空島に帰り着くと同時に、私はハレダスさんを筆頭にいつも明るかったお爺ちゃん達に飛び付かれて、もみくちゃにされる。そんな中で見てみれば、お爺ちゃん達は泣いているから強く引き離す事も出来ない。
でも、人数もいるから、怪我もまだあるから、地味にキツい。そんな私を見て、自業自得よと笑う巫女様は助けてくれなくて、それどころか私を放置してエースと姿を消してしまった。
空島を案内したりしながら、住居の準備をするのだとは聞いていたけど、見捨てられた感が強くて泣きたくなる。そんな私に怪我は無いかと、無事で良かったと泣きながらくっついてくるお爺ちゃん達に、私は抵抗できないままに翻弄される事となった。
心配かけて、ごめんなさい。そう呟くように言ったら、その束縛が増したのは納得いかないけど。
〝頂上戦争〟より約二週間が過ぎ……世界各地にその影響が現れ始めていた。そんな世間の喧騒から離れた〝凪の帯〟女ヶ島。
戦場を離れ、治療を終えたロー1行はルフィの療養を目的として、緊急特例により女ヶ島湾岸への停泊を許可されていた。その場所でルフィは1人〝エースの死〟という耐え難い現実を突き付けられ、大暴れしている。
「ウオオオオ!!」
暴れた為に開いた傷が包帯を赤く染めあげて、辺りにその跡を残して行く。無意味に辺りを殴り、止まる事無く暴れる為にその拳からは、赤い物が滴り落ちる。
僅かに動きを止めて空を見上げ、荒い呼吸を整えながら現実から目を背けようと試みてみても、繰り返し思い出されるのは自分とナミを庇い、あの時戦場に倒れたエースの姿。最期の言葉が、幾度となく脳内で繰り返される。
『ごめんなァ……ルフィ……。ちゃんと、助けて貰えなくてよ……!!』
自らの血で赤く染ったその手を見ただけで、エースのそれを見た衝撃を思い出す。消えろと叫んでみても、頭を岩や樹木に打ち付けてみても、マグマが降り注ぐその瞬間や、エースを殺した男の姿が……蒸気を背中から放っていたエースの姿が、消える事は無い。
暴れ続け、体力が尽きて膝をつくその姿をジンベエはただ、見詰める。それに気付いたルフィはジンベエを睨み、それを受け止めたジンベエはゆっくりと口を開いた。
「戦争は終わった。……エースさんは……「言うな!!なんも、言うな……!!ハァ」」
言葉を遮られたジンベエはルフィを見て、言葉を失う。俯き、地面を睨み付けながら、ルフィは叫ぶ。
荒いその呼吸を落ち着かせる事も出来ないままに、行場を失った感情を持て余していると分かる様子で。現実と向かい合うしかない現状に、
「ほっぺたなら……ハァ、ちぎれる程抓った……!!夢なら、醒める筈だ……!!」
その言葉に気迫のようなものがあったのは、そこまでだった。その先は、震える声がその唇から紡がれるばかり。
涙を流す事を厭わずに、隠そうともせずに、滂沱の如く流れるその涙は……この現状を打破するのに必要不可欠なもの。大地に吸い込まれるよりも早く落ちてくるその水分が、小さな水溜りを作って行く。
「……夢じゃ、ねェんだろ……?エースは……!!死んだんだろ!?」
顔を上げたルフィは涙と鼻水を流しながら、血を吐くように叫ぶ。ルフィはエースとの会話を思い出しながら、それでも、何とか耐えていた。
『強くなったな、ルフィ』
『いつかエースも越えてみせるさ』
戦場でも構わなかった。笑ってくれて、認めてくれたそれが俺には嬉しくて……。
「……ああ……。死んで、しもうた……!!」
声を震わせながら、真実を告げるジンベエにルフィの意識は幼い頃のそれに戻る。久々に会った爺ちゃんに山へ連れられて行く、守られる事が当たり前だったあの頃。
『エースって……エースの事か?爺ちゃん』
『なんじゃ、知っとったか!これからはお前の兄貴になるんじゃぞ!』
『何言ってんだ!エースはもう兄貴みたいなもんだ!ナミとサボといつも1緒にいたんだ』
『ナミと、サボ?』
『うん!でも、もうナミは居ねェんだ。……ナミは、強いし怖いけど、優しくて……誰よりも弱いから、俺は早く強くならなきゃならねェんだ』
『もっと、その三人の話を聞かせてくれ。爺ちゃんはルフィの話を聞きたい』
『おう!いいぞ』
笑う幼い自分と、優しく視線を合わせて話を聞いてくれた爺ちゃん。大切で、自慢で、憧れていた強い姉と兄の話を、まるで自分の手柄のように語っていた俺が、戻れない時を突き付ける。
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」
叫ぶルフィには
これは、ルフィが己自身で向き合い、立ち向かい、そして乗り越える他に道の無い試練。そして、それが出来ねば生きる事さえ出来ない変えられない現実なのだ。
ずっと嫌いだと言っていた山賊にも、いい奴らはいる。そして、憧れ続けて来た海賊にも悪い奴はいる。
憧れて追いかけたその背中は、全員俺を残して
「ナミが最初、サボが続いて、エースも3年前に行った!!俺は最後だけど、負けねェぞ!待ってろよナミ、すぐ見つけてやる!待ってろよエース、すぐに追いつくぞ!!」
追い掛けるべき背中があった。憧れてる人が居る。
我武者羅に追い掛ける事が出来る夢があった。その夢は、必ず叶えられると疑う事さえ必要なかったんだ。
守りたい相手がいて、それは何よりも欲しいと願う初恋の人。その誰もが
「よっしゃ行くぞ!!海賊王に、俺は、なる!!!!」
現在〝凪の帯〟女ヶ島。兄エースは死に……恋人ナミは行方知れずとなり……ルフィは、独り、泣いている。
「ルフィ君……」
「何が……海賊王だ……!!俺は!!弱いっ!!」
ルフィが何よりも許せないのは、エースを殺した男ではない。助けられなかった、寧ろ庇われてしまった弱い自分自身。
何1つ守る事が出来ない無力な自分。イザとなれば助けてくれると何処かで甘えていた、愚かな己。
「くそォオ~!!……俺は、弱い!!……!!何1つ、守れねェ!!」
シャボンディ諸島で、何も出来ないままに目の前で消された大切な仲間。それを庇うのはいつも、俺じゃない。
俺が危ない時は、俺が何も出来ない時は、いつもナミが助けてくれた。戦場でも、あんなに優しいのに……傷付けるのが怖い癖に、震えながら戦っていたのを本当は知っている。
俺の為、エースの為、戦場を駆け回って、俺とエースの為に平然と
それなのに、俺はその後も動けなかったんだ。エースに抱えられて逃げるしかできなくて、ナミが危ないのに気付けもしないで……!!
ただ、兄と姉に、その仲間に守られて、庇われて……!目の前で壊れて行くナミを気にする事さえ出来ないで、エースの命も喪って、サボもどうなったのかわからねェ!!
「……ルフィ君」
「向こうへ行け……!!1人に、してくれ!!」
ジンベエに、八つ当たりなんかしたくねェ!!ジンベエはエースの友達だ!!
だと言うのに、ジンベエは動かない。それどころか余計な言葉を告げて来る。
「そういう訳にもいかん……。これ以上、自分を傷付けるお前さんを見ちゃおれん」
「俺の身体だ!!勝手だろ!!」
「ならば、あの嬢ちゃんもエースさんも、その身体は本人のもの。誰が死ぬのも、本人の勝手じゃ」
「……お前、黙れ!!次、何か言ったらブッ飛ばすぞ!!」
ルフィの言葉にジンベエは静かに答える。彼は先に意識を取り戻せた分、そして長く生きている分、冷静に見る事が出来ているのだろう。
エースに託された。頼まれた時の事が彼の中には、鮮明に残っている。
「それで気が済むなら、やってみい……。こっちも手負いじゃが、今のお前になど負けやせん……!!」
軽い挑発。それを受け流せないルフィでは本来無い。
憧れた男が、そんな小さな男では無かった。惚れた女が、そんな男の隣に立っていたのだ。
並び立てるようになれなければ、誰に奪われても自分が悪いと分かっていた。それでも、今はそんな事を気にするだけの余裕が無い。
殴りかかったその腕を掴まれて地面に叩き付けられると、激しく咳込むルフィの横にジンベエは腰を降ろした。彼は戦場で駆け回っていた少女をふと思い出す。
アーロンと呟き、怯えた瞳をした、傷付いた儚い少女。似ている所等ない筈の儂を見てその反応ならば、アイツの犠牲になった人間なのだろう。
何故それ程の弱者が、あの地獄のような戦場に現れたのか。何故当然のようにルフィ君を儂に預けようとしたのか、それを思えば答えは自ずと見えて来る。
それに何より、牢の中でエースさんが言っていた言葉を思い出す。あんなにも過酷な環境下で、嬉しそうに弟や片割れ、大切な姉のような初恋の少女の話をしていたエースさ……!?
「いっ!!……痛で……!!ででで……でで!!痛いわァア!!」
思い出に浸る事も許されず噛み付いてきた小猿を振り払い、岩に叩き付けるように抑え込む。それでもまだ抵抗する小猿に思わずこのガキャア!!と口をついて出たのは大人気ないかも知れないが、この場合は許されるだろう。
抑え込まれ呼吸さえままならない状態で小猿は、儂の脇を蹴り続ける。その満身創痍な姿は、見ているに忍びない程じゃが……!
「もう何も見えんのか、お前には!!」
「フー……フー……!!」
手負いの虎の方がまだ可愛げがある。だがこの猿を想うエースさんと少女の眼差しを思い出せば、見捨てる事も出来はしない。
「どんな壁も越えられると思うておった〝自信〟!!疑う事も無かった己の〝強さ〟!!」
「……!!」
「それらを無情に打ち砕く手も足も出ぬ敵の数々……!!この海での道標じゃった〝兄〟!!」
ルフィ君を託した少女は、ルフィ君とエースさんの〝姉〟じゃと名乗っとった。じゃが2人に血の繋がりは無く、戦場にいた時の二人のやり取り……答えは1つ。
「戦場に残り安否不明な〝兄〟と〝恋人〟!!無くした物は多かろう。世界という巨大な壁を前に、次々と目の前を覆われておる!!」
ルフィはジンベエを蹴るのを辞めた。ただ、苦しそうにその表情を歪ませ、内に篭ろうと、心を閉ざそうとする。
それでも、ジンベエは言葉を辞めない。ルフィの心の傷が、それにより大きく開くのだとしても、乗り越えさせねばならぬと分かるから。
「それでは1向に前は見えん!!後悔と自責の闇に飲み込まれておる!!今は辛かろうが、ルフィ……!!それらを押し殺せ!!」
「……!!」
「失った物ばかりを数えるな!!」
ルフィはそこに来てその瞳を見開き、ジンベエを真っ直ぐに見た。ジンベエはそんなルフィに残酷にも、優しく、声を、思いを、言葉にして叫ぶように伝える。
亡くした苦しみはジンベエにもある。恩人であり友であり、尊敬出来る道標たる男達を喪った彼にはもう、政府というそれに失望する事さえ出来ない程だ。
本来ならば少女がそうしたように、我が身を犠牲にしてでも守ろうとするべきだった。いや、守るべきだったのにそれも出来ずに、おめおめと生き残ってしまったのだ。
「無いものは無い!!確認せい!!お前にまだ、残っておるものは何じゃ!!」
その言葉は本来、己に言いたかったのかもしれない。だが、その言葉にルフィは反応し、手負いの獣としか呼べなかったそれが目に見えて落ち着いて行く。
その時になって、ジンベエはルフィから手を離した。二人の荒い呼吸音が響き、ルフィはその場で座り込むと指折り何かを数え始める。
涙をポロポロと落とし、鼻水を垂らしながら、震える声で叫ぶように言う。全てを無くしたかに見えた少年は、まだ残っている、少なくともそう信じられる存在を思い出したのだ。
「仲間がいるよ!!!!」
「……そうか……」
ジンベエはその答えに笑う。エースが大丈夫だと確信できる程に頼もしいと言わしめた、ルフィにしかない大切な存在に想いを馳せて。
「ゾロォ!!ナミ!!!!ウソップ!!サンジィ!!チョッパー!!ロビン!!フランキー!!ブルック!!俺には……仲間がいる!!」
だが、あの戦場に残ってしまった少女の名が含まれている事に、ジンベエは微かに眉を寄せる。ルフィの為に恐らくはもう、生きては居ないだろうと冷静になれば思えるからだ。
あれだけの猛者の中、エースさんの亡骸の前で崩れ落ちた少女。その価値を見出している政府が〝生かしていた〟としたならば、寧ろその方が悲劇。
そうであるならば、寧ろ殺された方がマシと思える状況にあるのもまた、考える迄もない。となれば、二度と逢う事は叶わないだろう。
「……俺達、集合場所があるんだよ。……行かなきゃ……」
「ふぅ……!!」
「……すぐ、会いてェ」
ジンベエの記憶の中でエースは笑った。少女は愛しげにルフィを見詰める。
それによりジンベエは確信する。ルフィがこの答えを出せたのならば、大丈夫だと。
2人が兄と姉の顔で、ルフィの傍に立っている幻が、ジンベエには見えた気がしていた。そんな幻が見える程度には、2人がルフィに向けていたその愛情は強く、温かく、優しかったのだ。
「あいつらに会いてェよォオ!!」
その叫び声が谺響した直後、ジンベエはそれ迄治療をしてくれていた青年の元へルフィを連れて行く為に、背負って歩き出した。そこに待つのが、その青年では無い事を知らないままに。
ルフィの涙は止まり、落ち着いた様子に安堵しながらジンベエは歩く。2人のどちらもまだ、想定していない未来へと繋がるその道を。