用意して貰った服を適当に着込み、無心で食事を貪り続ける2人に時々水分を差出したり背中をさすったりしながら私は男達と会話をする。そうして得た情報により、やはり私はドフィとロシーの幼少期の時代に来ているのだと確認出来た。
でも、どうして時空を移動したんだろう。あの時、ドフィが袋を渡してくれて……それの中身に何か問題でもあったのかしら?
そう思って手荷物を漁れば、私の大切な物の中に1つ紛れていたひび割れた球体を見て動きを止める。思い当たった事が1つだけあったから。
……あの時空島で、お爺ちゃん達がなんか、海楼石と相性が悪いから短剣に近付くなとか、なんか言ってた気がするわ。いや、短剣だけで近付けないから、それと近い何かだったんだろうけど。
だとするなら、短剣を傍に置いておくのは危険か。そう判断して短剣をいつものように足に到着しようとして、それ用の道具がない事に気付き咄嗟に流星錘で留める形で、の腰への装着に切り替える。
とりあえず水だけは私も口にして、この後どうするかを考える。そんな時に日の出と共に出発したらどうかと言われたのは、夜道は危険だからだと言うけど……。
それにハイハイと従う気にはなれなかった。それに、この人達の服装等から考えて、それ程生活に余裕があるようには見えない。
だからこそ、当然のように提供された食料品が、異質に思えるのだ。いくら間違いを認めたのだとしても、気前が良すぎるわ。
「皆さんも生活にそれ程ゆとりがあるようには見えませんが、この食料はどうしたんですか?」
「あァ!それで遠慮してたのか!これは元天竜人の家を襲撃して燃やした時、中にあった財宝を回収して皆で分けたんだ。その1部で村の食料を充実させたりしたから、その名残だ。気にしなくていいよ」
……つまり、これは元々ドフィやロシーが受け取って当然の物って訳ね。そして、もうそれらを取り戻す事は不可能……か。
こんな事なら少しあの海賊から奪った、金目の物を保持しておくんだったかしらね。そうしたら、安全な場所までこの1家を逃がす算段くらい立てられたかも知れないのに。
そう思って息を吐き出すと、何故か数人が前かがみで小屋を出て行った。その背を見送りながら、残ってる人達にありがとうと言いながら首を傾げる。
すると、若いな……なんて呟きが聞こえたけど意味が分からない。この地域では若いと、人との会話の途中で部屋を飛び出すのだろうか。
それよりも気になるのは、このままここに留まっていた場合のリスクだわ。2人の口調で誤魔化しきれなくなる可能性は勿論、2人のお母様が手遅れになればこの兄弟が殺し合う未来に繋がるのだろうから。
身勝手だと言われても構わない。私は、2人の未来を変えたいの。
こんなにも互いを大切に支え合って生きている少年達を、憎み合い殺し合う未来になんて向かわせたくない。回避出来る悲劇なら、回避して欲しいと願って何がおかしいだろうか。
「両親が2人を心配していると思うので、2人が食事を終えたらすぐに出ます」
「だが、夜道は危ないぞ。舗装された道なんて無いしな」
「……私も、もう長い事両親に会ってないんです。攫われて長いので……だから、はやく逢いたいんです。心配してくれて、ありがとうございます」
「あ……!いや、そうだよな。うん。それにしても、勘違いで傷付けて申し訳無かった」
その言葉に対して、私は許す事も怒る事も出来ない。被害者は私では無いし、被害者である2人は話さえ聞いていないのだから。
その時袖を引っ張る小さな手があり、意識が2人に戻る。黙ってこちらを見ているドフィと、おずおずとした様子を見せるロシーがそこにはいた。
「ごはん、えっと……あねうえ……?は、たべないの?」
「今は、食欲がないの。食べられるだけ食べたら、父上と母上に持って帰りましょうね」
「……いいの?」
「大丈夫よ。ロシー、母上の所に、案内してくれる?」
不安そうにしているロシーと話をしていたら、ドフィがサングラス越しにも分かる苛立った様子で私を見て来る。恐らくは、睨まれているだろう。
でもドフィは食べ物をじっと見て、用意されてる馬車擬きを見て、私に視線を戻すと小さくない舌打ちをしてから忌々しそうな様子を隠しもせずに頷いた。案内してやると言って。
この歳の子供とは思えない頭の回転に、何とも言い難いものを感じる。そっと2人の頭を撫でて、果物を幾つか袋に入れていつでも取り出せるようにしてから立ち上がる。
会話をしながらであっても、身体が休められた事で少しは動けるようになった。それでもまだ多少のふらつきはあるけど、馬を走らせる位なら出来そうである。
貰った物だからと言うのではなく、この時代そのものに日持ちする食べ物なんてのはあまり無い。けど、貰えるだけの食べ物と古着を貰った私は、2人を荷台の中に座らせて走り出す。
けれども人の姿が見えなくなった所で、ドフィが叫ぶように言う。その声は殺気立っていて、下手に刺激しない方が良さそうだと判断せざるを得ない。
「……止まれ……!!お前、何者だえ!?」
「ドフィ……」
「あにうえ……」
私の呼び掛けと、ロシーの呼び掛けはほぼ同時だった。それにより気概が削がれたのか、ドフィは私とロシーを交互に見ると、そっとロシーを抱きしめて私を真っ直ぐに見据える。
その様子に、本当にドフィはロシーが大切なのだと、兄であるのだと思い知らされる。こんなにも大切な家族が、失われた絶望を私は……考えたくもない。
「……私の名前はナミ。2人を含めた貴方達家族が天竜人である事はわかってる。それでも、貴方達家族に安全な所へ避難して欲しいと願ってるわ。その為にも、お母様の所へ案内して欲しいの。このままだと、お母様が危ないでしょ」
「お前も、天竜人に恨みとかあるんじゃないのかえ?ここに、抵抗できない子供がいて、なんで殴らないんだえ!?」
悲しみと怒りがドフィから感じられる。他人を信じられないのだろう、今はもうこの世で信用できるのは家族だけなのだろう。
幼い子供が見るには、あまりにも残酷な現実。天国で生きて来て、環境が突然変わったと思ったら、その先に待っていたのは地獄。
「天竜人に思う所は確かにあるわ。友人は奴隷として売られそうになって、それを助けようとした別な友人は撃たれたわ」
「なら、子供を懐柔して大人を差し出させるつもりなのかえ?その為に優しいフリして、地獄へ案内しようとでも言うのかえ!?」
強くロシーを抱き締めて、守ろうとしてる姿に笑みが浮かぶ。この2人の関係性が、変わらない事を願ってやまない。
正直な所、この2人の両親は想像力が欠如してたし、自分で選んだ道の先にあるこの現実だから、助ける義理なんてないのだろう。それでも、私は穏やかで優しかったと言う両親を、この幼い少年達から奪いたくないの。
「そんな事をしても、意味は無いわ」
「どう言う意味だえ?」
「私の友人を傷付けたのも、苦しめたのも、ドフィやロシーじゃないわ。勿論、貴方達のご両親でもない」
私の言葉を黙って聞きながら、2人は分からないと言う言葉の代わりに首を傾げる。そんな2人を見ながら、鞄に入れていた果物から林檎を取り出すと、短剣で切り兎さんの形に剥いてそれを差し出す。
それを見てドフィは物珍しそうにそれを受取り、ロシーは楽しそうに眺めている。食べても大丈夫よと言えば、2人は顔を見合わせてから同時にそれを口に運び、味は変わらないと言うドフィに対して、可愛かったと喜ぶロシー。
林檎の残りも同じように兎にして差し出しながら、私はドフィに言葉を続けた。これは、嘘偽りなくそう思ってるから。
「大切な人を傷付けた本人以外を、私は怨まない。同じ種族でも、家族や友人でも、罪を共有する事はないもの」
「……母上に何かしたら、許さないえ」
「何もしないとは言えないわ。……助けたいもの。何もしなければ、助けられないから、許されなくても手は出すわよ。それでも……お願い、案内して」
私の言葉に迷いつつも頷いくれるドフィは、最後の兎をロシーに差し出してから道を示す。そんなドフィに従い、私は荷台を走らせる。
元々は藁等を運ぶ為のそれなので、乗り心地は最悪だ。スプリングの無い壊れそうな荷台は、小さな段差どころか、小石や枝でさえ弾んだりしている。
貰って来た衣服を2人にはクッション代わりに使って貰ってるけど、相当きついだろうと思う。痣だらけになっているんじゃないかな……?
こうなると、これでは病気のお母様を運んで移動させるのは難しいかな。でも、私が抱いて移動する事は、それこそ無理があるわよね。
そう思いながら進んだ先にあった廃屋の中で、夫婦は子供達の帰りを待っていた。ドアの前に立つと妻子だけでも帰らせてくれと縋る声が廃屋の中からから聞こえて来る。
その姿と声を、相手からの返事さえも聞いてしまったドフィがその様子に言葉無く立ち尽くす。その様は、彼にこの現実がどれ程の衝撃を与えたのかを物語っている気がしてならない。
私の存在に気付いた2人の両親が、怯えたような顔をしたのを見てこれ迄のそれを思わされる。人から受けた突然の悪意に、平和しか知らずに生きて来た彼等は苦しむばかりだったのだろう。
彼等は無知であった事の他に、罪はない。このような状態にあっても家族を想う事が出来るのは、誇るべき事案だろうと思う。
「はじめまして。先程2人の息子さんを保護して、こちらに案内して頂きました。食べられる物があります。少しでもいいので、口にして……それから、この先について話し合いましょう」
「……ドフィと、ロシナンテを、保護?」
「ええ、食べ物を漁っていて見付かったようでしたので、弟と偽り、保護致しました」
「……嘘じゃないよ!助けてくれたんだ!腐ってない果物と、カビてないパンだよ!」
そう言って果物とパンを抱えたロシーが私の足元から顔を出せば、父親は泣きながらそれを抱きしめてありがとうと繰り返す。その姿に、限界なんて遠に超えていながらその優しさを保てる強さに打ちのめされる。
どうして、これ程までにこの夫婦は優しいのか。優しさとは、余裕があるから持てるものであり、余裕を失った時人は内にある優しさを凍らせてしまうものであると言うのに。
その後家族が揃って食事をするのを眺めつつ、私はいつもの様にクリマタクトで水を作ろうとして、ない事にまたも驚かされる。私の中でクリマタクトは、どれだけ大きな存在なのか。
仕方なく荷台から下ろした水を運び飲んでもらうけど、だとするならやはりある程度体調を調えてもらわないと逃がしてあげる事も難しいわねと思う。クリマタクトがあれば、最悪の時も姿を隠して逃げるとかも出来たのに。
思い返してみれば、ハレダスさんにクリマタクトよ改良をお願いして、渡した直後だったのよね。なんか……自分が情けないわ。
そんな自己嫌悪に陥りながら、私は警戒するドフィとオロオロしているロシーを眺めつつベッドで浅い呼吸を繰り返すお母様にそっと近付く。残念ながら医学的な知識は無いけど、栄養失調による病気だろう事は分かったのでとりあえずお母様を起こして食事と胃薬を渡す。
「貴方は、医者なのですか?」
背後からかけられた声に、私は静かに返事をする。その様子を何処かぼうっとした様子で見聞きしているお母様に、生きている人間特有の煌めきを感じられない。
恐らくは、状況を全く把握出来ていないのだろう。それが分かるから、何だか切なくなる。
「いいえ……私は航海士。医学に関しては、祖父が医者でしたので、少し見ていた程度です。ですが、栄養失調である事は間違いない様子ですから、弱ってる胃腸を健康に戻しつつ食事をして貰い、身体を休める事が大切かと思います」
「妻は……助かるの、ですか?」
「お約束は出来ません。しかし、私のわかる範囲のものしか問題がないのであれば、安定した生活に戻れたら問題は無いですよ」
振り向きながら笑って言ったそれに、表情を暗くする男三人。それによりまったくと言ったのは私では無く、ドフィ達のお母様だった。
「……あなた、そんな顔しないのよ。安定した生活ができるように、皆で考えて、力を合わせましょう」
「はは、うえ……」
「ロシナンテは、本当に泣き虫さんね」
そう言ってロシーを抱きしめるその優しい表情を見れば、この人を喪った事でドフィが全てを憎んだのもわかる気がした。これは、どうにかしないと不味いわね。
けれどもお母様の様子を見るに、動かしたら死ぬようなレベルの話ではなさそう。だとしたら、ゆっくりとしたペースで進む旅なら可能かな?
「ここに留まるよりは、旅をしている方が天竜人に怨みを抱く人々に所在地を特定されにくくなると思うのです。ですので、どうでしょうか?……私と共に旅に出てみるのは」
正直今そこに有るのは、馬車なんて呼べない粗悪な代物で、いつ壊れたっておかしくない。でも、だからこそこの辺りでは目立たなくて済むかも知れないと思うのだ。
川沿いを移動して、寝る時や雨が近付いた時は川から離れてとやれば、それ程旅もきついものでは無いだろう。勿論、天竜人として優雅に穏やかに生きて来た彼等には苦しいばかりの旅となる可能性はあるけど。
未知なる発見があり楽しめる可能性と、旅である以上は苦労も多い事、危険もあり雨露を必ず凌げるとは言えない事等を説明する。その上で、それでも1箇所に留まるよりは安全であり、上手く行けば〝天竜人の家族〟と言う単語が知られていない地域へ行けるかも知れない。
それを伝えた時、ドフィの両親は泣き崩れながらも頷いてくれた。その日は疲れているであろう1家を動かす事は断念して、焦る気持ちを抑えてゆっくりと寝て貰う事にする。
その間に私は廃屋の中から使えそうな物を探して、得ていく。例えば鉄板1つでも、短剣があるので斬る事は出来る。
それを用いて、荷台が壊れないように四隅を補強したりしておく。大人も乗り、荷物が増える事を考慮すれば当然の対応だと言えるだろう。
その他にも鍋等、旅先でも使える物を探して汚れてるだけの布も貰って行く。汚れているだけならば洗えばいい。
洗濯物を干すのは、流星錘があるからどうにかなるわ。ただ、火起こしが問題かな……。
これ迄はクリマタクトがあったから、火起こしが物凄く楽だったのだ。でも、今は無い。
そうなると火打石か木屑からの火起こしとなるけど……新聞紙がある訳でもないし、難し……新聞紙?
この世界には、新聞紙があるじゃない!!
保温性も高く、薪代わりにもなり、火起こしの重要アイテムともなりうる。新聞なら簡単に手に入れられるし、うん、この先何とかなりそう。
明るい兆しを見つけた気がして私は肩から力を抜くと、廃屋の扉の横で眠りについた。髪の色がこの家族とは違う私なら、もしも他人から見られても困る事は無いと判断して。
月明かりが廃屋と、その付近で眠る生き物達を平等に照らす。先の見えない恐怖や不安はあっても、生き抜くんだと決めた人間の底力はそれなりにあるものだ。
翌朝目覚めると、何故か馬二頭とロシーが私を囲むように寝ていた。左右に馬がいるのはいいのよ。
多分寒かったんだろうって思うから。でも、何で膝の上にロシーがいるの?
「ロシー!お前何してるんだえ!?」
「あ……あにうえ……おはよ。なんかね、おいしそうな匂いがして、出てきたらナミがいたから、そのままねちゃったの」
その言葉に、蜜柑の匂いがすると言っていたルフィの声と、指の温もりを思い出す。それにより自然と顔が赤くなれば、ドフィが胡乱な視線を向けて来た気がしたけど、きっと気のせいだろう。
まだ何となく寝惚けてる様子のロシーに、顔を洗いに行きましょうかと川へ連れ立てば、ドフィが警戒心剥き出しでロシーに気安く触るなえ!!と叫んだけど、そんな姿も微笑ましい。
3人揃って川で顔を洗ってから、飲水を確保して戻り、それを使って簡単なスープと貰って来た食料で朝食を済ませる。するとご両親は、何故か突然泣き出してしまうので私はどうしたのかと焦る事となった。
「ごめんなさい。温かい物を食べたのが、何だか久しぶりで……」
その言葉にそうだよねと今更気付く。その感情を誤魔化す為に、この先旅をして行けば、少なくとも夜は火を起こすから温かい物が食べられる事を告げて、私達はその場を旅立った。
我儘いっぱいの子供達と、人の視線に怯える大人2人を連れた旅は明らかに苦労は多いとわかっていて、それでも私は見捨てられなかった。そうして旅立ってから数日後に、その廃屋に〝元天竜人の家族〟が住んでいると聞き付けた人達が襲撃したのだと知るのは、旅立ってから半月程経ってからの事ではあったけれど。