優しく守ってくれる腕の中で、震え続ける私。今だけは子供でいさせて欲しい。
そんな事を思っているからか、甘えきった声が出ているのが分かる。私はこうしていつも守られて来た。
「ベックー……変な人達が居るよー……」
「怖かったな。ナミの事は俺が守ってやる」
「ありがとう、ベック」
「ベンナミね。それもアリよねぇ。大丈夫よ。私はナミちゃんが幸せなら相手は誰でも認めるわ!!」
ベックに縋っていたら巫女様の声が聞こえた気がしたけど、あえて無視させて貰う。今は関わりたくない。
数日会わなかっただけでテンションが振り切れてる巫女様に、今は恐怖しか抱けなくて、お爺ちゃん助けてと空島に居るハレダスさん達を思い浮かべた。その時、エースの声が響く。
「んじゃ、歌いまーす」
少し間延びした声で、気楽な調子で言われるそれに少し笑う。本当に歌うんだと思って顔を上げるけど、ベックから離れたら酷い目に合いそうで怖くて震えてしまう。
そんな私に気付いたのか、ベックがヒョイっと私を抱き上げてのんびり聞いてろと言うから、小さく頷く。シャンクスがそれに文句を言おうとしたらしいけど、ヤソップに黙れと殴られてその場で沈んでいるのだから、仲良しだなと思うばかりである。
「Another Hero」
題名を聞いて、どんな歌だったかなと少し考える。そして伴奏を聞き、ボカロ曲だと思い出した時には歌が始まっていた。
「ーーー」
生まれたその時には、約束なんて本来そんなにある筈もないのにね。ただ、愛される事、生きる事、それにより幸せになる事。
それだけが約束である筈なのに。どうしてエースも含めてこの世界の多くの人達は、そうじゃないんだろう。
「ーーー」
夢に描いたような、よくあるとされる長閑な家庭の温かさなんて知らずにいたから、きっと皆今の生き方を選ぶしか無かった。それでも、少しでも私は、家族としての愛情をエースに示せただろうか?
「ーーー」
エース達三兄弟の足跡は、あの山の中で始まった。ずっと傍で守れたら良かったのにと、思わなかったと言えば嘘になるけど、その選択肢を私は持てなかったから。
「ーーー」
もしもエース達が居なければ、私は今の私では無かった気がするの。エースがどう思っていても、やっぱり私にとってエースは可愛い弟なのよ。
「ーーー」
苦しそうに歌うそれは、エースの心を示しているからなのかな?
ねぇお願い……そんなに自分を責めないで、エースは充分すぎる程に頑張ったよ。エースは、頑張りすぎたと思ってるわ。
「ーーー」
今と言う時を精一杯生きる事、それは当たり前のようで当たり前にできない。それでもそうして生きるのは、信じたものを両手で守りたいからなんだよね。
「ーーー」
私は、守れたのだろうか。エースの歌うコレは、目を背けたい現実は……やはり今回の戦争の事かな?
この間奏の間に、エースは何を思っているのだろう。私の受け取っているそれと、エースの伝えたいそれは同じなのかな。
「ーーー」
その歌詞を聞いた瞬間、呼吸が止まりそうになる。そうだ、遺伝子のそれだけで、エースは人生を決められていたんだと。
「ーーー」
続く歌詞の〝君〟はエースの中で誰なんだろう。やっぱり、ルフィとか、白髭海賊団の兄弟達なのかな?
「ーーー」
進むべき道は険しくても、その先を目指して進むしかなくて、それでも明らかな障害は取り除きたい。大切な人には、生きていて欲しいし、何よりも……傷ついてだって欲しくはない。
「ーーー」
私は未完成で、何もかもが足りなくて、
「ーーー」
その歌詞が始まると同時に、エースの視線が私を貫いた。真剣なその眼差しが、逃げるなと言っている。
「ーーー」
ここで歌う〝君〟って、ルフィとか、マルコさんの事よね。なんで、私を見てその後半の歌詞を唄うのだろう。
軽く首を傾げたら、ベックがそっと耳打ちして来た。良いから聞いていろと。
それに黙って頷くと、ベックが私を抱きしめるその腕に力を込めてくれた。その温もりが優しくて、エースの声が胸に痛みを与えて来て、私は泣きそうになる自分を自覚する。
「ーーー」
生きる覚悟が分からないと歌った直後に続いたその歌詞を、私に向けて歌っているのだと伝わってしまう。エースが、歌で、私に想いを伝えているとだと……理解出来てしまう。
「ーーー」
切なそうに、エースは歌う。その歌詞に合わせるように私に片手を伸ばして。
「ーーー」
エースは、確かにこれ迄にも何度も伝えてくれたのに、私、気付いてなかった。ううん、理解してなかったんだわ。
「ーーー」
エースが歌う信じたものって、家族の事よね。そう思った時、自分もその〝家族〟なのだと思い知らされた気がした。
「ーーー」
大切な〝家族〟と〝力〟を喪って、そんな現実の中でも、私への想いは変わらないのだとエースが歌っている。それに気付いてしまえば、涙を止める方法なんて私には分からなかった。
歌い終えたエースが無言で辺りを見てから、静かな声で言葉を紡ぎ出す。あの戦場であれだけ通った声なんだから当然だけど、本当にその声はよく通る。
「赤髪海賊団の皆さん、演奏ありがとうございました!……どうやら、伝わったみたいだ!」
「俺達としちゃ、敵に塩送った気分だがな」
何処か悔しそうに言うのは、いつも私が作曲してるのを楽しそうに覗き込んでは笑っていた人。二言目には、お頭は将来有望だから唾付けとけなんて言ってたのを思い出す。
今回はバタバタしてて、ろくに話も出来なかったな。でも、私を見るその瞳は昔と変わらずに優しい。
「選ぶのは、男達じゃねェと思うんです。だから、そういう意味では気にしなくていいと思いますよ」
朗らかに言い切るエースに苦笑した皆が、憎めねェんだよなァと笑えば空気は和らぐ。それを確認してから、エースは白髭海賊団の皆様に視線を向けた。
「兄貴達!俺、ナミと行くよ!少しは自分の名前に、立場に恥じない状態に戻ってから、帰って来る!ちゃんと俺の気持ち、伝わっただろ?」
「いつから、考えてたんだよ。これ歌うって」
サッチさんが問い掛けると、エースは少し照れたように笑ってから、少し切なそうな顔をした。それに皆が黙ると、エースはゆっくりと唇を動かす。
「この曲、初めて発売された時に……皆が楽しそうに演奏してたろ?それ聞いてさ、俺を歌にしたみたいだなって思ったんだ。ワンフレーズ毎に、違う相手が脳裏を掠める事もあったけど、今はさ、親父と、兄弟と、ナミだけが浮かぶんだ。それで、いつか……歌えたらって思ってた。まさか、親父への鎮魂歌になるとは思ってなかったけどよ……」
「待ってるからな」
「ビスタ……」
「ちゃんと戦えるようになって、帰って来い。……本当に言い出したら聞かんのは、誰に似たんだ?親父か?」
ビスタさんの言葉にエースは頭を下げる。今まで顔を隠すのに使えた帽子は、今はもう無いのだ。
遮る物の存在しない状態で、エースは静かに涙を落とす。そんな姿が愛しくて、でも今は何も出来ないししてはいけないからとその姿を見つめる。
そんな私にエースは視線を向ける。姿勢を正して、真っ直ぐに……。
「ナミ、俺をまた、鍛えてくれるか?」
「当然でしょ。そのつもりが無かったら、言い出さないわ。……私の弟達はね、全員強いのよ。エースもサボも……皆、自慢の弟よ」
「ナミ……」
捨てられた子犬みたいな顔をされては、どうにも出来ない。ベックに視線を向けて降ろして貰うと、エースに駆け寄りそっと抱き締める。
身体ばっかり大きくなって、中身はあんまり成長してなかったらしい。エースはあの頃のまま、傷付いた心を持て余してる。
いいえ……埋めて貰った筈の穴が、白髭さんと言う大きな穴に姿を変えてしまった。兄弟という名の、涙の川を作ってしまったのね。
そっとその頭を撫でると、血は繋がってない筈なのにルフィとその髪質まで本当によく似てるわと思う。エースが苦しんでるのも、私をどう想ってるのかも、漸く理解できたわ。
でも、私の答えは変わらない。ごめんね、エース。
「エース、私は〝姉〟や〝家族〟としてしか、エースを愛せない。それでも、エースの想いは理解出来たと思うわ。……沢山傷付けて、ごめんね」
「ナミは、残酷だよ」
「そうね。でも、私は1人しかいないから」
「ナミッ!ナミ!……ナミ……!」
繰り返し名を呼びながら強く抱き締めてくるその腕が、身体が震えている。捨てないでと、縋っているのがその声から、震えから伝わってしまう。
どうしたら分かってくれるだろう。何があっても私は、家族を突き放せないのだと言う事を。
何を差し置いても守るべきは、家族だと決めているのだと言う事を。今ナミとして生きるようになってから、運命にだって逆らうと決めたのは、家族に関わるからなのだと言う事を……どうしたら?
過去の私は、多分家族にそんな事を思わなかった。覚えてないけど、多分愛されていなかったのだろうと思う。
だからこそ、溢れんばかりに愛してくれた家族に、無条件に与えて貰えたそれに、何かを返したいと願ったのだろうと言う事には気付いてる。本来受けるべきだったナミちゃんに対する罪悪感もあるけど、でも、それだけじゃない。
私は、大切に想われた事が素直に嬉しくて、そんな想いを向けてくれる人を
「エースが何をしても、世界の全てから憎まれても、私はエースの事を愛してる。……私が家族に向ける愛情はね、盲目的で狂信的なのよ。知ってるでしょ?」
「あ……病的なマザコンで、シスコンだもんな、ナミって」
「そして、ブラコンよ。そうでなくて、どうしてあんな化け物しかいない戦場に飛び込むのよ?」
私の言葉に、エースは少しだけ呆けた様な顔をした。それが何だか可愛く見えるけど、冷静に考えてよと本気で思う。
「え?」
「私、逃げるのと躱すのだけが得意なのよ。力も無いから、これ迄ずっとそうやって生きてきたのよ?」
思い出せと言わんばかりに視線を向ければ、確かにと頷いた後でエースはでもよ……なんて言う。それに首を傾げると、直後に顔を赤くして数歩下がってその場に座り込む。
どうしたのかと慌てる私にエースが、突然あー!と叫び、クソっと悪態をついた。この子に何が起きてるの?
え?何か拾い食いでもしたの!?
「俺はナミに、弟として愛されてたよ!畜生!ルフィを助ける為に、7歳のナミが海賊団壊滅させたの思い出しただけだ!」
「……そんな事、した?」
「……したよ。なんで覚えてねェんだ。俺は、暫く魘された。それくらい、あの時のナミは鬼だったぞ」
「覚えてないなぁ……」
本当に欠片も覚えてない。そんな事、した?
エース幼かったし、何か勘違いしてない?
「……あァ、あれはお前達も怪我したからだぞ」
背後から聞こえたベックの言葉にへ?と思って振り向くと、エースが顔を上げた。そして、嘘だろと呟く。
「ルフィは死にかけてたし、お前達も血みどろになった。それで……キレたんだよ。普段からお頭相手にしてたんだ、普段ストッパーとして存在する甘さとか優しさとかが消滅したら……冗談じゃなく、お頭と張り合えるぞ、ナミは」
「ベック、ないわ。それは無い」
「無自覚なのが怖いんだよな……。良かったなエース、普段は逃げに特化してて、その上基礎が甘くて。違ったら
ベックが大袈裟に言うから、なんか皆からの視線に怯えが混ざってる。どうしてくれるのよと思った時、シャンクスまでもがそれに頷く。
「ベックの言葉に嘘はねェぞ。筋肉量や体力面に問題はあるが、それを補って余りある速度と隙を見付ける本能がある。その上賢さは、皆わかってる通りだろ。それにナミは……眠れる獅子だからな」
「へ?」
え、私は泥棒猫の子猫ちゃんですよ。何言ってんの?
「子猫のままで居てくれると、捕まえやすいんだが……たまに〝王〟の片鱗覗かせるから困る」
「ほぇ?」
「中途半端に獅子が起きるから、強い奴を本気にさせちまうのに、普段は子猫だから戦いにならねェって話だよ。馬鹿ナミ!」
シャンクスからの言葉に酷いと膨れると、巫女様が成程ねぇなんて言って頷く。それから楽しそうに笑った。
「ナミちゃんは、無自覚の女王なのね」
「そういうこった」
シャンクスと頷き合う巫女様は、空気を引き締めると気球みたいな乗り物を用意して、シャンクスを含めた全員に言う。凛とした声で。
「ナミとエースを預かります。皆々様におかれましては、この後に待ち受ける多くの困難に心が折れそうになる事もあるとは思います。ですがどうか、前を見てください。皆様は、この世界に必要な人達です」
そして1度言葉を切ると当然のように放たれた言葉は、死んだ事がある人間の言葉だ。それに、どれだけの人が気付くだろうか。
その声が微かに震えていて、私には泣いてるように思えた。でも、その表情は凛として……気高く見える。
「大切な人を独り遺すような事は、選択しないでください。それで満足できるのは、死んだその瞬間だけです。だから、生きてください」
それから、巫女様は1瞬私を見て、泣きそうに瞳を揺らす。その理由が分からなくて、でも、その瞳を見ると苦しくなる。
そんな状態で声を出そうとしたのに、巫女様はそれよりも早く言葉を紡ぎ始める。その掌を強く握りしめて、何かに耐えるように巫女様は言葉を音にしていく。
「死んでは、もう、支えてあげられない。約束は行き場を失い、ただ偽りの言葉と化す。どれ程大切に想っていても、もう二度と抱き締める事も、涙を拭う事も、想いを伝える事も出来ない。嘆くそれを、壊れ行くその姿を、声を、叫びを……受け止める事は出来ないんです!どうか、大切な人を……遺さないでください」
その時、何かが頭の片隅で閃く。巫女様は、過去を覚えているのではないかと。
ビビの兄王子も、私も爆発で死んだ気がするって程度しか覚えないけど……もしかして、巫女様は
そんな巫女様に導かれるように、私とエースは気球のような乗り物でその場を後にする。彼等が巫女様の言葉に、何を感じたのかを確認する暇もないままに。
せめてと思い、浮かび上がっていく気球の上からみんなに手を振りつつ、声を向ける。次にまた必ず会える時が来るなんて、そんな保証はどこにも無い事を知っているから。
「お兄ちゃん達、ありがとう!大好き!またねー!」
いつか〝また〟会える事を願って、笑って手を振る。それの直後何故か野太い泣き声が聞こえてきたけど、離れ過ぎていて何が起きたのかを、私は確認する事は出来なかった。