私を押さえ込んだまま、ドフィはそっとサングラスを外した。外で、明るいのに外すのはその瞳を守るにあたって良くないと分かり止めようとしたその手を掴まれて、抑え込まれてしまう。
心配してるのだと伝わらなかったのかと思った直後、ドフィが真剣な声で言葉を向けて来る。泣きそうに顔を歪めながら、縋るように言葉を伝えて来るのだ。
「ナミ、俺のものになれ。俺を愛してくれ。俺は、ナミが好きなんだよ!もう、守らせたりしねェ。俺が、守るから……!」
「……ドフィ、愛してるわよ」
「ナミ……」
「愛してる。大切な、愛しい弟だもの。不安にさせて、ごめんね」
こんなにドフィを悲しませてしまうなんて、帰り方も分からないのに……なんて情ない。そう思った時、ドフィの唇が私のそれと重なる。
遅れて抵抗しようとしたのに、ドフィは私の言いつけをしっかり守って身に付けたその力で、関節を動かせないように抑え込んで、その上でされているから覇気を纏わなければ抵抗さえ出来ない。でも、ドフィにそんな事、出来ない……!
「んっ……やめ……!」
「逃がさねェ……。繋いででも、ナミを何処にも……!!」
「兄上、ナミ、どこー?」
その時聞こえて来たロシーの声に、ドフィの拘束が微かに緩む。その隙をついてドフィを蹴り飛ばすと、私は砂埃等を払って立ち上がる。
そうして手を振りながらロシーに合図すれば、ロシーが嬉しそうに笑ってくれる。そして森の方を指さした。
「ロシー!こっちよー!」
「あ、ナミ!!あのね、あっち、川の所に苺が沢山あったんだ!手だと持ちきれないから、どうしようかと思って」
「なら、カゴを作りましょ。作り方教えるわね」
「うん!兄上、1緒に行こう!」
「…………そう、だな」
人の目がなくなって暫くしたら、ドフィの真似なのか、ご両親の影響なのか、ロシーは私を名前で呼ぶようになった。それに私が人が来た時は姉上にしてねと言えば、うんと言ってくれたけど……人がここを訪れた事は無い。
ロシーもご両親も、私の仲間達について聞きたがる事が多かった。それに対して求められるままに話していると、ドフィは見るからに不機嫌になるのだけが困ってしまったけど。
「ナミさんはこのままずっと、ここで生活していく予定ですか?」
「残念ながら、約束できないんです。でもきっと、未来でまた会えますよ」
「どういう事?ナミ、どっか行くの?」
お母様からの問い掛けに答えると、ロシーが泣きそうな声で聞いてくる。それを受けて、私は頭を撫でながら時を超えて未来から来たのよと言ったけど、信じてない様子なのが分かってしまう。
それでも、いつ消えるかも分からないから、私はそれをしっかりと伝える。そうしなければ、無駄に心配を掛けてしまうから。
「次に会う時は、私は過去の私だから皆さんの事を覚えていないでしょうね」
「未来にいるのに、過去のナミさんなのですか?」
「未来で生まれ育ち、再会して、それから時を遡りましたから。なので、未来で会う私は今の私の過去です」
「難しいわね」
そんな事を言うお母様に、まさかお2人には再会できませんでしたとは……言えなかったけど。そんなこんなで、それから更に半年程の時が過ぎた。
帰り方の1つも分からないままに過ぎたそれは、何とも物悲しい。ルフィ、皆、私また、皆に逢えるのかな……?
「ルフィ……皆……逢いたいよ……」
「……ナミ、帰れる可能性があるとしたら、それを俺が知ってるとしたら、どうする?」
1人になる為に、わざわざ誰にも追い付けないような速度で移動して海岸に来ていたのに、響いた声。それに驚いて振り向くと、ドフィは私を真っ直ぐに見ていた。
答えろと、無言でドフィは伝えて来る。それに対して私は愚かにも、偽る事が出来ずに頷いた。
「帰り……たい……」
「なら、俺はナミを〝忘れる〟」
「……どういう、意味?」
「俺はナミしか愛さねェ。ナミしか、いらねェ……!!俺はそう決めている。だから、覚えていたらこの先を生きられない」
ドフィの言っている言葉が理解できなくて首を傾げると、ドフィは困ったように笑った。その笑い方が、私のよく知るドフィと重なる。
……あぁ、この子があのドフィになるんだ。強いのに弱くて、残酷なのに甘い……脆くてでも強がりなドフィに。
「俺は、未来でナミに会えるんだったな」
「えぇ、でも、それは過去の私。だから、ドフィの事を知らないのよ」
「……それでも会えるなら、それでいい。知らないなら、知ってもらう。だが……その時まで俺は……ナミを忘れる」
忘れようとして忘れられるものじゃないでしょうと言おうとしたら、腕を掴まれて砂浜に投げ落とされる。何をと思った時には唇が重なっていた。
前にされた時より明らかに上達してる舌使いで、私の口内を蹂躙して来る。運動神経の良さが、こんな所でも生かされてるわ。
単純な力では、もう敵わなくなっている。いつの間に、ドフィはこんなに力をつけたんだろう。
動揺してる間にそっと離れた唇。その隙間でドフィは言う。
その時になって、いつの間にか大分身長差も無くなっているとこの時漸く気付いた。ルフィより、頭1個分小さい感じ……かな?
「次に会った時、今みたいなキスをしてやる。その時はもっと濃厚かも知れねェけどな。そんで、ナミの全てを奪い尽くしてやるよ」
「ドフィ……」
「だから、もう泣くな。俺は、ナミをこんな風に泣かせたくねェ。……短剣は、持ってるな?」
言いながら離れたドフィに頷くと、押し倒してキスして反応無しかよと項垂れつつ、ドフィは手荷物にある球体を出せと言う。それに従うと、しっかり抱いてろと言うので言葉に従い素直に抱いた時、短剣を触れさせてみろと言われた。
それに従い短剣を天候ボールに近付けると、飛んだ時と似た光が辺りを包む。それに慌ててドフィへと視線を向けると、ドフィが言った。
「俺のナミに関する記憶をやるから、ちゃんと未来へ運べ!!……俺はそれでも、必ずナミを思い出す。だから、今はナミを……!!」
ドフィの声が聞こえる。なのに、もう姿は見えない。
「ドフィ!!」
「ナミ、またな」
「ドフィ!!」
叫ぶ私の腕の中で、ヒビの入っていた天候ボールが耐えられないとでも言うように、砕け散る。そして……私は濁流のような流れに翻弄されつつ、眩しいその世界で意識を保つのだけが精一杯だった。
別れの挨拶もろくに出来ないまま、私はドフィ達1家の前から姿を消した。ドフィはどうなってしまったのか、この先彼等は大丈夫なのか、そんな事を不安に思いながらも何も出来ない私は、なんと無力なのだろう。
そう思った時、身体にかかっていた濁流のような負荷が消えた。そして、光の塊の中に立つ人間っぽいシルエットが見えて、眩しいなと素直に思う。
「……相変わらず、無礼だな。せめて〝貴方は誰?〟だろう。なんだ眩しいってのは」
……今、声に出してた?
「いや、声は出てないぞ。だが、我には分かる。お前達の認識で言う所の神に該当するからな。……さて、お前は我との賭けに勝った。約束故、お前ともう1人の記憶を戻してやろう」
「ちょっと待って!意味が……!」
「説明するより思い出させる方が早い。大人しく受け入れろ」
そんな言葉を聞いた直後、私は激しい頭痛に襲われ目眩に似た何かに襲われる。そして、目の前に炎が広がった。
「見付かったって、今更!?このタイミングで!?」
そんな声が聞こえて視線を向けると、知らない老婆が見えた。いつの間にか消えた炎は、何だったのか。
「……まぁ、間違いなく私の孫だね。これは……揉めそうだね」
「しかし、お嬢様はもう」
「死んだなら後腐れも無い。……勝手に出て行って、勝手に死んだんだ。葬儀も不要だよ」
「しかし!」
「五月蝿いね……。これは引き取ってやる。それで充分だろう。1応言っとくが、後から家のだと世間にバレたら厄介だから引き取るだけだよ。最低限の事しかするつもりは無いからそのつもりでいな」
「……御意」
意味が分からないけど、どうやらこの老婆は私の祖母らしい。そう認識して、私は老婆に声をかける。
「おばあさま?」
それに老婆は振り向くと、目覚めてたのかいと言って深い溜息を落とした。そうして私を見る眼差しは冷たく、歓迎はされてないのだと嫌でも痛感出来るものである。
それから私は家族と共に車に乗っていて事故に合い、1人生き残ったのだと知らされた。ただしその家族には母親しか含まれず、父親はそれより更に以前に他界していたらしい。
全てが曖昧なのは事故の後遺症だと言われているけど、それはつまり覚えていては生きられないような状態に陥っているからとも言えるらしい。そしてそんな行き場を無くした私を引き取ったのは、母方の祖母。
話を聞くにどうやら、父方の親族は存在があるのかさえ不明との事。言い方は濁されてたけど、多分父親が分からないんだろうなと気付く。
「お前は私の孫であり、この家の跡取り。出来ないこと等何1つあってはなりません」
「……え?」
「私に言われた事は全て、はいと答えなさい。それ以外の答えは認めません。分かりましたね」
「はい、でも……」
戸惑う私に向けられる冷たい視線。1人で生き抜けとその眼差しが伝える。
でも、どうしてかな。その瞳の奥が、泣いてる気がしたの。
「……同じ事を2度、言わせるつもりですか」
「はい」
「…………そこは、申し訳御座いませんと言うところです。分かりましたね」
「はい」
こうして私は、5歳でほぼ天涯孤独の身となった。それでも、跡取りに認められているのだから、期待され、愛されているのだと……勝手に思い込んでいたのだ。
けれども現実はそうではなく、本当は別に決まっていた跡取りを知らない間に追い出していた私は、元々の跡取りとその親族から恨まれ憎まれているらしい。それは、私の補佐にとつけられている運転手さんが教えてくれた。
当然その人達には会う度に粗探しをされたし、嫌味や嫌がらせは日常茶飯事となっている……らしいのだけど……私にはよく分からない。されてるの、かな?
「跡目様は、その心を守る為に悪意に鈍感になっているのですね。しかし、それは諸刃です。お気を付けください」
「ありがとう。……いつか、お祖母様は私を認めてくださるかしら」
「……えぇ、きっと」
「跡取りとして、完璧になれば……愛して、頂けるのかしら……」
「…………えぇ、きっと」
それが優しい嘘だと、私も気付いていた。私は、誰からも愛されてなんていないと、幼いながらも自覚してしまっていたのだ。
そんな可愛げの無い所が災いしたのか、それとも他にも原因があるのか、そんな私を気遣い大切にしてくれるのは運転手だけという状態で私は中学生になった。そして、その後学生時代と呼ばれる日々の中で、私は運命という大きな荒波に揉まれる事となる。
「お前に婚約者を用意しました。元跡取りの弟でもあり、血筋は確か。お前は婚約者以外に肌を許す事無く、婚姻の日を迎え、血を残す事が役目と心得なさい」
「はい、お祖母様」
「……先日の舞いは、足運びを1度間違えましたね。次は許しませんよ」
「はい、申し訳ございませんでした」
「ほんに、可愛げのない」
そうは言っても、はい、以外の言葉を口にすれば叱責の言葉と侮蔑の視線、そしてセンスが武器となり襲って来るのはとうに知り尽くしている。はいと言って従っていれば、責任なんてものも存在しないのだ。
私は優秀な人形であればいい。それ以外の役割を求められてはいないのだから。
心を凍らせて行く私を心配してくれるのは、運転手だけで、だからこそ私は運転手に心を開き笑う事が出来ていたのだ。この人が居なければ、きっと私は感情そのものを失っていただろうと自分でも分かってしまう程だもの。
「跡目様、明日の会食ですが……充分気を付けてくださいませ」
「ありがとう。けれどいつもの事です。同じ言葉を繰り返すだけならば、オウムと何が違うというのでしょうね?」
「跡目様!!」
私の軽口に焦る運転手は、どうやら母の幼馴染でもあったらしい。ある日突然行方不明になった母を探し続け、私と母が事故に巻き込まれるのを見たと言う事だ。
母が炎の中で私を庇ってくれたから、私には傷1つない。恐らく、私はその母という人に愛されていたのだろう。
「ふふ、分かっていますよ。しおらしく、大人しくしております。婚約者様のお母様とお姉様ですものね」
「テーブルマナーも、揚げ足を取る事にしか興味の無い皆様方ですから、完璧が求められます。大丈夫ですか?」
「問題ありません。お祖母様から、その辺も教育は受けてますもの」
そんな私は入学した中等学校で、親しくなった人ができた。バスケ部のエースとして期待の高い、嘘をつけない女の子だ。
「弁当、今日も無いのか。お嬢様なのに」
「……持っては来ましたよ。いつものように、忽然と消えてしまったのです」
「なんで、何もやり返さないんだ。そんなんだからやられるんだろ」
「気にしておりません。ただ」
「ただ?」
首を傾げるその姿が、なんだかリスを思わせて愛しくなる。ただ……食べ物を粗末にするのは如何なものかなと思うだけ。
食べ物は命だから、それだけはしては行けないと思うのよね。作ったのは自分だから、大した内容のものでは無いけど。
「皆様お暇なのねと、そう思うだけです」
「……お前らしい、な。よし、人参を分けてやろう」
そう言って差し出された物を見て、自分が嫌いなだけでしょうと笑う私に、やっと笑ったなと頭を撫でてくれる少女が、私にとってどれ程貴重な存在なのか……きっと本人は分かっていないのだ。ズケズケと言うから、嘘を着く事どころかオブラートに包む事も出来ないから、友達と呼べるのはそんなに多くないんだと笑う少女。
けれどもそれを気にしてる風でも、直す意思さえも感じられない。そんな少女を介して出逢ったのは、同じ趣味があるのだと言った明らかにクラスの中心に居るだろうタイプの美人さんだった。
2人の共通点なんて無さそうに見えるのは、片方はバスケ部のエースで、もう片方は人当たりのいい秀才タイプだから。でも実際は、2人とも好きな本が同じらしくて良くその話を聞かされていた。
その本を読んだ事のない私は、2人の話をただ聞いている事が多かったのだけど。でもそれも仲良くなって半年もする頃には気付かれて、2人に詰め寄られる事態となっていた。
「なんで知らないのに楽しそうにしてたんだよ。言えば貸すのに」
「家で読めないなら、学校に持ってくるから学校で読みなさい。と言うか、どうして話に着いてこられてたの?」
「2人が話してたから、覚えてしまったの」
「「……これだからハイスペックな人間は」」
「貴方達には、言われたくないわ」
ONEPIECEを知らないなんて、人生の半分損してる!なんて叱られてしまった私だけど、でもそれは、私にはなんの罪もなかったと思う。でも、彼女達が笑うなら、借りて読んでみようと思えた。
知らない話でも、大好きな2人が楽しそうに話していたら、頷いて話を聞くのは、私にとって楽しい事だったのだ。私は2人が、ううん、この2人だけじゃない、いつも共に過ごす合計4人の事が大好きなのだ。