そうして3人で情報共有を終えた時、ロビンは風に舞う自らの髪を押さえながら突然空を見詰めた。その先に大切な人を見つけたかの様に、微かではなくその瞳を揺らしながら。
「ナミに……歌ったら、届くかしら」
「ナミさんには、届く気がしますね。いつも、歌っていましたから」
サンジがロビンのそれに答えると、サボが少し懐かしそうに笑う。誰も知らないような歌を口遊みながら、食事の支度をしてくれていた姉の姿を思い出していたからだろうか。
「キミの詩」
ロビンが静かな声で曲名を呟けば、サンジが視線を巡らせる。するとイワンコフが、ピアノをどこからともなく運び出して来て近くに置いた。
そこにサンジが近付けば、カマバッカ王国の人間達が揃って道を開ける。それにロビンが目を見開くと、サンジは困ったように笑い演奏を開始した。
この曲を聞いた回数はサンジの方が明らかに少ない筈で、なのに演奏出来るのだろうかとロビンは少し不安になる。それを問い掛けようと声を出せば、サンジは困ったような笑みを浮かべた。
「サンジ……貴方……」
「俺はガキの頃、結構色々教えられていて、取り敢えず人前に出て恥ずかしくない程度には、1通りの事はできるようになっているんですよ。ですから勿論、ブルックやナミさんには、遠く及ばないですよ」
「それでも、助かるわ」
サンジのその表情を見れば、ロビンはその辺について追求する気にはなれない。ロビンが笑うと、それを合図にヴァイオリンを手にしたサボがサンジに並んだ。
いつの間に用意したのか、宝玉の描いたその楽譜がしっかりと用意されていた。驚く2人に、サボは小さく笑う。
それは、本当に切なそうな笑みで、2人は明らかに傷であろうそれに触れていいのかと、逡巡する。けれどもサボ本人は気にした様子を見せない。
「俺もガキの頃、色々やらされててな。成績は良くなかったが、これで実は出来ない事も無いんだよ。……それに、歌うナミに合わせて弾くのは、楽しかった」
そう言って3人は静かに笑い合うと、即興の音楽隊が結成される。歌姫は珍しくナミでは無くロビンであり、彼等が本当に聞かせたい相手は今のこの場には居ないのだが。
「ーーー」
なんでも知ってるナミに、教えて欲しいと願うの。1人で空を見上げたら、何故それが滲んでしまうのかを。
「ーーー」
貴女に出会わなければ、こんな気持ちを知る事は無かったのに。なのにどうして……出会わなければ良かったとは、思えないのかしら?
「ーーー」
いつも1緒に居てくれたわね。共に笑い、楽しむ事を教えてくれて、当然のように抱き締めてくれた……その温もりが今もこの腕に残ってる気がするわ。
「ーーー」
私は今すぐに、ナミに会いたいわ。なのに、何故会えないのかしら。
「ーーー」
突然何かを見付けては、顔色を変えて駆け出す貴女を必死で追い掛けた。そんな貴女を隠そうとするように、花弁や木の葉が舞い散り霞むその姿がやけに儚い。
「ーーー」
どこまでも遠ざかるその影を見て、私は母と、その仲間達を重ねてしまう。どうして私が求める人達は、皆私を遺して遠くに行ってしまうの?
「ーーー」
何かある度にナミへと教えて欲しいと願うのは、貴女ならなんでも答えてくれると知っているから。だから……ねェ、その傷付いた瞳の理由を教えて。
「ーーー」
貴女に出会わなければ、こんな胸の痛み、知らなかった……ううん、気付かなくて済んだのでしょうね。それでもやっぱり、貴女に出会わなければ良かったとは、思えないの。
「ーーー」
貴女の横顔を夕陽が染めて、その時ふと貴女が哀しみの焔に包まれて見えた。失いたくなくて慌てて抱き締めたその時、向けられた微笑みに、永久に届かない人達の面影を見た気がしたわ。
「ーーー」
皆に会いたくて、でももう二度と会えないと知っている。叫んでも、嘆いても、サウロにも、博士にも、母にも……思いは届かない。
「ーーー」
どんなに追い掛けても、思い出の中でさえ遠ざかる影。それを優しい温もりが引き戻し、傍に居ると伝えてくれた。
「ーーー」
優し過ぎる貴女に会いたくて、なのに今は会えない。これ以上傷つかないで欲しいと願うのに、世界は貴女を傷付けようと画策を続ける。
「ーーー」
どんなに護りたいからと考えて、無事を願い、仲間だと思えた貴方達を遠ざけてみても、追い掛けてくる皆に救われた。だけど同時に、世界の闇も貴方達を追い掛ける。
「ーーー」
貴女に会いたくて……でも、今会えば甘えてしまうのはきっと、私の方だと分かるから会えないわ。だから走り出すの、貴女が見ている世界を少しでも知る為に、知識を深めるその為に……!
「ーーー」
どんなに貴女を追い掛けても、追いかける程に貴女との差を突き付けられる。どれ程の闇の中にいても、失われる事の無い優しい輝きはきっとどう足掻いても私には持ち得ないもの。
「ーーー」
でもね、だからこそ気付いてしまったの。孤独に震えて泣いてる貴女がいる事に。
だからいつか必ず見つけ出して、その泣いている貴女を抱き締めるわ。貴女の隠してる弱さも含めて、私は大切に想っているから……。
ロビンの歌声が終わり、それとほぼ同時に終わる音楽。そうして互いに礼を交わした3人は笑い合う。
それから別れの挨拶を交して、ロビンとサボは船に乗り込む。サンジは自ら地獄に1人残ると決意し、動き出したその船に向かい叫ぶ。
「サボ!ロビンちゃんの事を、頼んだ!ナミさんもだけど、ロビンちゃんも強がりで甘えるの下手だからよ!」
「……ナミと近いなら、扱いには慣れてる。これでも随分長い事〝弟〟やってるからな!任せとけ!」
僅かな期間で友情を深めた2人が笑い合うと、その直後サンジはくるりと身体の向きを変えてイワンコフに向き直る。そして静かに頭を下げた。
その様子にイワンコフは微かに困惑した表情を見せる。思わぬ特技を見たからか、それとも他の理由からかは不明だが。
「なによ?」
「ピアノを貸してくれて、ありがとう。多分ロビンちゃんは今吐き出せなかったら、壊れてた。……ナミさんと離れて、孤独を強く認識しちまってるだろうから」
「麦藁の1味の女達って、デキてたっチャブル!?ナミって子は麦藁ボーイの恋人じゃないっちゃブル!?」
「いや……ロビンちゃんとナミさんがデキてる事はねェよ。それぞれの恋人が、それは許さねェだろうさ。……だが、ロビンちゃんにしてみたらナミさんは初めての友人で、理解者で、妹のような可愛い……もう1人の母親なんだろうと思うから……依存くらい、するさ」
サンジはそう言うと少しだけその瞳を閉ざす。その姿は美しく見えて、ドレスを着せたいと願う者達の心に余計な油を注いだが、当人はそんな事気付いても居なかった。
そうしてそれぞれが2年の時間で少しでも今より強くなり、今度こそ大切な人を守ろうと、支えようと誓うのである。そんな中、ナミもまた己を鍛え上げ、エースを指導しつつ勤勉にハレダス達に教えを乞うていた。
「本来ウェザリアの空の化学は門外不出っ!それをわかっておるのか!?」
「わかってるから、少し静かにして。……成程ね。凄いわ、この研究ノート。良く纏められてる」
「そうじゃろう!……って、違ァう!それとな、
言葉をろくに聞かずに研究ノートを片手に天候ボールを撫で回すナミに、お爺ちゃん達は大騒ぎである。あまりにも話を聞かないナミから研究ノートを奪い取ったお爺ちゃん達は、厳しい視線を向けるがナミの視線は研究ノートにのみ注がれており、何も聞いていないのがよく分かる。
その上ナミはノートから視線を離すと同時にその瞳を潤ませるのだ。それは、本人が自覚しているかは兎も角として、お爺ちゃん達の心を揺さぶるには充分すぎる効果を持つ。
「……酷い!お爺ちゃん達の意地悪!」
「な、何を……!?」
戸惑いが広がる中で、ナミはその場で膝をつくとシクシクと泣き始める。その姿に動揺し謝罪するお爺ちゃん達に対して、ナミは嘘泣きだったらしい涙を止めて、笑顔で〝許してあげる〟と、ハレダスの元へと足を進めた。
その背後で騒ぐ喧騒は、ナミには届かない。そうしてハレダスから新世界の天候について教えられつつ、いつ寝てるのかと問いたくなるような日々を過ごし始める。
「ナミちゃんは、必死じゃのー……」
「そりゃ、そうでしょ。仲間全員分の命がかかってるのよ。私は〝航海士〟!!海上にいる間は責任重大なの。船長が望む場所へ、何処へでも連れて行く義務があるわ」
この言葉は、ナミが生きる事を諦めなくなったのだと、そう伝えるものでもある。だからこそ、ハレダスは優しく笑うと無言でその続きを促した。
「ルフィは〝海賊王〟になるって言うんだから、私も並大抵の航海士じゃいられない」
「……幸せな船長じゃのうー。船員にそう思って貰えるとは……!!」
「……仕方ないのよ」
「仕方ないのか……」
ハレダスが驚いたように繰り返すと、ナミは少しだけ切なそうに笑う。僅か数日共に過し、またその後数日離れていただけなのに、ナミは前よりも美しくなったとハレダスには思えた。
「ルフィはね、大きな事ばっかり言う癖に、海の事何にも知らないの。危機感も足りないし、やる事はいつも滅茶苦茶で……放っておいたら、死んじゃうんだから……!!でも私は、ルフィを死なせたくないのよ」
「ナミちゃんは、船長さんが好きか」
「ううん、好きじゃないわ。馬鹿だし、世話が焼けるし……私の体力考えてくれないし、髪を切るなとか無理言うのよ!でもね、愛してるの。可愛くて、格好良くて、愛しい男性なのよ」
「……そう来たか。まさか、惚気られるとはのー!」
ルフィは今、もう修行を始めたのかな。私も本格的に頑張るから、だからね……また会えた時、色々あった事、許してって言ってみなきゃ。
ルフィは気にするなって言うけど、恋人がいるのにこんな事が繰り返されてて、良い気がする筈もない。いつ、私は見放されちゃうんだろう……。
「私が、助けてあげなきゃ……」
本当はわかってる。ルフィは私なんかよりずっと強くて、助けなんかいらないんだって。
でも、私が助けたいと、支えたいと願ってるの。もう要らないと言われるその時まで、ルフィの傍にいたいと……願ってるのよ。
許せないから別れようとか、ハンコックと結婚する事にしたとか、そう言われても……せめて、航海士としては傍に居られるようにしたい。それくらいは、許して貰えるだけの実力と知識を得ておきたいわ。
掲載遅くなりました。すみません。