ロシーが連れ込まれたらしい建物は、さほど大きくは無い。だとするなら、中にいるのもそれ程大人数では無いと判断出来る。
けれど、大人と子供である以上、加減を間違えれば例え相手が1人でもその命を脅かす。生きていても後遺症を残す事だって考えられるわ。
少し離れた所で、気ばかり焦るのを深呼吸で落ち着かせてから見聞色の覇気で様子を伺う。すると、泣きながら聞かれる事に全て分からないと答えているのが分かった。
「天竜人だろうが!兄貴か弟がいるだろう!」
「うっ……わか、ない」
「自分の事がなんで分からねェんだよ!!」
「ひっく……。あねうえ……あにうえ……たすけて……」
「泣くんじゃねェよ!天竜人は神なんだろ!?痛みなんかねェだろうが!!」
「ぐっ……!ぅ……」
その会話が、暴行を受けるロシーの様子が見えた時、私の理性がプチンと音を立てて切れたのが自分で分かった。目の前が赤く染る。
だめよ、ドフィを安全にしてからじゃないと、2人とも大怪我したとかなったら、自分を止められる自信が無いわ。ロシー、すぐに……行くわ。
「ドフィ、この辺りで隠れていられる?」
自分でも驚く程に低い声が出た。それにドフィがビクリと肩を揺らしたけど、今は気にしていられない。
こんな時、クリマタクトがあればと無い物ねだりしても仕方ない。そうわかってても、求めてしまう心を止められない。
クリマタクトがあれば……姿を隠して行けるのに。全員感電させてロシーを早急に助けられるのに……!!
このままドフィを連れて行けば戦いにならない。でも、残して行くのもまた……喪うかも知れないと思えば恐ろしいのよ。
どうする。どうしたらいい。
こんな時、シャンクスなら、ベックなら、どうするだろう。ルフィなら、どう動くだろう。
「ナミ、着いて来たのは俺の判断だえ。奴等にバレたのも、俺の……ミスだえ」
「ドフィ……」
「俺の為に悩まなくていい。俺は木の上で待ってる。人間必要な時以外、上はあまり見ない生き物だと教えてくれたのはナミだえ。足元には注意しても、空には意識が向かないと……」
冷静な顔でドフィは言う。そして、ふっと笑うのだ。
「ナミ、ロシーを頼むえ」
「わかっ……た。ロシーを、助けて来るわ」
そう言って子供1人では到底登れない形をした木を選び、ひょいと途中の枝までドフィを連れて飛び上がる。そこにドフィを座らせてから、可能ならもう少し上に逃げていてねと言ってその額に軽くキスをして駆け出した。
金髪の子供が2人。人違いですと言い通すには、ドフィの先程の発言がやはり宜しくなかったわ。
だからと言って、金髪の子供は全員攻撃するつもりなのかと思えば怒りしか抱けない。勘違いで攻撃される人が確実に出るだろう。
実在地球でも、日本に対する抗議で日本製品を破壊する人達が出た時に、日本の車に乗っていたからと暴行を受けたその国の女性が……顔の原型を留めない形で死亡している。日本製品を使っていたから、金髪だから、それは本当に攻撃する正当な理由になると思っているのだろうか。
確かにドフィもロシーも元天竜人だわ。でも、この子達が何をしたというのよ!!
壁を短剣で切裂き、崩れ落ちたその場所から目立つように進入すればロシーを殴っていた人達の動きが止まった。血に濡れて小さな声で呻くロシーに、泣く事が、悲鳴を上げる事が、寧ろ煽ると知ってしまっているそれが悲しい。
「人の弟に……何してくれてるのかしら……?」
「お、弟!?おい!天竜人の1家には女は母親だけだろ!?」
「まさか、別の家の子供!?」
私の質問に動揺が広がる。まだ、狂気に呑まれて言葉まで通じなくはなっていないのかも知れない。
そう思った時、頭から血を流しているロシーが、微かに頭を上げて私を見た。あの様子だと脳漿系は大丈夫だと思いたいけど……すぐには症状が出ない事もあるから油断はできないし、痣は確実だろうと思われる上に、骨とか筋は大丈夫かしらと不安になる。
「あねうえ……?」
「ロシー、大丈夫よ。すぐに助けるから……。もう少し、目を閉じていなさい」
説得できなかった場合、見ない方がロシーの為になる。見なくていい事は、知らなくていい事は、そのままでいた方がいい。
これ以上、ロシーを傷付けさせはしない。そう思った時、ロシーを囲んでいた大人達の1人が叫んだ。
「家族になりすましてるだけかも知れねェだろ!髪の色が違う姉弟なんかそうそういるもんか!!」
その言葉で殺気立ち襲いかかって来る男達に、私は既に佛心なんて忘れたかのように容赦無く切り伏せていく。私の姿を見失い、怯えた声を出す大人達の中には女も多い。
けれども、もうその程度で許してあげる事は出来ない。人を傷付けるからには、傷付けられる覚悟はあるものとして平等に切り付けていく。
それでも民間人だからと、その四肢を落とすような事はせずにいる。過去の世界の人だから、歴史を変えてしまわない為に命を奪わないように、気を付けつつ傷つけて行けば、崩れ落ちて行く人達を見て半数程は逃げ出した。
深追いするつもりのなかった私は、ロシーに血がかかっていない事を確認して、自分も返り血を浴びてない事を確認してからそっとロシーに手を伸ばした。その時、天竜人の夫婦っぽいのを捕まえたと言う言葉が聞こえて呼吸が止まりそうになる。
どうして、お母様は髪の色が違うのに……どうして!?
震える私にロシーが飛びついて来て、怖かった、痛かったと泣くから正気にかえる。ここで放心していても、仕方ないものね。
とりあえずロシーを抱いて建物から飛び出すと、ドフィを木から降ろしてロシーの治療に当たる。その様子を見ていたドフィが微かではなく震えているのを見て、嫌な予感がした。
そして人間、嫌な予感程よく当たるものなのだ。よくもロシーをと言って駆け出したドフィを見て、私はロシーを背負って追い掛ける。
「父上と母上に手を出してたら、許さないえ!!」
「ドフィ、待ちなさい!まだ情報が不足してるのよ!危ないから戻りなさい!」
捕まえようにもドフィは小柄で、私はロシーを背負っている。上手く捕まえられないままに、ドフィは人の集まっている所へと飛び込んで行く。
ご両親が建物を背にしているから、360度全てが取り囲まれてる訳じゃないのが唯一の救いかな。でも、想定してたのより人間の数が多いわね。
「父上!母上!」
ドフィの姿を見てやはりと言う顔をした人間達の中心に、私も飛び込む。ここでロシーだけ隠しておくなんてのは、結局人質に取られるだけの悪手でしかない。
だからと思ってロシーを背負ったまま飛び込んだ先で見えたのは、バケツで水をかけられたご両親の姿で……。呼吸さえ忘れそうになる程の衝撃が私を襲う。
そう、か……。染料なら落ちると思って、水を掛けられたんだ。
あの時濡れても落ちないように調整してからくれたのは、そんな理由だったんだ……。そう気付けば泣きそうになるけど、ロシーが背中で母上と泣き出したのを聞けば、私もそれに混ざるのが良いと判断した。
「お母様、お父様!」
「ナミさん!ロシナンテも!ドフィだけが来たからどうしたのかと思ったけど、ナミさんが守ってくれていたのね」
女性に水をかけるなんて行為をしたのは誰なのか、そう思って視線を巡らせる。その時、恐らくは先走ったのだろう数人が弓や槍をけしかけて来た。
背後に居るロシーを庇う為に身体の向きを変えて、胴体から外れる範囲の、つまりドフィ達に当たる可能性のある物を切り落としたり弾いたりしていく。けど、そうなると自分の胴体に突き刺さるそれに対応出来ない。
突き刺さりそうになったそれは弾かれ、それにより怯えた顔をする人間達。怯えと同時に何故か怒りも膨れ上がっているのが感じ取れるけど、攻撃下側に怒りを増大させる権利なんてあるとは思えない。
覇気を纏っていなければ、死んでたわね。これを、幼い子供に向けたのか……。
叫び怒鳴るその言葉から、どうやら天竜人は神だから攻撃が効かないんだと、だからあの女も天竜人だと言う声があり成程と思う。罪悪感を消す為、都合の良い解釈をしているのだろう。
そうなれば戦うしかないけど、背後に4人を庇いながらの戦いは正直体力的にもきついものがある。どうしたらいいか考える隙さえないのは、数が多過ぎるからだ。
攻撃を1切躱す事が出来ない為に、腕力が持たない……!でも、ここで私が倒れたら皆が……!
「っ……!皆、逃げて!……ここは、抑えるから!」
「やだ!僕、逃げない!ナミを残して行きたくないよ!ナミ!!」
「お母様!お父様!……2人を、お願いします」
残りの体力を考えたら、ここで1気に叩き潰さないと無理があるわ。そう思って駆け出したのに、何故か動いてくれないご両親が不思議で視線を向ければ、お父様が足に大きな怪我をしているのに気付く。
けどそれに気を取られた隙に撃ち込まれた矢が、私の右肩を貫く。その瞬間、短剣が手の中で大きく震えた。
……ダメだわ。今、この子を使ったら、殺してしまう。
ここに居るのが民間人だと言うのは勿論、私は本来この時代に居ない筈の存在だから、人を殺す訳にはいかない。
この人達が死ぬ事で、未来で産まれる筈の人が生まれなくなり、歴史が変わる可能性があるもの。
そう思って私はそっと短剣を鞘に戻す。短剣はその場で震えて使えと訴えるけど、今のこの子は使えない。
「ごめんね、私に今の君を制御出来ないから……」
そう言ってひと撫でしてから、鉄扇と鉄笛を構える。これなら骨を砕くか、浅くない傷を付けるだけだからと武器を持つ人達相手に戦う。
砂塵が舞い、赤い物が滴り落ちる。その赤い物が誰のものか分からなくなって、身体の感覚が鈍くなり、視界が歪み出した。
その時になって動けないでいる皆に向けられた攻撃。咄嗟にドフィとロシーを庇い身を挺したら、痛みより先に来た衝撃で意識が遠のいていく。
「ナミ……?ナミ……!!」
「……だいじょうぶ、よ。みんなは、ぶじ?」
「あねうえぇー!……あ、何するの!?やだ!ナミ、助けて!ナミ!」
「離せ!辞めろ!母上とナミに触るな!ナミー!」
ロシーが、泣いてる……。ドフィが、叫んでる……。
助けなきゃ、私しか、戦えない。私が、守らなきゃ。
「ナミさん!しっかりして!ナミさん!」
「……娘に、妻に、何をする!息子達に手を出すな!……辞めないか!」
ご両親の声が、聞こえる。穏やかな人達なのに、怒鳴って、叫んでるのは珍しい。
あれ、幻聴かな。今、私を娘って……?
「女達は特徴が違う。万が一を考えて閉じ込めとけ!」
「そうだな。それに……女なら苦しめ方はひとつじゃねェもんな……」
「何言ってるのよ!うちの娘がされたようにしてやれば良いのよ!」
「殺すな……!!ずっと、生かして苦しめろ!!!!」
狂気に呑まれている人々の声が聞こえる。憎しみが増幅して、歯止めが聞かなくなっている。
助けなきゃ、守らなきゃ。ドフィ、ロシー、苦しまないで……今、助けるから……!
必死に目を開けようとするのに、力が入らない。あぁ……血が、抜けすぎてるんだわ。
おかしいわよね。血液が抜けてるならその分体重は軽くなる筈なんだから、その分動きやすくなるべきでしょ。
なのに、どうして、身体が……こんなにも、重いのかし、ら……?
「ナミさん!!私に、出来る事はありませんか!?ナミさん!!」
「ぎゃぁぁ!!」
「「ドフィ!!「あにうえ!」」」
声が聞こえるのに、動けない。私、なんの為にここにいるの。
ドフィの悲鳴が、ロシーの泣き声が、お父様の嘆きが聞こえる。お母様が震えながら泣いてるのに、私……どうして、動けないの……?
「助けてー!うわぁあああん」
「元天竜人だ!殺しても海軍は動かねェ!!」
「ありがてェ、報復の機会を与えられた!!」
「1生泣き寝入りと諦めてた……!!」
憎悪が肥大化して、怨嗟の声が谺響する。我が子を想う言葉さえ、彼らには既に呪いの言葉となって届いているのが分かってしまう。
「子供達に罪はない!!矢は全て私に向けろ!ゲボ……!!頼む!子供達は助けてくれ!!」
「まだ5歳と2歳だった、俺の息子達が……!!天竜人の前を横切ったって理由で、銃で16発!!即死だった!!」
「奴隷にされた娘が、憐れな姿で帰って来て……!!一言も喋らずに……3日後に自害したわ!!」
耐え切れずに痛みと苦痛、恐怖から泣く幼い声にさえ、苛立ちを強める。憎しみを加速させていく。
「いたいよォ!父上……!もう、しにたいよォ」
「神も同然なんだろ!?人間とは違うんだろ!?これくらいじゃ……死なねェよなァ!!」
「俺は、死なねェ……!!」
その時、子供である筈のドフィが、子供とは思えない声を出す。だめ、よ、その言葉を、続けさせちゃいけない。
ドフィを、修羅の道に進ませたくない。本当は繊細で、優しい子なのに……!
「何をされても生き延びて……。お前らを1人残らず、殺しに行くからなァ!!」
その時、感じたのは無差別に攻撃する……乱暴過ぎる覇王色の覇気。今まで皆を攻撃していた人達が、ドフィの家族が、全員意識を失ったのを感じる。
今しかない。今しか、皆を安全に逃がせる時はない……!
動け、私の身体でしょ!私の意思に従え!!
フラリと立ち上がった私は、まず意識のあるドフィの元へ向かう。早く、助けて、逃げなきゃ。
建物の下は燃えてるから、吊るされてる窓から上に引き上げるしかない、わね。大丈夫、ドフィと2人でやればお父様を引き上げる事も出来る筈よ。
皆の意識が無いからと、私はお母様はその場に残して移動する。この時は、自分の体を動かすのだけで、私には精一杯だった。