰といつ戦ったのかが分かったのだろう。それを確認するように、ゆっくりと唇が動く。
「……熊、か」
「ええ、だからルフィはあずかり知らぬ案件であり、私の独断。その後シキに連れ去られて、迎えに来てもらって、エースの処刑が決まるのとほぼ同時に、私達は別行動を取るしか無くなってしまって「その結果ルフィとナミだけがあの戦場に現れたって訳か」」
「うん」
頷いた私に、シャンクスは何かを耐えるような仕草を見せる。その時船医が治療を終えて、シャンクスに言う。
「余り無理な姿勢を取らせなければ、問題無い。お頭……修行つけてやるのは良いが、大切に扱ってやってくれ」
「……分かってる。暫く、誰も近付かないように言ってくおいてくれ」
「分かった。……ナミ、お頭をあまり責めないでくれ。この人これでもナミが可愛くて仕方ねェんだからさ」
私はその言葉に、なんと返せば良いのか分からなかった。知ってるとも、そんなの嘘とも、私には言えない。
可愛がられて、大切にされてるのは分かっている。でも、私はそれに何も返せない。
その結果私の望まない事になってしまっている。それさえも、他の人から見たら羨ましいと言われるような案件だろう。
「それにしても七武海相手に戦ったのか。英雄をぶっ倒したのもルフィなんだろ?……強くなったんだな」
「でも、熊にもミホークにも全く歯が立たなかったわ!」
「あの辺は別格だからな。天夜叉も当然別格だ。気を付け……」
不自然に言葉を止めた船医さんが慌てた様子で出て行き、突然シャンクスと二人きりになった。そんな室内で、そっと血に濡れてしまった衣服を纏う。
そんな私にシャンクスの声が届く。少しではなく、苛立っている様子からドフィやミホークの事を思い出してるのかなと少し思う。
「……ナミ、少し休むか」
「いいえ、エースの所へ行くわ。邪魔してごめんなさい。もう、甘えないようにするから」
私はシャンクスのクルーでは無い。シャンクスに、女としての愛情も返せない。
私から見れば家族の枠でも、実際は違うのだから、これ以上甘える訳にはいかないわ。そう思って顔を上げれば、シャンクスの唇が私の唇と重なった。
抵抗しようと腕に力を入れるけど、右腕で抱き締められていては、微動だにする筈もない。その上首と後ろ頭を支えるように左手があれば、シャンクス的に日常生活に支障がない程度の力しか出なくても、充分に力は強い為に動かす事が出来ずにいる。
甘受するしかない状況で、微かに唇が離れる瞬間に本意ではなくとも、熱くなった吐息が盛れる。直後角度を変えて何度も重ねられるそれに、自分の身体から力が抜けていくのが分かるのだから感情が乱れるのは許して欲しい。
「はっ……ぁ……しゃん、く……んっ!」
意味が分からない。もう、甘えないからと言ったのだから関わらなければ良いのに、どうして……?
突き放そうと力を入れていた手が、ベッドに倒れそうになる身体を支える為に、崩れない為に縋るそれに変わる。そんな私からそっと唇を離したシャンクスは、自嘲的な笑みを浮かべた。
「ナミには、心を乱されてばかりだ。ナミの全てがルフィのものでも、ひとつだけ譲れないものがある」
「な、に?」
「ナミが甘えてくれなくなるのは、困るんだ。あまりにも拒絶が過ぎれば、俺も優しい兄貴では、居られなくなるぞ」
「も、違う……じゃない。シャンクスは、さっき……「だから、悪かったよ。俺はもうナミを拒まねェから、甘えてくれ」」
そんな事言われても、もう既に罪悪感しかない。シャンクスを求める事は出来ないわ。
そう、思うのに……震える腕が、悲しげに揺れる瞳が、その言葉を紡がせない。捨て犬を思わせるような雰囲気に、息を飲まされてしまう。
「ナミが誰を想って居ようとも、俺はナミを愛しているし求めている。……ナミが、欲しい」
言葉と共に降り注ぐ唇。首筋に吸いつかれて、身体は反応するけど私は必死でそれに抵抗する。
「や……!いや!私は、ルフィにしか、触られたくない……!」
「……ベックとは、随分甘い時間を過ごしたみたいだがな?」
その言葉に身体がビクリと揺れる。でも、あれは……。
「あれ、は……」
声が震える。確かに無理矢理と言えるものではなかったから。
私から求めて、縋った。その事に間違いは無いから。
「あれは?」
追い討ちをかけるように重ねられる言葉。私はそれに息を飲み、唇を噛み締めるけど、シャンクスの指がそっと唇に触れると、噛む事を許してはくれなくなる。
「ナミ自身であっても、ナミを傷付ける事を俺は許さない。次にそれをやったら、キスするからな」
王者の命令。それに必死になって抗ったけど……その度に心が悲鳴を上げるのだけはどうにも出来ない。
大切な人なのだ。尊敬する人なのだから、それは如何ともし難い。
何かシャンクスに言わなきゃと思った時、ベックが脳裏で囁く。〝これは治療だ〟と〝ナミは悪くない〟と繰り返すように。
「ベックは、壊れ掛けてた私を、治療してくれた……だけよ。シャンクスがこんなに弱ってるのに、気付けないくらい、私、おかしかったわ」
「……なら、俺を甘やかして、癒してくれ」
「え?」
「俺の状態に気付けず、放置した事を悔やんでいるんだろう?なら、今から取り戻してくれたらいい」
その言葉に導かれるように、私は呼吸も落ち着いたからとシャンクスの首に腕を回す。するとシャンクスは、そっとベッドに腰を降ろしてくれる。
なので私は逆にベッドの傍に立つと、その頭を胸に抱き締めてそっと撫でる。少し癖のある赤い髪が、妙に可愛い。
「……成程、ナミの甘やかしはこれか。まァ、そうだよな」
「シャンクス?」
「いや、なんでもねェ。ただ……甘え足りないから、悪いな」
甘え足りないとは、撫でる時間が短いと言う事かなと首を傾げた直後、視界が反転した。1瞬だけ見えた天上は、直後シャンクスの顔へと変わる。
驚いている間に器用に脱がされてしまい、遅れて抵抗するけど抑え込むその力に全く敵わない。足をばたつかせて抵抗してみたけど、それにシャンクスは笑うばかり。
「やめ……!「ナミ、甘えさせろ」いやぁぁぁ!!」
叫んだ瞬間、重なる唇。呑み込まれる声と息。
嫌だと思っているのに、悦ぶ自分の身体があさましくて、呪いにも似た感情が胸中に渦巻く。そんな私の嘆きを、怒りを全て唇1つで抑え込んでシャンクスはその熱いものを押し付けて来る。
「ンンンッ!……ゃ……!」
私の抵抗の声はシャンクスの口内に消えて、素肌に触れるシャンクスの指先が熱くて、理性が仕事を放棄しようとする。身体が、シャンクスを求めて疼いているのが分かってしまう。
「……泣くな、ナミ」
「シャンクス……私、や、なのに……」
「そうだな。だが、俺は欲しい」
そう言ってシャンクスは私の身体に唇を寄せる。その甘やかな愛撫に身体は悦び、反応してしまう。
そんな私を優し気な眼差しで見つめながら、けれどもシャンクスは本気で私を逃がさないと強く抑え込む。今だけでいいから、心なんか無くなってしまえば良いのにと思いつつ、私はシャンクスから与えられる刺激に必死で声を押し殺して様子を伺う。
どうにかならないだろうかと、無駄と分かっていて1抹の期待を抱いているのだ。だけど、強気に見せて怯えているのが分かってしまう。
力尽くで抑え込みながら、傷付けないようにしているのに気が付いてしまう。震えているのは、私ばかりでは無いと……。
「シャンクス、お願い、止めて」
「ナミの心も、夢も、ルフィのものなんだろ?」
「そうよ」
「なら、ここにいる間だけでも、その体を俺のものにして何が悪い」
子供の理屈だと思う。でも、シャンクスは本気なのだとも分かる。
「そこに、私の気持ちも意思もないわ」
「あるさ。ナミは、俺を愛してる」
言い切られたその言葉に身体が大袈裟に反応してしまえば、シャンクスはその時本当に嬉しそうに笑った。まるでプレゼントが欲しいと
「ナミは、俺を愛してる自覚があったのか。……そっか、成程なァ」
1人で納得しているシャンクスを強く睨み付けても、もうシャンクスを
愛欲の宴は、私の望まぬまま、こうして幕を開ける。シャンクスは私の放つ否定的な言葉に、もう、怒りを滲ませる事が無くなってしまった。
拒絶するそれが真実であっても、その心はシャンクスが捕らえていたと言う事実に気付かれてしまえば、抵抗するそれがルフィを裏切れないという私の理性によるものだと知られてしまった事になる。偽りの言葉でシャンクスを拒絶しようとも、それが偽りなのだと気付かれてしまっていては、既に何の効力も発揮されはしないのだ。