※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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ドフィと家族

 意識が浮上したのは、身体が妙に冷えているのを自覚するのとほぼ同時だった。太もも迄水に浸かり、手首から肘までを縛られ、吊されているのが確認出来る。

 典型的で、かつ有効的な拷問や処刑方法の1つ。水路の1つを牢にする事で、囚人の汗や糞尿、他の体液も含め1切掃除する必要も無く身体を弱らせてしまえるのだから考えた奴は相当性格が歪んでると思うわ。

 水により体温を奪い、発汗する事を許さず、けれども見えるのに摂取出来ない水分と、長く浸かる事でふやけて弱る皮膚。水に浸かる事で体力を奪いつつ、縛り吊るす事で血流を悪くして筋肉を硬直させられる。

 肉体的にも精神的にもジワジワと苦しめる事が出来るのがこの拷問の魅力であり、手間のかからなさと放置すればその内死んでくれる手軽さが王道の1つとされた所以である。だからと言って身体を損傷させたりするものでもない所が、その後の扱い幅を広げられると言う意味でも魅力なのだろう。

 勿論考えた人達や使用して来た人達同様、これを実行してるドフィも相当性格歪んでると思うけどね。何よりも、この世界ならこの時点で悪魔の実の能力者は力を入れられなくなるという利点まで備えてる。

 ……さて、と。こうしてても体力消耗するだけよね。

 近くに人が居ないのはわかっているので、腕の力で身体を持ち上げて頭を指先に触れられる所まで持ち上げると、髪に使っていたヘアピンを1つ外して、手錠の鍵を開ける。この世界の鍵レベルはそれ程高くないから、これが出来るのだ。

 そうね、学校の屋上に続く鍵を開けられるならこの程度軽いわ。同じ程度の鍵だもの。

 鍵穴から奥が見えるか見えないか。その程度の違いしかない程度の低い鍵は、鍵穴に入る太さの針金があれば開けられる。

 日本の百円ショップ等で、束で売ってる単色のヘアピンだと、そもそも鍵穴よりピンの方が太くて入らないから論外である。つまり、簪レベルの細さが必要なのだ。

 手を拘束具から抜いて牢の出入口を探し、鍵穴が牢の外側にしかない事に小さく舌打ちしてから、そっとその近くの鉄柵の間に手を入れようとした。その時……微かに触れた糸があり背筋が寒くなる。

 その刹那、笑いながら姿を見せたドフィにいい趣味だわねと笑えば抑揚に頷かれる。それから私を糸で固定したと思ったら、牢から操って出してくれたけど、それに感謝する気持ちにはなれない。

 

 「……悪魔の実の能力者じゃねェのは、これで明らかだな。なァ、ナミ中佐(・・・・)?」

 「まぁ、もう調べがついたの?」

 「いんや。それがな、おかしいんだ。……何1つ情報が出ねェ。どうなってるんだと思う?」

 

 情報が出る訳あるか。私は海兵じゃないもの。

 この時点だと私は生まれてはいるけど、戸籍もない戦災孤児であり、養子制度がきちんと確立していないこの世界では私の存在を確認するのは本当に困難である。恐らく戸籍そのものが、戦火の中で消失しているだろう。

 そう思いながらもニッコリと笑って、調べるのが苦手なのねと言ってやる。その瞬間首に巻き付いた糸が、何を目的としているかは考えるまでも無い。

 

 「海兵としての情報は、潜入させると決めた上官が消し去る事も考えられる。だがな……人として生きて来た戸籍等はそうはいかねェ。……お前が産まれた形跡も、痕跡も無く、それどころか育った場所も何もかもが不明だ」

 

 私が意識を失っていた時間がどれ程か、それは正直分からない。けど、それ程長くはないだろう。

 それにも関わらず、まるで調べ終わるのが当然と言わんばかりのそれに、多少ではなく空恐ろしく感じてしまう。その後も、情報は悪魔の実を奪う為に現れたその時の物しか存在しないと忌々しそうに言われては、本当に調べるのが得意なのだとわかる。

 でも、私の情報は見つかる筈もないし、何も出ない事が逆に怪しくなるのはわかっている。でも……それは上手く使えば武器にもなるのよ。

 

 「それで?」

 「あ?」

 「この先、どうしたいの?」

 

 私をどうしたいのか。ドフィは何をしたいのか。

 その答えを貰えると、交渉もし易い。どうせドフィは私を小娘と侮って居るのだから。

 

 「悪魔の実を返せ。あれは、俺のものだ」

 「あの悪魔の実は、海軍が取引する予定だったのよ。横から奪われそうになった時点で回収し、仲間に届けた事に何の問題があると言うの?」

 「ローに実を持たせていたのか!!ピーカ!ヴェルゴに確認させろ。保護された少年は悪魔の実の能力者なのかどうかを!!」

 

 この時点で保護されたその少年が、悪魔の実の能力者かは知らない。もし違っていればローちゃんが狙われるリスクは格段に下がるけど、もしも何かの実の能力者ならば……ローちゃんがオペオペの実を食べたと判断してドフィは狙うだろう。

 保護された筈の少年に、その潜入しているヴェルゴが容易に近付けるとは思えない。それに、実際あのタイミングで保護された少年は別人。

 その違う少年を探し出すのだって、中々に困難であるのは間違いない。海軍に保護された少年は大量にいるのだから。

 そんな中で探すのだから、見付けたと思った相手がローちゃんでは無かったからと言って、ローちゃんが保護されていないのだとは判断出来ない。保護された少年で年齢がそれに限りなく近い子を全員探して確認しなければ、答えは出ないのだ。

 そうなればどれ程優秀であれど、その侵入先がサイファーポール(CP)であり、配属先が保護された子供を管轄する教育機関の情報管理系でも無ければ、調べるのは早くて年単位。つまりはそれくらいの期間は、2人が妙な事をしなければ安全が確保出来るのだ。

 そんな事を考えている間に、ドフィは私を連れて……とは言え操られて後をついて歩いてるのだけど……大きな扉の奥へと続く部屋へと入る。その部屋の中には、知っているようで知らない幹部達がその場に揃っているのに気付く。

 そう言えば、この時ならばまだ……彼は家族を得ていない筈よね。正確な明記はされてなかったけど、恐らくあれはドレスローザかその近辺。

 しっかりとスーツを着ている今ならば、防げるかも知れない。喪わずに済む命かも知れないのよね。

 でも、話した所で信じて貰えるかと言われたら答えは否だろう。そうわかっていて、それでも……まだ産まれていないその命も含めて、助かって欲しいと願ってしまうのは、強欲なのだろうか。

 

 「どうした」

 

 ドフィが聞いてくる声が、妙に優しい。何だかカジノ船にいた時のドフィを彷彿とさせる。

 そんな事を考えながら、私の視線は妙な服を着ていない1人の男から離れない。名前は、確か……?

 

 「ピンク……?って名前で、良いのかしら?」

 「ん?」

 

 名前があやふやで、でも、伝えておけば何かの役に立つかも知れない。話した事が信じて貰えなくても、未来が変わらないだけよ。

 もしも信じて貰えたら、備えて貰えたら助かる命と心がある。自己満足でも構わないわ。

 ここで何も言わないなんて、そんな選択肢を私は持たないもの。そんな悲しい選択肢だけは、選びたくないしそんな痼を自分の中に残したくは無い。

 

 「貴方、恋人がいるわよね?」

 「どうして、それを!?」

 「あァ、彼女海賊嫌いよね、確か」

 

 知ってる風を装ってみたけど、本当に居るらしい。なら、何とかなるかも。

 これ迄生きて来て、変えたい運命の中にそれが含まれていたかと問われたら、それはNOと言える。けど……でも、もしも変えられるなら変えたいと思う。

 誰であっても不幸になって良いなんて思えないから。それに彼もまた、ドフィにとって大切な家族なのだから、幸せでいて欲しい。

 いつか彼の息子がドフィの傍らで肩を並べる日もあるかも知れないし、何も関係無い状態で民間人として生きていくかも知れない。どちらにしても可能性を広げる事が今ならば出来るのだ。

 

 「……自分の正体を正直に話すか、それとも……覆面捜査をしてるとでも言って緊急時の連絡先を伝えておいた方が良いわよ。常識ある女性だから、無闇に連絡して来たりはしない筈だから、大切な人を守る為に手段を講じておいた方が良いわ」

 「……ナミと言ったな?何故、ピンクのそんな事を知っている。初対面だろう」

 

 ドフィの問い掛けに私は、ロシーを見ていた間に得た情報であると言う事にしようと決める。そうしなければ、それこそ将来的にシャンクスと関わる筈の、現在生きている筈の幼い私が狙われかねないわ。

 

 「情報は、集めてたもの。その中にあったものを鑑みればわかる事もあるわ。……ドフィにとって大切な家族なら、福利厚生位ちゃんとしてあげなさい」

 

 立場としてはドフィが父親でしょうし、何よりもボスなのだから。部下であり家族でもある、彼等の生活と安全を保証する責任がある筈だわ。

 私の言葉を受けてその場は静まり、直後にドフィは近くのソファに腰を降ろすと楽しそうに笑った。まるで、求めていた玩具を漸く手に入れた少年のように。

 

 「……気に入ったぜ、ナミ。俺の女にしてやろ「お断りよ」」

 

 言葉を遮り拒絶すれば、首に巻き付いている糸が締まるのが分かる。切れてる様子は無いから、これは操る為の糸なのかと妙に冷静に思う。

 でも構わない。窒息死したとしても、触れられるよりずっと良いわ。

 そう思ってドフィを睨めば、ドフィがその顔に分かりやすく血管を浮き上がらせる。低い声がドフィから発せられるけど、それに屈するつもりなんて無いわ。

 

 「……ナミ、お前に逆らう権利はねェ。海賊に捕まった時点で、女海兵が五体満足で生きられると思う方が可笑しいだろう」

 「なら、殺しなさい。私は……ドフィのモノにはなれない。私は、次に会った時に殺されるのだとしても、捨てられるのだとしても、それ迄はルフィのものだから。ルフィしか、愛さないと決めているから……」

 

 他の人を〝愛せない〟のでは無いと、気付いてしまった。だからこそ思うの。

 こんな浮気者な私なんか要らないと、そうルフィが言うなら受け入れよう。殺すと言うなら、笑ってそれを受け入れるわと。

 でもね、それ迄は私の全てはルフィのもの。ルフィにだって問題は沢山あって、完璧なんて程遠い存在だけど……私の全てをルフィに捧げるともう決めてしまった。

 髪を切るのさえ許さないし、私の体力は考えてくれない。何処へ行っても問題ばっかり起こすし、エンゲル係数はルフィの為にいつもピンチ。

 それでも……私が、ルフィじゃなきゃ嫌なのだ。ルフィには、触れて欲しいと思うのだから特別だと思って間違いないと思うの。

 ルフィを泣かせたくないし、悲しませたくない。私の太陽は、強くて暖かくて、同時にとても弱いから……守りたいのよ。

 

 「……気の強い女だな。同時に、儚い。……暫くはベビー5と奥の間にいろ。抵抗したり逃げ出せば、お前につけたベビー5がその罪を負う事になる」

 「どうして!?家族なんでしょ!?」

 「……心優しい女海兵さんは、女子供に弱いだろうからな……。まだ何も出来ないガキだ。どうするかは庇護している俺の1存で決められる」

 

 この発言が本気だとは思いたくない。けど、ドフィのそれが万が一にも本気なら……そう思った時、私には従う他の選択肢が存在しなかった。

 奥の間と呼ばれたそれは、明り取りの窓が1つあるだけで、他は全て壁になっている場所だった。それなりに家具等が揃っているので、あまり気になりはしないけど。

 

 「……お風呂、入る?」

 「え?」

 「ここの部屋は、若様が1人になりたい時に良く使ってたから、お風呂もあるし本も若様の趣味で揃ってるの。小さなキッチンがあるのも、1人で考え事するのに邪魔されない為だって言ってたよ」

 

 言われてみれば確かに、豪華なワンルームにも見えなくは無い。トイレやお風呂もちゃんとあるから、衛生面で困る事も無さそうで、だとしたらドフィが私をこの部屋に案内した目的は何だろうかと思う。

 捕らえた女海兵にするには、待遇が良過ぎると思うけど。そう思っていたらベビー5が言った。

 

 「着替えなら、用意しておくから入って来たら?水牢にいたなら、冷えてるでしょ。私も3日位いた事あるけど、死んじゃうかと思ったわ」

 

 死ななくて良かったわね。心からそう思って、つい声に出したらうんと笑って頷くそれに、警戒心が溶けていく。

 この子を捨てた親も、生きなければいけなかったのはわかる。でも、あんな言葉を残す必要はどこにも無かった筈よ。

 こんなにも素直に笑える少女に、ドフィがしたのだ。そう考えれば、私はやはりドフィが悪い子には思えなくて……泣きそうになる自分を誤魔化す為にも、ベビー5の言葉に従いお風呂を借りる事にした。

 それに何故か喜ぶベビー5に、後で何かお礼をしないとねと思って頭を撫でてから私はお風呂場へと入って行った。私の荷物は、今の所何1つ奪われては居ない。

 お風呂を言葉に甘えて借りるとは言っても、湯船に浸かるのは流石にどうかなと思ってシャワーを浴びていたらドアの向こうからタオルと着替え置いとくねと聞こえて来て、それにお礼を告げる。その後無事にお風呂を出て、髪の毛を絞りながら着替えを見た時……叫ばなかった私を誰かに褒めて貰いたい。

 え?

 これがドフィの教育なの?

 用意されていた着替えは、明らかにベビードールだ。それも着てる意味を問い質したくなるような、透けてるもの。

 そして、通常の下着やら何やらが存在しない。私が、着てたのは、どこ行った?

 そっとドアを僅かに開けて、隙間から顔を覗かせて見るけどベビー5の姿は見当たらず、呼んでも返事がない。どうしようとタオル姿で途方に暮れていたらドアが開く音が聞こえて来て、視線を向けた直後に脱衣場に立てこもった私の判断は正しいとここに主張する。

 よく見るとベビードールの傍に封筒が1つ置かれている。それを広げたら妙な言葉が書かれていた。

 

 『若様との初夜にはこれだって皆が言ってた!また明日ね』

 

 待てこら。初夜ってのは結婚した夜の事であってだね、私はドフィと結婚してないんだよ。

 大人達はあんないたいけな少女に何を教えているのか。次に会ったら始末してくれる。

 そんな現実逃避に近い事を考えても、タオルかベビードールしかない状態で、何故か荷物まで消えた私に選択肢はそんなに存在しないのである。仕方なくベビードールを着た上から、タオルを掛けてドアを背に開けられなくして立てこもる他、私には手立てが見つからなかった。

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