電伝虫でやり取りをしているロシーは、普段の優しいだけの男でも、ドジっ子な大男でも無い。人の命を預かり、守る立場にいる男なのだと伝わる気迫を持っている。
会話も決して愚かしいそれではなく、取引の日時等をしっかりと聞き出した上で注意勧告を行いながら、私の願いを反映してもらえるように進言していた。そのやり取りを聞いてホッと胸を撫で下ろすと、その時ローちゃんが苦しそうな呼吸に変わった事に気付く。
咄嗟に傾ぐその身体を私は咄嗟に支えた。抱えたその体は、子供だからなんて理由ではありえない高熱で……思わずロシーに視線を向けると、ロシーは私にそのままでと言って陸に残していた荷物を纏めて戻って来る。
ロシーは私に共に来るかと尋ねる事もなく、私のもまた共に行ってもいいかと尋ねる事ははい。何も言わないままに、目的の島を目指して船を進める事となった。
薬も多少は持ってるけど、飲ませて大丈夫なのかがわからない。ローちゃんの意識がはっきりした時に確認しないと何もしてあげる事が出来ないわ。
その時肌が嫌なものを感じ取る。……この、タイミングで!?
辺りを見れば、微かに見える島が1つ。人がいるようには見えないそれに舵を切る。
「……ロシー、あの島に立ち寄るわよ」
「何を言ってるんだ!ナミならわかってるだろう、1刻を争うんだぞ!?」
「嵐が来る。島でやり過ごした方が良いわ。範囲が広いから躱しきれない」
「……分かった」
何故か素直に頷いたロシーに、けれども助かるわと思って見知らぬ島に降り立つ。辺りを調べて川沿いに歩きながらそこそこ大きな岩山を見付けて、足を止める。
ローちゃんをロシーに任せて短剣で岩をくり抜いて雨風をやり過ごせそうな空間を獲得する。その時少し地面より高い位置にくり抜いたので、川が増水しても問題はない筈。
気にならない程度に緩やかな傾斜をつけたから、奥に居れば雨で濡れる事を気にしなくても良いだろうと思う。今の内にとローちゃんを寝かせられる用意と簡単な焚き火のセットを用意し終えた時、雨が降り出した。
ローちゃんの呼吸は荒くて、熱も高いので少なくとも嵐が過ぎるまではこうしているしかないだろう。解熱剤飲ませて、大丈夫なら渡すんだけど……私はローちゃんの病気に関する知識が皆無だから下手な事が出来ない。
「コラさん……」
「ん?」
「〝政府〟は俺達が死ぬ事知ってて……金の為に珀鉛を掘らせたんだ……」
荒い呼吸の中で話し始めたローちゃんのそれを、私は聞く権利がないと穴から出ようとした所で、ローちゃんが呼び止める。それにより、私はその場で動けなくなってしまった。
「ナミも、聞いてくれ。大嵐を予見して、守ってくれてるナミにも、教えておきたい。それに、ナミは俺の病気が何だかわかってて、抱き締めて、くれてただろ」
「ローちゃん……」
「ナミが俺の熱、無理に下げようとしないのも、下げていいのか分からないからだろ。治療法が分からないから、俺の判断に任せてくれてるの、気付いてた。だから、聞いてくれ」
こんなにも弱ってて、なのにちゃんと相手を見極めてたのかと思えば、これ迄どんな扱いを受けながら生きてきたのかが分かる。ローちゃんは、何も悪くないのに。
どうして、この世界は時に恐ろしく残酷なんだろう。人間の持つ悪癖が悪意と狂気を呼び、人を魔物に変えてしまう。
「俺の家族も〝
振り向かなくても分かる。ロシーの動揺と、ローちゃんのその言葉が示す意味。
ローちゃんは、強い。そして、賢くて……優しい。
「だからもしコラさんが
「馬鹿言え!俺は、海兵じゃねェ!!」
政府側の庇護は受けたくない。それでも、ロシーが正直に話したなら、ロシーの庇護なら受けてもいいと、ローちゃんは恐らく考えていた。
それくらいの覚悟で、ローちゃんは言葉を口にしたんだと思う。でも、ロシーはローちゃんの言葉に海兵ではないと答えた。
これには、ローちゃんから嫌われたくないと言う感情もあったと思う。けど同時に、町を1つ、その中で生きる人達の人生を含めて、都合が悪くなったからと排除した政府への不信感もあったんだろうと思う。
それにより、ロシーは政府側にいる事を、海兵である事を辞めたのだろうと気付く。それが何を意味するのか、わからない訳じゃない。
大切な命の恩人であり、親と慕う相手と、大切な仲間とキャリア。その全てを投げ打ってでも、ロシーはローちゃんを守り生かす事を選んだ。
……なんて、壮大な愛だろうか。ベルメールさんやロシーのような海兵がいるから、だから私は、海軍を嫌えないのよね。
「………………よかった」
ローちゃんの力の抜けたような声が聞こえる。ロシーの本気を、決意を感じ取って、ローちゃんは恐らく笑ったんだろう。
その愛を違う事なくローちゃんは受け取った。そして、ロシーはそんなローちゃんに言葉を続ける。
「それ所か、よく理解しとけ……!!〝オペオペの実〟を盗むって事は……!!〝ドフラミンゴ〟も〝海軍〟も〝政府〟も!!皆を敵に回すって事だ!!生きるのにも覚悟しとけ!!」
その後また電伝虫が鳴り響き、スワロー島にて合流と決まる。その事を〝父親〟へと伝えようとするロシーに、私はそれはダメだと告げた。
「何故だ!!捕らえるべきだろう!」
「今までは動きを全て知る事が出来て嗅ぎ付け続けていた〝海軍〟が、半年……ロシーのいない間、姿を見せなくなったのよ!?ここで、ロシーとの合流場所に海軍が現れたら、裏切りが決定づけられてしまう」
「そんな事はどうでも「良くない!この先生きなきゃいけないのよ。追われるリスクは避けた方が良いし、生きられる確率は上げた方がいいわ。……お願いだから、無茶な事はしないで……!」」
言い争いになりそうだったそこに割って入ったのは、ローちゃんの冷静な声。苦しいだろうに、ローちゃんは真剣な顔でロシーを見て言葉を紡ぐ。
「コラさん……ナミの言う事は、多分正しい。今までも怪しいと思ってた節はあったぞ。でも、コラさんが〝実の弟〟だからと、子供を嫌っているからと言う理由で暴行してたから、疑わなかっただけだ」
ローちゃんの言葉にロシーは頷くと、連絡する事を辞めた。それからロシーはローちゃんを強く抱き締めるとこの先について話を始める。
潜伏してる島を割出して貰うまでは、取り引きのある予定の島があるその近くで待機しようとの話になる。ルーベック島の付近には島が幾つかあるので、様子を見れば良い。
食料調達をこの無人島で行い、私を含めた3人で共に行動して、2人に生きてもらう為の旅が始まった。
「……相変わらず、何でも出来るな」
ロシーが感心したように私を見て言うけど、大した事はして無い。寧ろ今まで、料理をローちゃんに頼ってたロシーが情けなくてならないわ。
「大した事してないわよ。はい、スープをローちゃんに渡して。もう少しで魚も焼けるから」
「……コラさん、米はまだあるのか?」
「ん?あぁ、少しなら」
「まだ使い切るなよ」
「何でだ!?」
その会話を聞いて、いざ動くって日に食べないとエネルギー不足なりかねないと言えば、ロシーはそうかと言って頷く。海上にいる時の食料になればと、現在燻製肉も制作中である。
まぁ、正確にはスモークしてるので食べる時馴れない人には、煙を食べてるような感じになるのだけど。スーパー等で市販されてるのとは訳が違うので、冗談抜きで煙の塊食べてる感じになる。
「ナミ、その燻製機の作り方、教えてくれ」
「良いわよ」
呼吸が楽そうな時を狙って色々と聞いてくるローちゃんに、私も可能な限り色々な事を教えて行く。どんな所にいても、無事に生き延びて欲しいから。
ローちゃんは生き残る術を知ってる。警戒する事、疑う事、攻撃して生き延びる事が出来るわ。
でも、ロシーにはそれが出来ない。優しくて真っ直ぐで、ドジで、でも……誰よりも愛情深い。
だからこそ、2人揃って生きてもらわなければならない。この2人は、欠けてはならない相棒だろうと思えるから。
私は体調や時間を見ては、簡単な草の見分け方や魚や肉の捌き方、血抜きの方法を教えながら時を過ごす。鶏と似た鳥を見付けて卵を得て、オムレツを作ってみれば2人に妙に喜ばれたのは印象的だった。
「キャベツとかがあれば良かったんだけど。ごめんね」
「サバイバル中に、オムレツが出た事に正直驚いてる。それにしても美味いな」
ローちゃんの言葉に小さく笑って、キノコと山菜、先程狩った獣の肉を刻んで炒めたのを卵で包んだのだと言えば、真剣な顔で嫁に欲しいとか言われてしまう。何を言ってるんだかと笑う私に、この年齢差が問題なのかとブツブツ言われたけどよく分からない。
ローちゃんが可愛くて、ロシーは心配で、私は2人をハラハラしながら見守る日々を過ごす。基礎は2人とも賢いのにと思えば、少し切なくなる事もしばしばだ。
ローちゃんが冷えないように、夜は私とロシーが交代で火の番をしながら、もう片方がローちゃんを抱いて眠る。警戒心を解いたローちゃんは、年相応よりも少し幼い笑顔を見せてくれるようになり、それが本当に可愛くて時に泣きたくなる程に嬉しい。
「ナミ……起きてるか?」
「ロシー、どうしたの?」
「ナミは、俺の事を知らないんだよな?」
「今のロシーは知らないわ。未来の貴方なら少し知ってる。……大人になったローちゃんと、海賊してたわ。信じるかは、任せるけど」
私の言葉に笑ったロシーは、疑わないと静かに言った。ただ少し寂しそうに、今度はいつまで1緒に居られるのかと聞いてきたから、分からないと素直に答えておく。
海水からでも、川の水でも飲水を作れるので火の番をしてる時は飲水の制作時間でもある。1度沸かしてる上に蒸留水なので腐りにくい為、あると便利なのだ。
本来雪があれば、溶かしてお湯にするだけで飲めるのだけど、そんな贅沢は言えない。因みに、雪の状態で身体に摂取すると体温が1気に下がり、低体温症となり、下手をしたら幻覚等が見え始めるので要注意である。
「実際ね、どうしてここにいるのか自分でも分からないの。だから、このまま帰れないのかも知れないと、覚悟はしてるわ」
ここからいずれ、更に過去へと飛ぶだろう。その先どうなるのか私には分からない。
でも、どれ程ルフィや皆から離れても、時が会う事を許さないとしても、私の心は皆と共にある。でも、もしも許されるのならば……また、逢いたい。
今はローちゃんやロシーが生きてくれるかの瀬戸際で、情報を待つしか出来ない。だからこそ、余計な事は考えないようにしてるのに、ロシーの言葉ひとつで揺らぐ自分を自覚して自嘲する。
「今すぐ帰れるとしたら、ナミは帰るのか?」
「馬鹿言わないで。私は2人が生きられる道を得るまでは、絶対帰らないわ」
「それによって二度と帰れなくなるのだとしてもか?」
「……その時は、その時よ。私は、ロシーもローちゃんも可愛いの。生きて欲しいと、願ってるわ」
私の言葉に、俺の方がデカくなったし、俺の方が歳上になってる気がするのになとボソボソした言い方でいじけたように口にされれば仕方なくて手招いてしまう。今はローちゃんを抱いてて、私は動けないから。
不思議そうに寄ってきたロシーの頭を撫でれば、何故か顔を赤くしたロシーが本当にかわいい。あら、そう言えば前髪をちゃんと切るようになったのね。
「ロシー、大好きよ。大きくなったわね」
「覚えてない癖に……!!」
「知らないけどなんでかしらね、前髪をいくら言っても切らなくて小さかったロシーを知ってる気がするのよ」
絵や映像で見た記憶しかないけど、多分切るように私なら言うだらうなと思って口にした。それによりロシーは何故か視線を逸らす。
そして苦しそうな声で、溜息混じりの言葉を放つ。何がロシーに起きてるのかな……あ、眠いのかな!?
「勝てねェ……」
「火の番、1人で出来る?」
私の言葉にロシーはそれ迄の何処か幼い様子を霧散させて、毛布を私とローを包むようにかけて頭を撫でてくれる。まるで心配いらないと言わんばかりのそれに、少しホッとして笑えばロシーも笑ってくれた。
頭を撫でてくれる優しいその手に驚いて視線を向けると、今夜はこのまま俺に任せろと言われてしまう。それに静かに頷くと、ローちゃんを強く抱き締めて私は言葉に甘えさせてもらう事にした。
こんな穏やかな時間が少しでも長く続いたら良い。ロシーが死なないで、ローちゃんが傷つかない未来に進めたなら、それだけで本望だと本気で思う。
その時ローちゃんが小さく身じろいだので、寒いのかなと抱える腕に少し力を入れると、小さく何かを言ってるのに気付く。それが寝言だと気付けば、頬が緩むのも仕方ないだろう。
「コラさ……ナミ……むにゃ……おれ、だいじょうぶ、だから……けんか、すんなよ……」
どうやらローちゃんの夢の中で、私とロシーはローちゃんの体調が悪くなった事を理由に喧嘩してるらしい。こんなにも優しい子が、狂気に満ちた生き方を選ぶくらいの凄惨な過去が、私には悲しくて仕方ない。
壊れきるより早く、得られた愛情を二度と喪わせはしない。その為に、私に何が出来るだろうかと考えながら私はゆっくりと眠りに落ちて行った。