その日私は随分深く眠った。色々な事があって、私は自覚しないままに相当疲れていたらしい。
翌朝ボヤーとした状態で起きた私は、シャワーを使い汗と共に眠気を流すと支度を整えて表に出た。すると巫女様が気球のような物に荷物を詰め込んでいて、それを見て本当に行くんだなと気付く。
そっと歩み寄り、その足が震えてる事に気付く。でも、声を震わせたくはない。
「巫女様……」
「ナミ……行ってくるわ。ちゃんと帰るから、少しだけ待ってて」
「うん……」
自分から言い出したのに、寂しい。そう思って巫女様を見たら、何故か巫女様が震え始める。
どうしたのかなと首を傾げた瞬間に飛びかかられて、私の胸に顔を埋めた巫女様が身体中をまさぐり始めたから、思わず悲鳴が出ていた。それでも巫女様のホールドは、私を解放してくれないけど。
「ああぁぁぁぁあ!!私の愛しいナミちゃん!!たわわなお胸、滑らかな肌、蜜柑の香りが私の心と身体を離そうとしな……「おいおいおいおいおい!!辞めんかァ!!」」
「なんで辞めなきゃいけないの!?私をたわわなお胸が呼んでるのよ!?揉んで!舐めて!食らいついてと叫んでいるわー!!」
「幻聴じゃ!辞めろー!!」
助けに入ってくれたハレダスさんに、思わずお爺ちゃん怖かったよと言って泣き付くと、その様子に皆が集まり笑い出す。いつもの調子に戻ったなと言って。
巫女様はその後、その騒ぎを聞き付けて姿を見せたエースとマルコさんにキラリとその瞳を輝かせた。そしてお爺ちゃん達の抑え込みを振り切ってエースへと飛びかかった。
そのまま巫女様は流れるような動きで、しっかりエースの胸を揉み、エースが振り払うとそれを躱しつつマルコさんに飛びつこうとした。だがそれを躱され、悔しそうにしながらアラバスタへと向かって行った。
「帰ったら揉むから!覚悟してなさいよ!!」
「男の胸揉んでどうするんだよぃ……」
「筋肉の胸を揉むのは、なかなかに貴重なのよ!!ぐへへ、私、諦めない!」
「はよ行け」
お爺ちゃん達の言葉を受けて、残念そうにマルコさんの胸を見ながら巫女様は飛び立つ。嵐が去ったようなそれに、空気が僅かに弛緩する。
「あの子は、相変わらずな様子だねぃ」
マルコさんの言葉に笑いながら、心から思う事を口にする。彼女は私の愛しい……大切な人。
「ちょっと変わってるけど、優しい子なんです。……責任感が強くて、シッカリしてるのにどこか抜けてて、好きな人に素直になれない、可愛い子なんです。……今度こそ、幸せになって欲しい」
私の為に命を散らしてしまった、犠牲者。ねぇ、今度こそ幸せになって。
私に巻き込まれたのに、私を1言も責めなかった。本来なら、責める権利を持つのは私じゃなくて、皆の方なのに。
「…………ふぅん。だとしたら類は友を呼ぶって言葉、ホントなんだな」
「え?」
エースの言葉に視線を向けたら、エースはそうだろ?と軽い感じで言う。だけど、どういう事か分からない。
じっと見つめればエースは事も無げに言う。その声は、妙に優しい。
「責任感があって、シッカリしてるようでどっか抜けてて、優しくて可愛いなら、ナミと同じだろ。まァ、あの人はちょっと変態入ってて、ナミは天然だけどな」
「私、普通にしっかり者で、抜けてないと思う。責任感は、そんなに強くないと思うし、確かに顔は可愛いと思うけど、私は全然優しくないわよ。今日からエースを、ボコボコにしてやるんだから!!」
「…………エース、ナミのこれは本気かよぃ?」
私が息巻いて言えば、マルコさんが何かに驚きどこか呆けた様子で問い掛ける。それにエースが力強く頷いた。
「本気も本気!」
「自分を知らないってのは、怖いもんだねぃ」
二人の会話に少しむくれてしまう。何よ、こんなに可愛い顔なのに、可愛いのを認めないっての!?
ナミちゃんに謝れコノヤロー!!と、脳内でチョッパー風に文句を言ってから、2人にべー!と言って離れて行く。当然チョッパー風の所は、口には出てないけど。
そのままお爺ちゃん達に本を借りようとしたら、何故か頭を撫で回される。その上で、寂しくなったななんて言われるから……親に初めて留守番させられてる子供じゃないのよと少し思う。
思うのに、それを否定できない。ずっとこの空島で共に過ごしてたからか、過去を思い出したばかりだからなのか、取り残されたみたいで……寂しい。
「……過保護にも程があるわ。大丈夫よ、巫女様はいい男捕まえて幸せになるから」
「その代わりに、彼奴は二度とここに戻らんかも知れん。そのつもりと覚悟があって、ナミちゃんは送り出したんじゃろう?」
真剣な眼差しに、私は頷く。勿論、その覚悟はちゃんと持ってる。
「勿論よ。アラバスタで、未来の王妃として生きるか未来の王兄妃として生きる可能性が高いのは、わかってた。それでもね、私は巫女様には今度こそ、何がなんでも幸せになって欲しいの」
「あの子も、似たような事をナミちゃんが居ない時に言っていたよ。相手なんて誰でもいいから、幸せにさえなってくれたらそれでいい……とな」
その言葉に、自分を優先する事を覚えて欲しいわと言えば、お爺ちゃん達がお互い様じゃなと笑って5冊程の本を差し出してきた。それを喜んで受取り、読み漁りつつ分からないところを書き出して質問していけば、楽しそうに教えてくれる。
流石にこれは、写本させて貰って出版と言う訳にはいかないわよね。本来なら門外不出のものだもの。
だからと言って何も出版しないと、皆が心配するだろうとは分かるので頭が痛い。何なら……そう思って、昨日歌った曲と、それの仲間に属する歌を出版しておこうと決める。
音楽なら、こうして芋ずる式に思い出せるので、メモしておいてそれを思い出しながら歌詞を書き出す。それを元に今度は音を合わせる為に書き出していくと、それは主音律と副音律の書き出しが必要になり、やれる範囲で思い出しながら描いて行く事になる。
勉強ばかりしているとお爺ちゃん達が嘆くので、日に1時間はこうして執筆とか演奏の時間を作っている。それが完成すると本来空島は配達圏外なのは知っていて、笛でクーちゃんを呼んで受け渡しを行っているのだ。
勿論午前中は私がそうやって穏やかに過ごせるけど、午後は私とエースの手合わせが待っている。エースは問答無用で全力で襲いかかって来るけど、今まで能力で補佐してたそれが無くなったばかりであるエースには動きにムラがあり、隙も多い。
だからこそ、クリマタクトで殴り付けて沈めるのに差程時間はかからないのが現状。でもそれは時間が長くなればなる程に、私が体力面で追い詰められて行く。
シッカリと勝ち負けが出た時はそれをお爺ちゃん達が記録してくれてて、夕方になるとその手合せが終わると言う形式。お爺ちゃん達がそこまでバックアップしてくれてるのは、私が勝ったのに負けた事にしかねないからと言うのが理由らしい。
つまりタイムスケジュールとしては、起床後朝食までは自由時間で、朝食後簡単な会話等を行い私は勉強と執筆に入る事となる。その間エースはマルコさんと手合わせして、お昼を揃って食べたら私とエースの手合わせだ。
その後夕食とシャワーを済ませて、手合わせで負けた方がマルコさんとの手合わせとなる。どちらも睡眠時間は欲しいので、必死になってるのだ。
今のところ体力切れで後半私の負けが続く事がある他は、基本的に私の勝ちになっているので、3対1位の割合で私が勝ちマルコさんとの手合わせにはなっていない。……でも、マルコさんとの手合わせがまた……鬼なんだよね。
強いのは強いんだけど、何よりも賢いんだよね。だからこそいくら脳内で戦線のシュミレーションしていても、対応できてない現実。
何やっても先回りされるし、頭で考えて戦う私には結構キツい相手だと思い知らされてる。肉体だけだと勝てないから頭脳で生き残ってきたのに、頭脳でも上回れては勝ち目なんて見いだせない。
「……ナミは体力が足りないねぃ?ちゃんと昨夜寝たかよぃ?」
私の上に座ってる人に言われたくない。それも、地味に重い。
でもまさかそうは言えない。だから違う言葉を返す。
「……昨日は、私が勝ったんですから、当然で……「エースが心配で、数時間毎に様子見に来てる奴がよく言うよぃ」」
やっぱり気付かれてたかと苦笑すると、頭をわしゃわしゃと撫で回された。それから困ったように笑って、マルコさんは言う。
「そろそろ、本気にさせないとかねぃ」
「え?」
「エースの為に、人身御供になる心積りはあるか?」
「はい勿論。エースがそれで、強くなれるなら」
何も考えずに頷いていた。そんな私にマルコさんは1瞬息を詰めて……それから呆れを隠さずに息を吐き出した。
「……少しは迷えよぃ。何されるか分からねェだろ。俺は海賊で、敵船の幹部で……男だよぃ」
その言葉にそれはそうだけど……と視線を泳がせる私に、マルコさんは言う。危険極まりない女だねぃと。
朝日が昇る頃、開放された私のはシャワーで汚れを落としてから、いつものように朝食の為にと準備を進める。朝食、何がいいかしら?
簡単なものでも作ると喜んでくれるから、そんな理由で大抵私が食事の支度をしている。サンジ君が来てからは、たまに留守番してる時に作る程度だったから、最初の内は作るのが怖かったんだけどね。
自分だけが食べるなら良いけど、人に食べさせられる料理になってるのか、それが心配というか不安だったりしたのだ。
「ナミちゃん、法蓮草が食べ頃じゃぞー!!」
そんな声に反応して笑えば、お爺ちゃん達が色々収穫した物を差し出してくれた。元々天候の化学を用いての栽培を行っていたらしく、食料には困らないのだ。
そこに私が趣味も兼ねてハーブを加えたり、鶏と羊を住民に加えて貰った事で空島の食糧事情は1気に様変わりしたらしい。どうしても作るのが難しいものだけは、地上迄購入しに行くけどね。
そうして過ごす今日は、やはりいつもと変わらない日常が過ぎるのだと思っていた。けど、そうじゃなかったのだ。
人身御供になる覚悟……その会話を私は失念していた。その結果、エースとの手合わせの後でエースが負けたのはまぁ……安定の事でもあったので誰も気に止めていなかったと思う。
だからこそ、普通に寝に行こうとして呼び止められてしまった。それがマルコさんの言う、人身御供の始まりだとは気付かないままに。
「ナミ、今夜は少し付き合え。昨日話したろぃ?」
「あ……何か言ってましたね。何したら良いですか?」
「エースを見守って居てくれたらいいよぃ」
人身御供の言葉を思い出した私が、素直に返事をしたのにマルコさんは冷静に言う。予想外過ぎるその言葉に首を傾げると、マルコさんは人の悪い笑みを浮かべて薄く笑った。
それから始まる手合せの時に、言葉の意味を知る事となる。どうしても攻撃に手心を加えてしまう私では、エースを本気にさせる材料になる他に、役立つ方法が無いのだと思い知らされながら。
「エース、負けてばかりの情けない姿を見せるのか?手合わせでは本気を出しても貰えず、それにもかかわらず負け続けで、ここでも情けない姿晒して……永遠にエースは〝悪戯好きな弟〟だなぃ」
マルコさんのそんな安い挑発に乗り、エースは無策で飛び掛る。その姿を見て、本気でエースが心配になった。
戦争の時も、他の時も、エースは挑発に乗り危険な目にあって来たのにそれが少しも活かされてない。実際今の手合せでも、マルコさんは殆どその場所から動いてすら居ない。
実力がこれ程違うのに、猪のようにただ直進してしまうエースが心配になるのは当然だろう。同じだけの時間手合わせしても、明らかに体力の消耗がエースにだけあるのだとわかってしまう。
私との時は、私が攻めに行かないからマルコさんから攻撃が来る。その上で、私が逃げ回るから、それなり以上に疲れてくれてたし、汗だって流れてたのに……。
今のマルコさんは汗1つ無いし、呼吸の乱れもない。ただ、エースだけが動き回っている。
元々大きな動きをする事は多かったけど、挑発された事で理性が失われて余計に動きが大きくなり無駄が増えて、反撃される隙を多く作っている。これでは、勝てるものも勝てない。
大きく吹き飛ばされたエースが受身を取りもせずにその反動を利用してマルコさんに攻撃を仕掛けるのを見れば、エースのそれが捨て身の攻撃だと分かる。けれども、それを許すマルコさんでは無くて……。
「危ない!!」
思わずエースに抱き着く形で庇い、エースを大地に寝かせた状態でクリマタクトでその攻撃を受ければ、マルコさんから怒りの視線を向けられてそのまま力技で弾き飛ばされる。その直後、容赦なくエースに落とされた攻撃で、エースは左腕の骨を折ったらしいと気付く。
「エース!!「来るな!!」」
「……漸く言えたねぃ?庇われて、打ちのめされて、これが手合わせで無ければ……もうエースは殺されていただろうなぃ」
「そ、れは……」
エースが言葉に詰まると、マルコさんは冷たい視線を投げ掛ける。それから僅かに悲しそうな瞳をしたと思った直後、呆れを全面に出して言葉を投げ捨てた。
「……自分で簡易的な治療して、終わったら教えろぃ。その後で続きだ」
「待ってマルコさん!エースは、骨が……!!」
簡易治療で戦うには無理がある。ルフィやブルックは牛乳で治ったから、せめてエースにもそれを試して欲しいと望んでは駄目だろうか。
苦しむ姿を見たくない。エースが傷付くのも、エースを傷付けて苦しむマルコさんも、どちらも痛いし苦しいと分かるから。
でも、マルコさんはそれを許さない。理性的な瞳が私を真っ直ぐに見据える。
「弱いエースが悪い。もうロギアじゃねェんだから、そうなるのは分かりきってた。違うか?」
「それはそうですけど……!!」
「いつもナミがエースを守り続けるのか。そして、骨が折れてるから戦わせないでくださいと敵に願うつもりか!!」
マルコさんの言葉は正しい。私はそれにごめんなさいと謝り、頭を下げる。
そんな私の頭をぽふぽふと撫でてから、いい子過ぎるねぃと苦笑してから少し休んどけと言う。それに頷いて近くにあった木に寄りかかるようにして座ると、マルコさんが厳しくて悪いと苦笑してから、エースの方へと歩いて行った。
この場に私がいる事が、どれだけの効果を齎すのか。そんな事を考えつつエースとマルコさんが怪我なく過ごせる事を祈って見守るしか、今の私には出来なかった。