今の私は体調の問題もあり、起きていられる時間は恐ろしく短い。その短い時間を利用して、診察と入浴、としてトイレを済ませてしまう。
誰かに拭いてもらうと言う案もあったらしいけど、シャンクスが洗う人間が狡いと騒ぎ出したのだ。勿論保護された当日等は船医とベックが意識のない私を……その、清めてくれて、治療もしてくれたんだけど。
まぁ、意識のある状態で誰かに洗われるのは流石に抵抗もあるし、シャンクスがやれば確実にそれだけでは済まない。そうなれば、私は体力不足に陥って比喩ではなく死ぬだろうと言われてしまった為に、誰かが洗うって話は消えたと言う訳よ。
自分で全身を拭くくらいなら、シャワー浴びる方がまだ楽だしね。そんな訳で私が起きていられる時間は、皆が本来入浴の時間でも気にせずに使えと言われて、私の為にお風呂場を提供してくれる。
シャンクスやベックの部屋にあるシャワーを借りようかと思ってたけど、結局シャンクスが狡いと騒いだし、シャンクスの部屋のを使えば以下略である。溜息を落としながらも、ちゃんと守られて大切にされてる事は理解しているのだ。
そうして真綿で包むように、大切に大切に隠されて、守られていた。私はどうやら、そんな状態を3日程過ごしたらしい。
そんな中でも、サイクロン等に気付くとそれは伝えていたらしく、意識がなくても女神は女神だと皆から笑われてしまった。それにより私は赤髪の女神ちゃんと言う呼び名を思い出して、回復したのもありシャンクスを探して甲板に飛び出し、見つけると同時に口を開いた。
「シャンクスのばぁか」
「ん?」
甲板にある樽に腰掛けてたシャンクスに私がそう声をかければ、飲んでいた酒瓶を隣の樽に置いて私に不思議そうな視線を向けて来る。その顔がキョトンとしてて、本気でわかってない事を伝えて来た。
勿論こんなの慣れ親しんでる相手だから言える事だから、甘えてるようなもんだけどね。だからシャンクスも怒らないし、皆も微笑ましそうに見ててくれるのだ。
「シャンクスのせいで、私〝赤髪の女神〟って呼ばれてるのよ。どうしてくれるの」
「……事実だから仕方ないだろ」
何が事実なのか。私は女神なんかではない。
それに、あの光の塊と近い存在にはなりたくないわ。そう思って溜息を吐き出すと、幸せが逃げるぞーなんて元凶であるシャンクスから笑われてしまう。
理不尽に過ぎると思いシャンクスを睨めば、シャンクスは可笑しそうに笑う。その顔が珍しく大人だったから、どうしたんだろうと驚いて見詰める。
「そもそも、どう足掻いても予見する事が不可能だと言われているサイクロンに気付き、躱させる。敵味方問わず血を流すのを厭い、仲間を率先して庇う。そんな存在がいれば女神と呼ばれて当然だろ」
「そんな事は無いと思うわ。私は、女神なんて似つかわしくない……」
「ナミは俺の大切な女神だ。……愛しい女を女神と呼んで、何がおかしい」
言葉と共に伸ばされた腕により簡単に抱きすくめられてしまえば、逃げる事は叶わない。普段はおちゃらけてばかりなのに、こんな時だけ色気を振り撒いて来るのだから女が放置しない筈である。
どうして、私だけをみるんだろう。他にもっと沢山いい女はいると思うのに。
シャンクスが望めば何でもしてくれる女は、きっと五万といる。私に執着する必要なんて、どこにも無いのに。
「……離して」
「ナミ」
「保護して貰ってるのは感謝してるけど、私は娼婦じゃないわ。……それを目的で助けたと言うなら、今すぐ海に身を投げるわよ」
ここは
そう思ってシャンクスを睨めば、シャンクスは拘束を強めて頬にそっと触れて来る。その手が首に滑るように移動して、そのまま髪の生え際を……頭皮を撫でるように移動して後頭部を抱えるように押さえてきた。
その指が触れた所が、撫でられたその場所が、特に何をされた訳でもないのに粟立つような感覚に襲われてしまう。変な声を出さないように、必死で耐えるだけで精一杯だった私にシャンクスは笑う。
「肌の相性も悪くはねェのにな?」
「やっ……!私はル」
続きの言葉は、シャンクスの唇に飲み込まれた。歯列を割って滑り込んで来た舌に、口内を当然のように蹂躙される。
絡んで来た舌にじわりと溢れる蜜が舐め取られる。抱きすくめられた関係でシャンクスの膝に座らされている私は、地味に足が床に届いてない。
それもその筈だ。樽は大きいからシャンクスでさえ、座れば多少足が浮くのだから。
それでも私はその直前まで立っていたから、抱きすくめられた時にそのまま横向きに座らされられてしまっていたのだ。その状態で居る事に慣れすぎてる私の過失。
幼い頃からシャンクスやベック、ヤソップの膝にいるのはよくある事だったのだ。……あれ、そう言えば、ルーの膝に座ってた記憶が無いぞ?
そんな思考で現実逃避してみても、キスは深くなるばかり。腰が強制的に捻られているので、力なんてそんなに入らない。
片腕で軽々と私の身体を抱き竦め、もう片方の腕は後頭部を押さえているのだから、どう抵抗したらいいと言うのか。それに皆も今の状態に気付いたとして、またじゃれてるって程度で助けてくれる事はないだろう。
「んっ……!」
反射的に目の前の胸を押し返そうとした私の抵抗は、戒めを深めたシャンクスの腕で易々と封じられる。手を伸ばすなんて出来ないままに、肘を曲げた状態で互いの身体の間に腕が入ってしまっているのだ。
掌で押さえられている後頭部により、顔を背ける事さえ許されはしない。抗おうとすればする程、シャンクスからの口付けは深まって来る。
「んっ……あ……!」
悪寒のように身震いして、噛み合うように重なった唇から甘ったるい痺れが広がっていく。そうしながら、やっぱり私のキスはシャンクスに仕込まれたんだろうなと、少し前のドフィとの会話を思い出した時、シャンクスの唇が離れた。
その顔は不愉快さを隠そうともしていなくて、内心で首を傾げながらじっと見つめてしまう。なんで、そんな顔してるんだろう?
シャンクスが突然キスしてきたし、私は抵抗できなかったし、そうなるとシャンクスとしては満足なんじゃないのかな。それとも突っ込んでないからとか?
イヤイヤ、させる気ないから。てか、コレで左腕は日常生活に支障がない程度だなんて言われても信用出来ないんだけど、本当は治ってるんじゃないの?
「ナミ、今お前俺にキスされながら他の男を考えただろ」
「ふへぁ!?」
「目の前の相手を考えてる時と、他の事を考えてる時ではナミの思考モードに違いがある。俺にキスされながら別な思考モードに入るのが、俺以外の男を考えた以外の答えなんて有り得るか」
……違いがわかるとか、凄いね。そんな事言えないけど。
頭を固定してる手も、動けないように抱き締めてる腕もそのままで、じっと睨まれてしまえば逃げ場なんてない。だから私も、それに応えるように睨み上げた。
……負けないんだから。気持ちだけは、絶対に。
「私はルフィのものよ。シャンクスのものじゃない。思考や心をシャンクスに向けないからと、文句を言われる筋合いなんて無いわ!」
「ナミ!……2年前にも言ったが、俺のクルーでも女でも無いなら、敵船になる。そんな態度なら、敵船の幹部である女を、船長がどう扱っても文句はないな?」
「何度も言わせないで。師匠としてのシャンクスは好きだし尊敬もしてる。友達としてのシャンクスは、手もかかるけど可愛いと思ってるわ。でも、それ以外を求めるなら、私は海に1人で飛び込む」
凄まれても知らない。私はシャンクスのものにはなれないもの。
私は嘘は言ってない。……言って、ないわ!
「ナミ!」
「私に手を出すつもりなら、殺す覚悟をしなさい!力じゃ敵わないのも、私がシャンクスを傷付けられないのもわかってるでしょ。そうなれば、私は自らを滅する覚悟くらいできてるわ!」
その瞬間僅かにシャンクスの腕が震えた。そして、恐怖をその瞳に宿らせたから、本気を感じ取ったのだろうと気付く。
それでもここで絆されたら意味なんてないからと、シャンクスの腕から抜け出すと距離を取る。その時シャンクスが私を見て、ふっとその表情を和らげた。
「シャンクス?」
「それ、使ってくれてるんだな」
言われて視線を辿れば腰にある流星錘で、嗚呼と思う。そう、本当に頑丈で正直怖いくらいだけど有難く使わせて貰ってるのだ。
「うん、ありがとう。でもこれ、何でできてるの?」
「俺からナミへの愛」
「そんな馬鹿な……」
思わず顔を顰めると、シャンクスは楽しそうに笑ってから眩しそうに私を見る。……まさか、本当にアイツみたいに光ってるなんて無いだろうけど、逆光にもなってないと思うのよね。
でも、ならどうして、シャンクスは眩しそうにしてるんだろう。愛しそうに、嬉しそうに、幸せそうに、私を見つめるのかな。
答えを本当は知ってる。でも、知らないままでいたいのよ。
「気高くて、賢くて、優しくて……ナミはガキの頃から変わらねェな」
「そんな変わらない子供に手を出さないでよ」
「そんなガキの頃から、俺はナミだけを愛してるから無理だ。8歳のナミを衝動的に襲いそうになる程度には、本気だぜ」
その刹那、シャンクスから漏れだした覇気に1瞬視界が揺らぐ。この二年で、シャンクスもまた覇気がパワーアップしてる。
このままでは呑まれる。そんな訳にはいかない。
気を強く持ち、震えそうになる自分の膝を叱咤する。そうしてシャンクスに向けて挑発的に笑って見せたのは、間違いなく強がり。
「それで?私をどうするつもり?確かにお世話にはなったけど、身体を許すつもりは無いわよ」
「……そうだなァ。ナミが今、濡れて無ければそれを認めて今回シャボンディ諸島に到着するまで、何もしないでいてやるよ。優しくも厳しい〝師匠〟として、共に過ごしてやる」
「なん……!?」
怒りと羞恥から赤くなる私にシャンクスは笑う。まるでそれが当然だとでも言うように。
「確認、させてみろ。それとも、俺のキスだけで俺を求めたと、淫乱な雌だと認めるか?素直に認めるなら、苛めないでやるが」
「……どちらにしても、触らせるわけないでしょ。そういう意味では、私、シャンクスを信用してな……!?」
言葉の途中で向けられたシャンクスの愛刀。それを寸での所で躱すと、シャンクスはそのまま剣で襲いかかって来る。
体力が回復してきたとは言え、まだ本調子には程遠くシャンクス相手に大立ち回りなんて、どう考えても出来る筈もない。だけど、ただ負けるなんてできないししたくない。
攻撃を躱しながら船縁に飛び乗り、それを蹴る形でシャンクスを飛び越えて背後を取り流星錘でその背中を狙う。するとシャンクスは楽しそうに笑いながら、それを躱して私との距離を詰めてきた。
けど、そうなるのはわかっていたので流星錘を予定通りに操り、シャンクスの二の腕ごと身体に強く巻き付ける。それには流石にシャンクスも驚いた顔をしたけど、本来ならここで蹴り倒して押さえ付けるのがベストなのにそんな事は出来ない。
だからと思って距離を保ちながら戦おうとしてるのに、シャンクスは肘から下の腕と足だけで平然と私への攻撃を続けて来るのだから嫌になる。クリマタクトを手にして容赦無く雷をシャンクスに放つけど、既にそれが掠り傷さえ与えられない程度であると思い知らされただけ。
やっぱり……強い。絶対に変則的すぎる私の戦い方に慣れてる筈も無い上に、経験だってない筈なのに、平然と対応してくるのだから嫌になる。
折角縛ってあるのだから、それを解く訳にはいかない。けどそれにより私の可動範囲が狭まり、シャンクスの射程範囲から外に逃げられないのがこんなにも苦しいなんて。
そのタイミングで受けた横波で船が揺れると、僅かにバランスを崩した瞬間を狙われて流星錘の紐をシャンクスに掴まれてしまった。慌てて流星錘から手を離そうとしたけど、離すより早く引っ張られてしまえばシャンクスに自ら飛び込む形となってしまう。
「やっ……!」
咄嗟に声が出た私を愛しそうに見詰めるシャンクスは、けれども当然のように流星錘で私を縛り、簡単に己の戒めを解くと鼓膜を震わす重低音で、口の端を嘲笑に歪める。艶美な雄のフェロモンを垂れ流しながら、告げた。
「ここで確認されるのと、俺の部屋で確認されるのと、どちらがいい?それくらいは、選ばせてやる」
王者の風格を、こんな所で使うなと叫びたくなるのを堪えて、呑まれないようにキッと睨み上げればシャンクスが艶のある笑みを浮かべた。そして縛られた状態の私を軽々と担ぎ上げてしまう。
私は何も選んでないと足をばたつかせて文句を言うけど、戦いに負けた女海賊に本来なら発言権はないと言われてしまえば、唇を噛み締める他の選択肢がない。そのまま連れ込まれたシャンクスの部屋で、武器を全て没収された私はベッドに落とされてしまっていた。