話の区切りがついた頃、ルフィが珍しく言葉を口にしかけて辞めた。それにより何となく言いたい事がわかってしまい、そっとルフィの頬を挟むように両手で触れる。
ルフィはいつも、考えるより先に言葉を口にする。頭の中で思う事を、そのまま口にするのだ。
良くも悪くも正直で、そんな彼が私に言葉を口にしかけて止めた。それは、エースの……あの戦争の事以外には有り得ない。
「ル「宴だって言うなら、俺も何かやるか。……ナミ、お前付き合え」」
ルフィに声をかけようとしたまさにその瞬間、ゾロから向けられた言葉。それに驚いて顔を向けると、腰に視線を向けられる。
「その腰にある武器は、飾りか?」
「……なんですって?」
私の声が低くなった事に、ゾロは気付いていて言葉を続ける。そんな安い挑発に乗る程度には、私にもプライドがあるのよ。
シャンクスに鍛えてもらった事に対して、マルコに教えて貰った事に対して、そして、これ迄何だかんだと巻き込まれた多くの危険を1人でも生き抜いて来た現実がある。確かに最終的な段階にならないと使わなかったけど、この短剣で直接シャンクスの剣を受けた事はないけど……それでも、この子は私の大切な相棒なのよ。
「クリマタクト無しだと、戦えないならそんなの飾って「〝赤髪の秘蔵っ子と呼ばれるだけの事はあるねぃ……〟と、マルコに言わしめた私の剣舞、受けてみなさい!」」
「そう来なくっちゃな。安心しろ。1刀しか俺は使わねェし、覇気も纏わ「覇気纏わないと、その刀、折れるわよ」」
既に言葉で斬り合ってる私とゾロに、皆は苦笑するばかり。短剣からチャームを外して、代わりにノジコから貰っていたフルーレの鍔を装着する。
鍔とは、刀にある握る所と刃の部分の間にある血止めの事。日本刀はお皿のように受け止めるようになっているけど、実は短剣や短刀にはこれが無いのだ。
なので相手の血で手が滑って刀を落とすとかって事も有り得るので、ノジコがフルーレを解体して私の短剣用に作り直してくれたのである。このフルーレというのは、現代の日本ではフェンシングでお馴染みの武器ですので、その部分が丸っこいのが特徴。
フェンシングの時に使う武器をサーベルと呼ぶ人も多いけど、それは間違い。それは、短刀を短剣と呼ぶ位の違いがある。
つまりは、好きな人とか詳しい人には全くの別物だけど、よく分からない人から見たら同じやん?って程度の差であるとも言える。
「何だ、それ?」
「血止めを到着しただけよ?」
「短剣だもんな。……元はそれ、クマか?」
「うん。女の子だから装飾もしたくなったらできるようにって考えてくれたんだって」
「2人にしか分からない言語で会話すんな……」
ウソップの突っ込みを聞きながら、私はてへっと笑って上着として着ていた袖を内側に織り込む。外側だと袖が落ちてくるかもだけど、これなら案外落ちて来ない。
でもこの上着を脱いでしまえば、ビキニだけとなり胸が揺れて動くのに邪魔なのだ。案外痛いし……。
折角出来上がったばかりの装飾品を壊すのが嫌で、それも外して手荷物のそれに移動させる。なので当然と言うか、念の為にノジコから貰ったブレスレットやログポースもしまっておいた。
こんな事で壊されてはたまらない。気持ちを切り替える意味もあり、ウソップに視線を向けて言葉を放てば、ウソップは小首を傾げた。
「ウソップが気になるなら、いくらでも語ってあげるけど?」
「へ?」
「ではまず、この短剣についてね。これは元々クマと呼ばれる種類の短剣なの。キンドジャールって呼ぶ地域もあるわ。でも、キンドジャールより小振りで腹の部分に少し丸みがあるのが特徴ね」
そう言って短剣の刃じゃない所を撫でれば、ウソップはそこか……なんて言いながら見てるけど、案外皆素直に見てる。話が武器に関する事だからかな?
刀は包丁と同じで、刃の部分は1箇所。それに対して剣はノコギリと同じように2箇所に刃がある。
その間を繋ぐ切れない部分を腹と言うのだけど、それが理解できないとこの説明はちんぷんかんぷんなままとなる。ただ正直、この説明で分からない人は、絵がないと分からない人だと思うので、諦めるしかない。
「この腹の部分が丸みのある、つまり厚みがあるのは彫る形で好きな装飾を施せるようにクマはそう作られてるの。柄の部分にも装飾をつけたりしやすいから、時代の変化と共に装飾品として身に付けるようになって行った地域もあるわ」
「ほぉー……そんで、血止めってのは?」
「短剣って、握る所と刃の間に出っ張ってるのが無いでしょ?ゾロの刀にある丸い部分」
木刀はただの真っ直ぐな木だとするなら、竹刀は持つところと本来なら刃になる所の間に丸い出っ張りがある。その丸い部分を示しているのだけど、分かるかな?
そう思いながら言えば、皆がゾロの刀を見て頷く。そう、そこが血止め。
「刃の部分で斬るから、血が出るでしょ?そうなると相手のそれが手まで流れてきたら滑って落としやすくなるし、長期戦には向かないのよ。だから戦うってわかってる時は、その血止めを装着するの」
まぁ、日本刀でもそこを透かしにしてて、血止めとしての意味を持たせてない物も結構あるから、時代と共に本当に刀が腰に飾られる物に変化していたとも言えるのかもしれないけど。確かに日本刀は美術品としての価値も高いから。
「本来ないって事は、特注で作ったのか」
「うん、ノジコがベルメールさんの武器を解体して作ったのよ。そんなに使ってないものだったし、ベルメールさんは銃とかライフルのが得意だったから、構わないって言ってくれて……」
フランキーからの問い掛けに頷いて答える。そうして思い出すのは、血止めの無くなったベルメールさんの剣。
そのままにしてたらなんか可哀想な気がして、ノジコが短剣を調整してくれてる間にベルメールさんのライフルとそれを合体させたのは、私が12歳の時だったかな?
「だから、ベルメールさんのライフルに残った刃をつけて銃剣にしたのよ。……なんか怒られたけど」
私の説明に何故か皆が頷いて、怒られるよなんて言うけど……普段は銃として使えて、いざとなった時は剣として使えるとか有難いと思うんだけどなぁ。銃は接近戦に向かないから、護身用にいいと思うの。
そんな事を考えながらも私はゆっくりと立ち上がる。相手はミホークに鍛えられた後のゾロなのだから、油断なんて出来る筈もない。
「さて……今更泣いても許してあげないわよ」
「それはこっちの台詞だ」
剣を構えて、私は不敵に笑ってみせる。それを受けてゾロが返して来るから、私はゾロへと剣の切っ先を向けて怒鳴った。
「つべこべ言わず、かかって来なさい!!」
そんな事を言えば、ゾロは本気になる。わかっているのに……なのにどうして、私はこうやって煽ってしまうのかな。
そう思うのに、言葉を撤回する事さえ出来ない。私、実は阿呆なんじゃないかな?
そうして戦い始めれば、ゾロの腕力がどれ程上がったのかが分かる。それに……その速度も。
速度は威力になる。躱すのが、案外難しいわね。
それでも、躱すけどね。足元が慣れ親しんだサニーの甲板であるから、できる動きとも言える。
「チョコマカと逃げ回りやがって……!」
「あら?躱すのも戦闘手段のひとつよ。……躱される程度の攻撃をする方が悪いんじゃない?」
何を言ったとしても、実際私がゾロの攻撃を全て受ければ、私の腕力と体力ではあっと言う間にジリ貧になる。と言うか……1撃でも受け止めたら腕の骨がやられる気がするのよね。
うぅぅ……。挑発しなきゃ良かった。
ドフィ達に教えてた時の感覚で、つい余裕があるようにみせかけようと笑ってしまう愚かな私。挑発的に笑う私に、ゾロもまた好戦的な笑みを浮かべる。
「この二年、遊んでた訳じゃないみたいね」
「当然だろ。まァナミが戦えるのはわかっちゃいたが……まさか、ここまで戦えるとはな……」
互いに覇気を纏っているのもあり、体力の基礎が少ない私は次第に呼吸が乱れていく。……本当に、なんなの、この、体力と筋肉のお化けは……!!
けど、ここで負けました!と剣を投げ捨てる事は出来ない。私は、まだゾロに1撃も入れてないのよ!!
距離を置い取り、スっと構えればゾロもまた刀を構える。風が頬を撫でて、髪を揺らす他は、今何も感じない。
芝生を蹴りゾロに突進すれば、ゾロはそれを受け止める。短くはない時間、そのまま刀と短剣が刃先を触れ合わせ音を奏でていく。
恐ろしい程の緊張感に包まれながら、素直に思ってしまう。……楽しい、と。
ゾロが三刀流で、私がクリマタクトも使うなら、それこそ勝負なんてつかないんじゃないかって思う程のギリギリの差。手加減なんて、させない。
「ゾロ……手を抜くなんて許さないわよ!!」
「そんな礼儀知らずな事、できるか!!」
「はあっ!!」
「チッ……!!」
突き出した剣がゾロの服を掠めるけど、やはり攻撃に転じるのは難しい。……私は剣士じゃ無いって言っても、そこは考慮して貰えない様子よね。
けど、ゾロは私の攻撃を弾くと即座に刀を振り下ろしてくるから、それを躱して隙をつくように無言のまま剣を突き出す。大きく見せようと構えてしまうのは、どう足掻いても男に比べたら小柄な事を理解してるからなのかな。
それとも、シャンクスの真似を無意識でしているのかも知れない。……風に靡く自分の前髪、これが少しでもその叡智にあやかりたいとベックを真似たものであるように。
そんな私とゾロの動きに合わせてか、剣の舞を演奏するブルックにより宴のもようしものとしての価値は高まる。ゾロの動きから次が締めかと気付けば、受けない訳にもいかない。
私が繰り出した攻撃は全て受け止められているのだから、最後まで全て逃げましたってんじゃ流石に不味い。そう思って受け止めた刀の重さ。
ちょっと待って、流石におかしい。これって、重剣でもならない威力よ!?
風が前髪を揺らし、眼に入りそうになる。でも、それを払い除ける余裕は無い。
どうして刀がこれに耐えられるのか。攻撃をしている側だとしても、これはおかしい……と思いながらも、それを受けてから流して見せればゾロが刀を納めた。
「見事なもんだな。初めて会った頃から、やってみたいと思ってたんだ。また頼む」
「もう、いや。疲れ……」
そこまで言った時、膝から力が抜けて倒れそうになる。しまったと思った瞬間、サッと受け止めてくれたのは……ルフィで……。
って、なんで上着てないのよ。さっきまで着てたわよね?
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう……あれ?」
「どうした?」
「ルフィ、背、伸びた?」
僅かな間を置いて、ルフィは言葉を口にする。そっと私の背に手を回してくれたそれが、支える為でも私には嬉しかった。
抱き締めてくれてる現実が、嬉しい。そんな事を言ったら、呆れられてしまうかな。
「膝から力抜けて、ナミが縮んでんだよ。……立てるか?」
「……もう少し、このままで……いたいな……」
「…………おう」
肩に頭を預けたら、そのままルフィは私を支えて甲板に座るから、私はルフィの首に腕を回してギュウギュウとくっつく。そんな私をルフィは仕方ないななんて言いながら、優しく撫でてくれるので存分に甘えておく。
……ルフィを充電中。暫しお待ちください。
「そう言えば、服は?」
「あ、ほつれてるってロビンが言うから、脱いだ。後で直してくれ」
「ハイハイ」
何故そこでロビンに任せないのか。そう思うけど、まぁ、いっか。
ルフィの物を直すの、嫌いじゃないし。赤の糸は多目に買って来たから、特に問題ないもの。
ルフィはいつもお日様の匂いがする。洗いたての洋服とか、タオルとか、取り込んだばかりの布団と近い。
つまり、こうして引っ付いてると眠くなるのだ。そんな私の頭を撫でたり、髪の毛弄ったりするルフィは、私を寝かせようとしてるに違いない。
「……ナミは、エースの事で……責任感じて壊れてんじゃねェかって、思ってた」
ルフィの言葉で脳が覚醒する。そうだ、エースの事、ちゃんと話しておかなきゃ。
ルフィはあの戦争でエースは死んだと思ってる。本当は違うのだから、その結果が分からないのだとしても、私には伝える義務があるわ。
私は、あの戦争で、何も出来なかった。私はあの場にたつには、弱過ぎたのだ。
「……あの戦争で、エースは確かに1度死んだわ。それにより、私は確かに壊れた」
「ん?」
「でも、ミホークに呼び起こされて、私はエースに電気ショックを与えたの。人工マッサージと併用してね。……空島で、エネルが自らに電気ショックを与えて心臓を動かしたのを思い出して……もしかしてって思ったのよ」
短剣から血止めを外して、チャーム等を取り付けていつもの状態に戻す。そうしてそれぞれをいつもの場所に戻してから、代わりに胸の谷間に入れていたクリマタクトを取り出した。
ペンダントトップの中にある連絡先のそれを思い出して、少しだけ溜息が落ちそうになるけど……あ、ドフィのとローラから貰ったのが机に入れたままだから、後でそれも加えておかなきゃ、そんな事を考えつつ、シャンクスと共に過ごしていた頃からずっと支えてくれてるクリマタクトを撫でれば、ルフィが掠れた声を出した。
あの戦場で、このクリマタクトが無ければ……エースの心臓を動かす事は、出来なかった。この世界にAEDは存在しないのだから。
「……なら、エースは、生きて……?」
「ごめんなさい」
「え?」
「……分からないの」
エースに生きていて欲しいし、その可能性は高いと見てる。でも、確実じゃないのよ。
私はその後シャンクスに保護されて、白髭さんを埋葬し、その場にエースの墓も用意した事。そして、その時はまだエースが生きていたけど、悪魔の実の能力を失っていた事を話す。
それを皆も黙って聞いていてくれた。なので、その後空島に戻った私の元にエースが1年預けられて、エースを鍛える傍ら私の事もマルコが鍛えてくれた事を話す。
しかし、1年が過ぎた頃……2人は空島を出て……ティーチ……いいえ、黒髭に対しての落とし前戦争を仕掛けに行ったきり消息が不明なのだと話した。白髭海賊団の全員が、安否確認出来ていないのだと。
「……ナミ」
「なぁに?」
「マルコって、誰だ?なんか、思い出せそうなんだけど、後少しなんだと思うんだけどよ……」
「パイナップルみたいな感じで〝よい〟って語尾の人」
「ああ!あいつか!!」
「ロビンを迎えに行った時にも、手伝ってもらったのに……。まぁ、ルフィだもんね」
……私は本気で、マルコも仲間になるんじゃないかと思ってる。ルフィはマルコを好きだと思うのよね。
ただ、この1味……危ない事に各役職が1人ずつしか居ないから、船医であるマルコはチョッパーと重なる為に仲間にならないのかなとも思う。まぁ、副船長としてなら、可能性あるけど。
「そっか……なら、ナミは辛かったな」
「え?」
話が見えなくて首を傾げる。けどルフィは、皆に視線を向けると当然のように言い放った。
つまり、私への説明はない。ルフィとはそういう生き物だ。
「…………皆、悪ィけど、ちょっとナミ借りる!ロビン!!」
「余り虐めないのよ?」
「おう!」
そう言ってルフィが私を抱き上げ……いや、担ぎ上げた直後、私はそのまま女部屋へと運ばれて行った。部屋に入ると、私が買って来た荷物がソファの所に乱雑に積まれているのを見たらしいルフィは動きを止める。
そこで小さく、いつも任せっぱなしで悪いなんて言うから、その少し萎んでる感じが可愛くて笑ってしまう。どうやら気にしてるらしい。
「良いのよ。私が好きでやってるんだから」
「ナミ、ありがとう」
「それで……どうしたの?」
何か話でもあるのだろうか。皆には聞かれたくないような。
そう思ってルフィに問い掛けると、溜息と共にベッドに投げ落とされてしまう。ベッドの上で弾んだ私の身体は、けれども起こすよりはやくルフィにより押さえ付けられてしまった。
見れば真剣な顔をしたルフィがいて、私はよく分からないままに言葉を飲み込む。ただ分かるのは、ルフィの瞳に宿る熱が、私を求めているという事のみ。
そして、私もまたルフィを求めているという現実がある。ベッドの横から、手荷物が滑り落ちるのに気付けないくらい……私の全ては、ルフィしか感じられなくなっていた。