翌朝目覚めると、ローちゃんが恥ずかしそうに腕の中で身じろいでいた。トイレかなと思って、おはようと声を掛けてその額にキスをしてから解放する。
すると顔を真っ赤にしているから、熱があがったのかと心配になる。けど、トイレくらい1人でしたいだろうと思えば困ってしまう。
「あ、ロシーについて行ってもらう?」
「……何を?」
「ローちゃんはトイレ行きたいんじゃないの?」
「ナミ、お前……!!本気で鈍いな!!」
鈍いって、何が?
そう思って首を傾げたら、ロシーがローちゃんの肩を叩いてそういう生き物だと諭すように言う。意味が分からないけど、とりあえず数日の航海をするとしても困らないだけの水と食料はGET出来た様子に満足しつつ、朝ご飯の支度に入れば2人が揃って姿を消した。
やっぱりトイレだったかと納得しつつ、簡単なスープを完成させて芋を蒸して何を作ろうかなと少し笑う。炭水化物として芋を用意したけど、ポテトグラタンにでもしてあげたら良いかな?
いや、キッシュみたいな物を作るのもありよね。その方がローちゃんは体調的に、食べやすいかな。
味付けに使えそうな物は何があったかな。手荷物を漁りながら、そう言えばこの地形なら岩塩が手に入るかもと岩肌を見詰めてみた。
でも離れるのも良くないし、今回は諦めよう。その代わりにとルフィ対策で持ち歩いていた調味料を取り出して、作れそうな物を脳内で幾つも考えては否定するのを繰り返す。
そんな訳で1人で頷きながら、鼻歌混じりに食事を作り終える頃帰って来た2人と共に食事を済ませる。すると、迫る取引の日に焦ったロシーが電話をかけた。
その気持ちは、分からなくもない。だって、確かにここ数日は安定してるけどローちゃんは決して油断できる状態には無い。
そんな状態で通じた電話で、ロシーは問い掛けた。必死な様子に、私もまた黙って耳を傾ける。
「海賊達は見つかりましたか?センゴクさん……」
「『ああ……。取引の島ルーベックの東、ミニオン島に
その言葉を聞きながら私は荷物をまとめ始めて、ローちゃんは火の始末をする。場所が分かったのならば、必ず手に入れてローちゃんの病気を治さなければ。
薬もそれ程多くある訳じゃないし、対処療法でしかないこれは何時まで通じるかと問われれば不安しかないのだ。……人の命は儚いし、作品の中では生きていてもそれが確実に現在ここにいるローちゃんが助かるという保証にはなり得ない。
「『海賊の名は、ディエス・バレルズだ。知ってるか?』」
「ええ、元海軍将校の……」
そんな会話をしながら3人で海へと向かい、私が操舵して行けば雪の舞うその島には簡単に到着出来た。そんな中でロシーは陸に見える1軒の建物を示して言う。
「ロー、ナミ、2人にはあの建物の影で隠れて待っていて欲しい」
「駄目よ。私1人か、ロシーと私の2人で行く。それしか認めないわ」
「「ナミ!!」」
ロシーとローちゃんは声を揃えるけど、これは譲れない。海賊から物を盗むなら、私よりも適任な人材なんている筈もないわ。
納得させる為に、これ迄必要性を感じなくて伝えなかった言葉を口にする。恐らくこんな話信じては貰えないだろう事を理解していながら。
「私は5歳で海へ出たわ。6歳で海賊となり、10歳の時から……海賊専門の泥棒として、生き抜いてきたの。オペオペの実は、私1人で充分、盗み出せるわ」
問題は今この場に、クリマタクトがない事。たけど、短剣はある。
短剣に付けられたシャンクスのチャームが、小さく音をたてる。それを聞いて、やれない筈もないと思えたのだから不思議なもの。
まずはローちゃんの体調を考えて、建物に身を隠すべきだと提案して建物の中に入ると、ロシーに頼む。それはロシーにとって少し意外な事だったらしいけど、驚いた顔は1瞬で、すぐに対応してくれた。
「私達3人の音を外にもれなくして。お願い」
「〝防音壁〟」
「ありがとう。少しだけ、時間を頂戴。2人が生きられるように、作戦を考えるから……ね?」
笑いかけると狡いなと言ったロシーが、ローちゃんを抱いて腰を降ろした。その様子に親子みたいねと笑えば、ローちゃんは少し恥ずかしそうに顔を俯けた後で、ギッと私を睨み付ける。
「そんな事よりもナミ!何回も言ってるけど、俺の事ローちゃんって呼ぶなよ!俺は男だぞ!」
「それは理解してるわ。ローちゃんは可愛いけど、女の子じゃない事くらい分かるもの。でもね、私には可愛い弟みたいなものだから……つい」
「ロー、息子枠だと呼び捨てにされるぞ。息子枠になりたいか?」
「巫山戯んな!!どっちもお断りだ!!」
ロシーの言葉に余計怒るローちゃんに小さく笑ってから、見聞色の覇気で敵の様子を探る。武器庫の位置、火薬の量、アジトの様子……それ等は手に取るように分かり、これならば大丈夫だとホッと胸を撫で下ろす。
火薬の量を思えば、1人の方が迅速に動けて悪魔の実を得やすいかも知れない。ただ今までは消せた姿を、今は消せなくなっている事に注意する必要はあるわね。
だとしたらいくら髪の色が夜でも目立つとは言え、昼間動くのは阿呆のする事だわ。姿を消せるなら昼間の方が警戒心も緩いから便利だけど、クリマタクトに頼れない今は夜闇を利用する必要があるもの。
それから夜になるのを待って、実行に移すと言って作戦を伝えるとローちゃんは素直に頷いて、ロシーは付いていくと言って聞かなかった。なので、サポートだけお願いと言って了承すると、それまでは少しだけそれぞれ休む事に決まる。
何もせずにただ休む事になれば、今までは無かった色々な余裕から考えてしまう事も増える。そうなれば、思い出すのはどうしたってルフィの事で……。
気が付けば泣きそうになっている自分を自覚して、小さな声で歌う事でその気持を落ち着かせようとした。どうせ今この場で歌っても、それを聞けるのはローちゃんとロシーだけだもの。
「Lemon」
私の突然の呟きに、2人の視線が向けられたのが分かったけど、それを気にする余裕が今の私には無い。突然泣きださない為には、他に何も手段が思い付かなかったのだから。
ルフィに、皆に……逢いたい。ずっと胸元にあったクリマタクトの不在が、心を弱くしてるのかな。
「ーーー」
時と共に帰れない可能性が高くなり、その可能性を受け入れるしかないと気付いた時、夢ならばどれ程良かったかと思った。なのに……見捨てる事は、もう出来ないの。
「ーーー」
ここに来て何日過ぎただろう。ルフィと会えなくなってから、どれ程の時を過ごしたのかな。
なのに、今でもルフィの事を夢に見る。ルフィに……会いたいよ。
「ーーー」
大切な仲間と、愛しい恋人、大切な肌身離さず持っていたクリマタクト。その全てが傍から消えて、何だか全てが古びた思い出になってしまいそう。
「ーーー」
それらが全て戻れない幸せなのだとしても、諦めたくないの。だって、私には皆が、ルフィが、存在理由だから。
「ーーー」
あの時、ルフィが教えてくれた。諦めない事の大切さを。
「ーーー」
誰にも言えなかった昏い過去も、ルフィは〝言わなくていい〟と言ってくれた。無理に話さなくても、今の
ルフィは何の気なしに言ったのかも知れない。でも、それにどれだけ私の心が救われたのか、待ってくれると言う現実が心を支えてくれてるか、きっとわかってない。
「ーーー」
そんなルフィが居なければ、私のそれはきっと変わらずに昏いままだった。皆が支えてくれなければ、私はとっくに壊れてたわ。
何も知らないのに、ルフィは当たり前だと言って助けてくれた。仲間を守るのは、助けるのは当たり前なんだと言ってくれた事がどれ程嬉しかったか……心強かったか……ルフィにはきっとわかってない。
「ーーー」
村の人達が傷付いた時、守れずにその命が指の隙間から零れて行った時、村の人達に視線さえ向けられなくなった時……アーロンが、私を騙していたと、知った時。シャンクス達と、エースやサボ、ルフィと離れた時……ベルメールさんが二度と歩けないと知った時、これ以上傷付く事は有り得ないと思った。
私1人の犠牲で済むなら、最良だと思って来たの。何が起きても、耐えられると思っていたのよ。
「ーーー」
自分の無力を思い知り、苦しんだ日々の中。拷問されても、食事を与えられなくても、皆が生きていてくれるならそれだけで構わなかった。
私には大切な人がいたから。生きていてくれたから。
「ーーー」
支えてくれたのはベルメールさんとノジコの笑顔。愛していると言ってくれるその心。
生きているその鼓動を感じられる事に、どれ程感謝したか分からない。お帰りと言ってくれるそれに、何度……涙を抑えたか分からない程なのよ。
「ーーー」
2人が愛して育てている蜜柑の香りが、私を正気に返してくれる。どんな時も蜜柑の香りが、包んでくれていたわ。
私のにとって蜜柑は、家族の香り。愛情の香りなの。
「ーーー」
降り続く雪の中で、私は決めたのだと思い知る。もしここで運命を変える事で、二度と愛しい人達の元へ帰れないのだとしても……私は2人に無事に生きて貰うと決めたから迷わない。
「ーーー」
今でも変わる事無く、私の光は皆だわ。だけど、ごめんね……私、やっぱりローちゃんに傷ついて欲しくないし、ロシーに生きて欲しいの。
その為に待っている対価はなんだろうか。エースが生きている対価もまだ、恐らく支払ってはいない。
「ーーー」
何も見えない暗闇の中、救いを求めて手を伸ばした。頼れるその背中は、傍にはないのだとその度に思い知らされてしまったけど。
憧れて追い掛けた。恥じる事のない自分でいたいと思わされたのは、彼に失望されたく無かったから。
「ーーー」
どんな絶望の中にいても、その背中を忘れる事は出来なかった。鮮明に覚えてる、その温もりに私は心まで守られていたから。
「ーーー」
受け止められない現実が襲いかかって来て、無力な私を打ちのめす。その度に、強くならないと、賢くならないとと立ち上がったのは覚えているわ。
「ーーー」
身体では泣く権利がないと知っていたから、心で涙を落とし続けた。お風呂の中なら、海の中なら、泣いても分からないと何度も飛び込んだ幼い頃をふとした時に思い出すの。
あの頃からきっと、私は変わってない。何かあると海に飛び込む癖が、抜けないの。
「ーーー」
再会した時、知らない人みたいになってたね。何をして、何を見ていたのかな。
「ーーー」
私の知らない横顔は、悲しい程に大人になっていた。私は、また、何かを間違えたのかな。
「ーーー」
どこかでルフィが、皆が、今の私と同じように淋しさの中にいる時が来たのなら……どうかお願いします。こんな胸の痛みに苦しまないで下さい。
「ーーー」
私の事などどうか、忘れて下さい。傷付けたり、苦しめたりしたくはないのです。
「ーーー」
そんな事を心から願う程には、私は皆を愛しています。今でも皆は私の心に宿る、大切な光なの。
眩し過ぎるその光の傍にいる権利を、私が持ってるとはまだ思えない事もあるけど。それでも、離れたくないと願っているのよ。
「ーーー」
恐らくだけど、自覚してるよりもずっと、私はルフィに恋をしてた。愛しているだけだと思ってたけど、乙女な私が確かに存在してると気付いたの。
「ーーー」
だからなのかな。ルフィから離れたら、呼吸するのさえつらくなったの。
真っ暗な所に1人でいると、自分の居場所どころか存在さえ怪しくなる。皆がいるから、私は自分が生きている事を実感できたのよ。
「ーーー」
いつも傍にいたのに。何だか、嘘みたいね。
「ーーー」
何をしても忘れられない。それだけは変えられない、確かな事。
「ーーー」
多くの悲しみも、苦しみも、全てがあって今の私になった。それは何をしてても愛しいと思える、ルフィが共に居てくれるからね。
「ーーー」
胸に残り離れない多くの記憶がある。それでもそれが私だから、ルフィが好きだという蜜柑の香りと共に前に進むわ。
ルフィが落ち着くと言ってくれた香りだもの。大切な人を思い出せる香りに包まれて、私は独りではないと認識できる。
「ーーー」
この雪が大切な人を隠さないように、私は進む。哀しみの雨なんて、降らせはしない。
もう泣かないで良いように。哀しい未来なんて2人には必要ないわ。
「ーーー」
果実が切り分けられても、それが変わらぬ果実であるように、今でも皆は私の光。そんな皆に、顔向けできない選択肢だけは、選びたくないの。
外に視線を向ければ、遮断されているのもあり、音もなく降り積もる雪が見える。何もかもを多い隠そうとする雪が、潜入を難しくしようとしてるのだと気付いてしまうけど、私は諦めるつもりなんて少しもない。