身体が、動かない。周りが、妙に騒がしい。
そう思った直後に抱き締めてくれる温もりに身体が弛緩するのを感じて、痛みが軽減していくのを理解すれば何事かと意識が浮上して行く。その時聞こえて来た声に、私の脳は1気に覚醒した。
「誰がナミを犯したのかと聞いているっ!」
「お頭落ち着け!……ナミを辱める事になるぞ。何よりも、ナミはその相手を庇うだろう。もう、騒ぐな。必要なら俺が始末する」
「俺の気はどうなる!!」
「お頭は海王類でも狩ってりゃ良いだろ。俺はこの件に関して譲るつもりはねェぞ」
「ベック!」
怒りを漲らせるシャンクスに、ベックもまた1歩も引かない。こうなった時の2人を止めるのは案外難しいのよね。
そしていつも私に向かって、ヤソップが銃弾を撃ち込んできて、それを躱すと2人が意識を私に向けるので、そうなってから近くにいる方に抱き着いて喧嘩はやだと言えば解決なのだけど……。今は銃弾躱すとか無理そうだし、抱きつきにも行けなさそう。
「今
「どうしてそう言いきれる!?自分を犯した相手だぞ!?」
「俺達をナミは〝家族〟として認識している。ナミの中でそれがどれだけ大きな存在かは、分かるだろう」
「だが……!」
「……白髭海賊団は〝エースの家族〟だ。それについてもナミは間違い無く庇う」
「巫山戯るな!そんなもん秘密裏に処理す「二人とも黙ってくれねェか?……ナミは起きてるよぃ」」
シャンクスとベックの喧嘩とか、本当に止めて欲しい。それも、どうやら今朝までのそれを知られてるみたいだし……。
物騒な単語が聞こえたのもあり、体を起こそうとしたらマルコさんがそれをサポートしてくれた。上半身だけ何とか起こした私に、二人の視線が向けられる。
痛みが軽減しているのは、どうやら腕を焔に変えて抱き締めてくれているマルコさんのおかげだと分かれば、まずはそれにお礼を言うべきだろうと思う。そう思って、私を心配そうに見詰めるマルコさんに言葉を向ける。
「マルコさん、ありがとうございます。助かっています」
「謝罪じゃなくなっただけ、良しとするかねぃ」
優しく細められたその瞳に、少し肩の力が抜ける。甘えてばかりも居られないとは、わかってるのに。
そのまま宥める為にシャンクスへと視線を向けると、少しバツの悪そうな顔をするから、ウォーターセブンでの事を棚上げした訳でも、忘れた訳でも無さそうである。これなら、話は通じそうね。
「シャンクス……私は大丈夫だから、騒がないで。お願い」
「ナミ!」
私の名を呼びながら、それ程離れてもいなかったのに慌てた様子で駆け寄る姿を見て、少し切なくなるのは何故なんだろう。腕は動くからとシャンクスの頬に触れて、大丈夫よと繰り返せば何故か痛そうに顔を歪めるから、仕方ないなぁと思ってその頭を撫でる。
「ナミ……」
「私の事よりも、今はもっと大切な事がある筈よ。そろそろ目的の島でしょ。私……ちゃんと格好良いシャンクスを見たいな」
「……分かった。ナミが言うなら、ちゃんと四皇の大頭をやってくるさ」
「ふふ、期待してるわ」
そう言って苦笑するシャンクスから手を離せば、今度はベックへと視線を向ける。優しすぎるベックだけど、賢過ぎるベックだから、多分相手も知られてるだろう。
それにさっきの発言がそれを物語ってるもの。……この静かに怒るベックの方が、正直シャンクスの数倍厄介なのよね。
「ベック、始末しないでね」
「……ナミ」
「駄目よ。そんな事したら……」
そこで言葉が止まる。ベックの事も嫌えないし、嘘でも嫌いとか言えない。
口きかないとかできる筈もないし、もしできたとしても、そんな事したら困るのは私の方だわ。うーん、と少し考えて思いついた事を冗談のつもりで口にする。
「もう、ベックに甘えないんだから」
「それは、困るな。分かった。今回は何もしない。それで良いだろう?」
即座に返された言葉に動揺したのは間違いなく私だ。まさか効果があるなんて誰が思うのか。
でも表向きは、それでいいのだと言うように笑顔で頷けば、ベックが珍しく弱ったような顔をした。ベックはこれで案外顔に出る。
「ナミ、合意じゃねェのに、何故庇うんだ」
「人が傷付いたり、死んだりするのは、好きじゃないの。そう言えば……海賊に向いてないって、言われたわ」
私の言葉にマルコさんとベック、そしてシャンクスは揃って確かにと言って頷くから、酷いわねと笑っておく。それからそっとベックに手を伸ばせば、躊躇いなく近付き私の手を握ってくれる。
その姿に、確かに最高級の男達よねと思って笑えば、ベックが僅かに驚いたような顔をする。それからフッと表情を和らげると頭を撫でてくるのだから、何時まで子供扱いするつもりなのかと思わなくもない。
「ベック、ありがとう」
「ナミは、本当に……甘い。お頭のサポートがあるから、俺は1旦傍を離れるが、何かあれば呼べ。ナミの声ならこの島の何処にいても俺に届く」
そんな馬鹿なと思うけど、多分何かしたんだろうと判断して頷く。例えば、見聞色の覇気を活用するとかね。
同じ見聞色の覇気でも、その使える能力は人によって異なる。だから、ベックがどんな事を出来るのかを私は知らないのだ。
返事をしない私に、優しい声音で返事は?と問い掛けるベックに頷く事で答えれば、そっと額に唇を落としてから私の傍を離れて行った。残ったのはマルコさんだけで、でも、マルコさんこそ白髭海賊団を纏めなきゃよねと思って視線を向ければ、深い溜息が落される。
「どうして、イゾウを庇った。間違いなくイゾウが無理にやったんだろぃ」
「マルコさん……」
「発見した相手が、犯人が誰だか気付けるようにその長襦袢を残したんだろ。香も……あいつの調合だ。ったく、何考えてんだかねぃ」
明らかに苛立ってるそれに苦笑が浮かぶ。本当に優しい人達が多いわ。
この世界は悲しい事が多すぎるけど、同時に心優しい人で溢れている。私も何か、ほんの僅かでもいい……返せているかな。
「マルコさん、私は、マルコさんやエースの家族を傷付けたくはないんです。だからそんなに怒らないで下さい。マルコさんにも、傷付いて欲しくありません」
「俺は、不死鳥だよぃ。傷付いたりしねェか「傷は、治るだけです。傷付いてますよ。だから、お願いします。自分を大切にしてください」」
言葉を遮った私に、マルコさんは苦笑しつつも小さく頷いてくれた。それから何かを取り出すとそれを口の中に押し込まれ、グラスを押し付けられる。
よく分からないままに飲み込むと、無防備が過ぎるよぃなんて笑いながら頭を撫でられる。でも、マルコさんが私に何かするとは思えないもの。
「これは?」
「……媚薬。とか言ったらどうする?」
「困りますね」
「冗談だよぃ。……ピルだから、安心していい」
安心の意味が二重に掛かってるのが分かれば、私こそ苦笑してしまう。エースはこんな人達に囲まれて居たのね。
「……少し、休んでも良いですか?本当は、葬儀に出たかったし、皆さんと顔を見てお別れしたかったのですけど」
意識を保っているのが、そろそろ限界な気がして言葉を口にしたら、マルコさんが優しい声を降らせてくる。それは、長男としてやってきた癖のようなものなのかな。
ベッドに寝かせてくれるそれが、妙に優しい。迷惑かけてる、わよね……。
「そんなもん気にしなくていい。ゆっくり休めよぃ」
「たぶん、迎えが……」
「分かってる。来たら起こすよぃ」
そう言って優しく抱き締めてくれるその腕が離れると、私は深く深く眠りに落ちて行った。それからどれくらい眠ったのか、突如明らかに何かに突撃された衝撃で目覚めると、全身を撫で回してくる手の感触で飛び起きる事となる。
私の胸にある手がモミモミと動き、鼻息荒くその瞳をギラギラさせている相手は私を迎えに来た人の筈である。スっと頬に移動した手が肌に直接触れると、そのまま服の中に手を入れて来て、もう片方の手は私の腰を撫で回す。
「やっ……め!やぁ!」
「会いたかったわぁー!私のナミちゃん!お胸のサイズは変わってないみたいだけど、肌が少し荒れてるわ!感度も良くてお姉さん嬉しい。ねぇナミちゃんもう私と結婚し「しませんから離れてください!」」
そんな私の声に反応して、胸を揉んでいたその手を引き剥がしてくれたのはヤソップで、ポイッとそのままルーに投げてから私の顔を覗き込んで来た。その顔には、心配してますと書いてある。
「ヤソップ、ありがとう。助かったわ」
「迎えって、アレで間違いないのか?」
「うん。そう。変だけどいい人よ」
「お頭と不死鳥に大興奮して泣きながら、よく分からん言葉を口にしていてな。……なんというか、残念だな」
その言葉だけで何があったのか分かったような気がしたけど、あえて追求せずに笑って誤魔化せば、ヤソップは私の頭を軽く撫でてから立てるかと聞いてくる。それに頷いて立ち上がると、ヤソップに巫女様を押し付けてルーが私を抱きしめて来た。
それに驚いていたら、手離したくないなんて言うから、甘えてばっかりでごめんねと言葉にすると、何故か不満そうな顔をされてしまった。それからヒョイッと抱き上げられてそのまま甲板に連れ出されると、そこには立派な墓が見えて息を飲む。
何度も映像で、絵で、それを見て来た。真正面からのそれしか見た事は無かったけど、違う角度でも分かるものね。
「ナミちゃん、頑張ったわね」
先程の壊れた空気を1変して、穏やかな空気で声をかけられれば苦笑してしまう。この人は壊れてる時としっかりとしてる時では、明らかに別人だもの。
「ナミちゃんが歴史を……運命を変えたのよ。この先は、誰も知らない未来が待ってる可能性が高いわ」
「変わった先が、必ずいいものだとは限りませんよ。それにエースは生きてるけど……でも……」
「あー……。それは想定の範囲内よ。多分奔流は変えられないように、調整が入ってるのね。それにしても……ナミちゃんは
「え?えぇ、迎えに来てくれるって事を皆に説明する時に、ちゃんと思い出したわ。流石に戦ってる時とかは思い出す余裕は無かったけど」
「……そっか。ありがとう」
そう言って少しホッとしたような、困ったような顔をされる。それに微かな違和感を確かに抱いていたのに、この時の私はそれをスルーしてしまった。
風に揺れる白髭さんのコートを見上げて、トレードマークだったエースの帽子とネックレスが飾られているのを不思議な気持ちで見つめれば、それらを失って何処か所在無さげなエースが歩み寄って来た。それに笑いかけると、ルーがエースに私を移動させる。
どうやら私を歩かせたりしたくないらしい。それに対して過保護なんだからと思いながら、病み上がりと呼べずに病んでる筈のエースに声をかける。
「降ろしていいのよ。寧ろ下ろして欲しいわ」
「あ、それは無理だ。ナミが墓の前から動かなくなりそうだから、行かせんなってマルコに言われてる」
「でも、エースはまだ怪我とか」
「……治ったぞ?」
「へ?」
治ったって、何?
死にかけてたよね!?
てゆーか、1度死んだのよね!?
「ナミの治りが遅いからって、俺まで治らねェと思うなよな。俺はもう普通に動けるぞ」
「普通に考えたら、私の回復速度も異常よ?……本当にもう、大丈夫なの?」
「まァ、感覚的には色々狂ってるから、気を付けねェとだけどさ」
「よかった……」
思わずエースの首に腕を回して強く抱き着けば、エースが何故がその体をビクリと緊張させたけど、他は特に問題も無い。子供の頃や、悪魔の実を身体に宿していた頃よりは随分低くなった体温。
けれども、私よりは随分と高いそれに、生きてるんだなと思えば安堵の溜息も落ちる。その息がエースの肌を掠めたらしく、ビクリと再び揺れるそれに擽ったかったのかなと首を傾げたら、巫女様が何故かエースの肩を叩いた。
「あんた、報われないわね」
「鈍いのは、昔からだ」
「まぁ、そうよね。
「……あんた、何を知ってるんだ?」
「ナミちゃんの恋人遍歴全般?」
そう言って笑う巫女様に何人かが殺気立ち、私はルフィだけだから、確かに知ってるわよねと1人頷いていた。それからエースを除く白髭海賊団の皆様とはその場で別れる事となるし、シャンクス達とも当然別れる事となる。
だからと思って私はシャンクス達に笑顔を向ける。なんだか、あの日別れたそれと似ているななんて思いながら。
「お兄ちゃん達、ありがとう。本当に助かったわ」
言葉を口にした瞬間に泣き出したルーに、ヤソップが泣くなよと声をかければ周りからは小さな笑いが起こる。ベックがそっと頬に触れて来て、困ったように笑うのを眺めつつ首を傾げた瞬間、エースの腕からベックの腕へと移動させられていた。
「ベック?」
「俺は何が起きてもナミの味方だ。それだけは忘れるな」
「うん。ありがとう」
そっと擦り寄るとベックは優しく背を撫でてくれて、身体から力が抜ける。その直後ベックから引き剥がされて、別な腕に抱き締められたと思ったら重なる唇。
皆が見てるのに、欠片も気にした様子を見せずに、深く深く口付けられてしまえば私の力ではどうにもならない。その上、唇から愛してると伝えてくるのだからタチが悪いと痛感する。
「んぅ……!ぅ……!」
「あー……シャンクスさん?シャンクスー?」
エースがシャンクスにこのタイミングで話しかけてくれた事で、シャンクスは忌々しそうにエースを睨みながら唇を離してくれる。そして、なんだと低く問い掛けるけど、そもそも論でシャンクスが悪い。
私が腕から逃げようと暴れても、その腕の拘束は弱まらない。それどころか人の尻を撫でて来るのだから、ベシベシとその胸を叩いて抗議している私の行動は正当な筈よ。
「俺、歌いたいからさ、楽器貸して」
「……音楽家達!演奏してやってくれ!」
「良いのか?」
キョトンとした顔でエースが首を傾げると、シャンクスは全くと言いながら笑う。シャンクスのその顔は、ルフィに向けていたのとよく似ている。
「……白髭への、鎮魂歌だろ。構わねェよ」
「ありがとう。恩に着る」
「なら、ナミとの邪魔しないでくれ」
「それは無理だ。俺も昔から惚れてるからな」
「生意気な……」
そう言って2人は笑い合うけど、友情を深めるのは勝手だけど、私の意思は尊重して欲しい。そう思ってる間にエースは音楽家の皆の所へ向かってしまい、何やら真剣に話をしている。
シャンクスはこれで邪魔者は去ったとばかりに、腰を強く抱いて来るから、咄嗟に巫女様に助けてと視線を向ける。すると巫女様は神風の如く私をシャンクスから奪い去り、自らの背後に匿ってくれる。
この素早さがあるなら、巫女様も充分戦えると思うんだけどな。……でも、同時に微かに助け出す時に感じた本気の色に、何か不安のようなものを感じてしまう。
けど、その空気は長く続かなかった。シャンクスを見て小さく舌打ちした巫女様は、くわっという勢いで言葉を向ける。
「確かにシャンナミ推奨してるけど、ナミちゃんを虐めないで頂戴。この子は私のものよ!」
「いや、それは違うから」
思わず突っ込みを入れるけど、シャンクスは驚いたように巫女様を見て、首を傾げる。そして、妙な言葉を宣った。
「ナミは昔から俺のだから、好きな時食っていいと思うんだがな。……違うか?」
「……くっ!み、認めないっ!そんな、色気振りまきながら言っても、いくらナミちゃんが無防備で美味しそうでも、消耗品なのよ!大切に扱いなさいよね!?」
「あァ、大切にナミを食ってるつもりだ。ナミは、美味いよ」
「そうでしょうとも!この引き締まった身体に吸い付くような肌。たわわに実った豊満な果実に似合わぬ、内臓が何処にあるか不明な腰!僅かに動く度にふわりと柑橘の香りが漂い、愛らしい顔で甘い声を発するこの生き物が、美味しくない筈がない!」
「分かってるじゃないか」
何処から突っ込めば良いのか既に分からない。誰かこの2人の会話を止めてください。
そんな切なる私の願いが通じたのか、ベックがシャンクスの頭を容赦無く殴ってくれて、巫女様から私を引き剥がすように腕に抱き締めてくれる。今はこの腕に守られていたいと心底思いながら、私は幼子のように怖かったよーと言いつつベックに擦り寄った。