私の状態を見て、ミホークは嘆息する。そして、不思議そうに問い掛けてきた。
こうして見ると、ミホークは案外普通に表情が変化する。そんな所に少しホッとしたのは、きっと私がミホークを嫌いじゃないからだわ。
「奴と、どういった関係性がある。政府も散々調べたようだが、ただの1度も会った事は無いだろう」
「えぇ、会った事ないわ。なのに、こんなにも今も愛されてる。私は、いつも彼等に守られてる。……今回は、私が守らなきゃいけなかったのに」
泣きそうになる自分を自覚する。そんな私に向けられたのは、想像もしてなかった言葉。
「〝護りたかったのに、傷付けただけだった。救われたのに、苦しめてしまった。庇われてばかりだから恩を返したい。いつか、あの時の約束の形とは違っても、互いに祝い合いたい〟」
「え?」
「奴が、そう言った。意味は、分かるか?」
涙が、止めどなく溢れ出て……止められない。あの時の約束では、親友達の合同結婚式をする筈だった。
でも、今この世界で生きる時代が違ったから……それは叶わない。きっとあの二人は今既に夫婦なんだろうから。
嗚呼、でも、なら……私がナミちゃんとして生きてる可能性が高い事を……彼女から聞いたのかな。それとも、記憶の回復って奴をやられた時に私を私と認識してくれたんだろうか。
……私の記憶の中では、彼等を守った事も庇った事も無いけど、そう思ってくれてるなら、それはそれで受け止めたい。私は、いつもただ、守られてただけだったと思うのに、彼等はいつも私に優しく甘い。
いつか再会した時……私と巫女様のどちらも結婚してなければ、ペアは違っても合同結婚式を出来たら……そんな願いを、祈るように持ってしまう。互いに再会を歓び、共に笑い合えたなら……それ以上に望む事なんてきっと私には無い。
「そのクリマタクトを作らせた時も、アイツらのうちの誰かだろうからと……そう言っていた。会った事もないと言うのに、何故ナミも奴も、それ程想い合うのか分からぬ」
「ごめんね、説明、出来ない。ただ、ベガパンクとその奥方は……私の、親友達なの」
「会った事もない、親友……か」
ミホークは可笑しそうに笑うと、1人頷いた。でもその直後に壁に寄り掛かり、試すように問いかけて来る。
それが嫌味過ぎて絵になるのだから不思議なもの。普通は、嫌味なく絵になるものだろうと思うのに。
「それで、ナミは古代文字を読めるようになったのか。ニコ・ロビンと同じように」
「なんで、その事……!!」
言葉を音にしてからハッと口を塞いだけど、1度口から飛び出した言葉は引っ掴んで口に戻すなんて出来やしない。そんな事を考えていた私に、ミホークは呆れを隠しもせずに言う。
「先程ブツブツと言っていたでは無いか」
「それより鷹の目、お前なんでここに?」
ゾロの問い掛けに、ミホークはヤレヤレと言わんばかりに肩を竦める。それから見聞色の覇気で人の居場所は簡単に確認できると言われれば、つまりは探して来たと言う事。
「ゾロに用事があったのね。邪魔してごめんなさい」
「……何故そうなる。明らかに、ナミに用事だろう」
「あら?」
ゾロに用事があって来たら、私がいたからちょっかい出してみた……んじゃないの?
そんな私の心の声が聞こえたかのようにミホークは顔を顰めるから、怒りん坊さんねと小さく笑った。そんな私に2人はよく似た態度で溜息を落とすと、続きは明日という事でミホークが去って行く。
その後は私もゾロとの酒盛りを終えて、私はゆっくりと惰眠を貪った。その間もゾロは酒が足りなかったのか、1人呑み続けていたようだったけど。
翌朝目覚めると酒瓶抱えて床に座ったまま寝てるゾロが居て、とりあえず毛布をゾロにかけてからお風呂に向かった。動いてみれば問題無く歩けるくらいには回復していて、内心でホッとしたのは仕方ない事だと思う。
シャワーを浴びながらミホークの用事って何だろうと考えるけど、答えは出そうにない。部屋を出た時訪問者を告げる音が聞こえて、バスタオル姿で対応しようとしたらゾロに腕を掴まれた。
「その姿で対応とか、巫山戯んなよ……」
「ゾロ?」
しっかり寝てると思ってたので素直に驚く。その上なんか、禍々しい気配を醸し出してるし。
……いつもビキニ姿とかなんだし、バスタオル巻いてれば変わらないと思うんだけど。あれ、そう言えば前にルフィをバスタオル姿で出迎えて怒られた事があったような……?
「着替えてろ。俺が出る」
まるで敵でも来たかのようなそれに溜息を落としつつ、ゾロに対応を任せる事にした私は髪を絞りつつ身支度を整える。ビキニを身に付け、ズボン穿いて、カーディガン羽織って武器を身体に装着したら手荷物の確認して完了!
ルフィはそろそろ到着するのかな。怒られたような記憶は微かにあるけど、あったとして最低でも2年前だもの、よく思い出せなくても仕方ないわよね。
「おい、ナミ」
「なに?」
「宿代、払わなくて良いってよ」
「へ?」
惚けたような返事をする私に、ゾロは人の悪い笑みを浮かべた。それにより何となく話が見えて来たので、小さく頷く。
「俺らが酔って寝てる間に部屋が何者かによって破壊されたらしくてな、代金はいらねェそうだ」
「まぁ、助かるわね。良かった。地震でもあったのかと思ってたのよね」
「全くだ。起きたら床に亀裂が入ってたんだからな」
「でも、シャワー使えたからそれでいいわ」
クスクスと笑いながら対応する私に、従業員はペコペコと頭を下げて去って行く。何も言われなくても、ゾロの言葉に知らぬ存ぜぬを通したらそうなったのだとわかり、その背中を見送りながら小さく笑う。
そんな私にゾロは本当にがめついなんて言うけど、ルフィの食費とか、2年ぶりに会うから色々ダメになってるだろう物揃え直すのを考えたら、いくらあっても足りないのだ。買い直さなくて大丈夫な物を数える方が大切だろう。
皆と仲間になってから共に過ごした期間は、長くても半年。短いブルックは、ほんのひと月だってあるか怪しいくらいだと言うのに……なんだか、何十年も共に過ごした家族との再会のような気持ちにさせられてしまう。
いつの間にか戻って来た従業員に、申し訳なさそうに部屋を移動して欲しいと言われてるのに気付けば、少し考えてからチェックアウトするわと言って荷物を纏めるようにゾロに言う。私の荷物はHOTELの人にぼったくりバーまで運んで貰うように手配して、ゾロには皆が集合するまで好きにしててよと笑いかけた。
「待て」
「なに?」
「髪、拭いてからいけ」
腕を掴まれてそんな事を言われては首を傾げる他ない。身支度整えたのだから、当然髪は拭いてある。
「拭いたわよ?」
「拭き直してやるから、座れ!」
何故か叱られた私は大人しく座り、ゾロにそれを任せる事にした。その手が、意外にも繊細な動きで私を撫でるから、少しではなく驚かされてしまうけど。
それは妙に優しい時間で、でもタオル返さなきゃと思っていたらHOTELの人が何故か顔を赤くしてこっちを見てた。それに首を傾げるとゾロから動くなと叱られてしまい、ごめんと謝っていたんだけど。
拭き終えるとタオルを放り投げるように渡したゾロが、私の髪を整えてくれる。それにお礼を言えば、うねる髪に指を絡めながらゾロが言う。
「伸びたな……」
「そうなのよ。バッサリいきたい所だけどね」
「なんだ。願掛けでもしてんのか?」
「……ルフィが」
「ん?」
ゾロは不思議そうに首を傾げる。でも、私の脳内ではルフィが男の顔で私に言うのだ。
勝手に切るなよと。それに、私は逆らえない。
そんな事を思い出すからなのか、顔が勝手に熱を持つ。どうにもならないくらい、顔が……熱い。
「ルフィが、切るなって……言うから、毛先揃えるのとか、前髪は切るけど……その位しかしてないのよ」
「……なんだってナミはそう、ルフィに甘いんだよ。ここまで長いと邪魔だろ。座ると引き摺るじゃねェか」
「だってぇ~……」
だってルフィが言うんだもん。せめて、ルフィが長すぎるって会った時に言ってくれるまでは切れないわ。
そう思ってゾロを見上げたら、この阿呆がなんて言われてしまう。それから私とゾロがHOTELを出ようとした所でミホークに会ったので、そのまま別行動となる。
背を向けたゾロにミホークが問い掛ける。それに首だけで振り向いたゾロが、微かに苦しそうなものを滲ませた笑みを見せた。
「……ロロノア、良いのか」
「俺がついて行っても何にもならねェ。鷹の目が本気でナミになにかしようとしたなら、今の俺じゃまだ届かねェからな」
「ほぅ……見捨てるのか」
ゾロはその言葉で身体ごとミホークに向き直ると、静かに言葉を紡ぐ。そんな風に話す所を見た事は、これ迄殆ど無かったので正直新鮮な驚きがある。
「近くに居りゃ、俺が足手纏いになりかねねェ。それに……万が一の時にルフィが仲間を2人喪うリスクは避けたい」
「ナミだけが犠牲になるのなら構わぬか」
「鷹の目は、ナミを殺せねェ。なら、仲間揃えて助けに行く方が建設的だ」
「……合格だ。答えによっては問答無用で連れ去るつもりだったがな」
「いや、私の意見も取り入れなさいよ。そもそも私の恋人は、ゾロじゃなくてルフィだからね?」
2人の会話から妙な緊張感が失われた時、あえて口を挟んだ私に2人の視線が突き刺さる。そもそも論で私の事を話してたなら、私の意志を無視するのは、ダメ、絶対!
だと言うのに2人は本当に親子かと言いたくなる程に似た顔をする。なんだと言うのか。
「ナミは、時に愚かしいな」
「同感だ」
「今の私の発言は、何もおかしくなんてないわよ!!」
話があると言ったから待ってたというのに、このままトンズラしてやろうかしら。そう思って靴に視線を向ければ紐の状態に問題は無いので、走れると判断した。
そんな私を無視して2人はこの後どうするつもりなのかと話しているから、私は荷物を手にしっかりと握って、クリマタクトを取りだす。それに反応した2人にまたねと笑い、自分の姿を消すとその場を立ち去る。
……全く、2人で仲良くしてたいなら私を巻き込まないで欲しいわ。ゾロは昔から相手の名前が多い代表選手だったけど、まさかミホークが相手とは。
2人が上手く収まってくれるなら、私はその分狙われにくくなるしいい事よねと少し浮かれつつ歩き出す。やっぱり1度サニーへ行って、必要な物を確認した方がいいかも知れないなんて考えながら足を進める。
1人で歩くシャボンディ諸島は、なんだか前と随分違って見える。建物の形とかは変わってないけど……そう〝荒れてる〟と表現するのが正しいかな。
街の中にあったお店の位置も、種類さえも変わってる。可愛い小物を売っていた店が消えて、代わりに武器を売る店が入っていたり、オシャレな喫茶店が居酒屋に姿を変えている。
ケーキバイキングとご休憩が可能なBARは、化粧の濃いお姉さん達が男達を連れ込もうと声をかけていて……。花を買いたいと言った時、生花店を教えて貰えるかさえ微妙な様子に少し陰鬱な気持ちになる。
とりあえず情報収集を兼ねて酒場に足を踏み入れた時、客層が明らかに海賊達ばかりだと気付くけど……本当に、良い男って居ないわね。比べる対象が、悪すぎるのかも知れないけど……。
カウンターの近くで姿を現して、そっと席に腰掛けつつクリマタクトを片付けるとマスターから驚いたような視線を向けられた。なので騒がないでねと視線で訴えながら、唇の前に指を立てれば目をハートにして頷くそれに内心で苦笑する。
確かにこの身体の見た目は可愛いものね。中身こんなだし、今回は実験に使ったようなものだけど。
レイリーさんの言うように、確かにこれは武器になる。何も口や物理だけが武器じゃないって事を痛感させられていたら、目の前に頼んでもいない水割りが置かれた。
どういう事かと思って訝しむと、欲望にギラつく視線を数多感じて……こいつらからの酒かと溜息を1つ。それと同時に禍々しい気配を纏って現れた男に気付けば、厄介事は連鎖反応でもするのかと嫌な気持ちになったのは不可抗力だろう。
禍々しい気配の主に視線を向けて、じっくりと視てみればハッとした様子で足を止める。そのまま隣に座りたいなら構わないわよと微笑み1つで伝えれば、禍々しい気配は霧散して愉しそうに笑う男が歩み寄って来た。
それを受けてゾロの事はいいのかしら?と心配になった私は可笑しくない筈である。目の前に置かれたグラスの中で、氷がカランと音を立てるのを聞きながら近付く男を私は呑気に観察していた。