どうやら私はこの2人のおかげで、虐めと呼ばれる行為から解放されていたらしい。らしいというのは、私が虐められていた自覚を持っていないからだけどね。
実際のところ、教師からの信頼も厚い2人と、成績だけは良い私の組合せでは手を出せなかったというのが正直な所らしい。そんな事を考えていたら声がかけられた。
「まぁたお前達集まってんの?」
「ちょうどいいところに!ねぇ聞いて!」
「……嫌だよ。お前の話長いし、お前怖いし」
「ぬぁーんですってぇー!!顔しか取り柄のない女男の癖して!!」
「はぁ!?お前こそ化猫被りの男女だろうが!!良いのは取り繕った表面だけだろうがぁ!!」
そのまま始まった喧嘩は、実は見慣れたもの。何でもそつなくこなす優等生は、幼馴染だという美少年と会う度にこの調子なのだ。
まぁ、そのお陰で化け猫被り……略して化猫と、似非姫王子を略して王子との渾名が付けられている。でも、本当に楽しそうよね。
「ふふ、仲良しね。でも、表面を取り繕えるのはそれだけで才能よ」
「……あれを笑って見ていられるだけで、大物だよ。僕は嫌だね。あんな奴ら」
「心にもない事言うな。お前が憎まれ口叩くのは大切な相手だけだろ」
「うっ……五月蝿い!僕にいちいち絡むな!このヅカ王子め!」
気が付けばもう1組喧嘩してるのがいて、あらあらと思いながら笑っていると4人は私を見て声を揃えた。何とも楽しそうに。
因みにこちらの2人は、女性だけの演劇集団である団体の王子のようだと言われて居るのが理由でヅカと、根暗研究オタクからオタと呼ばれている。何となくこの2人の渾名には、悪意が感じられる気がするのが不思議よね。
「「「「ロビンちゃんっぽい!」」」」
それからリアルロビンちゃんだから、コスプレしようよと化猫が騒ぐそれに私は首を傾げる。……なんの、略かしら?
「コスメ、プレゼント?」
「あぁ、それも確かにコスプレになるね」
「そう言う天然な所が愛しいわ」
「染まるなよ!コイツらに染まるなよ!?」
「王子も同じ穴の狢だと僕は思うけどね」
私の世界はこうして広がって行った。暖かくも優しい友人達に囲まれて、私はこの4人が幸せでいてくれるなら他には何も望まないと……そう思っていたの。
でも、間違ってたのよね。人形の分際で、何かを望んだ事、そのものが罪だったのだ。
傍にいては、いけなかったのだ。傷付けるしか出来ない、生まれてくる事さえ望まれていなかった私なのだから。
繰り返される悪意の籠った言葉は、既に心を麻痺させていてダメージには繋がらないけど、それは間違いなく私の根底に深く根付いている。〝産まれて来なければ良かったのよ〟と〝親と共に死ねば良かったのに〟と〝あんたさえ居なければ〟なんて言われて、それは既に挨拶と化していた。
「でもナミって、大きな神社の跡取り娘なんでしょ?そうなると色々厳しいの?」
化猫の問い掛けで、暗くなりかけていた私のそれは霧散する。きょとんとした顔で私を見てるその顔が何とも幼い。
2度程80点台を取ったけど、あの時は少しばかり体力的にキツかった。家事と稽古の他に勉強の時間が加算されてしまい、読書を含む趣味の時間が取れなくなり、睡眠時間が3時間に満たない日々となったから。
でも、過剰に反応して心配されるのを分かってるから、そこは言わない。私は軽い感じで、事実の1部を伝える事にした。
「テストで90点以下を取ると、自宅での勉強時間を5時間取らないといけない程度よ」
「……その他に、舞いの稽古とかあるんだろう?」
「神楽や巫女舞は出来ないと不味いから当然よね」
そんな会話をして笑う私に、四人はいつも優しくしてくれた。だから、ここに居てもいいのだと、ここが居場所なのかも知れないと、そう思ってしまっていたの。
四人の友人と、運転手に支えられて、お祖母様からの教えに従い生きていた日々は、ある意味で平和だった。本を読む事は禁じられなかったので、空いた時間は常に読書をして過ごして、私は高校生になった。
その頃から四人の友人達が私を守るような動作が増えていたのは何となく気付いていたけど、その理由が分からなくて、でも……皆の傍に居られるなら何でも良かった。それだけで、幸せだったのよ。
そんなある日、婚約者である2つ年上の人に体育館の倉庫に呼び出された。なんだってこんな所にと思いながら向かうと、不機嫌そうな姿を見せる婚約者。
呼び出しておいてなんなのかと、少し反抗的な気持ちになったのは、友人達から感情と言うものを持つ事を推奨されて来たからに他ならないだろう。この人とこの先生活を共にするようになるのは、想像しただけで疲れそうだなと思うけど、どうにもならない。
「お前は俺のものだと自覚しているか」
「いいえ。私が跡取りであり、貴方は婿である以上、私が貴方のものではなく、貴方が私のものです」
その答えに婚約者は激昂し、埃臭いその場所で、私は強姦された。けれども立場が婚約者である以上、それを訴える事は出来ず……痛みと苦痛しかないそれを耐えるしか道は無かったのだ。
その後は婚儀の日まで男を知ってはいけなかったのだから、黙っていて欲しければと言われて幾度となくその行為を強要される日々が始まった。痛みと苦痛と、そして悲しみが身体と心に襲い掛かる日々。
けれどそうなれば、学生であり性的な事に関する知識の少なかった私と、私をていのいい性欲処理に使う事しか考えてない男では、それはなるべくしてなったとも言える事態を招く。……そう、私の中に命が宿ったのだ。
それに最初に気付いたのは、ヅカだった。最近来てないんじゃないのか……?と。
それによりはたと思い当たった私が顔色を変えてしまえば、化猫に問い詰められる事となった。その結果全てを白状した私のそれを聞いて、4人は深く傷付き、怒りに震える。
悲しまないで、私何かの為に。苦しまないで、私なんかのせいで。
大切なの。もし私が皆を傷付けるしか出来ないと言うなら、私なんて消えてしまった方がきっといい。
でも、宿ってる命に罪は無いし、私には世継ぎを残す役割があるのだから、寧ろ良かったのかも知れないと考えた。けれどもそんな私の言葉に怒り狂った四人が、お祖母様の元へと直談判に向かってしまったのだ。
その結果、私は薬により宿った命を奪われ、婚約を解消される事となる。全てが無かった事になり、全てが解決したように思えた。
しかし、それ以降私に放課後という存在が消えた。学校には運転手が送迎してくれて行けたが、それ以外は部屋と稽古場の他、風呂やトイレ等の必要な所を除き、立ち入る事さえ許されなくなってしまったのだ。
その事実に友人達は嘆き、怒り、祖母に直談判を繰り返してくれたが、改善される事はなかった。それどころか、婚約者にされた事を知った運転手から、送迎の車内で襲われるようになったのだ。
こちらは知識もあったので、命が宿るようなヘマはせず……ただ、身体を弄ばれて過ごす。それにより、私は疑心暗鬼となり他人を避けるようになっていく。
そして、これ以上皆を傷付けたくなくて、巻き込みたくなくて、私は自らの意思で友人達とも距離を置くようになっていた。私の心は分厚い氷に閉ざされて、表情筋が失われているのが自分でも分かっていたけど、解決方法は存在しない。
繰り返される行為は、婚約者だった男からは痛みと苦痛を与えられるだけのものであった。〝黙って足広げてろよ。お前の価値はそれだけだ〟とか〝使って貰えるだけ感謝しろ。俺に逆らうな。でしゃばるな〟等といった言葉が繰り返されていたから、それに従っていたのが現実だ。
無駄な事はしたくなかった。抵抗しても、変わらないなら、私が大人しくしていれば解決するならそれでいいかと思っていたのは事実。
運転手から与えられるそれは、辱めと呼ぶのが相応しい気がする。弱い所を散々刺激しておきながら、身体が反応する度にそれは恥ずかしい事であり、いけない事なのだと教えられた。男好きの淫乱だと繰り返され、声を出す事ははしたなく罪深いと教育されていく。
そういうものなのかと思うからこそ、反応しないように必死に耐えて、でも、僅かにでも反応すればそれを理由に辱められるそれは、私の精神を大きく摩耗させていた。そして、油の切れた機械のように、私の感情は少しずつ、けれども確実に動きを見せなくなって行く。
ただ、日常的に祖母から舞いや神楽を教えられ、学校では勉学に勤しみ、祖母の居ない時には身体を弄ばれて過ごす日々。……そうして、私は運転手を本当に信頼していたのだと哀しみの中で気付かされた。
そんな日常の中で、エスカレーター式に入学した大学をいつの間にか卒業する事となった私は、卒業式の日に四人を酷く傷付けていた事を知る。距離を置いてから、直接会話をしなくなってから、もう年単位の時が流れていた。
「下手な事して、悪かった。私達を怨んでいるのだろう」
ヅカの言葉に、私は彼等をこれ以上巻き込みたくなくて離れた事が、裏目に出たのだと気付く。人形が、人として生きようとした罰がこれなのだろうか。
傷付けたくなかったのに、苦しめたくなかったのに、どうして上手くいかないんだろう。皆が笑って、平穏に生きてくれるなら私なんかどうなっても構わなかったのに。
「怨んでなんていないわ。ただ、もう、皆を巻き込みたくなかったの。ごめんなさい」
「……ナミ、貴方その身体の跡、どうしたの!?婚約は解消されて、今……ナミは、自由なんじゃないの!?どうして……表情が無くなってるのよ!」
化猫はそう言って私の服から見えたそれに反応して叫ぶ。その直後、王子が化猫を殴り黙らせると、私を強く抱き締めてきた。
こんな風に抱き締められた経験が殆どなくて、どうしていいのか分からない。分厚く氷の壁に囲われている心が、軋んだ音をたてるのを聞いた気がする。
「……必ず、助けるから。後2年待ってくれ。考えてる事があるんだ」
「1人で抱え込むの、ナミの悪い癖だ。頼ってくれていい、僕達は親友であると、その……認識している」
王子が抱きしめたまま言葉を口にして、それに重ねるようにして隣に立ったオタが耳まで赤くしながら言う。それに泣きそうになりながら頷いて、そうして私は……自分がつらいと感じて、今の現状に苦しんでいた事を認識した。
オタは卒業後大学院へと進み、教授となる予定らしい。ヅカは家がやっている道場の跡を継いで生きる予定と話していた。
王子は弁護士資格を得たから、弁護士として法的に助け出すと言ってくれて、化猫は様々な場所で通訳官として働きながら暇を見て翻訳の仕事もして行くと話していた。そんな彼等が2年以内にそれぞれの場所で基盤を作るから、そうしたら社会的な力で助け出すからと言うので、それを信じて待つ事にしたのだ。
学校へ行く事の無くなった私は、神事や祭事を行う他は部屋で読書をするばかりの生活になっていた。ただし、お祖母様がいらっしゃる時はと言う注意書きがつくけれど。
お祖母様がいらっしゃらない時は、運転手から身体を求められ、抵抗しても力負けしてしまい無駄であると悟ってしまったのだ。それからは、痛みや苦痛を受け流す為に、それを大人しく受け入れていた。
屈辱になら耐えてみせる。ここで命を捨てればきっと、皆を泣かせてしまうから。
ずっと、分かっていたのだ。私は生まれた事が、そもそも罪だったのだと。
幼い頃に両親を喪い、祖母は頼れず、祖父も居ない。そんな中で他の親族に言われるまでもなく、生きていてはいけないのだと自分でちゃんと理解していたのよ。
それでも無謀にも求めていたのかも知れない。温かな家族と呼ばれる存在を。
私なんかを必要としてくれる存在がいる筈もないと知っていながら、愛して欲しいと嘆いていた。私の生を誰からも望まれないと知っていながら、傍に居させてと足掻いていたのだ。
壊れそうな心を、砕けないようにしていたのは、親友達が居たからだと分かっている。皆だけが、私にとって生きる理由なの。
いつか、終わりが来る。皆が、助けてくれるんだから。
それが、私の中で唯一のよすがだったと言えるだろう。そうして迎えた約束の年。
お祖母様に証拠を揃えた4人が面会し、話をつけて運転手の解雇と告訴を行い、元婚約者のそれも法的に罰して1門を追放と言う措置に踏み切った。その後は劇的な変化に伴い、私は初めて1人暮らしをさせて貰える事になったのだ。
新居はお祖母様が世間体もあるし、被害者の方が目立つからと言う事で小さな庭付きの戸建てを用意してくれた。ホームセキュリティ等もしっかりしてくれて、家に引きこもっていれば安全になるように配慮してくれた形だ。
その他に、神社までの送迎についてはヅカが引き受けてくれる事になったのだから、困惑もする。勿論それに伴う給金は、祖母が支払ってくれる手筈になっていた。
「……その為に居合の段位の他に、柔道と剣道も段位を得てある。今度こそ、ナミを守るよ」
「ヅカは本当にカッコイイね。僕は証拠を押さえるしか出来なかったってのに。それも、違法スレスレでさ」
「俺は役立ったの肩書きだけだもんなぁ……」
「なぁによ、3人はいいわよ。私なんて世間に公表されたくなければちゃんとしろって脅迫する他に、なんにも出来なかったのよ!?……あー!悔しい!」
四人の言葉に笑って、何で助けてくれたのかと問い掛けたら容赦なく殴られた。……痛い。
「「「「親友助けない奴がいるか!!」」」」
揃う声に、涙が溢れる。私は、共に居ても良いのだろうか。
生きている事を、許して貰えるのかな。そんな私に顔を見合わせて四人はまた声を揃えた。
「「「「大丈夫、1人になんかしないよ」」」」
そうして私は、悪夢のような日々から開放された。元婚約者の家族から向けられ続けた『あんたなんか、産まれてこなければ良かったのよ!』と言う悪意と憎悪、怨みに彩られたその言葉の代わりに、親友達が温かな言葉を向けてくれる。
祖母からの完璧を求めるそれは、跡継ぎとして誰にも見下されないように、攻撃出来る隙を与えない為にとしてくれていた事なのだと、分かっている。例え愛されていなくても、これだけ問題を起こしても尚世継ぎとして認めて貰えているなら、道具としてでも価値があると言うなら、私はそれだけで充分すぎる幸福だっと思う。
それを伝えた時、祖母には何故か叱られてしまった。……過去に母と祖母の間に何があったのかは知らないけど、その確執があるから愛されないのではなく、私自身に足りないところが多過ぎるから愛されないのだと理解しているのよ。
それからは月に1度、定期的に5人で集まり遊びに行って、その帰りに食事をしてというような事をするようになった。遊びに行くなんて経験は、それ迄した事が無かったから、何をするのも楽しく思えたの。
カラオケと言うところでは、知らなかった多くの歌を知った。それによりこっそり家で音楽を譜面におこしたり、楽器で演奏したりして1人の時も楽しめるようになっていく。
着ぐるみが出迎えてくれる遊園地に連れて行かれて、驚きと感動から遊園地なんて初めて見たと言った私に、何故か化猫が泣き出して絶叫マシンばかり強制的に乗せられたのは謎だけど。お化け屋敷で気絶しそうになった私に王子が狼狽えて、オタが泣きそうになったのをヅカが引き受けて出口迄運んでくれたりもした。
本当に平和な日々を手に入れて、幸せな時間を私は過ごしている。でも、人は生きている限り変化すると知っていた。
とは言え、私はその変化を推奨していた。だってね、明らかにこの四人の関係が固まりつつあるのには気付いていたのだもの。
「ねぇ、いつ報告してくれるつもりなの?」
「「「「え?」」」」
「結婚、するんでしょ?」
「「「「なんで知って!?」」」」
四人はもう、本当に同じ反応をした。それがおかしくて笑い過ぎて涙を流す私に、化猫が言う。
少し不貞腐れたように、何処か恥ずかしそうに。それに対してヅカも負けない様子を見せている。
「なによ、あんた達もなの?付き合ってるなんて、知らなかったわよ」
「それは、こちらのセリフだ。いつも喧嘩ばかりしていた癖に」
そんな会話の後で、四人はそれぞれなんで私が気付いたのかと問い掛けて来る。けど、そんなの答えはひとつしかないじゃない。
だって私は……。
「皆の事、大好きでいつも見てたもの。……幸せにしてあげてね」
互いに互いを幸せにして欲しい。幸せになるって、なんか難しいけど、幸せにするのは相手を思いやっていたらできる気がするから。
そんな私に男達は照れた様子を見せて、女達は泣きながら飛び付いてきた。その後は結婚式を共同で行うなんて言い出した四人に、仲良しねと笑いながらその計画を立てる為に私の家へと向かう。
1人で住むには大き過ぎる戸建てなので、5人でこの先の事を話すのにちょうどいいとの事になったのだ。食材等を買い込んで、笑い合う時間。
楽しくて幸せな時間が、この先もずっと待ってるのだ。と……私は、ううん、私達はこの時、信じて疑っていなかった。