翌朝3人で食事を済ませて宿を出発する時、女性がドフィの荷物と私の手に持っていた物を奪い取り、ドフィを抱いて行けと言う。なので私はそれに甘えて、ドフィを抱いて少し早めに走って行く。
女性はそれに問題なくついて来ていた。確認する為に話してみれば、もう少しなら早くても大丈夫だと言うのでそれに頷いて速度を上げた。
何の連絡も無いままに私とドフィの姿が無かったのだから、不安にもさせているだろう。そう思えば、気が急くのも仕方ない事だろうと自分では思ってる。
皆の所に帰り着くと穏やかな様子で、皆は待っていてくれた。ドフィの姿が無かった事から、ドフィが1緒で時間がかかったのだろうと予想してたらしく、気にされなかったらしい。
けどやはり、突然現れた知らない人物には警戒した様子を見せるだろうと覚悟していた。なのに……女性の姿を確認した3人は笑顔で言うのだ。
「あら初めまして」
「今日はいい天気ですね」
「兄上、姉上、その人誰ですか?」
……警戒しろ。特に両親!
そんな事を思いながら軽く目眩を感じたのは、仕方ないだろう。そして、そんな状態で船について話をしたのだから、当然問題無く受け入れられた。
受け入れてもらえたのはいい。本当に助かるけど……これじゃぁドフィは、しっかりして警戒心を高めないと生きられなかった筈よねと思うのも事実。
そんな中で女性が言う。最新の新聞の1部を見せながら。
「この記事は、貴方達のいた小屋で間違いないか」
私はその情報を昨日最新の新聞を買った時に得ていた。でも、それを伝えるつもりはなかったのに……。
女性は視線を逸らす私を見て、淡々とした様子のまま旅立つ事を選択してよかったなと言うのだ。それに思わず睨み付ければ、違うのかと笑われてしまい私は何も答える事が出来なかった。
記事によれば、私達が旅立った数日後に天竜人の1家が住んでいる小屋を特定して討入ったとあった。だが当然中はもぬけの殻で、だからこそ現在は情報を求めていると言う事だった筈。
共に写って居たのはあの時出発した小屋だとは既に思えない程、原型を失った残骸だった。元々彼等が住んでいたとは言え、持ち物ですらないと言うのに……である。
小屋は破壊し尽くされ、最後には火も付けられたらしい。その記事を凝視した状態でドフィとロシーは青ざめ、ご両親は震えた。
人間の狂気とはどうしてこうも恐ろしいものなのだろうかと、強く考えさせられる。彼等に見付かれば、ドフィ達が苦しむ他の未来は存在し得ないだろう。
「ナミは、また……変えたようだな。運命と呼ばれるものを」
「そうみたいね」
「……ナミが、背負う必要は無い。もう辞めるんだ。これ以上逆らえば、ナミは知らなくていい事を知る事になる。思い出さない方が幸せな事もあるんだぞ!」
「逆らう……?思い出さない方がって……どういう事?」
私の問い掛けに女性は視線を逸らし、1度強くその瞳を閉ざした。それから真剣な顔で、でも感情を映さない瞳で私を見る。
私に感情を悟らせない為に、感情を隠したのだとわかる。それが必要な問い掛けだっただろうか?
「ナミは〝運命〟という大きなものに逆らっているだろう。それは逆らうで間違いは無い筈だ」
「……そうね。でも、なら〝思い出さない方が幸せな事〟って何?」
「幼少期の恥ずかしい事とか、色々あるだろう」
「そんな曖昧な話を含んだ言い方じゃなかったわ。何を隠してるの?」
私の問い掛けに女性は知らないなと言う。ただ、小さく確かにこう言った。
〝ナミには今度こそ幸せに生きて欲しい〟と、そんな事を。その言葉の意味を問おうとしたら、女性は私の肩を掴んで言葉を向けて来た。
「隣の島にこの家族を避難させたら、私と行こう。もう誰かの為に犠牲にならなくていい。私がナミを守る」
「……私、犠牲になった事なんてないわ」
吸い込まれそうな程に澄んだ瞳だと思った。真剣なその顔に、打算と呼ばれるものは何ひとつないとわかる。
純粋に私を心配している。私を強く思ってくれているのがわかるのだ。
だけど同時に、何を言われたのか分からないくらい不思議な言葉だった。だから私は女性に笑いかけると、素直な言葉を口にする。
だけど、女性はそれに首を横に振ると肩を掴んだまま小さく震えるのだ。泣くのを耐えて、怒りによる衝動を抑えようとするかのように。
でも私は本当に犠牲になんて、なった事が無いの。私は望んでこの道に来たのだから。
「私、犠牲になってないわ」
「村の為に奴隷になった事が〝犠牲じゃない〟とどうして言える!?」
血を履くような声だと思った。まるで大切な人が、今目の前で苦しんでいるのを何も出来ず、ただ見ているしかできない絶望でも抱えているかのような……。
でも、だからこそ私は真剣にそれに応えるべきだと判断した。私はこの女性に、苦しんで欲しくはないと素直に思うから。
「私が望んだのよ。自ら、申し出たの」
「それを犠牲だと「違うわ。私はベルメールさんに生きていて欲しかったし、ノジコの居場所を奪いたくなかった。ゲンさんに愛する人を喪って欲しくなかったし、皆に笑っていて欲しかったのよ」」
実際そう願っても、皆に笑っていて貰えなかったし、守れなかった人達も多く居た。それでも、あの場でベルメールさんを殺されて、皆が傷付いてしまう未来は防げたのだから……十分だと思ってる。
自己満足なのは分かってる。それでも、生きていて欲しかった。
……生きてさえいれば、楽しい事も沢山ある。生きているから、沢山の出来事を体験し、笑い合う事が出来るのだから。
例えば今苦しくて未来なんて見えなくても、それでも生きているから希望が持てる。叶えられなかったそれを、次に近い事を経験した時に失敗を繰り返さずに済む。
「私の力では全てを守るなんて出来なかったけど、後悔してないわ。……私はね、今、幸せよ」
「……っ!!……この先、この家族に何が起きるか分からない。そうなった時、恨まれたりするかも知れない」
「構わないわ」
実際ローちゃんにはどうやら恨まれてしまったらしい。だからロシーをけしかけられたんだと思うから、そんなのはわかってる。
今ここでドフィを助けても、守っても、ドフィは私を忘れてしまうのも分かってる。理由なんて知らないけど、確かに若いドフィは私を知らなかったもの。
「この家族のそれに巻き込まれて、酷い目に合うかも知れない!今のその姿が齎すのは幸運ではなく、悲劇である可能性が高い!」
「気にしないわ」
「ナミ!!」
考え直せと言われているのはわかる。でも、それに頷くつもりは無い。
実際今ドフィやロシーをどれ程庇おうと、守ろうと、未来で私は彼等に傷付けられる。それでも、それを理由に助けないなんて選択肢は持ち合わせてない。
今手の届く範囲で、彼らは苦しみ傷付いている。その心を、命を、全てから守るなんて出来るはずも無いとわかってるわ。
でも、何もしないなんて選択肢は私には無い。何もしないで後悔なんてしたくないし、自分に嘘もつきたくないのよ。
「……私は、ドフィとロシーを守りたい。どんな理由があっても、こんなに幼くて可愛い少年達を傷付ける神経が理解できないわ。その為にも、ご両親には無事に生きてもらわないといけないの」
私の言葉に女性は泣きそうに顔を歪めて、悔しそうな表情で頷いた。苦しそうに、喘ぐように、この頑固者と言って、強く抱き締めながら。
それにより、恐らく本当に私は彼女の関係者ではあったんだろうと思えた。それくらいには、この温もりを覚えていたから。
「ありがとう」
「……ナミは、昔から何も変わってないな。1度決めたら絶対に覆さない」
「そうなんだ?なら、諦めて」
「……それは無理だよ。私はそんなナミの親友を長い事やって来たんだ。諦めの悪さは筋金入りだ」
そんな事を言いながらも、もう彼女はドフィ達を見捨ててしまえとは言わなくなった。ただそんな会話を聞いていたドフィ達が、何もそれについて言わなかった事が、質問をして来なかった事が、私には気になって仕方なかったけど。
港町に着くまでの旅はその先本当に穏やかで、狩りのやり方や火起こしをドフィとロシーは素直に吸収していき、弓の腕前はそれを本職と呼べる程に高まって行く。元々の素質が常人とは違いすぎるのだと、それにより気付かされて、嬉しいのに同時に切なくなる。
これだけ優秀な兄弟が穏やかに普通に暮らしていれば、きっとこの地域は将来恐ろしく発展した幸せな国と変わっていただろうに。けれどもその選択肢を破壊したのもまた、この国の人達なのだ。
「ナミ!ウサギさんとれたよ!」
「俺は鳩を2羽だ!」
「2人ともよくやりました!では、血抜きについて教えましょう!そのままにしてると臭くなって食べられなくなるから急ぐわよ」
「……本当に変な事知ってる奴だよな。ナミって。まぁ、今更か」
女性の呟きを無視して、私は川で兎と鳩の血抜きをしつつそれのやり方を教えて行く。そうして必死な顔で手伝ってくれる2人を見守りつつ、夜の為に火起こしを行う。
兎が可哀想だとか、そんな事は誰も言わなかった。だからこそ私は、彼等に教えられる事は何でも教えておくと決めたのだ。
狩りをする事を、ジビエ料理等を食べる事を残酷だと言う人がいる。でも、家畜を食べるのと野生動物を食べる行為は1体何が違うのか。
肉を食べるのも、野菜を食べるのも、同じ命を食べているのよ。つまり食物を口にした経験がある以上、残酷だとか、可哀想だなんて言う権利はない。
その残酷な行為を、他の誰かが請け負ってくれていて、既に肉だとか卵だとかになってる物を食べているから、命を食べている事、奪っている事に対して鈍感でいるだけの事。
肉も、魚も、野菜も、同じ命。だからそれを残したり、食べ物で遊んだりする事は許されないのだ。
いつか役立つだろうと考えて、毛皮の鞣し方も、簡単な料理も、食べられる草や茸等も教える。そうしてご両親も含めてサバイバルについての知識を高めていく1家は、ここに来て漸く生きる事を楽しみ始めた。
朝になる頃に私は1人でこっそりと皆から離れて、気持ちを落ち着ける為にひとさし舞う。誰に見せる為でもないこれは、精神統一や身体を鈍らせない効果を充分果たしてくれる。
ついでに舞いは勿論、寝汗も有るからと水浴びも済ませて、帰りがてら食べられる木の実や草を採取して帰れば、帰った時起きてしまっている人がいても何も気にしないでくれるのだ。私の姿を見て駆け寄ってきたドフィとロシーに、詰んできた木苺を見せればその顔が明るくなる。
「たくさんある!」
「こんなに、食べきれないえ!」
「朝食の後でデザートにしたら、残りはジャムにして持って行きましょう。ジャムなら長持ちするから安心でしょ」
船の上で食べられる果物があると違うからと思ったのだけど、予想以上に喜ばれた。本当にこの子達は可愛い。
2人を可愛い可愛いと言いながら撫で回していたら、ロシーは嬉しそうに笑ってくれるのに、ドフィには手を叩かれていい加減にするえ!!と怒られてしまった。可愛いと真実を述べただけなのに、何故なのか。
小麦粉と卵と水を混ぜて練り込んだだけの硬めのパン生地っぽい物を作り、粘土遊びで作る蛇みたいな細長い状態にしていく。綺麗に洗った生の木の枝にそれを巻き付けて、火の近くに突き立てて焼くと、捻りパンと呼ばれるサバイバルやキャンプで使える簡単な食事になるのだ。
それに作ったジャムを付けて食べてみるように勧めると、全員が似たような動作でそれを食べて果物そのままのジャムに感動してる様子を見せる。本来砂糖をふんだんに使ってジャムにするのだけど、今は砂糖を買う余裕がなかったので、イチゴそのままなのが少し惜しい。
「兄上、美味しいね!」
「これなら簡単に出来るし、小麦粉ならパンより安く買えるから助かるえ……」
「色々落ち着いたら鶏さんが1羽居てくれると、可愛いし卵も手に入るからいいかもしれませんね」
「そうだね。だが、鶏は騒ぐから居場所がバレてしまうよ?」
「……安全な居住地を見付けてからなら、悪くない案だと思う。羽毛も手に入るから、冬用の物を作るのにも役立つ。家族と同じだけの数、鶏を用意したら良いだろうな」
上から、ロシー、ドフィ、お母様、お父様、女性の順番で言葉を口にして、何とも楽しそうにしている。彼女もまた、ドフィ達に対して何か悪感情を持っている訳では無いのだろう。
ただ、彼女の中の優先順位の上位に、何故か私がいると言うだけの話。私は彼女に対してどう接したら良いのだろう。
私には親友だと言われてもその頃の記憶はないし、そんなに大切にされても恩を返す手段もない。だからどうしたらいいのか、全くわからないのよね。
「ナミ、あーん!」
その時突然目の前に差し出されたパンを見て笑いながら口を開けると、ぽんと入れられたジャム付きのパンは少し酸味が強い。ビタミンがまだ生きてる証拠だと思って、それを楽しんで食べると口に入れてくれたロシーは嬉しそうに笑い、お母様の所で同じ事をしている。
どうやらロシーの口に合ったらしい。……でも、ロシーってパン苦手じゃなかったっけ?
嫌いだとか言ってると生きられないから、我慢して食べてるのだと思ってたけど……。もしかして、私の記憶が違うのかしら?
「ロシーって、パン苦手じゃなかったかしら?」
「それはローだな。ロシナンテはピザの筈だ」
「え、そうなの?」
「ロシナンテもパンは苦手な筈だが、それはトラウマ的な物だと記憶してるから、恐らくナミと関わった事で問題は解決している。泥水を啜り、カビたパンを食べて、腐った果物を漁る……そんな生き方してれば、トラウマにもなる」
私の呟きを拾ってそう答えてくれたので、私はそれに対して好き嫌いが1つでも減ったなら良かったと思って笑う。そんな私の頭を、女性は何故かグシャグシャに撫で回してから立ち上がると、そのまま無言で川に入って行き魚を捕り始めるのだから謎過ぎる。
「……ナミは鈍いえ」
「ドフィ、いい加減その口調直さないと本当にダメよ」
「気を付けてはいる。だが、難しいんだえ」
「皆の命を守る為なのよ、頑張って……ね?」
私の言葉にドフィは分かったえと答えてから、でも鈍いのは自覚持てなんて無茶な事言って同じように川へと入って行った。海に行けば魚を料理がメインになるからと、今のうちに肉を捕まえて燻製にしてしまいたいと頑張る私とロシーに、食料の準備が調ったら船に乗ろうと言ってくれる女性。
お母様は茸を採取して来て、お父様がそれを干して乾燥させる。ドフィは川魚やザリガニ、蛙などを捕まえて今夜は豪華だえと笑う。
こんな穏やかな日々が続けばいい。そう願いながら燻製肉を作って行くと、皮を鞣して積み重ねる。
「売るか、それとも何か作るかよね」
思わず声に出せばロシーがひょこっと顔を覗かせて、何が作れるのか聞いてくるので、今回は繋ぎ合わせる余裕が無いから鞄か靴、もしくは帽子や手袋になると教える。次に向かう島が寒いなら帽子か手袋はあると便利だろうけど……。
基本的にこの北の海は寒い島が多いので、手袋や帽子にするのは良い案ではあるのだけど……。4人分作るなら足りるわね。
帽子かな、手袋かな。……手袋の方が良いかも。
皆の意見を集めて、総合的に判断しようと話題を振れば、もう少し量を捕まえておこうと言う。それは肉を作る必要もあるからと言うのもそうだけど、人数分の材料に足りないからと言うのが本音だ。
そして話し合いの結果、鞄と手袋を6人分作る事に決まった。鞄は小物入れの延長でしかないけど、お揃いなのにそれぞれが違う感じになるそれは特別感があるらしい。
6人分になったのは、ドフィ達1家の分の他に、女性に対して船を提供してくれるお礼と、私の分も作れと強く言われたから。結果として燻製肉を作ってる空き時間に私がチクチクと縫い合わせて作ってるという訳です。
人数分のそれが完成したら、出発になるのかな。そんな事を話して笑い合いながら、私達は穏やかな時間を満喫していた。