深く暗い沼の中に沈んでいるような感覚。もう、このまま私の命は尽きるのだろうか。
そう思ったのは間違いない。でも……まだ死にたくないな。
ルフィに、逢いたい。それに、ベルメールさんより先に死ぬ訳にはいかないわ。
ノジコ、ゲンさん、ドクター……元気にしてるかな。皆、修行頑張ってるのかな。
今は時空さえ離れているけど、心は繋がってるよね。まだやりたい事も、やらないといけない事も沢山ある。
今のままだとエースは結局生きられない。私を簡単に倒せるくらいには、なってもらわないと……。
今旅立つには心残りは沢山あるな……と、そう気付いた時、機械音が耳に届き意識が浮上する事が理解出来た。薄く開いた瞳が映し出したのは、心配そうに顔を覗き込むベビー5の姿。
「あ……!ナミ、起きたの!?私が、わかる?」
「……ぁ……」
声を出そうとして、上手く出せないと気付く。そんな私にベビー5は少し待っていてと言って、何かを叫びながら部屋を飛び出していった。
指先さえまともに動かせないと気付いて、とりあえず体力を回復させて逃げ出さないとと心に誓いつつそっと目蓋を閉ざす。武器を、大切な物を手にして……帰らなきゃ……。
「ルフィ……」
「また、ルフィか」
「え?」
聞こえて来た声に驚いて目を開くとドフィが呆れた顔で私を見ていて、服を肌けさせたその姿に懐かしさを覚えて少しホッとしてしまう。未来のドフィとも会話を繰り返していったら、ゆっくりとだけどその凶暴性を抑えてくれた。
だから……今、過去である筈のドフィも、会話さえできれば関係改善が出来るんじゃないかと、そう思っている。けど、ドフィは私のいるベッドに腰を降ろすと私の頬に触れてその流れで髪を弄り始めた。
「……俺は昔から、髪の長い女が好みでな。当然巨乳が良い」
「はい?」
突然、何を言い出すのか。人の髪を弄りながら言う言葉が、それなのはどうなんだろう。
でも、その言葉を遮る気にはなれなかった。恐らくベビー5が呼びに行ったのが、ドフィなんだろうし。
「顔は可愛い系が好みで、気の強い女が好きだ。髪は、母上と重ならないように、真っ直ぐなそれを好まない傾向があるんでな、気付けば父上と同じ髪質の女がそばにいた」
返事を求めている訳では無いのだろう。何処か物悲しい雰囲気で言葉を口にする様子に、少し切なくなる。
それと同時に、ご両親の姿を私は正確に記憶してはいない事を思い知る。そうなると、ドフィとロシーの髪質の違いはご両親のどちらを受け継いだかによるものなのかな。
どちらの髪質も思い出したく無いからなのか、悪魔の実の能力者故にお風呂を危惧してなのか、ドフィの髪は限界まで短く整えられている。ある意味でゾロとお揃いに近いかもしれない。
……金のマリモ?
「……ナミ、お前はどうして俺を恐れない?」
「ドフィは、良い子だと知っているからよ」
咄嗟にそう返したけど、脳内で金のマリモ扱いしてたとバレたら怒るだろうな。そう思って笑うと、ドフィは苦しそうにその表情を歪ませた。
「良い子……か。俺にそんな事を言ったのは、母上だけ……いや、もう1人、いた、か……?」
言葉と共に頭を抱えるドフィを見て、ロシーの言葉を思い出す。兄上は忘れていると言うそれを。
もしも、今ドフィが苦しむ理由が私だと言うのなら……もう思い出さなくていい。苦しまないで欲しい。
いつかまた会った時、過去の私と未来のドフィは互いを傷付け合うのだとしても、ここに来る直前には随分仲良くなれてた気がするのよ。だからね、今苦しむ事は無いわ。
ドフィが苦しむ事を、私は望まない。世界の全てがドフィにとって敵なのだとしても、私はドフィを敵とは思えないから。
「ドフィ……」
動きたいのに動かせない身体。抱き締めて、頭を撫でてあげたいのに……。
泣きたいなら泣いていい。苦しいなら叫んでも良いから、その苦しみを内に秘めてしまわないで。
抑え込んだ衝撃で、その衝動で、ドフィが世界を破壊しようとすれば、待っているのは悲しい未来。私は、ドフィと戦いたくない。
「……変な女だ。二言目にはルフィと呼び、その癖俺を傷付けようとせず、俺が幼い頃から求めていた理想の女の姿をしている」
「あら酷い。私、こんなに可愛いのに」
ドフィの発言に小さく笑って、元々ナミちゃんの身体だから可愛い自覚はあるのでそう言って揶揄う。するとドフィは静かに、そうだな……と言って唇を重ねて来た。
けれども奪うようなそれではなくて、即座に離れた唇は妙に優しい。動けずにいる私に合わせているから、結果的に押し倒されてるみたいになってるけど、実際は違うのを互いに理解してる。
「俺の女として、傍にいろ。望む物はなんでも叶えてやる。気の強い所も、容姿も……戦える強さを持つ事も、俺としては大歓迎だ。……甘すぎる所は問題だがな」
「……冗談ばっかり言ってないで、ちゃんと本命を口説きなさい。あ、そう言えば、私どのくらい寝てたの?」
「…………3日だ。あと、約束だったな。これがナミの荷物だろ。確認しろ」
そう言われるのと同時に身体を起こしてくれる。そしてクッション等で身体を支えてくれるのだから、優しいと言えるだろう。
そうしてドフィの動きを目で追っていれば、目の前で1つずつ見せてくれたそれにホッと胸を撫で下ろした。大切な物を求めて必死で手を伸ばすと、何故かグラスを持たされた。
何これと思って見たら、飲み干したら全て纏めて袋に入れて持たせてやると言われてしまう。……なんだろう、このデジャブ。
当然私に逆らう権利は無いし、逆らっても無理に飲まされる気がしてグラスを口に運ぼうとするけど、ろくに腕が動かない。つまりは、グラスが持ち上がらないのだ。
どうしようかと焦る私に、ドフィは笑う。そしてそっとグラスを唇まで運んでくれた。
「可愛い奴だな。益々、手放せねェ」
「何言っ……!?」
喋ってる途中で強制的に飲まされたそれは、酷く美味しい。零すなよと言いながら、妙に器用に飲ませてくるドフィにより、私はグラスの中身を飲み干して荒い呼吸を繰り返す事となった。
「なに、すんの、よ……」
「栄養剤だ。点滴はしていたが、胃腸に何も入らない期間があったから、まずは水分からだと判断した迄。……それとも、媚薬を飲んでまた俺の相手をしたかったか?」
「媚薬を使わないと抱けないなら、私を抱く権利なんて無いわよ。いい加減にしなさいよね」
「体格差があるから、無しだと女が壊れる。……お前を、壊した方が良かったってのか?」
ドフィの言葉に、まさか媚薬飲ませてたのは本気で私の為だったのかと気付き、溜め息が落ちる。それなら、望んだ人にだけ媚薬を与えてくれたらいいのに……。
「そもそも、望んでない相手を犯すのは駄目よ。それは強姦って言う犯罪行為なんだか「海賊が今更犯罪を恐れると思うのか?」」
重ねられた言葉にウグッと声を詰まらせると、ドフィは私の頭を撫でてからリュックサックにできるタイプの鞄の中に武器も含めた全ての荷物を入れて手渡してくれる。それを受け取ると独特の笑みを浮かべて、もう少し寝てろと言ってくれたので、ありがとうと笑いながら荷物を強く抱き締めた。
その時、袋の中で何かがぶつかる音を聞いた気がしたけど、どうなんだろう。私はまた目眩のような症状に襲われながら、抗えない流れに翻弄されるように流されて行った。
「なんだ!?この光、は!ナミ!?」
ドフィの焦ったような声が聞こえた気がして、でもそれを確認する術を私は持たない。弱りきった身体は自在には動かず、強い流れに翻弄される。
声を出す事も出来ないままに、視界さえ失われていく。私は、何処へ向かっているんだろう。
身体の感覚が戻った時、同時に子供の声が聞こえて来た。現状把握するよりも早く、その声に聞き覚えがある気がして、視線を向ける。
「早く食え!!奴等が来るえ!!」
「う、うん!!でも、これ不味……「食えるだけマシだえ!」」
この口調で、金髪の子供2人……。まさか!?と身体を起こした時、見つけたぞと叫ぶ大人達が棒などを持って2人を取り囲んだ。
身体を丸めて痛みに耐えようとしてる2人を見て、動きにくいけど少しは動く身体を根性で無理に動かす。咄嗟に手にしたクリマタクトを杖にして立とうとしてない事を思い出す。
小さくない舌打ちをして、近くにある木を頼りに立ち上がると、大人達に向かって叫んだ。他に今はできることが無い。
もしもこれで辞めて貰えないなら、私は雷を落とすつもりで居るけど……。って、クリマタクトがないからそれも出来ないのか。
これ迄クリマタクトにどれだけ頼っていたのか、こんな時に痛感させられてしまう。今は他の武器で戦えるだけの身体能力が無いのが、心底悔やまれるわね。
「辞めて!!」
その声で振り向いた男達は、私の姿に息を飲みその瞳から狂気の色を僅かに減らす。それでも2人を囲んだまま、逃がそうとはしない様子に必死で足を動かして2人に覆い被さるようにして抱き締める。
上手く動かせない身体で、2人を守る手段が他に分からない。だから咄嗟に、言葉を口にしていた。
「ドフィ、ロシー、無事だったのね。よかった」
「……お姉ちゃんの、知り合い、か?」
「えぇ、私の弟達よ!!私……突然連れ去られて、必死でそいつ等から逃げて来たのに、貴方達が弟達を殴ってたのよ……!!」
私の言葉にゆっくりと顔を上げた2人に、唇の動きだけで〝合わせて〟と告げれば虚ろな瞳でロシーが首を傾げて、ドフィは眉間に皺を寄せた。警戒してるのが伝わるそれに、軽く頭を撫でながら笑いかけると男達の中から1人が私に上着を掛けて来た。
「勘違いしたようだ。……元天竜人の1家が最近住み着いてな。攻撃しても誰も助けに来ない、好きに出来る、怨みを返せる相手だと判断して追い回していたんだ」
私はそれに何も言わずに、2人を抱き締める腕に力を込める。兎にも角にも、今はこの場を乗り切らないと……!
これ以上、この子達を傷付けさせない。どんな理由があったとしても、こんなに幼い子供を殴ったり出来る精神が理解できないわ……!!
ドフィやロシーが直接何かした訳じゃないのよ。ドフィもロシーも、優しい両親の元でただ普通に生きて来ただけじゃない……!!
「元天竜人は金髪の1家だと聞いていて、この辺りでは金髪の家族が他に居なかったから、それだと思ったんだ」
「……私を探して、追い掛けて、こんな所まで来てくれたのが仇になったのね。ドフィ、ロシー、ごめんね……」
「いや、俺達が……!!その、悪かったよ。だが、この辺りだとまた弟達だけだと狙われるかも知らないから、そこにある小屋で少し休んで、3人で帰ると良い。詫びに食事と衣服は提供するから」
「……だが、姉ちゃんの方は歩けるか難しいだろう。老耄馬で、処分を考えてたのがいるから、それをやろう」
代表して喋っていた男についで、別な男が口を開けば、今度はそれだと3人乗れないとか色々話を初める。その中で何とか暴れだしたり叫び出したりしかねない様子のドフィを視線で落ち着かせていた。
多くの意見が飛び交う中で、震え始めたドフィのそれは恐らく恐怖からでは無く、怒りからだと分かりその体を強く抱き締めると、背を撫でる。落ち着いて、今バレたら命が危ないのよ……!
「……〝姉上〟!もう、帰りた「ドフィ、少し黙ってて。もう少しだけ、ね?ロシーを守りたいでしょ?」」
「あにうえ……」
ロシーが不安そうにドフィの袖を掴むと、その手を小刻みに震わせる。それに気付いたらしいドフィが舌打ちをした後、溜息をこれみよがしにしてからロシーを抱き締めた。
そうしてロシーに触れるなとばかりに身体の向きを変えると、私に唇の動きだけで〝任せるえ〟と言うので頷いた。とりあえず、この口調が不味いのは後でどうにかするとして、今はこの場を乗り切る事に全力を尽くさなきゃ。
男達の会話はその頃になって落ち着きを見せて、食事と水をその今は使われていない馬小屋に用意してくれた。古くなってる荷台と、年老いた処分待ちだった馬を二頭貰う事が出来たのはある意味で幸運だと思う。
衣類等も民間人らしいそれらを貰えて、何とか服から判断されて攻撃されるのを防げそうだとなり、ホッと息を吐き出した。その時、ドフィが苛立ちで暴れだしそうになったのを抱き締めて黙らせる。
「散々殴ったりした癖に、今更何を「ドフィ!!もう少し待って、後でちゃんと話聞くから、ね?お願い、今は静かにしてて」」
「……わかったえ」
ドフィの怒りは最もだろうと思う。でも、今はその特徴的な話し方をあまり聞かせたくないし、戦える状態でもない。
そう思いつつ不満そうなドフィの頭を撫でていたら、男達は何故か困ったように笑って果物とチーズ、パン等を目の前に差し出してくれる。それを見た2人が何も言わずに飛びついたのを見て、状態を理解すれば止める気にはなれなかった。
水を貰って2人に水分も取るように言えば、奪うように水の入った樽を抱えて2人は飲み始める。その様子は餓鬼を思わせる程で、この状態になって長いのだと分かるもの。
「……病弱な母と、それに付き添ってる父ももしかしたら同じ状態かも知れません。悪いと本当に思ってくれてるのなら、持ち帰れそうな物を少し分けてください」
私の記憶が正しければ、2人のご両親も今生きているのかが怪しい状態にある筈だわ。そう思って男達を見据えて言えば、それに頷いてくれた。
「詫びになるなら、それくらいさせて貰うが……まずは服を着て欲しい」
そう言われて漸く、私は自分の姿を認識したのだった。掛けてもらった上着の他は、何一つ身に付けていない身体は、ドフィに付けられた情事の跡だけが分かりやすく残っている。