魚を生簀に入れて貰ってから、サンジ君に促される形で私は皆にコーティング船の諸注意を伝えて行く。勿論それによりルフィが従ってくれる可能性なんて、少しも想像してないけどね。
まぁ、暴れないでくれると安全になるけど……コレだけ魚が見えてたら、無理よね。分かってるわ。
「レイリーから聞いた事を纏めておいたから、後で確認したくなったらそれを見てね」
そう言って始めた説明。その冒頭で、何に反応したのかは不明だけどサンジ君が鼻血を吹き出しながら、その出血の勢いでシャボンを突き抜けてしまう。
鼻血で体重を凌駕する勢いでの出血って、相当よね。どうして血液がそれで枯渇しないのか不思議でならないわ。
それを見て皆が大騒ぎする中で、ロビンだけが冷静に質問して来る。それに私は頷いて答えた。
「つまり、
「そう!基本的には同じよ!ある程度まで伸びて……それ以上は突き抜ける」
ボンチャリに乗る為にシャボンを被った事があるので、皆も理解してると思う。ウソップはそんな私達にシャボン分析を続けるなと言うけど、でも……必要な事だもの。
中に入る時も同じ事になるから、大きな物を入れる時は内側から押さえてあげると比較的安全に取り入れられるって事でもある。ただ、漁をする為の網にもコーティングしてくれてるので、網の出し入れは問題にならないのだ。
つまりは、網漁をするなら危険もなく出来るという事になる。だからルフィには是非とも、無謀な事はせずにいて欲しいと心から願っています。
「極端な話、船に襲い掛かる海獣に向けて銃や大砲を撃ち込んでも、シャボンは割れないの」
「……じゃあ、逆に何があると割れるんだ?」
不安を隠さずにウソップが問いかけて来て、それに合わせるようにチョッパーが頷く。流石は1般人代表のウソップと、天下のマスコットキャラであるチョッパーね。
安定の可愛さと、皆が疑問に思うだろうところの質問を担当してくれる有難い存在だわ。そう思いながら、私は出来るだけ簡単に説明しようと脳内で情報を整理する。
「1度に多数の穴が空いたりするとダメよ。……例えば、海獣や海王類の牙で噛まれたらほぼアウト」
説明してる傍で海獣が口を大きく開き、チョッパーが悲鳴をあげる。けれどもそれは、同時に現れた別な海獣がそれを襲ってくれた為に傍を離れたので、サニーは無事な状態。
チョッパーはそれでもカタカタと震えていて、正直可愛い。抱きしめていいかな?
「……その他、岩や海溝にぶつかったりして、船の中その物が壊れても、マストや船体の割れ口でシャボンが割れるからそれもアウト」
でもそうなると、私が居る限りは海溝にぶつかるとかそういう事はさせないから、気を付けるべき所は案外多くない。船を普通に操舵できる範囲での障害物なら、私とフランキーでどうにでもできる。
問題は……操舵で間に合わないような速度で近付く障害物とか、海獣になるんだろうけど……。そこは正直なんとも言えない。
「気を付けるのは海の生物達と障害物。中からは、余計な事しなきゃ大丈夫よ」
「そうか!意外と強ェんだなァ!!」
「うん、でも……。〝魚人島を目指す船は、到達前に七割沈没するので注意〟ってあるし、ルフィの行動には注意が必要よ」
言ってる傍から、ルフィとゾロが魚をどちらが多く捕る事が出来るかの勝負を始めようとする。ルフィは
そんな愚かしい2人は、ウソップとチョッパーに殴られて叱られて甲板に倒れている。その時フランキーが、少しの照れを耳に表しながらもロビンに私とお揃いのペンダントトップを渡していた。
驚くロビンが私とフランキーを交互に見るから、私はお揃いよとの意味で無言のままにで身に付けてるそれを見せる。するとロビンは、その能力を体現したかのように……花が綻ぶように、嬉しそうに笑った。
そんなロビンに見蕩れる私に、フランキーが暫く安定しているのかと聞いてきたので、周りを見て頷く。フランキーはどうやら、早く話題を変えたいらしい。
「そうね。大きな海流に乗ってるだけだから、暫くは大丈夫よ。急いで進むなら半日もすると警戒が必要になるけど、普通に進めば丸一日は安定してるわ」
「なら、この機会にゆっくり進んで色々と必要な事を話し合うのも良いかもな。……それなら、まずは俺から、全員に話しておかなきゃならねェ事がある」
ゆっくり進むと言うので、メインマスト以外の帆を畳み、フランキーからの話を皆が聞いた後のんびりと交流を持てる時間を作る事になった。ルフィが貰って来たと言うお弁当を広げて、それに歓声が上がる。
皆は舌鼓をうちつつフランキーが熊に会った時の事や、この2年どうやってサニーが無傷で待って居られたのかを話すのを聞く。私はよくわかってる話なので、黙ったまま愛情が込められてるだろうお弁当を見詰めてしまう。
ルフィは、殆ど共に過ごしてはいなかった筈だけど……何だろう。切ないわ。
そんな時フランキーの話を聞いていたチョッパーが、それはおかしいと言う。声を荒らげるその感情が、怒りなのか悲しみなのかはよく分からないけど、取り乱してるのは間違いない。
「でもよ!バラバラに飛ばしても、その後俺達がどうするかは、あいつにわかる筈ない!!それでも、船で待ってたのか!?人格も失ったのに!?」
「わかってたのよ。熊は」
「「「「え?」」」」
言葉を音にすれば、驚いた声が重なって聞こえた。それは、ウソップ、チョッパー、ブルック、そしてフランキーの声。
驚きの声を出さなかったメンバーも、視線だけは私に向けている。だから私は皆をゆっくりと見回して、口を開く。
「スリラーバークで、熊が皆に衝撃爆弾を作って攻撃を加えた事を覚えてる?」
私の問い掛けにルフィとサンジ君を除く全員が頷く。微かに緊張した様子になるのはゾロだ。
その後に起きた事を思い出せば、その反応も分からなくはない。あれはトラウマになってもおかしくは無いもの。
「皆と熊が会った時の少し前に、私は熊に1人で会ってるの。その時にね〝エースがルフィの兄〟なのかを聞かれたわ。それに私は〝YES〟と返してる。……熊は革命軍に所属していた頃、子供達の適性を見極めて教育していたらしいの。その経験があり、革命軍に居た時の知識と、海軍の情報があれば……予測を立てるのは……容易いわ」
「……容易くねェよ、自分基準にす「つまり、エースが処刑されるのを知っていた熊は、その場にルフィが現れて、あの時の実力では勝てない事もわかってた。そうなれば修行を余儀なくされる事も。だからこそ、私達の適性に合った場所へと飛ばしたのよ」」
ウソップの言葉を遮り言い切れば、ゾロは何故そこまでしてくれたのかと言う。それについては、今となっては確認のしょうがない。
だから私は静かに目を伏せて首を横に振る。するとフランキーが私の考えと同じく〝わからない〟のだという事を告げると、その場は1瞬静まった。
それからすぐにサンジ君が目覚めた事で騒がしくなったので、良かったなと心から思えた。熊は恩人だと言うフランキーに、サンジ君が恩人なんかじゃねェと折角の顔を崩しながら言うので、それにブルックがギターを鳴らしながら問い掛ける。
「歌いましょうか?」
「慰めるんじゃねェ!!余計惨めになる!!」
「え?歌わないのか?折角の宴なのによ」
ルフィがそう言って少ししょんぼりする。……可愛い。
「なら……私が歌う?」
ルフィを慰める意味で、冗談混じりに軽く聞いてみると全員の視線が私を貫くから、冗談よと撤回して笑おうとした。なのに、皆が先に笑って是と言うから……冗談にできなくなってしまう。
今私は、何を歌えるだろうか。何だったら、今の想いを皆に伝えられるのかな?
ふと視線を向ければ、肉を口に入れて首を傾げる愛しい人。その姿を見ていると、不安が頭をもたげてくる。
……ねぇルフィ、本当に私なんかでいいの?
ルフィには、多くの人が想いを寄せる。誰のものにもならないで、全てを自分のものにするって選択肢もあるのに……私を選んで、本当に後悔しない?
心で問い掛ける私の視線をどう受け止めたのか、ルフィは笑う。明るく、けど少しだけ悪戯に。
「……ナミ、好きに歌えよ。サンジは今〝女〟に飢えてるから、ブルックよりナミがいいみたいだしよ」
「もう……。気分が下がっても知らないからね」
「にししっ!!気にすんな!!」
何もわかってないのに、なんでも理解してるルフィ。私が……皆が、その命と人生を託した愛しい人。
出逢えた事が、奇跡の始まりだと思う。ルフィから仲間にと誘って貰えただけで、持って生まれた幸運を使い果たしたから、きっと皆仲間になってから苦労させられてるのね。
「……〝奇跡〟」
今は、それしか浮かばなかった。私がルフィを見ながら何を歌うのか考えている間に、ロビンが用意してくれていた楽器を手にする。
それはコニスから貰った竪琴。それを鳴らし始めるとブルックがドラムを用意してくれて、私の演奏に合わせて音を付け足してくれる。
「ーーー」
青い海と空に覆われたこの世界。その中で私の心は恐ろしく小さくて、それを隠すようにそっと掌で守っていた。
そうしなければ、生きられなかった。守る為に隠した心が暗闇の中で泣いていても、自力ではどうする事も出来なかったの。
「ーーー」
そんな風に両手で顔を隠す私の指の隙間から、光を届けてくれたね。そこから伝わってくるのは、その想い……皆の優しい温もり。
「ーーー」
迷って、立ち止まって、その度に自分の弱さに苦しんで来た。成長の見えない己が疎ましくて……弱さに溺れて、それでも足掻いていたの。
「ーーー」
私が今、強くなれたのは……皆に、ルフィに出逢えたから。皆が、支えてくれるからなの。
「ーーー」
溢れ出す愛しさで、今度は私が包みたいの。愛してもらったそれに見合うだけのものを返せるとは思わないけど、少しでもいいから……返したい。
「ーーー」
この世界でたったひとつだけの、私が私のままで生きられる場所。皆の輝きを1番近くで見詰められるこの奇跡が、泣きたい程に尊く思えるの。
「ーーー」
柔らかく私の髪を撫でるその手に視線を向ければ、私の時を止めてしまう魔法の微笑みがある。いつも、そうして私の身も心も守ってくれる、愛しい人達。
「ーーー」
言葉に出来ない愛情が伝わる。返しきれないそれが、頬を伝い零れてしまう。
どうして私は弱いんだろう。なのに、どうして皆はそれでいいと言ってくれるの?
「ーーー」
何も特別な事なんて無くていい。ただ、皆と共に歩める未来があるのなら……それだけで……。
きっと、最も贅沢で難しい願いだと分かってる。でもそれは同時に、ささやか過ぎる願いでもあるでしょう?
「ーーー」
この先で、皆の笑顔が消えなければそれで良い。笑顔の花が咲き乱れる未来があれば、それ以上に望む事なんて何も無いわ。
それが叶うなら、私はどうなっても構わない。そう思ってしまう心も確かにある。でも、もう自分を投げ捨てたりはしないと決めているの。
「ーーー」
ルフィを愛した事、それに後悔なんてない。多くの出来事が私に降り注いでも、ルフィを愛しているから正気を保てたのよ。
愛され続ける事は、きっと難しい。でも、愛し続ける事は可能だから。
「ーーー」
ずっと傍にいて良いのだと、生きる喜びに気付かせてくれた。かけがえのない大切な人ものは、いつも視線の先にある。
「ーーー」
どんな時でも私はルフィを愛してる。変わらずに愛して居られる存在がいる事が、私の心を強くしてくれているの。
愛の形は変わっても、きっとルフィは私を嫌わない。そう信じられるから、前を向けるのよ。
「ーーー」
皆がいて、ルフィがいて、私は今を生きる事を自分に許せるようになったの。皆を心から……愛してる。
「ーーー」
溢れ出すこの愛しさを、ずっと傍に居ていいと言ってくれる有り難さも、私は当然だなんて思えない。この世界で生きると決意できた、奇跡のような出逢い。
「ーーー」
皆は私の、輝ける……奇跡。大切な、愛しい人達。
最後に少しだけ演奏して、私とブルックは揃って1礼した。それにより皆は漸く動き出したけど、なんでか泣き出したウソップに慌てたのは私だけ。
ブルックはヨホホと笑うと、続きは私の役目ですと言って演奏を始めた。幸せの黒いハンカチを。
それを聞きながら私はウソップを宥めたり、チョッパーに抱き着かれたりしながら幸せを噛み締めていた。……再び誰も欠ける事なく揃えた奇跡に感謝して、自然と溢れる笑顔を振りまきながら。