そんな会話の途中、まるで世間話をするかのような気軽さでマルコさんが言葉を口にした。恐らくマルコさんとしては、世間話の域なのだろうと言うのは分かるので何もおかしくはないけど。
「ナミが宝玉なら、最新で出した曲について聞きたい事があってねぃ。ありゃァ、児童書として出てた『鶴の恩返し』と言う話にモチーフにしたとしか思えねェ内容の曲なのに、後半のストーリーがまったく違うのは何を考えての事だ?」
児童書も読んでくれてたのかと思うのと同時に、まさか1度ボカロ系出したからその後は思い出せたボカロ系の曲を次々出してるだけで、意味など無いのだとは言い難い。どうしたものかと考えて、適当な言葉を口にする。
「子供に恋愛話を持っていくなら、ハッピーエンドが基準でしょ?だから、あえて変えて……逆にしてみたのよ。大人向けと子供向けって感じで」
「ふぅむ……。あの歌は、1人では歌えないように作られてるが、それは何か意味があるのかよぃ?」
だって、リンレンの歌だもの。ミクちゃんの歌とは違わいと思って見ても、それでは説明にならない事は分かってる。
そもそも論でリンレンやミクちゃんが通じないだろう事は分かってるから、別な説明が必要になる。ボカロの説明って、機械が歌ってくれるとか、ミクちゃんって言えば通じた日本と同じ感覚ではいられないのは分かってるけど、こんな時はどうしたら良いだろう。
「助けられた鶴と、鶴を助けた男が揃って初めて、鶴の恩返しになると判断しただけよ」
「歌えるか?」
マルコさんの言葉に、伴奏に使える楽器がないからと断ろうとしたらルフィがチョッパーから解放されて帰ってきた所のようで、大喜びで期待の眼差しを向けられてしまう。助けを求めるように視線を動かすけど、サンジ君は忙しそうだし、ウソップは関わりたくなさそうだ。
ゾロとチョッパーは食事に夢中で、ビビもまた期待に満ちた眼差しを向けて来ている。残るはとエースに視線を向ければ、いい笑顔で久々だなナミの歌なんて言われてしまう。
ここで断ったとしても無駄だと理解して、私は何でか知らないけどアカペラでボカロを歌う事になった。リンちゃんのパートはともかく、レンくんのパートの為に小さく発声練習してから、腰の笛を抜き出す。
せめて歌わない所では音が欲しい。つい最近書出して無ければ、譜面も無しに笛でと言うのは無理があるだろうけど、実際出してる訳だし絶対無理とは言えないわよねと思って苦笑する。
「『四季折の羽』です」
言葉を、題名を音にした直後に笛を唇に当てて音を出せば、懐かしくなるのと同時に泣かないぞと心に誓う。この歌は油断すると途中で歌いながら泣く事になるのよね。
歌詞の始まる直前で唇を笛から離すと、女性的な声で歌い始める。少女よりも女性的な方が合うだろうと判断したから。
「ーーー」
つい最近雪の降る島に行っていたからか、皆自然に受け入れてくれた様子が見受けられる。それにホッとしつつ、続きの歌詞をリズムに乗って紡ぎ出す。
「ーーー」
このアラバスタと言う国には合わない曲よねと思いながら、ゆっくりとしたテンポで歌う。この出だし付近だけが、穏やかで可愛い歌になっている。
「ーーー」
レン君の台詞の所だけ低く歌い、他は高く歌う。声の切り替えが上手くいった事に、内心でホッとしつつ続きを歌う。
本来2人の声が重なる辺りだけど、1人で2つの声を同時には出せないから台詞だけレン君として歌い、他はリンちゃんとして歌う。テーマが鶴の恩返しなのに、金髪が違和感にならないそれに、随分と驚かされた事を思い出す。
「ーーー」
この幸せな時間がゆっくり流れているのだと分かるようなテンポに、それだけでもう泣きそうだと情けない私は本気で思う。痛みや苦痛に対しての涙は抑えられても、自分が実質関わらない話の時は涙が落ちやすい。
それをグッと堪えて歌い続ける。まだ、泣くには早すぎる。
「ーーー」
初めてこの曲を聞いた時、ここで漸くモチーフが何か理解した。そして、流石は鶴と思い、こんなにも幸せな2人を金と悪意が引き裂くのかと切なくなったのをやけに鮮明に覚えている。
細かい日本での生活や出来事は記憶から薄れていると言うのに、歌や曲は案外覚えているもので、その歌や曲に触れるとその音楽に付随した多くの事も思い出す。現在脳内ではちゃんと演奏がなされているけど、実際には私のアカペラなのだから何とも……。
「ーーー」
台詞だけ低く歌うようにしているからか、驚いたような顔で私を見る視線を感じる。それに何か反応する余裕は無いから、なんにも出来ないけれど。
「ーーー」
1応この辺り、リンちゃんの台詞からレンくんの台詞までがサビなのだろうか。これまではそんな事を気にせずに歌っていた。
私はただ、歌う事が今も昔も好きで、多くの音楽に触れる事がただ楽しかったのだと思い出す。あの世界の事を今更思い出してなんになると言うのかと、知識以外の記憶は邪魔だとばかりに気持ちを切り替える。
「ーーー」
短い台詞の声変化はテンポが早くなればなる程に難しいけど、そこはこの肉体のハイスペックに助けられる事だろう。……少しこの先不安だけど。
間奏だからと笛を使い音を出す。ピアノかバイオリンであればもう少し歌いやすいのにと、無いものねだりをしながら、間奏の終わりと同時に唇から歌声を紡ぎ出す。
「ーーー」
テンポが1気に変わり、知っていた話からズレる。鶴の心の焦りが伝わるような速度の歌に、機械が歌っている事を忘れそうになった事を思い出す。
「ーーー」
このボカロ系の曲を機械的に歌えない私では、明らかに別なものになってるのは分かってる。それでもそんな私の歌をそれでも喜んで聞いてくれる人達がいるから、だから歌を止める事が出来ない。
「ーーー」
鶴は原作でも、この曲でも、どちらも心根が美しくて優しい。でも同時にどちらも、恋に踊らされた哀れさを思わせる。
「ーーー」
だからと言ってそれを笑う事も出来ない。きっと私もこの鶴達と同じような選択をするだろうと、分かってしまったから。
……だから、恋愛なんてしたくなかったのに……気付いたら沼の中に沈められていた。もう……抜け出す事は出来そうにない。
「ーーー」
ストーリーがしっかりしてて、その感情もしっかりと描かれている歌詞に、凄いなと何度も思わされた。でも、今からサビが始まりそれが終わればテンポが早まると分かっているので、感傷に浸る暇はない。
「ーーー」
私の歌に合わせてチョッパーが不思議そうに首を傾げた。それを視界の端に映して私は歌い続ける。
アカペラである以上、1度リズムを狂わせればそこからは歌えなくなる。曲を聞いてリズムやテンポを確認するなんて、そんな当たり前の事が出来ないから。
「ーーー」
何故かルフィは私が〝それでも私を愛してくれますか?〟と歌う度に顔を顰めるけど、何か気に入らないのだろうか。エースはそんなルフィを可笑しそうに眺めていて、だからこそ余計に意味がわからない。
「ーーー」
ここからは周りを見る余裕なんて無くて、その速度に遅れないように歌いつつ感情を込めていく。ある意味ここが私には1番難しい。
「ーーー」
2重奏には出来ないから、ここは女性の……鶴の側で歌う。多分その方が色々と伝わりやすいから。
「ーーー」
ルフィなら、私の姿がどんなに変わっても愛してくれる気がする。あ、でも髪を切るのも嫌がってたから、どうだろう。
そんな事を考えながら、最後の鶴視点を歌う。私も話せない真実があるから、何となく鶴にシンクロしてしまう。
「ーーー」
ここからは男の子の視点で歌う事になる。最後まで涙を流さずに歌うぞと、心で決意を新たにする。
「ーーー」
ビビが惚けたような顔で私を見てるのは気付いてるけど、あえて無視させて貰おう。何となく、関わるのは良くないと言う事だけは分かるから。
「ーーー」
歌い終えた私はやりきった感が満載で……良しと思ってその場に腰を下ろした。歌うからと立っていたけど、ちょっと無理があったらしい。
膝が震えていて、情けないと思う。これから戦いがあるって言うのに……。
「なァナミ、この歌の男は目も見えなくなってたのか?」
落ち込み沈んでいきそうな勢いだった私に突然向けられたのは、チョッパーからの可愛い問い掛けで……私はチョッパーに視線を向けて小さく笑う。確かに文字や言葉だけを、額面通りに受け取ればそう考えられるかと。
チョッパーを手招いてみれば、可愛い足音と共に近付いて来てくれたから、私はチョッパーを抱き締めてその頭を撫でる。それにチョッパーは恥ずかしそうにするけど、その質問が可愛かったのだから仕方ない。
「チョッパーはまだまだ、イイ男にはなれそうも無いわね」
「え!?どういう事だよ!?」
チョッパーは焦ったような声を出すから、いい子で可愛いわと言いながら撫でる。そこにマルコさんの言葉が割って入った。
「女は容姿を気にするが、どれ程ボロボロになっていようと自分の為に頑張ってくれる働き者のその手が、何よりも尊く感じ、愛しく、美しく想えた。って意味だよぃ」
「……俺なら、惚れた女に無理させるくらいなら、見捨ててくれって言うけどな」
マルコさんの言葉にエースはそんな事を言うけど、煙草の煙を吐き出しつつサンジくんがそれに言葉を返した。こういったやり取りを聞いているのは、案外楽しい。
「女の意見はどうなるんだよ。鶴ちゃんは……その男の為なら何を犠牲にしてもいいと思っているから、身を削った。それ程に想っていたら、見捨ててくれと言われてはい分かりましたと立ち去るなんて出来ねェよ」
「……成程な。ナミは鶴だったのか」
ゾロの言葉に私はくわっと牙を向ける。いや、生えてないけどそんな勢いって事で。
「私は能力者でもなんでもない普通の女の子よ!クリマタクトが無ければ何処にでもいるような村娘Aでしか無い位に、ごく有り触れた女よ!」
「「「「「「「「いや、それは無ェ!」」」」」」」」
語尾は多少違ったけど何故か全員に声を揃えて否定された。それに納得出来ずに居たら、何故かビビまでもが首を横に振った。
「……純愛夫婦物語に感動してたのに。良いですか、ナミさんは埋もれるなんて出来ないんですよ。そうじゃなかったら、どうしてこんなにも想われるんですか」
「海賊は趣味のおかしい男が多いだけよ。私の見た目はそりゃァ可愛いけど、中身は残念なもんよ」
見た目はナミちゃんだもの、可愛いに決まってる。でもね、中身私よ。皆物珍しいだけに決まってるじゃない。
そんな事を考えていた私にビビだけでなく、それどころか大半が大きな溜息を落とすから、この砂漠越えは皆に疲労を溜めさせていたのだなと改めて認識した。
それにしても、偶然にも繰り返される言葉があの時のルフィと重なるな。なんてそんな事を思いながら、赤くなりそうな顔を誤魔化す為に私はルフィに微笑みかける。
そんな私を見てルフィも笑い返してくれたので、機嫌はなおったのかなと少し思う。ルフィのくれた〝当たり前〟の言葉に私がどれ程助けられたのか、きっとルフィは全然分かってないんだろうな。
他愛のないそんな平和な時間が、長く続けばいいと心から願い、私達は食事を進めていく。辺りは既に、暗くなり始めている。