※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

295 / 462
生きていく

 ケダモノとしか思えない勢いで襲って来たゾロに対して、私は折角のレイリーさんからされた指導を活かせなかった。恐らくレイリーさんがそれを知った所で、仲間や身内にそれができるとは思わないよなんて喉で笑われるに違いないけど。

 問題は散々人を貪り、歯型までキッチリ残しておきながら……動くのがつらい状態に陥ってる私の、微かな動きにさえ怯えたような気配を見せるゾロ。その様子に溜息が出る。

 でも多分、ゾロがこうなったのって私のせいよね。多分、気付かない内にゾロを私が傷付けてたんだと思う。

 それでも、被害者である筈の私が謝るのはおかしい。とりあえずはちゃんと向き合って話をしたいわ。

 

 「ゾロ……」

 「悪かった。反省は、してる」

 

 苦虫を噛み潰した方がまだマシと言えそうな顔と声でゾロは言う。ただ、その名を呼んだだけで。

 つまりは、本気で反省してるんだろう事は分かるのよね。だからこそ、私は問い掛けるしか道が無くなるのだけど。

 

 「……理由、聞いてもいい?」

 「……そうだな。それを聞く権利が、ナミにはある」

 

 そう言ってゾロがポツポツと語り出したのは、やはりミホークとの修行の時の事。その中でミホークから言われた私を喪うと言う、無力さが全てを失わせるだろうという予言めいた言葉。

 そして、そんな言葉を口にしたミホークが私の〝最初の男〟であり、その後も会う度に抱いたのだと聞かされては冷静では居られなかったのだと言う。ただ、何より衝撃だったのが、私が戦争に乱入した事実にあるようで……。

 これで、修行が苦しかったとか言われたら甘えんなと言ってやれた。でも、ゾロが不安定になり怯えて、手にしなければ喪うと思った要因は……全て私にある。

 私ももしも、ゾロがあの戦場でルフィのサポートしててその後の生死が不明となれば動揺するわ。最悪の事を想像して、泣き暮らすかも知れない。

 でも、ゾロが酷く傷付いたような顔で私を見るのは許せない。どんな理由があっても、今回のそれはゾロは加害者なのだから。

 

 「ナミ……」

 「ゾロ、その顔やめて。被害者は1応私の筈でしょ」

 

 そう言いつつも、それが理由なら私に責める権利はないけどね。そう思って、ゾロに飲み物と食べ物をHOTELの人から受け取るように指示してから、財布を投げ渡す。

 それを当然の事として受け取ったゾロは、恐らくその動きに対して無意識だったのだろうとわかる顔をした。それから財布を返してこようとするけど、これは譲らない。

 

 「それで、ゾロの分も含めて頼んでね。後、飲み物は多目にお願い」

 「この場はどう考えても、俺が出すべきだろ!」

 「このHOTELの支払いができるのかも怪しいと思ってるんだけど、ゾロはちゃんと支払えるの?」

 

 私の言葉にゾロは言葉を詰まらせる。それからスっと視線を反らして、悔しそうな顔をするけど……ゾロはお金に頓着しない上に今は海賊狩りをする事も出来ない立場なのだから当然だろう。

 

 「ナミは、その……泣くとか怒るとか……するかと思ってたんだが」

 「……そうしてやろうかとも思ったけど、反省してるなら良いわ。どうせ、後悔はしてないんでしょ?」

 「なんでそれ……!?」

 

 焦りを見せるゾロに、やっぱりかと思う。なんでかしらね……?

 私を襲ったヤツら、声を揃えてそう言うから、そうだろうなって思ったのよ。……とは、言えないので私はその問いに答えない事を決めた。

 その時ふと、巫女様とビビの兄王子の事を思い出した。ゾロもビビの兄王子は知ってるし……。

 ん?

 そう言えば、王子って……弁護士だった筈よね。なんで私に会った時、営業がどうとか言ってたんだろう。

 弁護士って営業しないし、何より普通のサラリーマンではない筈よね。咄嗟にペンを手に取り、質問する文面を書いてからはたと動きを止める。

 ……私も、忘れてる事が大半だったから、そうなるともしかして……自分の過去を思い出せない事を誤魔化す為にあんな事言ったのかな。だとしたら、辻褄は合うけどどうして誤魔化そうとしたのかが分からないわ。

 そう思って手紙のそれに書き足していたら、その紙を不意に奪われてしまう。その犯人を視線で追えば、不機嫌そうなゾロの瞳とかち合った。

 

 「ナミ、これはどういう状況だ?なんだ、記憶が無かったのを誤魔化したってのは」

 「……ビビの兄王子、覚えてる?」

 「ん?あァ、ビビの男版だな」

 

 微かにその瞳を細めるから、懐かしんでるのだとわかる。ゾロは女に対して苦手意識持ってるけど、ビビの事は可愛かったみたいだものね。

 それにしても、確かにビビは可愛かった。それから胸を消しただけみたいな姿は、彼から見たら呪いに近いかもと少しその容姿を嘆いていた過去を思い出してしまう。

 

 「そう、その人。1部過去の記憶がなかったみたいなのよね。それで2年の修行をしてた間に、その期間に恋人だった筈の人と会ったからちょっと気になってるのよ。今頃はその人と1緒にいると思うんだけど。……まぁ、その関係で前に聞いてた事と矛盾する所について確認しようとしただけ」

 「ビビの兄王子とも、1方通行の文通してたのか」

 「ううん、今回が初めて」

 

 本当は何か情報が入り次第双方共に連絡を取ろうって話してたけど、王子からも連絡は無かった。もしくはファンレターの中に混ざってたのに私が見落としたか……よね。

 私の方はルフィと行動を共にしてた訳で、正直そんな余裕はなかったし、巫女様と会った時にはもう戦争直前。その後は私が連絡するより早く、巫女様が会いに行った形になったのだ。

 そして、逢えたもう1人は……今の時代ではない。つまり、連絡する事は不可能だった。

 ……いつかまた、皆で揃って逢えるだろうか。笑い合う事が、できるのだろうか。

 

 「ほら」

 

 突然の声に驚いて視線を向ければ、手紙を私に返しつつグラスを差し出された。それを両方受取れば、何故かゾロは困ったような顔で頭を撫でて来る。

 それを受け入れつつ手紙を台に乗せると、当然のように手渡された錠剤に、本当に何考えてんだか分からないわねと思う。だからこそ私はその薬を飲み、ゾロに問い掛けた。

 

 「それで、どうしたいの?」

 「……どうって……」

 「ルフィと決闘でもして、私を奪い合うつもり?……ゾロがルフィを裏切って、私を連れ去ろうとするとは思えないもの。そうなると、ゾロがこの先についてどう考えてるのか知りたいのよ」

 

 私の言葉を聞いているのかいないのか。ゾロは静かに眼を伏せると、強くその掌を握り締めた。

 それにより聞いていたらしいと気付き、葛藤に苦しんでるのが伝わる。だから待つ事にした。

 ゾロが自分でその答えを出すまで。……心では、頭ではもう答えは出てるのだろう。

 そうなると、残るはそれに自分の意志を強く持ち、言葉に責任を持つ覚悟を決める時間が必要。決意を言葉にするのは、心にあるそれを音にするのは、それに責任を持つと言う事だから。

 何かを発言した時妙に説得力がある人は、その言葉に責任を持つ覚悟が常にあるから。人を傷付ける可能性はどんな言葉にもあって、それにより傷付いた人に対して逃げない覚悟を持ってるからその人の言葉に説得力がある。

 本当に好きなものだから、信じてるものだから、それを語る時その物が魅力的に伝わる。マニュアルを読むだけの人と、自社の商品に自信のある人では営業成績が変わるのは、その言葉に含まれる本気の度合いが違うからだ。

 普段から本気の言葉しか口にしないゾロだから、それを言葉にしたなら偽りにはなり得ない。それ位は、これ迄ずっと共に居たから嫌でもわかるわ。

 

 「俺がルフィから逃げる事は有り得ねェ。その覚悟がなけりゃ、ルフィを〝船長(キャプテン)〟として俺の上に立つ事を認めてねェ」

 

 その言葉に私は静かに耳を傾ける。嘘偽りないゾロの言葉は、真っ直ぐに私へと届く。

 

 「だが、俺はナミを諦める事も出来そうにねェんだ。初めからルフィが惚れてると知ってたから、引いて見ているように律していただけで、多分……ルフィを庇って戦うお前の姿を見た時から、惹かれてた」

 

 ゾロの声がそこで途切れる。それが不思議で視線を向けるとその顔だけで人を殺せそうな凶悪な顔をしていて、それは愛を語る男の顔としては間違ってるでしょと思う。

 それを指摘できないのは、殺気立ってるゾロのその気配が、悲痛な様相だから。悲しみを怒りに転嫁してるのが伝わってしまうから……。

 

 「だが……!俺は、お前を信じきれなかった。お人好しのお前が、理由も無くルフィを裏切る筈も無いってのに……!だから、耐えた。疑う事無くナミを信じて、助けたのはルフィだったからな」

 「ゾロ……?」

 「ナミも、ルフィを愛してると気付いていた。だから、引き下がって、二人が幸せならそれでいいと見守ってきたんだ。まァ、それでも時に耐えらんなくて味見はさせて貰ったがな」

 「ゾロ……」

 

 その言葉で思い出したのは、空島での事。伝えるつもりは無かったと言っていたアレって、まさか。

 だとしたら、どれ程私はゾロを傷付けただろう。ゾロを、苦しめたんだろう。

 鬼でさえ裸足で逃げ出しそうな顔で、ゾロが許せないと思っていたのは……自分自身だったと気付く。放っているその殺気の先にいるのは、己だったのかと分かれば名を呼ぶ他に何ができると言うのか、既に分からない。

 どれ程最後おちゃらけて見せた所で、隠しきれない悲壮感。でもならどうして、今回ゾロは私に手を出したの?

 隠してるつもりだった筈なのに。今こうして自分を責めてるゾロが、私を襲ったのは妙にアンバランスに思える。

 

 「それなら、どうして……?」

 「ナミは、ルフィの為なら簡単に死ぬんだと……そう理解して、その時俺は何も知らずに……雑魚相手に倒れてるしか出来なかった。力が足りねェ、手を伸ばしても、叫んでも、いつ喪うかわからねェって気付いたら……。喪う前に、触れておきたいと思ったんだ」

 「……私は、確かに死ぬつもりだったわ。2年前のあの戦争で、エースが死ぬのは知ってたから。それにより、ルフィがどれ程傷つき苦しむか知ってたから、変えたかったの」

 「ナミ」

 「でもね、私は生き残った。勝てる筈も無い強大な敵に囲まれても、守ってくれる人達がいた。最後には、助ける筈だったエースにより、命を繋いだわ」

 

 今、私は生きてる。私が死ねばこの先の海に皆が進めない。

 少なくとも今の私には航海士としての役割があって、それは今他の誰にも代わりは出来ないと知っている。この数日で起きた多くの事も、ルフィに知られれば呆れられるかも知れないけど、冷静に考えて見れば捨てられる事は無いともわかる。

 きっと〝もっと早く合流したら良かったな。守れなくてごめん〟そんな言葉をくれるだろうと、わかるの。

 勿論ゾロが相手なのだけは知られる訳にいかないと思うけど、他はルフィは許してくれる。そして包むようにして甘やかしてくれるだろうと……頭では、理解してるの。

 

 「私は、ルフィの航海士で、ルフィの女よ。もう、簡単に死のうとは思わないわ」

 

 あの戦争で、結果的に命を奪った相手もいる。人の命を、人生を奪ったからには、せめてそれに恥じない生き方をする事が贖罪だと思ってるの。

 そして……遺される哀しみと苦しみを知ってるからこそ、ルフィにその辛さをこれ以上味わせたくないの。ルフィを独りになんて、したくない。

 

 「ゾロ、答えて。この後、それならどうするつもりなの?」

 「俺は、ナミを求め続ける。もう、1歩も引くつもりはねェ。だからルフィにはちゃんと話すつもりだ。それによりルフィが許せないと言うなら、殴られる覚悟はあるが、決闘の意思はない」

 

 言い切るゾロに私は首を傾げる。だって、そんな事したらルフィにタコ殴りにされたって文句は言えないわ。

 ゾロは隠しておけば良いだけ。なのにどうして、そんな選択をしようとするんだろう。

 

 「……どうして、決闘はないと言えるの?ただ、殴られるだけになる可能性もあるわよ」

 「もしルフィに勝てたとしても、ナミの身体は手に入れられても心は得られねェ。なら、決闘は無意味だ。今後は全力で口説かせてもらう。今回抱かなければ、ナミは俺のそれを本気には取らなかったのもわかってるから、謝らねェ」

 

 吹っ切れた様子のゾロに、もうこの決意は揺らがないのだと突き付けられた。けれど私は、ルフィ以外を受け入れるつもりは無い。

 弱ってる空気も感じるけど、私は抱き締めたり撫でたりしちゃいけないんだと、何となく分かってる。だから、レイリーさんが教えてくれたそれを今更だけど利用した。

 

 「ゾロ、そんなに言うなら、私を堕とせるように頑張ってみせて。……期待してるわ」

 

 私はレイリーさんから教わった通りに、視線で、声で、誘惑し挑発する。そして、視線だけでまだまだその気にはなれないわと伝えればゾロが珍しく年相応な顔で、悔しそうに唇を噛んだ。

 甘やかすように抱きしめる事は、きっとしてはいけないと思ったから、頭を撫でて甘やかしてはいけないと、気付いたから。ゾロ自身が己で決めた事だもの、私がその想いを受け入れられないのに甘やかす事はきっと、誰の得にもなりはしないのよね。

 人は誰しも、誰かを傷付けながら生きている。誰一人傷付けずに、何一つ奪わずに生存する事は不可能なのだ。

 ならば向き合っていこう。逃げる事無く、相手の傷を見つめて、そして……ルフィの隣で生きていく。

 決意を込めて、私は笑う。とりあえずは、動けるようになるまでここにいるしかないのだけれど。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。