※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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オアシスの街

 食事を終えた面々が野営準備に入った時マルコさんに声をかけられ、振り向くと錠剤を渡された。何だろうと思って見れば見覚えのあり過ぎる薬と、見覚えの無い薬がそこにあった。

 見覚えの無い方は兎も角、ある方は明らかに避妊薬で……本当に、気を回しすぎだわと思えば笑えてくる。でも、同時に叱られてるような気持ちにさせられてしまう。

 怖々とマルコさんに視線を向けると無言で頭を軽くぽふっとされて、それから視線を合わせるように顔を覗き込まれた。その瞳が妙に優しくて、どうしたらいいのか分からなくなる。

 

 「……様子見てりゃ必要な物位わかる。変なもんじゃねェから、怯えなくていい」

 「怯えるって……」

 「普段強気な態度だから余計に、怯えたような瞳を向けられるとそそられるが……ワザとかよぃ?」

 

 その言葉の意味するところは理解出来たので、私は慌てて首を横に振る。それから無意識で甘えそうになる自分に叱咤する。

 敵船とは言えなくても、他の船のNo.2に甘えて良い筈ないのだから。そもそも私は、甘えてる場合でも無い。

 お礼を伝えて薬を飲むとマルコさんが突然ルフィを呼んだ。何事かと思ったら、私を軽々と持ち上げてルフィに投げ渡したのだ。

 突然ボールのように投げられて混乱している私を無視してマルコさんは口を開く。そんな私をルフィは何の苦もなく抱き留めたんだから、それもまた凄いとは思うけど。

 

 「睡眠薬効果の強い物飲ませたから、安全に寝かせてやれ。どうやら〝随分と消耗してる〟みたいだからねぃ」

 「……おゥ、わかった。ありがとう!」

 

 ルフィとマルコさんはそんな会話をしていて、私は恥ずかしくて、いたたまれなくて、力一杯ルフィにしがみつく。ルフィに甘えるようにそうしていたら、恐ろしい程の速度で効果を示した睡眠薬が私から思考を奪って行くのを感じる。

 

 「ルフィ……」

 「ん?」

 

 呼び掛けると不思議そうに私に視線を向けてくれたルフィが、私を運んで移動しているのがわかった。どこかに下ろされて、そのままルフィの手が離れようとするのを無意識で掴むと、何を言いたいのか分からなくて口を開く事も出来ずに見詰める。

 そんな私にルフィは1瞬驚いたような顔をしてから、頭を撫でて来る。まるで甘やかすように。

 

 「何処にも行かねェし、ちゃんと守るから安心して寝てろ。傍に、いるからさ」

 

 ルフィのその言葉に私は何か返さなきゃと思いながら、私は深い眠りに落ちた。その瞬間縋るようにルフィの腕を掴んでいたのは、記憶しているんだけど……。

 明らかに弱った様子を見せていたナミが眠りに落ちると、その場は1瞬だけ静寂に包まれた。ルフィの腕を掴んで離さないナミに、振り払うのは簡単な筈なのに嬉しそうに仕方ねェなァなんて呟いて、腰を下ろしつつ自然とその手が離れるのを待つルフィの様子に、それぞれが何を思ったのかは知らない。

 それでもその空間に心配そうに毛布を持って近付くのはチョッパーで、ナミに毛布をかけるとルフィを真っ直ぐに見据える。

 

 「あんまり、無理させんなよな。ナミはルフィの為なら、笑って死ぬぞ。俺……そんなの嫌だよ」

 「そうさせねェ為に、傍にいるんだ。1人にしたら、離れたらいつも狙われて……傍にいなくても大切な相手の為なら何でもするのは、昔からだからな」

 

 そう言ってルフィはチョッパーに出逢った頃の話を始めた。それを仲間達もエースもマルコも黙って聞き入る。

 穏やかなルフィの声は、ナミとの出会いからエースとの出会いまでを語り、ナミを含めた4人での日々についてはエースも補足しながら語られる事となった。明日の戦いについては、何も分かりもしないのに考えるだけ無駄だと言わんばかりに触れられる事はなく、ただ自分の事を顧みない少女の事を語る時間。

 ビビは寂しそうにその言葉を聞きながら、音にはせずに唇の動きだけで呟く。甘えてばかりでごめんなさいと。

 それに気付いたのはサンジで、そっとその肩に毛布を掛けながら小さく囁く。

 

 「ナミさんは、甘えなくても甘やかしてくれるから、気にしなくて大丈夫だよ。それに、あれでも随分、頼ってくれるようになってきたんだ」

 

 その言葉にビビの瞳が揺れたのを見て、サンジは微笑みを深める。その時小さくナミが身じろぎルフィに擦り寄ったのを見れば、誰も起きている時のナミの姿は想像出来ないだろう。

 幼い子供のように、安心しきった顔で眠るナミ。それを視界に収めつつ、程よい頃合にルフィ以外はさっさと眠る事になった。

 誰か起きていなければならないのならば、ナミに腕を掴まれて眠れないルフィが適任だと判断されたのだ。そうしてその後は交代で起きてはいたが、そんな形でその日の夜は更けていった。

 朝になって目覚めると、妙に暖かくて不思議に思って寝惚けたままその温もりに手を伸ばす。それが人だと分かり飛び起きた私は、ルフィに抱き着いて寝ていたらしいと知る。

 それと同時にルフィも私を抱き締めて寝ていたのだと……。薬の効果もあるけど……明らかにルフィと寝たからだろうと分かる程に、良い睡眠を取れた事は自分が1番よくわかってしまう。

 睡眠薬を飲んだ後はある筈の頭の働きが強制的に制限されてるような重さもなく、目覚められた時点で相当ルフィに頼って甘えてるのだと痛感させられる。このままじゃいけないわと強く認識を新たにして、私はルフィの腕から抜け出す。

 私のいた所には毛布を丸めて差し込んでおいたから、体制は変わらないので負担も少ないだろうと思う。それから私はクリマタクトを含めた武器の整備を行い、布を湿らせて顔や臭腺付近だけでも体を拭いて身支度を整える。

 サンジくんは既に起きて行動を開始してるから、その邪魔だけはしないようにと皆の傍を離れてラジオ体操よろしく鉄扇でひとさし舞う。これから大きな事をやるとわかってる日は、こうして気持ちを引き締めておくようにしてるのだ。

 気持ちを引き締めた所で聞こえた拍手に驚いて振り向くと、拍手していたのはマルコさんで……見られたかと少し焦る。この世界で覚えたものじゃないから、師匠の名前とか流派とか聞かれても答えられないので誰にも見せなかったのに。

 

 「見事なんだねぃ。普通のワノ国で舞われてるのとは随分と違うねぃ?」

 「巫女舞や神楽舞の系列ですから……」

 

 私がそう答えれば、何故か納得された。なんだろうと思っていたら、予想外の言葉がその口から飛び出した。

 

 「ナミは清浄な空気を纏ってると思ってたが、巫女だったのか。納得だよぃ」

 「違いますよ。巫女じゃないです」

 

 私はナミであって、日本に生きてた頃のそれとは既に違う人生を生きてるし、過去だって舞以外で巫女らしい事はしてないから舞えるだけでは巫女とは呼べないだろうと自分でよく分かってる。そう思って笑うと、お人好しな所とか巫女様のイメージなんだがねぃとか言われる。

 皆私を甘いと言うけど……どうなんだろう。私は甘いだろうか?

 困ってる人がいたら手を伸ばすのも、女子供を守るのも、人として当然だと思うし実際〝読んで〟いた頃はこの世界の中でも女の人に酷い事をするシーンはほぼ無い。それに仲間の為、家族の為に命張って戦うのも甘いとか以前に当然の事で……だとしたらやっぱり私は普通だと思うのよね。

 

 「お人好しでも無ければ、甘くもないですよ。ただ、臆病かも知れません」

 

 誰かを生かすために誰かを殺すとか、誰かを守るために誰かを傷付けるとか、そういう事さえ私には難しい。誰かがやる分には当然だと思うけど、私は攻撃する事にどうしても躊躇いがある。

 痛いだろうなとか、苦しいだろうなとか、考えてしまう。アレだ、魚の目を見ると魚を食べられなくなる人と同じだよ、きっと!

 飢えてるとそれでも魚を食べるように、怒り狂ってたりすれば私も攻撃できるけど……。極力、傷付けたくない。

 話し合いで解決できるなら、それが1番だと思う。

 剣よりもペンの価値の方が高い世界で生きてきたからか、女以外は血を見ないで生きられる世界で生きてきたからか……それは分からないけど、もしも甘いとするならば、そこだろう。でもそれは、甘さではなく、覚悟の足りない私の弱さ。

 守りたい人がいる。守りたい場所がある。

 なのに躊躇う時点で、私はまだまだ弱い。ただ、それだけなんだと思う。

 だけどね、今回ばかりはそうも言えない。あの戦争を起こさせないで、エースも死なないで……それで先に進めるなら、それがきっと1番だと思うから、傷付ける事を……いいえ、人を殺す事だって覚悟してる。

 人の命を背負って、重い十字架背負って生きていく事になっても構わないと、覚悟は決めてある。強くなりたいなんて、そんな甘えた事言ってられない。

 私は強くなるんだ。守りたい大切な存在の為に。

 

 「1つ、ナミには言っておいた方が良さそうだねぃ」

 

 突然の言葉に視線を向ければ、マルコさんが幼い子供を見るような顔で私を見ているのがわかった。仕方ないなとでも言わんばかりのそれに、どうしたらいいのか分からなくなる。

 

 「仲間がなんの為に存在するのか、良く考えてみろ。仲間は、誰か1人が抱えて守る為にいるんじゃねェんだって事、忘れるなぃ」

 

 言葉が出ない。だって、私は守られてる。

 守られ過ぎてるから、それを返したいだけなのに、どうしてそんな事を言われるんだろう。疑問は多くあるのに、何1つそれが言葉に出来ないのは、その〝質問〟や〝言葉〟に責任を持てないから。

 戸惑う私を残してマルコさんは先に皆の所へ帰って行く。その背を見送って、少ししてから私も皆の元へ向かう。

 朝食を終えて支度を整えた私達は、予定通りに早朝岩場を出発した。私とビビはラクダのマツゲに乗り、男達は歩いている。

 それから真っ直ぐにユバを目指して進む私達とは違い、いつの間にかはぐれている男達。何がかあったのかしらとビビと顔を見合わせていれば、少しして皆の姿が見えた。

 何故か合流した時エースとマルコさんは疲れた様子で、ルフィはボロボロになっていた。それでも、そんな事を気にしてる場合でも無いかと先を急ぐ。

 ビビの話が正しければ、そろそろオアシスの街が見えて来る筈だから。ここで戦いになる事を、私は信じて疑っていなかったし、このユバに関するところは全て忘れていたのだから、なんとも情けない。

 オアシスなんて何処にもない。砂に埋もれたユバと呼ばれる街に、私達は到着する。震えて声も出せないビビに、誰1人声を掛ける事も出来ないままに……。

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