※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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教育指導

 優しいリネンの肌触りに意識を浮上させる。身体は妙に怠いけど、不快感は無いのだから凄いなと思う。

 身体に負荷を殆どかけずに、綺麗に事後処理まで行い、労わってくれたのがわかる。そうでなくて、どうしてこの状態になると言うのか。

 朝日の中で呑気に珈琲を飲んでる姿は妙に無防備で、けれども何処か張り詰めた空気を醸し出すのは恐らく……。白髪(白髪)であるにも関わらず、衰える事の無いその肉体美を見て、知らず感嘆の溜息が落ちる。

 そんな私に小さく笑ってから立ち上がったその人は、少し背を向けたと思ったら何かを持って戻って来た。その纏う空気が甘く優しいから、女が絶えないのはこんな所も起因してるんだろうなと思わされる。

 そっと私を抱き起こすと、優しく笑うから敵わないなと思う。人としても、海賊としても、この人に勝てるようになるとは思えない。

 

 「ホットミルクだよ。飲めそうかな?」

 「頂きます。……レイリーさん、本当の所、教えて貰えますね」

 

 教育として抱いたというのは、全く無いとは言わないけど……他に理由がある。そうでなければ何故こんなにも甘やかして、外を警戒しながら私を隠すと言うのか。

 この人に今、私を守る理由なんて無い。もしこのまま私が朽ち果てて、ルフィと再会できなかったとしても、それはルフィの仲間として力不足であったのだと鼻で笑うか、歯牙にもかけないだろう事くらい分かってる。

 

 「……ナミちゃんは、賢すぎるな。もう少し馬鹿な方が、可愛げもあるし生きやすいと思うよ」

 「私が賢いなら、昨日拒めたと思いますよ。それで……何が、起きてますか?」

 

 私の問い掛けにフッと笑い、ラムを口に運ぶ。私にはホットミルクなのに、自分だけ狡い。

 そう思ってジト目で見れば可笑しそうに笑い、掌で包むようにしていたホットミルクにラムを足してくれる。それで我慢しなさいと、言葉より雄弁に語られてはお礼を言う他無い。

 

 「どちらにしても逃がさなかったよ。私としてもナミちゃんの状態を把握したかったからね。それに……ナミちゃんの味を忘れられなかった」

 「何を馬鹿な事を……」

 

 本気で言ってる訳もないと分かるので、呆れを全開にして口にしたそれにレイリーさんは苦笑する。そんな顔を見ながら貰ったホットミルクを飲めばいつものようには甘くなくて、最近蜂蜜入りばかり飲んでたんだったと思い出させられた。

 ラムの香りが、海賊なんだなと思わされる。海賊が愛した酒……。

 

 「天夜叉君がね、ナミちゃんを探して暴れているんだよ」

 「ドフィが?」

 「思い当たる事は無いかね?〝嫁〟だと世界に発信していたが」

 

 驚く私に、不思議そうにレイリーさんは問い掛けてくる。その言葉に自然と溜息が落ちた。

 ドフィは、私がルフィのものだと言う事を何度言えば理解してくれるのかな。私にとってドフィはどれ程大きくなろうと、息子か弟にしか見る事が出来ないというのに。

 それから私は、空島から現在迄の経緯をレイリーさんに話した。それを聞いたレイリーさんは面白そうにその瞳を輝かせて、私の頭を撫でて来る。

 完全なる子供扱いだ。でも、それが不快にはならないのだから不思議なものよね。

 

 「よく頑張ったね。成程、それでシャンクス達は〝最近捕まった人魚が近くに居ないか〟等と聞いてきたんだな」

 「人魚??」

 

 捕まってるって事は助けてあげるつもりなのよね。でも、人助けを自分からやるなんて事は流石にないと思う。

 誰か探してるのかな。ケイミーみたいなおドジさんがいるとか。もしくは捜索願い的なものを友人や知人が出してて、それにより助けようと思って探してるとか?

 でもそれなら、私との繋がりはないわ。私の知り合いの人魚はケイミーとココロさんだけで、どちらの話もした覚えはないもの。

 

 「人魚を助けてやる代わりに、暫く行動を共にして貰い、天夜叉君を自分達に引き付けておくつもりだろう」

 「なんで、人魚?」

 「ナミちゃんレベルの女の子を、普通に探すのは難しいからだろうね。人魚なら比較的ナミちゃんに見せかけやすい。……そうまでして、ナミちゃんを守りたいんだなァ」

 

 可笑しそうに笑ったレイリーさんは、そのまま私の髪を自らの指に絡めて動きを封じる。その状態で囁くように、愛されてるねなんて言われるから顔が勝手に熱を持つ。

 そんな私に少し驚いたような顔をするから、居た堪れない。レイリーに隠し事とか、出来る気がしないのだから仕方ないけど。

 

 「ほぉ……シャンクスへと想いを自覚したのかね。それは、おめでとう」

 「めでたくないです。私、ルフィのものなのに……」

 「女海賊として生きるなら、何人の男を同時に愛したところでおかしくもないし、罪でもないよ。それくらいの大きな女でなければ、寧ろ女海賊を長くはやれないだろうさ」

 「それは、私が弱いって事ですよね」

 

 強ければ全てをなぎ倒せる。でも、弱いから私はただ奪われるのだ。

 そう思って俯くと顎に指が添えられて、無理に上げられた顔。そうしてじっと視線を合わせられてしまえば、呆れていると言われているのが伝わって来てしまった。

 

 「その潔癖さと気高さはナミちゃんの魅力だが……弱いからと言うのが筋力的な意味ではなく、実力的な意味や総合的な意味でのものなら、訂正した方がいい」

 「え?」

 「君は決して、弱くはないよ。上手くやれば、この世界で君に勝てる存在は皆無だ」

 「……え?」

 

 何を言われてるのか分からない。私が、最強?

 どう考えても有り得ない。レイリーさんは何を言ってるんだろう。

 下手な慰めは言わない人だけど、だからこそ分からない。つまり、謎掛けなのかも。

 

 「……本当にナミちゃんは自分の価値を、魅せ方を知らないな。……見られるだけでは女海賊としては三流だよ、ナミちゃん。今日は、その指導と行こうか」

 

 スっと気配を妖艶な色気に塗り替えたレイリーさんに、このままでは流されてまた襲われると判断した私が大きな声でそれを拒絶したのは当然だ。そもそも、本当の所についての話が終わっていないのだから。

 私の拒絶を受けてレイリーさんは苦笑すると、新聞を差し出して来た。それに目を通せば、身体が硬直したのも当然だろう。

 

 「レイリーさん、これ……」

 

 『ドレスローザ国王、ドンキホーテ・ドフラミンゴ!ついに王妃定める!』

 

 そんな見出しで始まった記事には、手配書で出ている宝玉を妻に……王妃にするとドフィが宣言した事が書かれている。そしてその宝玉は、気紛れに遊びに出掛けては海賊等に捕まる事も多い為見つけ次第捕獲、保護を行い届けて欲しいとも書かれていた。

 それに伴う報奨金や、手を出した場合の制裁についても書かれていた。だがそれよりも気になるのは、王妃となるべき宝玉を探す為にとドフィが島を幾つか消し去った事に言及されている記事内容。

 そしてそれによれば、海賊団が総勢50以上、島が両手の指が余る程度にこの世から消え失せた。それを七武海であるが故に、相手の大半が海賊である為に、罪に問われる事は無い。

 寧ろ、ドフィは海賊を多く滅ぼした英雄のような書き方がされている。でも……それでも、人の命だわ。

 

 「私の……せい……で……?」

 

 消えた島々、消えた海賊団の人達が生きていると考える方がおかしい。それ程多くの命が、私がドフィから逃げた為に喪われたの?

 でも、あの時逃げないなんて選択は出来なかった。逃げなければ、私は……。

 逃げ出さなければ、逃げるのに失敗していれば、想像するのも嫌な現実が待っていたのは間違いない。だから……残っていれば良かったなんて、そんな綺麗事は言えないけど……!

 

 「その天夜叉君が、シャンクス達を追い掛けているらしい。それにより、そろそろナミちゃんは安全になるだろう。それでも念の為、後2日はここにいた方が良いだろうね」

 

 その言葉の後で、レイリーさんは問い掛けてきた。その間の時間で、女に磨きをかけてみないかと。

 それに対してルフィじゃなきゃ嫌だもんと幼い口調で返してしまった私に、レイリーさんは相手が手を出しにくくなる言動を教えてあげようと言い出す。それに釣られるように頷いた愚かな私は、視線で誘う等の視線の使い方、男達を魅せる手段から教えられていく。

 

 「いい女とはね、睨まれただけで男を唆らせるものだよ」

 「睨むだけ、で?」

 「まァ、それをナミちゃんは時に無意識でやっているようだが……意識してそれができるようになれば武器にもなる。使い方を誤れば、己を犠牲にする諸刃の刃だ。扱いこなせるようになりなさい。女の武器は、1つでも多いに越した事はないからね」

 

 その言葉の通り、レイリーさんは私に指一本触れないままに私を教育して行く。視線だけで犯す事も、撫で回す事もできるのだと笑ったレイリーさんは、色香を隠す事無く発揮してくる。

 私の視線の先でレイリーさんの視線が動く。脚の付け根から、臍、胸元、鎖骨、喉、唇、そして瞳。

 視線に触れられ、撫でられ、そのまま犯されているような感覚にぞくりと鳥肌が立つのを感じる。思わず身体を守るように抱き、瞬きを繰り返せばレイリーさんは嗤った。

 

 「これが〝視線〟だよ。クルのがわかるかい?」

 

 わかったけど、できるかと言われたら難しい。それでも、確かにこれは武器になりえる。

 そう思えばこそ、私はレイリーさんに同じように〝視線〟を返す。安く〝見せる〟なと、レイリーさんは言う。

 高く〝魅せる〟事で、求めさせて、視線だけで拒む事を覚えろと指導されるそれは本当に難しい。これ迄、奪われるだけだった〝女〟から、触れる事を躊躇わせるような〝女〟になれと示される。

 触れられる時も、犯されてるだけではダメだとレイリーさんは笑う。慈悲を与えているのだと、誰のものにもなるつもりはないのだと、そう愚かな男共に教えるように……自ら〝抱け〟と言うのだ。

 逃げられず犯されるような低俗な状態で生きるには、この先の海は難しい。ならば、逃げられないと思った時は、与えてやるのだと、慈悲を請わせて見せろと言われるそれに、泣き言を口にする等許されはしなかった。

 レイリーさんが直接的に私を抱く事はしていない。ただ、視線と仕草、言葉だけで私の身体に火を付け、そして消し去って魅せるのだから恐ろしい。

 観察するだけで、男達が色めき立ち、微笑まれただけで昇天させられる程の女になれと……視線ひとつ、仕草ひとつ、瞬きのひとつさえ武器にしろと教育されていく。本質を隠して本当の姿を隠して、大切な所は守り生き抜けと指導されれば、それに頷く他の選択肢は無かった。

 

 「……難しいわね、センセイ」

 「驚く程短時間で全てを吸収し、直後に応用して来るナミに言われたくはないね」

 

 そこに来てレイリーさんは私から〝ちゃん〟という敬称を取り外した。つまりは、1人の女として認めてくれたという事だろうか。

 汗が、伝い落ちる。何もされていないのに気を弛める事さえ許されない緊張感が、つらいのに心地好い。

 そう、私はこの指導を厳しいと思いながらも楽しめている。確実に、自分の武器になると確信できるのが大きな理由のひとつかも知れないけど。

 

 「これだけの指導でここまで化けるなら、次に会うのが恐ろしい程に楽しみになるね。本質の穢れなき天使のような素は、本当に大切な相手にだけ見せていなさい」

 「……私、そんなに綺麗じゃないわ」

 「いや、綺麗だよ。自覚した方がいい。本質的な猫の気質も、兎の気質も、上玉としか言えないものだ」

 

 レイリーさんの言葉がよく分からない。どういうことかな。

 そう思って見上げると、それだよと笑われてしまう。何が何だか、サッパリ分からない。

 

 「気の強い猫の気質と、信頼した相手にだけ見せる甘えた猫の気質。そして、頼るべき相手にだけ見せる信頼を滲ませた、怯えと戸惑いを残す兎の気質。それでいて……全てを吸収する長い耳を持っているのだから畏れ入る」

 「猫と、兎の気質……?」

 「まァ、そこは本質的な部分だからそのままにしておくといい。さて、もう1つの武器も教えておこう」

 

 そう言って挙げられた男達の名前、彼等の名を武器にしろと言い放つこの人は、恐らく本気で私を案じてくれているのがわかる。彼等に愛されている事を認識して、言ってやればいいと言う。

 その名を盾にし、武器として使えと。そして時には単なる装飾品として扱えばいいのだと。

 

 「妖艶に微笑み〝私が欲しいなら……〟とね。それだけで操れるようになる。さて、ここまでの指導の報酬として、味見させてもらおうか」

 「……私が欲しいなら、そんな適当な言葉を使わないで……ちゃんと、口説いて」

 

 言葉を僅かに切ったところでフッと微笑み、指先でその顎を撫でる。レイリーさんの動きが止まり、息を飲んだのがわかった。

 熱のある視線が、先程の戯れの延長にある誘いの時とは違う色を持つ。でも、私はそれに乗るつもりは無いの。

 

 「お生憎だけど、その気にならないわ」

 

 無意識にだろう伸ばされたその手を視線で制して、ふっと艶やかに微笑みながら言えばレイリーさんは肩を震わせて笑いだした。何事かと内心思いながらも余裕の仕草で足を組み直せば、満足そうに大きく頷いて言う。

 

 「合格……いや、卒業だよ。ナミ」

 

 レイリーさんは繰り返すように、安い女にはなるなと言う。娼婦と呼ばれる彼女達は、安くは無いだろうと。

 彼女達は哀しくも美しく、そして強い。男に選ばれる女では無く、男を選べる女になれと笑うその顔は師匠としてのそれであり、まだまだ余裕が伺えてしまう。

 遠すぎるそれに、けれどもそれでいいと思える。格が違いすぎるのだと敗北の白旗を振りながら、男の捌き方をその後も私らしっかりと指導してもらった。

 そうして2日の時を過ごして、シャワーから出た私にレイリーさんは苦笑する。その信頼を失うのが怖くて手が出せないよ、なんて悪びれも無く嘯きながら。

 私の武器や衣服が、今日を過ごすのに困らない程度に用意されていたのでどうやら持ってきてくれたらしいと気付いて礼を述べれば、気を付けてと笑って見送ってくれた。2年前のように、危ないからシャッキーの元で過ごすといいなんて、そんな言葉を向けられる事は、もう無くなっている。

 シャッキーの元へ顔を出せば久しぶりねと笑ってくれるそれに、肩から力が抜けてしまう。どうやらレイリーさんと過ごすのは、私には緊張感が強すぎたらしい。

 本当に、綺麗な人。どうしてこの人がいて、他の女に手を出せるのか本気で謎だわ。

 

 「ロロノアちゃん、さっき到着したわよ」

 

 不意に告げられたその言葉に顔を上げれば、シャッキーはその時の事を教えてくれる。どうやらゾロはシャッキーの元を拠点にして、暫くは動くつもりだと宣言したと聞かされるけど……。

 あの方向音痴が、ここに帰りつくなんて思えはしない。寧ろ、ここに挨拶に来られただけで奇跡に近いわ。

 私の考えが筒抜けだったらしく、シャッキーからは気を付けて、観光や買物を楽しんで来てねとその場を見送られた。……とりあえず、ゾロと合流したいわね。

 2年ぶりに会える大切な仲間の姿を思い浮かべて、私は笑う。浮き足立つ心のままに、その予測不能な男との再会を目指して歩き出した。

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