隠れて、躱して、そうやって動く事は慣れてる。でも、ドフィの能力である鳥籠の中ではそれをいくらやった所で意味は無い。
ドフィが諦めて去ってくれるのを根気よく待つか、それとも、討って出るか。判断を誤てば、ローちゃんとロシーも含めて、揃って死ぬ事になる。
間違う事は許されない。考えなきゃ……!!
その時、隠れていた建物だった筈の壁の向こうで会話がなされているのに気付く。そして、しまったと思った時には遅く、取り囲まれていた。
「上空からはどうじゃ」
「……蜜柑の色の頭が見えるだすやーん!!」
「通信キャッチ!!誰かを……海軍が、ほご、したって……!!」
不幸中の幸いとは、正に。だけどこれなら、どうにでもできる可能性があるわ!!
囲まれた状態で仕方ないという様子で立ち上がれば、ドフィのファミリーからの敵意と殺意が盛大に向けられてるのを自覚する。見た目が幼女でも恐ろしい能力者もいるこの世界で、この可愛いだけが取り柄である私にだって警戒しない方がおかしい。
特に私は、オペオペの実を盗んだ犯人。目撃情報も今回盗みに入ったのは私だけだから、恐らく私の物しか無いだろう。
「……若」
誰が呟いたのか分からない中で、歩いてくる巨大な人が見えたと思ったら、ドフィのファミリーが道を開ける。若いドフィは普通の服を着てるのねなんて、そんな事を思いながらその長身を見上げれば、ドフィもまたある程度の距離を置いて私を凝視して来た。
何故か私を見て動かなくなるドフィに、ロシーは覚えてないと言ってたわよねと脳内で慌てるけど結果何が変わる訳もない。敵として見てるにしては、その纏う空気が少しおかしいわ。
「……若の、好みだな」
誰かの呟きが聞こえて、どういう事かと内心首を傾げると少女が頷いた。それは、本当に意味がわからない。
ドフィは私を見たまま動きを止めていて、呼吸してるのかさえ何となく怪しい。サングラスで表情が分からないのが、余計に不安を煽る。
「うん。若様が気に入る人の特徴、全部合わせたらなりそうな人……だね」
ドフィは、私を覚えてないのだとロシーは言った。ドフィも前に、長い事忘れていたと言っていたわ。
なら何故……。私と似た人を手元に置いたと思われる事を言っているのだろう?
そう思った時、ドフィが口を開いた。それは、私の認識する初めて会った時よりも随分低く、威圧的な声。
「お前が、オペオペの実を盗んだ犯人か」
「……だとしたら?」
挑発的に言葉を返しながら、単純に探っていたのかと思えば色々考えていたのが馬鹿らしくなる。もう、戸惑う余裕は無さそうね。
「返せ。今ならまだ……許してやろう」
「その〝許し〟は、私の死を意味するんじゃないの?そんな何の得も無い話なんて、お断りよ」
ローちゃんが悪魔の実を食べた事を、今知られるのは不味い。それに今は、ローちゃんが海軍に保護されたのだと勘違いさせておく必要があるわ。
ローちゃんが、ロシーと共に生き抜いてくれる事が大切で、重要。今、私は何ができるだろうか。
「しかしドフィ……先程ヴェルゴからの連絡でローとコラソンが若の重要な情報を流そうとした所を捕え、半殺しにしたと報告が入ってただろう!オペオペの実もコラソンが持ってる可能性が高い……!!」
「ロシーとローちゃんが、なんですって!?」
思わず叫べば全員の視線が突き刺さる。どうして、半殺しになんて……。
ドフィも幹部達もここに揃ってるのに、どうして……?
動揺する私を無視してドフィは幹部との会話を続ける。それはまるで、私にその会話をわざと聞かせているかのようにも思えてしまう。
「……ヴェルゴは、その後コラソン達をどうしたと言っている?殺しちゃいねェだろうな?」
「それが、1瞬目を離した隙に消えたと……」
ピーカとの会話を聞いて、私は脳内で足りない情報はあるけどそれでも全てのデータを元に話を組み立てる。これでも長年小説家擬きをして来たのよ、それくらい出来るわ!
ドフィ達をここで騙す方法はこれしかない。私は思わずといった体で、言葉を口にする。
「……なら、2人は今頃海軍本部の監視船に保護されてる頃ね。もう、手出しは出来ないわ」
「なんだと……?」
「若様!!確かにさっき……〝少年を保護した〟と海軍が通信を……!!」
上空から私の言葉を肯定するように声が飛べば、ドフィは何故もっと早くそれを言わなかったのかと叫ぶ。それに対して、まさかローとは思わなかったと話しているのを聞いて、覚えてはいないけど、ここで保護されたのはローじゃないのはわかっていて……だからこそ、力が抜けて崩れ落ちそうになる自分を自覚する。
ただ、好機であるのは間違いない。これを利用すれば、大怪我であっても……2人は生きてくれる。
ここで反応や態度を間違える事は許されないわ。さて、どうしたものかしらね。
「……女、お前、何者だ?」
「どう思う?」
「俺は今、気が立ってる。早く答えろ……」
どうしたら、ローちゃんとロシーを守れるか。どうしたら、ドフィに2人を追わないで貰えるか考えなきゃ。
ドフィにロシーを殺させたくないし、殺されるロシーの姿をローちゃんに見せたくない。ローちゃんとロシーが生きてくれるなら、私は今、他に何も望まないわ。
……誰も傷付けないで穏便に済ませる為には、嘘をつくくらいなんと言う事はない。確か、そうだわ、ロシーのマリンコードは逆から読むとロシーの名前になる筈。
なら、それを逆にして伝えれば、調べる間だけでも時間が稼げる。下手な事をすればまだ王下七武海に入っていないドフィは、あっという間に海軍の手が回るもの。
「
「コラソンを見張り、情報を……?それで、コラソンが消えると同時に情報が漏れなくなったのか!?」
分かりやすく動揺するドフィに、私は艶やかに見えるよう意識して笑う。ロシーに裏切られたと傷付く必要なんて無いわ。
母を殺され、父を憎み、弟に絶望する。そんな酷い現実なんていらない。
私はドフィの心も守りたいと願う。心だけが悲鳴を上げ続ける未来なんて、存在しなくていいと思う私はおかしいのかな?
「ドジで純粋な男を騙すのは、簡単だったわ」
「……海兵が、そんな事して良いのか?」
「海賊相手になら、何をしても許される。それがこの世界の決まり事よ」
ベルメールさん、ごめんね。勝手にこんなの名乗って。
ロシー、ごめんね。貴方の階級や肩書きを借りるわ。
ローちゃん、ごめんね。最後まで……安全になるその時まで守ってあげられなくて、怪我をさせてしまって。
ルフィごめんね。私、後悔する生き方は選べないから、例えこれが間違ってると叫ばれても突き進むわ。
悪いとは思うけど、私は、これ以外の選択肢を今、持たないの。私は2人の命と、3人の心を守ってみせる。
「だが、コラソンも海兵だった。そうだろう?」
「あら、違うわよ。……ロシーは、私の可愛いペットちゃん。万が一に備えて、私が調べた情報をロシーに託しておいたの。ロシーが海軍に捕まりそうになった時の保険にね」
「なら、それがたまたまヴェルゴに見つかり、逆に命を危ぶめただけだと……そう言うのか」
声が震えている。戸惑いが伝わる。
ドフィにとって辛い現実なら、私はそれを隠してしまいたい。騙してでも、その心が血に濡れるのを防ぎたいの。
「そうなるわね。ロシーは情報について何も知らないから、少年……つまりはローちゃんの方は単純に保護をしたのでしょうけど、何の利点も持たなくなったロシーがどんな扱いを受けるかは分からないのが心配だわ」
「……そんな、馬鹿な……。なら、ロシナンテは、裏切って無かった……?」
動揺して混乱しているドフィに、私は意識して艶やかに見える笑みを浮かべる。大丈夫よ、私はナミちゃんの美しい肉体と可愛い顔を使う事にもう、抵抗なんて無いもの。
ルフィ、帰れなかったらごめんね。約束……守れなかったら、ごめんなさい。
ルフィを悲しませたくはないけど、ドフィをこれ以上傷付けたくないのよ。家族はこの世で最も近くて遠い他人だから、影響力が強すぎると知っているの。
「……確認を急ぐぞ!〝鳥籠〟を解除する。出航の準備をしろ!!事実なら、海軍の監視船を沈め、ローを奪い返す!!」
「辞めなさい!!ローちゃんを追ってどうするつもり!?」
「ローをどうするって?あいつは俺の片腕にする為に育てて来たんだ。奪い返して育てるに決まってるだろうが!」
「ドフィ!!いい加減にしなさい!」
追わせない為に口にした言葉が、不味かった。しまったと思った時には銃口が向けられていて、もしも殺気で人が殺せるなら、きっと今私は生きてはいない。
「……さっきから気になっていた。お前、コラソンの事を何故愛称で呼んでいる。俺の事も今、愛称で呼んだな?」
「ロシーは、私のペットだもの……」
「あいつは、家族以外からそれで呼ばれる事は死んでも許さねェ!!俺のファミリーだった奴が俺の真似をして呼んだ時、普段の温厚なそれを捨て去り迷わずに殺害する程にな!!」
その言葉に驚いたのは、私の方だった。なら、なんで、初対面の時からロシーは私がそう呼んでも怒らなかったの?
嬉しそうに、泣きそうな顔で私を抱き締めて……震えながら、私に襲いかかって来たのは……どうして?
確かにあの時のロシーは、ローちゃんからの命令もあったのだろうと推測してる。けど、でも、私にロシーと呼ばれるのを寧ろ喜んで受け入れてくれてたわ。
でも待って、そう言えば……。シャボンディ諸島で会った時、ロシーの仲間達も皆、コラさんと呼んではいなかった?
ロシー……私、貴方の事、やっぱりそんなに知らないのね。そう思って自嘲した時、ドフィが糸を向けて来るのが分かり咄嗟に短剣で対応すれば、その顔が愉悦に歪むのが分かった。
「……確かに、名乗ったその地位に偽りは無さそうだな。まだオペオペの実については聞けていねェし……持ち帰ってやるよ」
その言葉にビクリと肩を揺らすと、ドフィが不思議そうな顔をする。でも、実力差を考えたらドフィを傷付けずにこの場を逃げ出す手段なんて思い浮かばないし、全力で戦っても勝てるとは思えない。
わかってるのに、傷付けたくないと思うからか、それとも……ドフィに何度も抱かれた事を思い出したからか、妙に怖く思える。私の知るドフィよりも随分若い分、弱点もあるかも知れないけど……。
「……私に手を出せば、ローちゃんもロシーも、貴方には従わなくなるわよ」
「……!?」
「3年後には死ぬと言う〝運命〟にローちゃんは勝った。自分さえも見失い〝狂気の海賊〟となっているドフィの元へと迷い込んだローちゃんはもう居ないわ。泣き虫で、甘ったれで、ドフィの後ろをついて歩いていたロシーも、もう居ない」
ドフィの表情が消える。銃口は今も、私に向けられたまま。
雪が舞う。風が吹き荒れて髪を乱して、肌を突き刺すような痛みを与えるけど、そられらを気にする余裕なんて無いくらい、空気が張り詰めている。
「もう、ほっといてあげて。2人は、もう……自由よ!!」
その瞬間放たれた銃弾。それを私は見聞職の覇気を使い躱していく。
銃弾の全てを躱した所で、ドフィが直接攻撃を加えて来る。それも躱していくと舞い散るように降り注ぐ雪が、何かを思い出せと言ってる気がして少し胸が苦しくなった。
次第に、見聞職の覇気を使わなくてもドフィが次にどう動くのか分かるようになっていく。ドフィの呼吸が、分かる。
まるで、自分自身と戦っているような、妙な感覚に陥って行く。なんで、こんなに動きが似てるんだろう……?
それはドフィも感じているようで、私を見定めようとするその動きに泣きそうになる。ドフィはそう言えば、全てを私に教えられたと言っていた気がするわ。
なら、もしかして戦い方の基礎は私が教えたのかも知れない。私の知らない私が、過去のドフィに戦い方を教えて突然消えて、その後ドフィはそれを元に強くなったのだとしたら……。
「ナミ……」
「なに?」
妙に静かな声だと思った。そして、恐らく本当に私は幼いドフィと会う未来が存在するのだろう。
それが今なのか、数年後なのか、それとも別の次元の私なのかはわからない。けど、この戦い方は明らかに私が元になっている。
「幼少期の事で、俺は覚えていない空白の部分がある。お前は、その空白に関係があるのか」
「……分からないわ。でも」
そこまで言った時、瓦礫の影にロシーとローちゃんの姿が見えた。ドフィの攻撃を躱して、ドフィがそちらに意識を向けてしまえば、見つかってしまう!
私は雪に足が取られたフリをして、その場でドフィの攻撃を受け止める事にした。それにドフィは1瞬怪訝そうな顔をしたけど、直後に向けられた糸は攻撃では無く私を拘束するのに使われてしまう。
ギリッと締められる糸の感触に、私の中で認識している出逢いのその瞬間を思い出す。けれども感傷に浸る間もなく顎を掴まれて、ドフィに顔を覗き込まれるとある意味で良かったと思う。
こうされれば、ロシーやローちゃんの姿が私の瞳に映る事は無いから……。逃げなさい、2人とも……貴方達には生きる義務と責任がある。
この世界において、貴方達が生きている事は大いなる意味がある。特にローちゃんは……ルフィを、助けてくれる筈だから。
「ナミ、か。そんな名前に聞き覚えもねェってのに、不思議なもんだな」
ドフィはそう言うと私に覇王色の覇気をぶつけて来たけど、それに耐えて睨み付ける私を見て楽しそうに笑うと、思いっ切り蹴り飛ばして来た。けれども糸で身動きの取れない私は、それを躱す事は出来なくて、覇気を纏いなんとか必死にそれを耐えるのが精一杯。
けれども覇気は体力を使う。つまりそう長くは使えなくて、覇気が纏えなくなった私は……その衝撃に驚かされる。
……これ、打撃目的じゃなくて……。そう気付いた時には、私の意識は深く沈んでいた。