結局その日は1日動く事が出来なかった。それについてはもう、ゾロを責めるのも面倒だし、責めても何にもならないのでする気は無い。
確かにこの身体、スタイル抜群だし、顔は可愛いもの。中身がアレだけど……そうなると筋力が足りない私にもあるんだろうなとは思うから。
でも、筋肉でゾロに勝てるようにとか、無理があると思うのよね。でも、うん、そのくらいにならないと、七武海や四皇である彼等を相手にするのは難しいとも分かってる。
それなら確かに、レイリーさんの教えてくれたそれが武器になるわ。……と言うか、それを武器に出来なかったから現状がある訳だものね。
でもゾロはそれなりに気にしてたから、何か気晴らしさせて罪の意識を減らしてあげようかと思う。ここは歳上の甲斐性を見せる所よねと1人で頷く。
そこでゾロに買物を任せようかと考えて……辞める。迷子になって、ここに帰ってこられなくなる未来が見えるわ。
おかしいわね、未来を知る能力は失われた筈なのに。私が自力で動けない今、ゾロがこの部屋から消えるのは、少し困る。
「ゾロ……」
「な、なんだ?」
「そんなに怯えるくらいなら、手を出さなきゃいいのに。……あのね、私、お酒呑みたい」
甘えるように声を出せばゾロはそれに頷いた。そして、唇を当然のように動かすけど、最後まで言わせてなるものか。
「……今、なんか買って「ここに届けてもらって。今の姿を他人に見られたくもないし、何かあった時動けない私1人残してどうするつもりよ」」
「おぅ……悪ィ……。俺の趣味で良いか?」
「うん、甘くないのが呑みたいから、他は任せるわ」
「リョーカイ」
そうしてゾロと酒を酌み交わしていれば、それなりに落ち着いてきたらしいゾロが妙な事を言い出した。それは、私になんと言って欲しいのか本当に分からない言葉。
「変わらねェとか言ったが、変わってたな。もしくは、俺が知らなかっただけかも知れねェけど」
「何が?髪が伸びた事?」
黒髪なら十二単着てみたくなる長さではある。だって、座ると髪の毛床に着くのよ?
まぁ、基本的に樽とかに座るから床につく事はそんなにないと思うけど。それでも、伸びたよね。
でも、これだけ長くなってて気付かないって……。ゾロは他人の髪の長さとか気にしてなかったから気付かなかったか、それとも元々長めだったから気付かなかったとかかな?
「それも多少気になったが、それよりも胸だよ。相当デカいだろ……それ」
「そうでも無いわよ。確か……ロビンや海賊女帝のが大きい筈だもの」
「それは……世界一のサイズじゃなけりゃ普通とか言うつもりか?」
この問いには、なんと答えたら良いのか素直に分からなかった。でも、この世界って基本皆巨乳だから……。
思い浮かぶのはビビも2年で爆発的に大きくなったという、過去の巫女様の悲鳴のような声。どこに反応してんのよと笑い合ったそれをふと思い出せば、少しばかり切なくなった。
……うん、やっぱり私はまだまだ普通よ。年齢的にも、まだまだ成長期だし。
実際に女性の胸の成長期は、だいたい40代まで続くと言う研究結果もあるわ。ただ、寝相が悪い人なんかは寝てる時の運動により胸が縮むから、成長しにくいと言われてるとか……色々あるけど、長くなるのでその話は割愛する。
それがこの世界では、その理屈が少し違うみたいだけど。そんな事を考えながら適当な返事をして、酒を酌み交わし続ける。
そんな中で思い出すのは、果たされなかった小さな約束。落ち着いた時のそれにさえ、私は近付く事も出来なかった。
嘘つきと罵る権利もないし、資格もない。ただ、叶えたかった約束ではある。
目の前にいるゾロとの会話を適当に楽しみながら傾ける酒は、その思いの分……少し、塩辛い。そんな事を思った時ゾロから声が掛かる。
「……ナミお前」
「なに?」
「今、誰と呑んでる?」
その言葉に指先が震えた。果たされなかった約束、戦争が終わったら酌み交わそうと言っていたその人が笑った気がして、泣きそうになる。
小娘……そろそろ進め、と、そう言われた気がした。でも、貴方を喪った代償は、大き過ぎるんです。
「……ゾロに、決まってるじゃない。ただ、少し感傷に浸ってただけよ」
「お前な、さっきから時々敬語になってんだよ。……ナミは、嘘なんかつけねェんだから吐いちまえ」
「なに、言って……」
驚く程に優しいその声。慈しむような眼差しに、声が震える。
泣きそうになる。でも、私に泣く権利なんてない。
「聞くくらいしてやる。大切な存在を想ってたのは、顔見りゃ分かる。……エース、か?」
その言葉に私は首を横に振る。私が、無意識で思い浮かべていたのは……。
「白髭さんとね、戦争が終わったらお酒でもって、約束してたの」
「あの、戦場で!?」
「うん。でも、白髭さんが殿をつとめなきゃ海賊側に被害が甚大になるって状態に追い込まれて、彼は最後の船長命令を出した。それに付き合ったのは、シキだったわ」
ゾロが驚愕に目を見開き、それから酒を1気に煽るように呑んだ。いいお酒なのに勿体ないとそれに笑えば、そんな内容かよと睨まれてしまったけど。
だから私は細く息を吐き出して、言葉を続けた。話を纏める為に。
「だけど戦争の後、私動けなくなったから、墓を作ったそれにお酒供える事も出来なかったし、その後ずっと修行してたから……呑み始めたら、思い出しちゃってただけ」
「……元々、知り合いだったのか?」
「ううん、戦争の時が最初で最後。でも、護ってくれたわ。そして、私も守ろうとした。……守れなかったけど」
私は、守って貰ったのに。傷1つつかないように、守ってくれたのに。
なのに、止める事も共に残る事さえ出来なかった。……そう言えば、シキはどうなったんだろう。
死んだにしても、囚われたにしてもニュースになりそうなもの……でも、あの状況下ではそうとも言えない……かな。
凶悪な罪人が何人も死に、そして、捕らえられた。でも、その一覧が出た訳じゃない。
大量に表に出た囚人の名前が全て出た訳じゃないのも、それの理由だろう。敵対した私を、どうして庇ってくれたのかな。
いつかまた会えたら……その時は、ちゃんとお礼を伝えなきゃ。残って貰えたからこそ、浅い傷で済んだ白髭海賊団の人達が確かに存在したのだから。
「……付き合うから、好きなだけ呑めよ」
「私のお金だけどね」
「五月蝿ェ」
余りにも似合わない気遣うようなそれを受けて、茶化すように返せば、照れた様子で顔を背ける。照れと苛立ちの狭間に居るだろうそれが、妙に可愛く見えた。
そうしてその後は他愛無い話や、ミホークの所に飛ばされてからの話をポツポツと語るゾロのそれに耳を傾ける。覇気を多少は扱えるようになっていたのもあり、ミホークは容赦が無かったと言われては余計な事教えちゃったかなと思わなくもない。
「追いつけそう?ミホークに」
「まだ、遠過ぎる」
「……そっか。でも、距離が見えたなら大丈夫よ。私は、距離が遠過ぎて恐怖さえ抱けなかったもの」
「誰に対して?」
ゾロの問い掛けで、その時のどうにもならない絶望感を思い出しそうになる。そうだ、その思いを抱いたのはいつも……近いのに遠い人。
「シャンクスと、レイリーさん」
「おい……」
「シャンクスとミホークは同格よ。まぁ、元だけど」
私の言葉にゾロはふぅと息を吐き出すと、新たな酒瓶に手を伸ばした。この時点で室内の空瓶の数は、50を超えている。
そんな時に突然ゾロが私を抱きしめるから、ほぇ!?と妙な声を出した時ゾロのいた場所が斬られていた。それにより私とゾロの声が重なったのは、言うまでも無い。
その犯人を示す言葉を、その名を口にした不協和音に当人は面白くなさそうに鼻を鳴らす。そして、私を見据えて唇を動かした。
「ロロノアを斬り捨てられたくなくば、俺と来い」
「何処へ?」
「この先の海へ」
「「巫山戯るな」ないで」
私とゾロの声が重なれば、何故かミホークは肩を竦める。そして、ならば明日1日付き合えと言い直すから、それならと思って頷くとそれにゾロが噛み付いた。
それにしてもどうしてここにミホークがいるのかな。何か用事でもあったのかな。
「ロロノア」
名を呼ばれただけで竦み上がるゾロに、この2年で何されたんだろうと思わなくもない。でも今は、無闇に戦って欲しくもないのでミホークに私から話し掛ける。
すぐと言われても、困る。今は自力じゃ、立つのも難しいもの。
「ちょっと体力切れで今は動けないから、明日……迎えに来て。1日、付き合うわ」
「うむ、良かろう。ロロノア、それまでナミを守れ。……狙っている阿呆鳥が存在している」
阿呆鳥って……と、思わなくもない。でも確かに勝手な事をされて迷惑なのは確かなので否定もしないでいれば、ミホークが知っていたかと言いながら嘆息した。
レイリーさんから聞いてなきゃ、絶対混乱したと思う。そんな事を思いながら小さく頷くと名を呼ばれたので、視線を向けつつ首を傾げた。
「ナミ」
「ん?なぁに?」
「己の懸賞金が幾らか、知っているか」
「3200万ベリーよ」
なんで倍額なの。本来1600万の筈なのに。
そうよ、全てはドフィの策略。懸賞金の増額も、勝手な嫁取り宣言も……今度会ったら首絞めてやる。
「ナミ……あの戦争に出て、金額が上がらぬと思うのか。ロロノア、何故教えなかった」
「知らないなんて誰が思うんだよ。なら、ルフィの懸賞金が上がったのも知らねェのか?」
2人の会話を聞いて、ルフィは4億よねと言えば何故そっちは知ってるんだと声を揃えて叱られてしまう。つまり、ルフィと同時に出た金額変更らしい。
でも、ルフィのは知識として知ってたし、未来にかかわらないから奪われなかった知識なんだもん。でもまさか、私の金額が変わるなんて思う筈無いじゃない。
プラス二千万位だと良いなぁ。でも多分、また倍額にでもされたんだろうなと少し諦めながら、ミホークの言葉を待つ。
「〝泥棒猫〟ナミ作家兼音楽家〝宝玉〟懸賞金1億3200万ベリーだ」
この時、叫ばなかった私を、誰か褒めて欲しい。つまりは、レイリーさん達も知ってると思い何も言わなかったのだろう。
この時、ルフィに次いで懸賞金が高いのが私になったと言う悲報を、漸く認識したのだった。その悲しすぎる現実が、私から意識を奪い取ったのは間違いないだろう。
人はこれを、現実逃避と言う。逃避しても何も現実は変わらないけど。
そうして意識を遠のかせようとした私にミホークは言う。当然のように。
「相変わらず、生け捕りのみだ。意味がわかるか」
その言葉で脳が覚醒する。戦争の時に発言したそれと、私がやった事を考えればいくら宝玉だとは言えども〝生死問わず〟にならなければおかしい。
なのに、私が〝生け捕りのみ〟とされているとするならば……。古代文字を読めるようになったから?
「それは、可笑しいわね。だとしたらロビンが〝生死問わず〟である筈ない。それこそ〝生け捕りのみ〟になるべきだわ。だとしたら……私が古代文字を読めるようになったのが理由じゃない。他に、理由がある筈だわ」
あの戦争で、エースが生きていた事、正確には生き返った事を政府は知らない。知っても流石にあの状況だと、亡霊だとか言われてるだろう事を思えばそれでも無いわ。
だとしたら、残るは私が書いた作品により世界に与えた影響とかになるのかしら。でも、それならあの戦争で騒いだ私をセンゴク元元帥が止める筈ないわよね。
赤犬はそんなの考慮しないから、サカズキ元帥の指示って事も有り得ない。なら……どうして?
「……分からないわ。ドフィの発言だけで、継続できるような案件でもないと思うし……。だとするなら、他に何の理由が?」
「ナミ、ナミ!」
肩を掴まれてハッとする。そして呼びかけてくれていたゾロに視線を向けると、嫌そうに溜息を落とされた。
そのまま視線をミホークに移せば、愉しげに笑っていて、それが怖い。どうしたんだろう。
「答えを、教えてやろうか」
「えぇ、知りたいわ」
「新七武海、トラファルガー・ローがセンゴクに何やら人を紹介した。無論その時にはセンゴクは元帥ではなかったが、影響力はそれなりにあった」
「ローちゃんが?でも、それだと時期が合わないわ」
ローちゃんが七武海入を果たしたのは、戦争が終わって1年ほど後だったと認識してる。それと同じ頃に、巨大化する戦力を重く見てバギーが七武海に迎え入れられた筈だもの。
「それは後付だからな。手配書のそれを生け捕りのみから変えないよう話す形で、センゴクが全力でナミを庇っているのは間違いない」
「え?あ、そっか、ロシーと……」
「成程。センゴクの、息子の命を救ったと言うのは事実のようだな、宝玉?」
ミホークが揶揄うように言うけど、私はそれに何も答える気はない。どちらにしても、答えなんて知られているのだから。
戸籍上は何の関わりもない。そして、ずっと死んだ事になっていた筈のロシーが、ローちゃんの紹介で再会できたのね。
良かった。ずっと、そっちも気にはなってたのよね。
「更に言うなれば、そもそも〝生け捕りのみ〟から変えられなかった最初の理由は、ベガパンクが〝知識の多い天才を喪うのは世界の喪失〟だと主張し庇ったが故。……流石にベガパンクを本気で怒らせたい奴は政府にも居るまいし、いくら隠居に近くともセンゴクを望んで敵に回す奴も居なかろう」
ベガパンク……が……。こちらで生まれ直してから、1度も会ってないのに……護ってくれてる。
彼は、今の私が私だと、気付いたんだろうか。それとも、知っていたのだろうか。
理由は分からない。でも、大切な親友が、私を今も想ってくれてる事実に……涙が1筋、頬を伝い流れ落ちた。