私の言葉を待つマルコさんに、私は答えにならないだろう言葉を返していた。それなのに、マルコさんは黙って聞いてくれる。
「ルフィは、エースが死んだと思ってるわ。そして、その前には目の前で仲間全員を失っているの」
突然ルフィについて語り出した私に、その意味を問い掛ける事さえしない。エースが大切なのかと言う答えにはなり得ないのは間違いないのに、急かすでもないのだからその懐の大きさに敵わないなと思う。
「だからこそルフィは己の無力を知り、強いと信じていた己を見つめ直して、戦っているのたと分かる。絶望して、初めて本気で修行に打ち込めるのよね」
そういう意味では、エースは白髭様を喪ったから、それで充分なんだと思ってた。でも、私が傍にいて、ルフィが生きていて、サボにも会えた事に加えて愛されているのだと気づいた時に甘えが生じたのね。
私なら甘やかすと言うのは、エースも知ってるから。でも、幼い頃のように毎回助けに行ける環境では無いのよ。
「ルフィのクルーは、離れている間にルフィに何が起きたのかを知って……ルフィに自分は助けられたのに、ルフィを助けに行く事も出来なかった己の弱さと、ルフィが傷付き苦しんでいるのに何も出来ない現状に苦悩して、それから本気になる」
本来ならば、ナミちゃんも含めて皆がそうなる筈だったわ。でも、私は先に知っていたから……エースが死ぬ未来なんていらないと思ったから、こうして立ち向かった。
その結果何か変わったと、自分は役立ったと、そう言えるのかと言われたら言えない。私は結局あの場所に立つにはまだまだ力不足だったのだと、思い知らされただけ。
「ルフィを、今度は自分が守りたいと、ルフィと、そして仲間の為に強くなる事を誓う」
エースは、確かに強くなりたいと願ってるだろうけど、兄達が自分より強いから……それに何処かで甘えが出てる。自分が強くならなければ全て喪うのだと言う恐怖心がまだ薄いのだ。
「でも……エースは違う。確かに敬愛し、尊敬している、愛する父親を……家族を喪った。それは大きな事だけど、まだ自分より強くて守ってくれる存在が近くにいて、甘やかしてくれる事を知っているのよ」
エースは幼い頃から長い事〝甘える〟と言う事を知らなかった。その反動で、今は盛大に甘えているのだろう。
家族から愛されている事を知ったから、本気で想われてる事を知ったばかりだから……だから……。本気でマルコさんと戦えないし、私にも甘えてる。
それを私は許してしまう。どうしたって私は、エースが可愛いのだ。
幼い頃から見ていたから、幼い頃のエースの姿が脳裏を過ぎりつい甘やかしてしまう。強がらないで、危険な事なんてしないでと願ってしまうの。
それがエースの為になんかならないとわかってるのに。エースを甘やかしたら、エースがその後に苦しむだけと知っているのに、無意識で庇おうとしてしまうの。
「他の手段があるなら、私もそれを選びたい。恋人を裏切るなんてしたくないし、恋人以外に触れられるのなんて望む筈も無い。それでも……エースの成長に必要なら、仕方ないと思っています」
私の言葉にそうかと言って頷いたマルコさんは、そっと私を起こしてそのまま抱きしめると部屋に行こうと言う。でもエースが気になって視線を向けると、部屋に連れて行けば合意なのが分かって無意味になると言われてしまった。
……それは、そうかもしれない。私は嫌がって、でもエースが負けたからその責任をとったと……そう思わせるのが必要なんだろうから。
覚悟を決めたつもりでも、何度経験しても、怖いものは怖いのだ。震えそうになる弱い自分を抑え込んで、笑う。
「なら、部屋にいきましょう。シャワーは、先に使っても良いでしょ?」
「ナミ」
「ベッドを、汚したくないの」
卑怯にも、エースが大切なのかと言う答えを私は告げてない。でもそれをマルコさんは責めないから、それに甘えてしまってる。
罪悪感に押しつぶされそうになるのは、この決断がマルコさんを傷付けると知っているのも起因してる。でも、本当に他に手段が見付からないの。
「構わねェよぃ。ナミが逃げないなら、俺も使ってからにする」
「……逃げないわ。でも、ごめんなさい」
「ん?」
「巻き込んで、ごめんなさい。エースを、お願いします」
私の言葉に残酷な女だねぃと言うマルコさんは、妙に苦しそうな顔をした。それが不思議でならなかったけど、先にシャワーを使い、それからマルコさんが浴びに行くのを眺める。
髪を絞りながら、いつもの服装に着替えておけばシャワーから出て来たマルコさんが首を傾げた。今からやると言ってるのに、服を着ているからだろうと分かる。
けど、必要なのは行為の有無だから……短時間で終えられる筈だし脱ぐ必要は無いと思うのよね。それに、自分で付けた傷以外の跡が全て消えていて……それをマルコさんに見せたく無かった。
多分あの眩しい奴が消したんだろうと思う。けど、マルコさんは私の大怪我を見た事があるから、疑問に思われた時説明できないと言うのは困ると思ったのよね。
でも本当は、それも全てこの行為から逃げたいと僅かにでも思う愚かな自分の感情が理由だろうとも知ってる。なんて、情けないんだろう。
「ナミ?」
「入れて、出せば終わりでしょ?なら、脱がなくてもいいと思っ……」
声が、途中で消された。ベッドに抑え込まれて、乱暴な口付けがなされれば呼吸さえ難しい。
普段の優しいそれからは想像も出来ない、狂暴で乱暴な口付けがまるで口内を犯すように行われる。それに思わず抵抗しようとした時、そっと離れた唇の隙間で言われたのは現実を突き付ける言葉。
「ナミは、エースの為になら人身御供にもなると言ったが、嘘かよぃ?」
「そんな訳「なら、普通に抱かれる覚悟くらい決めろぃ」」
「そんな、必要は……「身体に跡のひとつも残さずに、裸で動けなくなってるナミを見られるでもなく……で、エースが衝撃を受けると思うのか。それにな」」
そこで言葉を止めたマルコさんは、海賊の顔で笑った。それにより、マルコさんも海賊なんだと言う事を漸く思い出す。
男の人なんだ。雄なんだと、ここに来て漸く私は理解したのかも知れない。
「俺は何度も伝えた筈だよぃ。……ナミに、惚れてると」
「マルコさん……でも、これは、エースの成長に必要な「どんな理由であれ、惚れてる相手に手を出すってのに、ただ突っ込んで終わりなんてそんな事をする筈ねェだろぃ。……少なくとも今夜は、俺の好きにさせてもらう」」
どう考えても、マルコさんのここまでのそれは紳士的なものだっただろう。外は嫌だと言ったら部屋にしてくれたし、お風呂だって先に入らせてくれた。
確かに好きだと言われてたのに、先程の発言は不味かったと思う。それにこれはエースの成長に不可欠なんだと、わかってもいる。
……頭では!でも、嫌なの。
私は、ルフィの……彼女でいたい。ルフィが嫌がるとか傷付くとか、そんなのより、ルフィ以外に触られたくないと……そう思ってしまうの。
「……狡い女だねぃ、ナミは」
「マルコ、さん?」
言葉の意味がわからない。私の何が狡いのか。
情けないとは思うけど、狡い要素はないと思うのよ。でも、マルコさんが続けた言葉でその意味を知った。
「ここで泣くとか、本当に狡い。だがね、選んだのはナミだよぃ。……どうする?今なら、耐えてやれるが」
「エースの、他に、手段……」
「今の所未定になる。最悪の場合、この場にエースは残して……戦いに参加させるのは不可能との判断をするしかないだろうねぃ」
それは、駄目よ。エースが生き残った意味がなくなってしまう。
戦いに参加出来ずに、また大切な人を喪えば……エースの心が壊れてしまうわ。私は、そんな事望めない。
でも、どうしたらいいんだろう。頭と心が違う答えを出す。
脳裏でルフィとエースが笑い、そして傷付き倒れる。私は……選べない。
どちらも大切で、どちらも愛しくて……。私は、いつからこんなに我儘になったんだろう。
「……ナミ、眼を閉じてろぃ」
「え?」
マルコさんが溜息を落としてから言った、その言葉の意味がわからない。なんで、突然?
「好きな……ルフィにされてると思っとけ。ナミを傷付けるのが目的じゃねェからよぃ。つらいなら辞めてやろうかと思ったが、それもまたナミはエースを想って決断できないみたいだかねぃ」
「……元々、苦手というか、嫌いなのよ。性行為が」
「まァ、そんな気はしていた」
「ルフィが相手だから、好きな人だから、欲しい時もあるけど、でもやっぱり苦手で……だから、ルフィ以外に触れられるのは苦痛なのに……なのに、この体は私の意思を無視して熱くなるから……」
言い訳のように言葉を紡げば、マルコさんは私の頭を撫でてくれる。気にするなと言うかのように。
「……天候を肌で感じるから、ある意味仕方ねェなぃ」
「え?」
「肌で天候を読むという事は、肌が敏感なんだ。気圧の変化に敏感なのは、弱いところだろぃ。古傷が痛むとかなぃ。それが耳鳴りになるなら、耳が弱い。弱いから反応が良くなり、我が身を守りやすくなる。つまりそれは、性的な事をされた時に身体が反応しやすくもなるって事だ」
「あ……それ、は……」
言われてる言葉の意味は分かる。分かるけど、なら仕方ないかと開き直る事は出来そうに無い。
「ナミは、五感が発達してる。生きる為になぃ。だから、敏感で……その上で普通ならできない筈の天候を肌で読む事ができる時点で、敏感で当然となる。肌が薄く、弱いから血流により形を変えてしまう場所があるだろ。それは弱いからだ。だから性感帯となり弱点にもなる。何もおかしくねェよぃ」
……そんな、理攻めで慰められるとは思わなくて……でも、それがなんだかマルコさんらしくも思えて、笑ってしまう。それに合わせて優しい手付きで服を脱がせて来たマルコさんは、苦しそうな顔で私を見ている。
慰めるように優しく瞼にキスをしてから、そっと頭を撫でて来る。その手が優しくて、でも……間違いなくマルコさんを傷つけている事がわかってしまう。
ダメだとわかってるのに、甘いと叱られるかなと思うのに、腕が勝手に動く。傷付けたくないのは、私もだよと思いながら、そっとその身体を抱き締めていた。
「ナミ?」
「……エースの為に私に触れる事が、マルコさんの心を傷付けるのが苦しいの。ごめんなさい、嫌な事させて」
「ナミは……本当に人間なのか疑わしいねぃ。……甘過ぎて、溺れそうだよぃ」
「マルコさん、ありがとう」
私が悲しむ事で、抵抗する事でマルコさんが傷付くなら、受け入れよう。レイリーさんから教わってるし、私はどうしたってこの人を嫌えないのだから。
見交わす目と目。それだけで、不毛に傷付けてしまう現状に互いが怯えていると伝わる。
なのに、辞める選択肢を見付けられない。どちらもエースの命を、心を、壊したくはないのだ。
「馬鹿な弟で、困るよぃ」
「ごめんなさい。私が甘やかしたから……」
「姉ってより、ナミは母親かもなぃ」
時々人から言われていたそれが、妙に腑に落ちた。そしてはたと気付かされる。
そうだ……と。産んであげられなかったけど、私はこの腕に、宿ったその命を抱きたかったのだ。
気付けば壊れてしまう。想えば、生きられないと知っていたから……見ないふりをしていたのだ。
あの時の私がそれに気付いていたら、皆を待つより先に壊れていただろう。そうして、親友を傷付け苦しめてしまっただろうとわかるから、あの頃に気付けなかったのは良かったんだと思う。
だけど無意識で子供を可愛がっていた根底に見えたのは、腕に抱く事が出来なかった、産めなかったその命。……ずっと、ベルメールさんが拾って育ててくれたからだと思ってた。
子供は守るべき対象だからだと思ってたし、それも間違いではないけど……。それでも私は無意識の内に……。
「そっか……私、無意識で……」
「ん?」
小さい子を見る度に、性別さえまだ分かる筈もなかった我が子に重ねていたんだ。私は……その事を覚えてもいなかったのに、我が子を求め続けていたんだ。
父親がとか、そんなのどうでも良くて。ただ、私の元に現れる無垢なその命を大切にしたかった。
「産みたかった……会いたかったんだわ……」
「ナミ?」
「マルコさん、ありがとう」
今マルコさんに何も語る事は出来ない。今はもう、肉体も考え方も、何もかもが違うのだから、どうする事も出来ない。
そんなのはわかってるのよ。ここまで生きてきた今の人生を、自分を否定するつもりなんて無い。
ただ持っていた知識を活用して、大切な人を失う恐怖に怯えながらも必死で歩んで来た。でも、そうか……私は、そんな中でもあの子を……求めてたのね。
語れない代わりにと、誤魔化す為に重ねた唇。それに驚いたような反応をしたのは1瞬で、マルコさんは熱い口付けにシフトチェンジして、いつの間にか貪るようなそれに変わって行く。
甘える権利はないとわかってるのに、私はマルコさんに甘えている。縋るように、その身体を抱き締める腕に力を込めた。