何度も繰り返し考えた。運命を変える事に対して、それは正しいのかって事を。
その答えはきっと永遠に出ない。でも、同時に私の中では答えが出ているんだって事に気付いたの。
川で遊びながらそのついでに身体を洗って、魚を追い回して遊ぶドフィとロシーを見詰めて、運命なんてクソ喰らえだわ!……と、心底思う。だからそれが、きっと私の答えなのよね。
世界中の誰がそれを罪だと私を責めても、私はこれ迄の選択を間違いだったと認める事は無いだろう。だって、ベルメールさんが生きている。
サッチ隊長も生きていて、エースも取り敢えず命は繋いでる。ここでどうなるかは分からないけど、青年のロシーもローちゃんと共に生きてくれてて、幼い2人が今目の前で家族と仲良く過ごしているのよ。
誰に責められても、もう元の運命に変えるつもりはないし、この道は間違いなんかじゃなかったと断言してみせる。この世界を作った神様とか、原作者様には悪いと思うけど、私は私にとって大切な人に生きていて欲しい。
それも叶うならば、幸福に。その時鍋から中身が吹きこぼれそうになってるのを見て、即座に水をさす。
因みに、この行為が『会話に水を差す』と言う時の『水を差す』の語源である。日本は水に恵まれ、雨が多い島国である為、水や雨に関する言葉が異様に多い。
雨の表現方法だけで百を超えると言われているのだから、大したものである。小雨、霧雨、豪雨、雷雨、大雨、土砂降り等、パッと浮かぶものだけでもそれなりにあるのだから当然かもしれないけど。
「ナミさん、大変!!」
「あら、今度はどうしました?蛙なら捕まえて下さいね。大切な食料ですから」
「蛙なら泣きます!そうじゃなくて、新聞紙が残り少ないのよ」
言われてみれば随分少なくなっている。仕方ない、か。
人里に近付くのはこの家族には危険も多いので、極力1人で行くようにしている。とは言え最近は何かあるとドフィが、私に付いて行くと言って聞かない時があるので案外困るのだけどね。
私も1人で水浴びしたい時もあるし、ドフィが行くと言うとロシーも行きたいと言うからね。今回はこっそり行こう。
「なら、明日にでも少し近くの村に行ってみます。お父様の怪我はどうですか?」
「私は大丈夫ですよ。歩けない程ではありません」
ドフィも聞いてるかもと思って、すぐにでも行くつもりなのにわざとそう言って油断させる。そうそう、お父様の怪我だけど、ここ迄の慣れない山道で足を滑らせて転んでしまった時に足を捻挫したのだ。
確認してみた所骨に異常は無さそうだけど、捻挫も酷くなると大変なので固定して安静にさせている。まぁ、もしヒビだとしたらその方が厄介だから、捻挫である事を切に願ってるけどね。
その結果この河原にて3日過ごしているのだけど。でも、そろそろ少年達は肉も食べたいころかしらね。
「まだ、無理はしないでください。もしもヒビが入ってた場合は医者に診てもらっても結果変わりません。安静にしてる他、治療法なんて無いんですよ。……人里に出たら、ついでに薬も買ってきますね」
「ありがとう。そうだ!妻も回復して来た事だし、そろそろ島を出る事を考えていいかも知れませんね」
船旅をしてここを離れると言う話に、お父様は乗り気だ。船旅は護衛も居て楽しく過ごせた事もあり、どうやら良いものだと考えているらしい。
実際、襲われるという意味においては海賊に偶然遭遇したとかでも無ければ、陸より安全なのは確か。……ただし、私が1緒に居るのならと言う条件がつくけど。
私は航海術を持ってる。でも、普通は無いからそうなると海に出るのは安易に行えば自殺行為になってしまう。
海水は飲めないし、飲めば脱水になるのだ。塩分が含まれる為に、飲めば飲んだ分だけ水分を出してしまうし、人間には有害となる微生物も多く居るので生の海水を飲むのは無理なのである。
だからと言って、水道設備のある船を調達するには元手が足りない。5人の人間が乗れて、かつ安い船でと考えると最悪造るしかないだろうと考えているので、この期待に満ちた様子が不安を煽るのだ。
「……そうですね。港町で安く中古の船が手に入ったらという事で良いですか?ここからなら、港町まで数日で行けますから」
「船の入手が困難である事はわかっています。ありがとう、貴女と出逢えて本当に良かった」
「そうなると問題は……2人の口調くらいなものですね」
私が肩を竦めると両親は顔を見合せて笑い出す。こんな生活を初めて、もう既に半月が経過していた。
これ迄に集めた情報によると〝天竜人の家族〟は金髪の四人家族で、子供は男の子が2人だと言う事で話が広まっていた。そこで人里に降りる時は、ドフィに鬘を付けてもらっている。
私だけ髪の色が違う事で、私が家族じゃない事を疑われるのを防ぐ為だ。勿論私も含めて全員フードを被って、顔や髪の色が見えないようにはしてるし、基本的には私が対応する事でここまで問題を起こさずに来てる。
ここで実は、ロシーが素直に私を〝姉上〟と呼んでくれる事が役立ってるのだ。まぁ、お姉ちゃんに呼び方を直して欲しい所だけど、語尾の〝え〟さえ何とかなれば姉上でもこの際良い。
「仕方ない。ちょっと行ってきます。1人ならそれ程時間も掛からないし」
水遊びに夢中な2人を横目に、2人にだけ聞こえるように小声で言えば頷いてくれる。でも、まるで捨てないよねとでも言いそうな眼差しを向けられると、なんとも言えない気持ちになるのだ。
正直1人なら捕まったりもしない自信がある。でも、そうなるとこの家族だけを残す事になるので、それはそれで心配にはなるんだけどね。
「早く帰って来て下さいね。ナミさんが居ないと、まだ我々だけでは生きられそうもありませんから」
良かれと思って採取した草や茸の八割が食べられない物だった経験があるので、お母様は不安そうに私を見る。完成したスープを火から下ろして、代わりに川の水を沸かし始めつつ、身支度を整えてしまう。
「できるだけ急ぎますね。あ!お湯が沸いたら退かして次のお湯を沸かして下さいね。この川の水は綺麗なので、1度沸かしてそれが冷めれば十分飲水として使えますから」
「そのままでもいいと思うんだけど……」
「お母様はまだ身体が弱ってますから、安全を考慮するのは当然です。極力朝までには戻るようにしますが、火だけは絶やさないようにして下さいね。獣に襲われますから」
その他にも幾つかの注意点を告げてから歩き出すと、後ろからついてくる物音が有り足を止める。ダメだと言っても最近聞いてくれないのよね……。
それでも溜息を飲み込んで振り向かずに言う。そうしないと、強く言えないのだ。
「ドフィ、帰りなさい」
「嫌だえ!!」
「その言葉遣いが直るまでは、連れて行けないわ。帰りなさい」
「ナミだけで出掛けるなんて、1人でいい思いしようとしてるに決まってるえ!!」
ドフィだけは私に対する警戒心を緩めず、こんな事を言う事が増えている。実際、私1人で人のいる所へ行けばスリで金品を手に入れる事で、薬等を買う他にも食材や調味料を買うから納得いかないのだろう。
でも、ドフィがいたらそうはいかない。私の動きについては来られないし、もしも盗んだとか言って騒がれでもしたら命懸けの大騒ぎになるもの。
「ナミ!……ここで置いてったら、遭難するえ!」
なんと言う脅迫なのか。そしてそれに勝てない私は振り向いてしまった。
ここでドフィを連れて戻れば、今度はロシーも行くと騒ぎそうだし、時間のロスは避けられない。仕方ないかと溜息を落とせば、理解したらしいドフィが勝ち誇ったように笑う。
「連れて行くえ!!」
「その口調直さないと、ドフィのせいで今度はお母様迄酷い目に合うわよ」
「……気を付け、る!」
口癖というのは中々に直らない。だからこそ、ドフィが気を付けて話すそれが妙に辿たどしく可愛らしく思えるのだけど。
そんなドフィに視線を合わせる為に目の前にしゃがむと、ドフィは両手を伸ばしてくれたから抱かれて運ばれる事には慣れたらしいと思う。そっとドフィを抱き上げて首にしっかりと抱き着いたそれを確認してから、黙っててねと告げる。
ドフィはそれに頷いてくれたから、私は1気に森の中を駆け抜けて行く。子供1人なら抱えて走るのはそれ程苦ではないから、ドフィのペースで歩くよりはこの方が良い。
まさかドフィが、これが楽しくてついて来たがってたなんて事は、この時の私にはわかる筈もない真実だった。人のいる所に到着すると、そこは村と言うより少し広くて町と呼ぶのが正しい気がする規模だったけど、噴水の広場がある他は特筆すべき特徴はない場所でもある。
「ナミ……これからどうするんだ……っ!?」
必死に〝え〟を飲み込んだらしいドフィを下ろして、そっと手を繋ぐと近くで売っていた焼き玉蜀黍を1つ買ってドフィに手渡す。それを受取り、私と玉蜀黍を交互に見るドフィの頭を撫でて、近くの噴水に座らせた。
近くで売っていた蜜柑ジュースを買ってそれも渡すと、ドフィの両手は他に何も持てなくなる。つまり子供が人を追いかけようとしても、難しいという事になるのよね。
「これ食べて待ってて。すぐに戻るわ」
「ナミ!」
「お金調達して来るから、待ってて。玉蜀黍とジュースの事は皆にナイショよ?」
時間的な事を考えると、今頃皆は川でドフィ達が手に入れた魚と作って来たスープで食事にしてるだろうから、食事をする事に問題は無い。けど、家族思いのドフィは気にするだろうと考えて特別感を出す為に言ってみる。
するとドフィが私の耳元に唇を寄せて〝2人だけの秘密だえ〟と言うので、そうねと笑ってから語尾を注意して立ち上がる。……さて、めぼしいのがいるといいんだけど。
これ迄私はずっと、民間人からスるような事はしないで生きて来た。けど、今はそんな事を言ってもいられない。
・ なので1度スった後で半額だけ貰って、残りはまた返すようにしているのだ。おかげで労力は倍以上で、稼ぎは雀の涙となっている。
それも、可能な限り服装等からお金に困ってなさそうな人を選んでいるので、それが無いからと生きられなくなる事は無いだろう。そうしてやっとの思いで稼いだそれを手にドフィの元へ戻ると、大人達に囲まれて無言で足をブラブラさせているドフィが見えた。
それに慌てて駆け寄り、弟が何かしましたかと声を掛けながら、ドフィを背に庇う。すると大人達はバツが悪そうに視線を逸らした。
「いや、見慣れない子だったんで、フードを取るように言ったが聞かなくて……」
その言葉で天竜人の家族を探しているのだとわかり、身体が微かに緊張する。間に合って、よかったわ。
勝手に追いかけて来たから、ドフィは金髪を隠していないのだ。つまり、見付かると厄介な事になっていた可能性が高い。
「……弟は肌が弱いので、フードを外さないようにと教育されています。何故フードを取れと?」
「いやなに、その……探してる家族がいてな。それで……」
その言葉に私は溜息を落とすと、自らのフードを外してみせる。それだけで何故か息を飲む大人達に、どうしたのかと思いながらじっと見据えると、人違いだったと言って去って行くそれを見送った。
背後に隠していたドフィが、その時になって力強く抱きついて来て、それが恐怖からだと気付けばこの子に対して私は認識が甘かったのだと気付かされる。この子は、まだ子供なのだ。
どれ程強がって見ても、病気になった母親と、ドジで泣き虫な弟を守らないとと気を張ってるだけで、まだまだ庇護されて然るべき子供でしかないのだと思い知らされる。これ迄気付けなかった反省も込めて、私は背中が湿っていくのを感じながら、そのままじっとしているしかその時は出来なかった。
ドフィが落ち着くのを待って、私はドフィの手をひいて共に新聞屋へと顔を覗かせる。最新の新聞を買いながら、古新聞を譲って欲しいと言えば快く分けてくれたのでそれを鞄に詰め込んで行く。
新聞紙を筒状に丸めて、薪を焚べるのと同じように扱うと薪の代わりになるのだ。勿論ちゃんとした木も間に入れるのは大切だけど、灰が多くなる面は少し困るけど、薪に使える木が少ない時や火起こしの初めはこれがあるかないかで随分代わってくる。
それから2人で食料品や薬を買って、ドフィに帰りは自力で歩かないと行けない事を伝えれば鼻で笑われてしまう。それが、本当に何言ってんだこいつって言ってるのが伝わるから地味にイラッとする。
「俺もずっと駆け回って来た。襲われないなら、歩くくらいできるし、少しくらい荷物も持てる。ナミは、皆を甘やかし過ぎだぁっ……!!」
あ、今必死で語尾を飲み込んだらしい。そうわかった時、それが微笑ましくていい子ねとその頭を撫でてから、パンやチーズを詰めた袋をドフィにも背負って貰った。
言わなくてもそれが皆の食料だと理解したドフィは、何処か誇らしそうに笑うと俺がついてきて貰って良かっただろなんて言う。……どうやら私はドフィにも、嫌われては居なかったらしい。