私が心を落ち着ける為に始めた鼻歌を終えると、ローちゃんが飛び付いてきた。何事かと抱き止めると、何故か泣きそうな顔を向けられてしまって、慌ててその頭を撫でる。
まぁ、これを鼻歌と呼んでいいのかは謎だけど。それよりも今は、ローちゃんが震えている事が問題だわ。
何か、思い出させちゃったかな。元々この歌は何を意味しているのかぼかしてる所があるから、何が琴線に触れてもおかしくは無いもの。
「ナミ……消えたり、しないよな?」
「ローちゃん?」
「このままずっと、俺と居てくれるんだろ?コラさんと3人で、ドフラミンゴや海軍から逃げながら森とかで平和に生きていくんだろ!?」
強く掴まれた腕が痛むのは、物理的なものだけが理由とは思えない。だからこそ、私は嘘を言いたくなかった。
その場しのぎの偽りの言葉でローちゃんを丸め込むような事はしたくなくて、1人の人間としてローちゃんを見る事にした。可愛いからと言ってただ、愛でて可愛がるだけではいけない時もあるのはわかってるから。
「ナミはシスターと似てる。母様を思い出すんだ。違う人だとわかってるし、代わりにしようなんて考えた事もないけど、俺はナミを亡くしたくない!」
ローちゃんの言葉が、腕よりも胸を痛め付ける。このままずっと1緒にいるよと、言いたくなるけど、それは許されない事も知っているの。
震えるな、声。泣くな、私。
「ごめんね、ローちゃん」
「ナミ?」
「よく聞いて。夜になったら私は悪魔の実を手に入れに行くわ。それは何があってもローちゃんに渡す。でもね、その後いつまで1緒にいられるか分からないの」
「どういう事だよ!?」
どう言えばいいか分からない。正直に言えば何時どこでどうやってローちゃん達と1緒に居られなくなるのか、それさえ分からないのよ。
何年も1緒にいられるかもしれないし、もしかしたら悪魔の実を手に入れる前に消えてしまうかも知れない。でも私は、何を犠牲にしてもローちゃんとロシーが生きる未来が欲しいのよ。
だから、今はマイナスな事は考えない。ローちゃんに伝わらないかもしれないけど、嘘もつかないで正直に話してみよう。
「私は未来から来たの。未来でローちゃんが会う私は、ローちゃんを知らない。信じられないと思うけど、私は大人になったローちゃんと会ってるのよ」
「……俺は、大人になるまで生きられるのか?でも、俺は「私は、ローちゃんが可愛い。恨まれても、憎まれてもいいから、生きて欲しいの。……ロシーとローちゃんは、2人で生きる事を、生き延びる事を第一に考えなさい。命あっての物種。生き延びて、それからその先の事は考えたらいいのよ」」
その瞬間ローちゃんの顔から血の気が引いた。分かりやすく青ざめたそれに首を傾げたら、悲痛な様子で言葉を紡がれる。
「ナミ!!……ナミは、どうなるんだよ……!?なんでその計画に〝生き残るメンバー〟にナミの名前が無いんだ!!」
「私は、恋人と楽しく生きて、旅してるから気にしないで平気よ」
「……へ?」
安心させる為に口にしたのは、私にとっての過去であり、ローちゃん達にとっての未来。私はルフィと楽しく生きている。
泣かないでいいの。明るい未来しか、ローちゃんにもロシーにも必要無いわ。
「私はね、ルフィを愛してるの。彼しか見えないくらい、溺れてるの」
「はァ!?」
「彼の夢を叶える為に、私は存在してるわ。だから安心して。何があっても私の心配は要らないわ。ルフィと生きる事を約束してるんだもの。だから、大丈夫よ」
「ちょっと待てよ!?ルフィって!?」
「私の男。カッコよくて、可愛くて、無鉄砲で、考え無しで、大食らいで……でも、誰よりも眩しい。私の生きる希望よ」
ルフィとの約束を守る為に、帰る事を諦めない。泣きたいくらい恋しくなるけど、それがあるから私は死なないで必ず帰るわ。
ルフィ以外の多くの人に抱かれたし、顔向けできない事を色々やってる。でも、想うだけなら……許されると思うの。
ルフィに捨てられるその瞬間まで、それ迄は私はルフィのものだと……そう言い続けても、許されるでしょ?
目の前には居ないルフィを想い、心で問い掛けた時ローちゃんが口をパクパクとさせているのに気付く。それに首を傾げたら、ロシーが額に手を当てて、変わってねェとか言うから余計に分からなくなる。
「ロー、ナミは昔からそのルフィしか見えてねェから、その、お互い頑張ろうな」
「ナミって幾つなんだよ!?おかしいだろ、色々と!!どうなってんだよ!?」
あまりの怒り具合に、その内口から火とか吹き出しそうよねと思う。3等身姿で炎を吐きながら、ガオーとか言ってそうな様子を見て素直に可愛いわと1人で頷く。
そんな内情を隠して私はシレッと言う。これもまた決して嘘では無いし。
「その謎を解明するのは、偉大なる航路を解明しないといけないわ」
「巫山戯るなァァ!!」
「いや、ロー、本当にそう言うレベルの謎なんだよ。納得したくねェけどな」
宥めるようにロシーが言葉を口にして、怒れるローちゃんがルフィって誰だよ!?と叫ぶのに対してルフィは私の恋人だってばと繰り返す。そんなカオス的な時を経て、また熱が出たローちゃんには先に確認しておいた使える薬を託した後で、私は立ち上がる。
ロシーは1緒に来ると言ったけど、今のローちゃんから離れるのは良くないと説得して、納得して貰った。ローちゃんが使える薬を託してから、ロシーに笑いかける。
「じゃぁ、私の音を消して貰える?帰って来たら、解除してね」
「分かった。本当に、ナミ1人で良いんだな?」
「問題ないわよ。私元々海賊専門の泥棒だもの。あ……銃だけ、貸してくれる?」
「……使えるのか?」
ロシーの言葉に得意なのよと笑えば、本当にわからない女だよと言いながら、貸してくれた。それは海軍が支給してるタイプのそれで、昔からこの銃は変わらないのねと薄く笑う。
ベルメールさんも、同じタイプを使ってた。退役する時それだけはと譲ってもらったと聞いてる。
ベルメールさんとノジコに顔向け出来ない事は、これ迄しないで生きて来た。これが私だと笑って言えるように生きて来たのだ。
懐かしいその銃を腰にして行ってくるわと笑えば、ロシーは気を付けてと言って私の音を消してくれた。それにより私は、夜闇の中を1人で駆け抜ける事となる。
私に盗み出せない物は無い。大丈夫よと自分に言い聞かせながら武器庫に侵入して、弾丸と火薬を少し貰ってから火をつける。
外から火が確認できる頃には、武器庫からの火に慌てる事になる筈。そうして今度は宝物庫に侵入して簡単に現金に変えられるタイプの持ち運びしやすい物を選び少し貰い受けてから、火薬をセットする。
私1人なら全て貰い受けるけど、ここで大切なのは悪魔の実を手に入れる事だし、この先の事を考えるとそれ程荷物を増やすのは得策じゃないわ。それでも数千万ベリーにはなるだろう物を貰ったのだから、2人ならどうにでもやっていけると思う。
生活の基盤が出来るまで、病が安定するまで、2人が困らない生活費が必要なのだから。そして、火が出ている武器庫に海賊達が気を取られてる間に、次は宝物庫にとなれば当然大人数での侵入を疑うだろう。
でも、その時に動いているのが私1人となれば、目立たなくなるし、発見は出来なくなる。意識を向けてない、想定外の相手の事は案外見ても意識に残らないのだ。
建物の外から人の居る位置を確認して、ランプを銃で撃ち壊してから、その衝撃で割れた窓から侵入するとその流れで悪魔の実を奪い取り外へと飛び出す。突然暗くなった事で視界が遮られてる海賊達相手なら、音が発生しない今の私見つかる事は無い。
ここまでは順調ねと小さく笑って、二人の待つ場所へ向かう。その途中で目立つ船が到着するのを見てしまった。
それは、ドフィの船であり、よく覚えない自分が憎くなる。でも、わかる事も多少はあるのよ。
時が残されてないという事だけは、間違いない。詳しくは覚えてないけど、ドフィがロシーを殺すのが原作だった筈だもの。
2人を逃がさなきゃ。何があっても、守らなきゃ……!!
大急ぎで戻った私は、盗み出した宝石をロシーに押し付けて、驚くロシーにこの先の生活費とかだと言えば逞しいなと言われてしまう。それでも受け取ってくれた事に内心で感謝しつつ、ローちゃんに本題のオペオペの実を差し出す。
戸惑うローちゃんに対して、ロシーの行動は早かった。気色満面で手にした直後今居る空間の音を全て遮断する。
「ナミが無事でよかった。ナミは案外鈍臭い所があるから、俺心配して「そんな話をしてる場合じゃねェ!!喜べよ!!お前の命を救う〝悪魔の実〟だぞ!!」」
自分の声が外へ漏れるのが遮断されるのを待って、ゆっくりと話し始めたローちゃんに対してロシーは怒りを見せる。けど、ローちゃんは少し虚ろな表情で私とロシーを見比べるばかりだ。
そして、小さく首を横に振ると不安にその瞳を揺らす。絶望に満ちたその瞳は、やはり生きる事を、未来を信じられては居ないのだろう。
「……でも俺、そんなの食ったからって……病気が治るとは「何言ってる。治るさ。さァ、食え!!早く食え!!」」
けれどもそんなローちゃんの言葉を遮り、無視して、そして問答無用でローちゃんの口に悪魔の実を押し込むロシー。それに、私はオロオロと視線を彷徨わせる。
食べさせる事が必要なのはわかってるけど、1口齧れば充分なのに丸ごとだし、何より虐待にしか見えない。本当に、窒息死とかしないわよね!?
苦しそうに不味い、苦しいと言いながら押し込まれたそれを生きる為にローちゃんは咀嚼する。これはもう、ある種の拷問だろう。
でも、確かに食べてもらわないといけなくて……悩ましい。せめて切るくらいしてあげてもと思った時、ロシーの蛮行により強制的に飲み込まされたローちゃんは、寒さや病とは違う理由で身体を震わせた。
「……お、おい、コラさん!!まだ俺能力者になるなんて!!心の準備も……!!「これで良いんだ。お前はもう……自分で病気を治せる。ドフラミンゴを出し抜いた……!俺達の勝ちだ!!」」
「でも、ナミが食ったって良かっただろ!?」
「駄目なのよ、ローちゃん」
「ナミ?」
確かに私が食べて治したらそれも1つだったと思う。でも、それではローちゃんがこの先を生き抜けない。
悪魔の実を食べたかどうかは明らかに戦闘能力に差が出るし、医療知識の量が即ちこの能力を何処まで使いこなせるかの差になる。つまりはこの世界の医療知識を大量に持っているローちゃんが食べる事には、大きな意味があるわ。
何よりも……私は2人とずっと1緒にいる事が出来ないだろうから。だからローちゃんの病気を確実に治すには、自分で食べるしか無かったのよ……。
「2人とも、聞いて。ドフィが来てるわ。……私が相手をするから、鳥籠を使われる前に逃げて。もし、鳥籠を使われたら……身を潜めていて」
「「ナミ?」」
2人の声が重なる。不安そうに瞳を揺らす2人の顔が似ているように思えて、本当に血の繋がりが無いのが不思議に思えてしまう程。
「ドフィはロシーを疑ってるわ。その上、ローちゃんがオペオペの実を食べた今、それをもし知られればドフィはローちゃんを見逃さない。2人が生き残るには……囮が必要なのよ」
「ナミ!!駄目だ!兄上はナミを〝覚えてねェ〟んだ!……殺されるぞ!!俺なら実の弟だから殺されはし「そんな事ない。ドフィは裏切りを許さないわ。ロシーをドフィは平然と殺すとわかってるでしょう。でも私は〝誰にも〟死んで欲しくないの」」
「ナミ!!」
ロシーが私の肩を掴む。その様子にローちゃんがその瞳を眇める。
子供でいられる期間を、この世界はローちゃんに与えないつもりらしい。だけどそれを変える力を、私は持たないのだ。
「ロシー……いい子だから、わかって。私は……ロシーを喪いたくないし、ドフィに弟を殺させたくない!ドフィだっていい子なのよ!優しい子なの!!」
「巫山戯るな!あいつが何をして来たかナミは知らねェからそんな事が言え「知ってるわ!これからドレスローザでドフィが何をするつもりなのかも含めて、全て知ってる!ドフィとロシーの生まれも、どうしてドフィがああなったのかも!!でも、悪いのはドフィじゃない!……世界が悪いのよ」」
実際に傍で見たわけじゃない。それは単なる知識でしかないわ。
それでも、全てに絶望するには十分過ぎた。世界の全てを怨むに値する過去だと思うもの。
海軍は〝非加盟国〟にわざわざ連れて行った。非加盟国の人達が天竜人になされた事を思えば、平穏無事に生きられる筈が無いとわかっていて、彼等はドフィ達を生贄に捧げたのだ。
元々同じ立場に居た筈の天竜人に見捨てられ、絶対的に信じていた大黒柱が傷付き苦しみながら崩れて行く姿を目の当たりにした。力の無い自分も、親も、憎くて……泣くしか出来ない弟が疎ましかったのも嫌という程分かる。
家族の事が大切だったから、守りたかったから、当たり前の幸福の中から突然落とされた地獄よりも酷い世界の中で、力さえ手に入れれば帰れると思っていたその家族との生活が……戻れないそれだと知った時の絶望に心が竦む。そんなドフィが、悪のカリスマと呼ばれる迄になるのは……ある意味で成功例だろう。
確かにドフィのした事や、やる事は許されない事ではあるけど、それを全て否定する事も私には出来ない。でもだからこそ、愛しくて大切な弟をその手にかけさせるなんて……そんな事はしたくないの。
「ナミ……」
「ロシーの言う事が分からないわけじゃないわ。どんな理由があっても、やっていい事といけない事があるの。だけど……私、ドフィを嫌えない」
大人の姿をしてるドフィしか私は知らない。けど、いつもその心は傷付いていた。
血を流して、それでもそれを隠す事に慣れて、泣き続けて、叫び続けてる己を無視してた。いつも、苦しんでたのに気付いてしまって……見捨てたり嫌ったりなんて、出来る筈も無い。
私がドフィにやられた事を考えたら、責めるべきかも知れない。でも、それは、今のドフィにはなんの罪も無いし、ドフィは既に十分すぎる程に苦しんでる。
「私は、誰にも傷ついて欲しくない」
「兄上には、通じねェぞ」
「大丈夫よ。ドフィは、優しい子だもの」
「……っ!!頑固者が!!……いつも、そうだ。言い出したら聞かなくて、俺達の為にいつも平然とその身を犠牲にして……!!もう、俺は戦える!あの頃のように隠されて守られてるだけなんてのはごめ」
覇気を纏った腕で当身を行う。それにより倒れたロシーを見て、ごめんねと呟いてからローちゃんに託す。
私は、誰も喪いたくない。傷付いてだって欲しくは無いの。
そっとロシーの頭を撫でながら、ローちゃんに視線を向ける。泣きそうな顔で私を見てるローちゃんが、珍しく年相応に見えた。
「ローちゃん、生き抜くのよ。その能力は、room……部屋をワードにして発動させられる筈。手術室をイメージして、ひとつひとつ焦らずにその能力を見極めなさい」
「ナミ、コラさんは……」
「気絶させただけ。大丈夫だから、2人で隠れててね」
「……俺、守られただけだ。何もしてねェのに、どうしてナミは」
言葉をそこで止めたローちゃんをそっと抱き締める。これは私のエゴだとわかってるから。
ローちゃんは生き延びられる。私が飛び出さなくても、ローちゃんはロシーの奮闘があれば生きられるのよ。
でも、私はロシーを死なせたくないし、ローちゃんに喪って欲しくない。これ以上、大切な人の死を経験して欲しくはないの。
「愛してるわ。ローちゃんも、ロシーも、そして……ドフィの事も、私は愛してるの。可愛い弟達だもの」
「ナミ……」
「生きる事、生き延びる事だけを考えなさい。私を助けようとして飛び出して来たりしたら、許さないわ。私なら大丈夫。これでも、荒事には慣れてるのよ」
笑って言った言葉に嘘は無い。そして、死ぬつもりもないわ。
ロシーをお願いねと笑って駆け出した私を、ローちゃんの縋るような瞳が見ていたのは気付いてた。でも、ロシーを生かすには他に手段が無いからと私の足は止まらない。
「探せ!!悪魔の実が盗まれた!コラソンの姿もローの姿もスワロー島には現れなかった!!1人も生かして出すな。情報を獲ろ!……ローとコラソンは目立つ。情報がある筈だ!!」
「若様……捕まったのかも知れないよ。コラさん、ドジだから……」
「……海軍の無線を確認してろ。それらしい情報があったら伝えるんだ。いいな、ベビー5」
「うん、わかった!」
そんな会話が聞こえて来て、もう少し時間が必要だと判断する。私も、少し考えなきゃ……。
そう思った時、ドフィが鳥籠を開始したのを見れば、知識があって良かったと思う。なければ逃げようとして、泣き叫んでいた可能性もあるもの。
そっと海楼石の短剣を胸に抱き締めると、揺れるチャームが大丈夫だと言ってくれた気がした。シャンクス、ベック、私頑張ってみるね。
心の中で短剣とチャームごしに2人を思い出して笑う。それだけで何とかなるような、そんな気がした。
なかなか更新できなくてごめんなさい。また、更新して行きます。