噴火の衝撃で、何かに捕まっていなかった人は吹き飛ぶ。私も飛ばされそうになったけど、フランキーがヒョイッと支えてくれて、何とか無事に乗り切る事に成功した。
爆風のようなそれが過ぎた後、私は船縁に駆け寄り火山に視線を向ける。マグマが海底なのに吹き上げて、山肌を滑るようにマグマが流れ落ちて来るのを見てしまう。
本来マグマは海水に触れると、触れた部分は固まり、触れなかった内側がそれを割って飛び出してまた触れた部分が……となる事でゆっくりとしか進めない筈。そうしてマグマの為に、新たな陸地ができたりするのだ。
海底火山が噴火した場合は、海底の底上げになるだけで、こんなに風には本来ならない筈。なのに……現実で今
目の前で、地上と同じような勢いで火山からマグマが飛び出して来ている。
だとするならば、海上ではこれが元で大津波が起きているだろう。勿論、地球と同じ理屈が通用するならば……だけど。
地上の噴火と違うのは、火山灰が無い事だけだろうか。この世界は本当に、私の中にある地球での常識を簡単に覆してしまう。
「マグマが海底を駆け下りてる……!!水温が上がってく!!」
ゴースト船と海坊主が、目の前で吹き飛ばされて行く。それを目の当たりにしながらも、今できる対策は無いのが現状。
水温差で海流が渦巻き、それに巻き込まれたからゴースト船は吹き飛ばされたのだと分かる。つまり、逃げる他に出来る事はない。
だからと言って、ここでサニーを漕いでも何にもならない。寧ろ邪魔になるだけだわ。
「逃げて、スルメ~!!」
皆の頑張れと言う声援を受けて、スルメは逃げて行く。私は記録指針と、スルメの進行方向を交互に確認する。
今は私の判断が皆の命を左右する。操舵手が居なくても、今はスルメが居てくれるから何とかなってるのよね。
その時背後からサンジ君の声が聞こえて来た。それを聞きながらも、私の視線は忙しなく動き続ける。
「ナミさん〝魚人島〟はどっちだブバゥ!!」
「こんな時までやましい気持ちが!?」
「まだ、真っ直ぐ!!もう少し!!……あの海溝へ!!」
海溝に入れば、岸壁から離れさえすれば比較的安全に下降できる筈だもの。たとえその海溝が、深淵より深い漆黒の闇に包まれていようとも。
目の前に広がる闇よりも深い黒い、暗黒の世界。それも断崖絶壁の奥だ。
本来ならば怖気づくだろう。けど、ここで立ち止まれば命は無いのだ。
後方は熱源。前方は暗く何も分からない場所。
そうなれば進むしかない。立ち止まる隙なんて、ありはしないのだから。
「おいナミ!!本当にこの先にあんのか、魚人島!!」
「あるわ!!進んで!!」
「よしっ!飛び込め、スルメ~!!」
ルフィの言葉を受けてスルメが飛び込んだその瞬間、海底火山が再び噴火した。爆発としか呼べないような、壮大な威力。
自然には逆らうな。自然に戦いを挑んでも、勝てはしないのだから。
自然と言う強大な力に襲われた時、それは自然と1体となり呼吸を合わせるか、諦めて運命に身を委ねるしかないだろう。……そんな、なんの役にも立たなさそうな、昔読んだであろう文章の1節が脳裏を過ぎる。
「アレは何だ!?上に何か」
フランキーの言葉により視線を向ければ、岩と土砂が見えた。つまりこれは……。
この角度からは見た事がない。防犯カメラの映像とかを元に見る映像だって、離れた所から……横や上空からの映像だもの。
私の知る知識にこの角度のものは無いけど、わかる。他に考えられない。
「〝土石流〟よっ!!危ない!今の噴火で海溝が崩れたんだわ!!」
海底で土石流が起きるなんて通常考えられない。どうしたら、いいの!?
クリマタクトはこの圧に耐えられるかな。耐えられるなら……いえ、エネルギーを溜める時間が足りない!
「っ!避けてスルメ~!!」
「シャボンから出て斬って来る!!ルフィ!!しっかり掴んでろよっ!!」
「おう、任せろ」
「「ゾロ、ダメよ!!」」
私とロビンの声が重なる。ロビンが即座にゾロを押さえてくれて、ゾロが飛び出すのは防げた。
ここは既に水深が8千mを超えてる。こんな所でシャボンから出たら、水圧に押し潰されて生きていられない!
それを説明するロビンに、ならどうすればいいんだと声を荒らげるゾロの横から、別な声が聞こえて来る。それに視線を向ければ、本当に頼れる男になったんだと理解させられた。
「〝必殺緑星〟サルガッソ!!」
素直に喜ぶチョッパーに対して、ウソップは1瞬の足止めだと言ってその場を急ぎ離れるよう進言する。でも、この場で他に助かる手段は無かったのだ。
そうしてスルメが離れてくれた直後に土石流が猛烈な勢いで落ちて行くのをスルメも、私達も驚きを持って見る。ルフィを含めた皆にウソップは褒められて、そんなやり取りを見て私は微笑ましく思いながら息を吐き出した。
そして……土石流からはぐれた岩が1つ、スルメの頭を直撃して、私達は深海へと落下して行った。そうして到着したのは、海底。
1万mの水深地、海淵。スルメの上で傾いた状態のサニーで、私達は身体を起こした。
「ナミ、大丈夫か?」
「うん、ありがとう。……明るいわね。魚人島は、深海でも明るいから、そこに住んでるんだってケイミーから聞いてはいたけど……」
抱き起こしてくれたルフィにそう言った私に、楽しそうに笑う。もう、その視線は私を映してはいない。
今ルフィの意識は目の前にある、巨大な光源に向けられている。私も航海士として、それに視線を向けるのが役目だわ。
「難しい話はいいよ!皆上見ろよ上!」
「光ってて良く見えねェ……」
はしゃぐルフィにウソップは辛そうにしてる。それはそうだろう。
何せ今まで暗闇の中に居たのだ。普通にそれを見てるルフィが、寧ろおかしい。
「おいナミ!!アレか!?」
「ええ!!間違いないわ!!指針はあの島を指してる!……あれが〝魚人島〟」
大きなシャボンに囲まれてるから、空気はあるのかも知れないわね。そう思った時、男達が大喜びで歓声を上げる。
サンジ君を中心とした小芝居の横で、樽が到着を喜び、ゾロがそれを蹴る。どんな食べ物があるのかと楽しみな様子を見せるルフィの肩を叩いて、早く魚人島へ向かってもらうように告げた時、私は過去との邂逅を余儀なくされた。
皆は海獣の群れに気を取られてるけど、私はそれに乗ってる魚人とその身体にある刺青しか、今は見えない。……大丈夫だと、思ってた。
ジンベエを見た時も、そんなに衝撃はなかったし、ルフィの友達だったし……だから、もう、動揺しないんだって、思ってたの。サニーを捨ててスルメが消えるその様子から見ても、コイツらはアーロンと同じかそれに近い思想を持ってる筈だわ。
『巫山戯てんのか!?偽の海図を描きやがって!俺を騙せると思うな!』
『何言ってんのよ!このデータから読み取れるのは、この海図になるわ!アンタの寄越したデータが『……誰が〝アンタ〟だ。船長と呼ぶか、名を呼べ……!!』』
そう言って、首を締め上げられたまま隣室で拷問をされた時の苦しさと痛みまで……思い出してしまう。アーロンの声が、耳元で、聞こえたような、そんな気がした。
「……ナミ?」
「べるめーるさ……のじ、こ……」
「ナミッ!」
強く、抱き締めてくれる、慣れた温もり。それにより、意識があるこちらに帰って来る。
心配そうに顔を覗き込むのは、愛しい人。私の、太陽。
「……ルフィ……」
「もう、大丈夫だな?」
「うん、ありがとう」
身体の震えが落ち着いて、指先に血が通うのに気付く。そんな私から視線を外し、ルフィは海獣達にその視線を固定した。
「……下がってろ。ロビン、フランキー、ナミを頼む」
「私は、大丈夫よ」
「「「「ナミ(さん)の大丈夫は信用出来ねェ」」」」
私をロビンに預けたルフィだけではなく、あの時アーロン達と戦ってくれたメンバーが揃って声を出す。何だか、あの日を彷彿とさせるそれに、小さく笑うと四人は少しだけ笑い返してくれた。
「心配症ね。私……大丈夫なのに」
「……ナミ、その顔で信じろって無理だからな」
「へ?」
ルフィの返事に首を傾げると、ウソップが嫌そうな顔をする。なんだと言うのか。
「……村の奴らに笑ってた時と、同じ顔してるぞ」
「どんな顔よ」
「無理して笑ってるって顔ですよ。普通に泣かれる方が、マシに思えます」
サンジ君の言葉に息をのむと、ルフィが帽子に触れて首を傾げると聞いてくる。使うか?って。
それにより、そんなに弱ってないもんと口の中でゴニョニョと言えば、ロビンが背後から強く抱き締めてきて……心配かけてるのだと気付かされる。無言で私を見るゾロ、フランキー、ブルックの視線からも、気遣うそれが伝われば、私に抵抗する力なんて残ってない。
そのやり取りの中、話を聞けと叫んだ魚人にあの日の四人は鬱陶しそうに視線を向ける。……本当に、変な所がよく似てるわ。
「お前達〝麦藁の1味〟だなァ……。よく知ってるとも。かつて〝アーロン1味〟の野望を打ち砕いた海賊達。そして……裏切り者のナミ……」
全身が、総毛立つのが分かる。どうして、知ってるの。
私の名前を、アーロンは誰にも伝えてなかった筈よ。アーロンは、人間の女だと、名前なんざ知っても意味はねェだろうと言って、あの場に居た魚人海賊団のメンバー以外には何も教えてなかった。
髪の色も、長さも、年齢も教えない事で……多分〝天才測量士〟である私を守ってくれてた。なのに、どうして知ってるの……?
「それだけで済めば話は簡単だったが……!よりによって二年前、元〝アーロン1味〟の幹部ハチさんを庇い……あの憎き〝天竜人〟をぶちのめしたとも聞いている……!!」
そうだわ。アーロンとは違って、クロオビは私を嫌ってた。
だとするなら、クロオビから聞いていたのかも知れない。そして、帰って来たハチから……。
ハチは、誘導尋問に弱いし、悪気なく情報を全て口にした可能性も否定出来ない。……そもそも、私に対する義理はもう果たしたと思って、口が軽くなる可能性だって充分にあるわ。
同じ魚人だもの。魚人は基本的に、迫害されてるのもあって、仲間意識が高い傾向にある。
「まるで我々の敬愛する『魚人島の英雄』〝フィッシャー・タイガー〟の様に。ハモハモハモ!!まったく、扱いに困る」
アーロン達は、アーロン1味のマークの他に、今話に出ていたフィッシャー・タイガーが編み出した太陽のマークを入れていた。でも、コイツらは見た事のないマークを入れてる。
そのマークはあたかも、人の首が落ちてるかのようなもので……嫌な予感しかしない。それにしても、あのマーク1つで、こんなにも身体が震えるなんて……。
ハチのマークは、消されてなんか居ない。アーロンのマークなんて、これ迄に何度も見てきたのに……どうして、今更……。
「なァ、教えてくれ……!!お前達は敵なのか、味方なのか。我々新魚人海賊団の
「なんだとォ!?」
ルフィが叫ぶ。それを受けて私は震えを深呼吸で抑え込み、フランキーに視線を向ける。
私の事を任されたからか、フランキーは私の傍に待機して、気に掛けてくれていたので、反応が早い。早くしなきゃ……!
「燃料補給して!」
「何する気だ!!」
「ルフィ達が、あいつらの言う事聞く筈無いでしょ!……とは言えここは深海、1万m!!こっちは戦う事さえ出来ないわ。勝機は0!!」
私の言葉にフランキーは唸る。でも、唸られても困るのよ。
今、生き残るにはこれしかない。私には、皆を死なせるつもりなんてないんだから。
「確かにナミも関わってて、アイツらが引き下がる筈はねェが……」
「だから逃げる!!この船の空気全部使って〝クー・ド・バースト〟で魚人島に突っ込むの!!」
「正気か!?」
「そうしなきゃ、ここへ来て全滅よ!!」
私とフランキーの会話を聞いていたロビンが頷く。そこからは動きが早い。
「確かに……それ以外に生き残る術が無いわね」
「フランキー、操舵頼む。俺が燃料捕球を!!」
「よしきた!スーパー任せろ!!」
ウソップが駆け出して行く背中を見送って、私はロビンから離れて前に出る。震えそうになる足に、力を入れて。
迷う時間はない。ルフィは多分だけど、私が〝魚人海賊団〟と会話するのを邪魔したりはしないと思うから。
「時間は、私が稼ぐわ」
「ナミさん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫よ」
心配そうに言葉を向けて来たブルックに笑いかけて、私は前を向いた。……大丈夫、私は、大丈夫よ。
心が凍って行く。冷えていくのが自分でわかる。
「……私の情報は、誰から聞いたの?ハチ?」
「……アーロンさんも、人間なんかを
「答える気は無いって事で良いのかしら?」
こんな時に、レイリーからの教えが活きるなんてね。私は久しぶりに魔女の仮面をつけて、レイリーに教えられた通りに艶やかな流し目を使う。
その瞬間、魚人達の様子が確かに変わった。空気が、ピンク色に染まったのだ。
「私はアーロンのモノじゃなかったわ。お金で契約してただけ。契約が切れたから離れたのよ?」
「……魔女……と、呼ばれる所以は、家族をも平然と奴隷として扱い、冷たく笑うからと聞いていたが……アーロンさん達にはガキだったとしても……。そ、そうだ!ホーディさんと契約を、結び直すか?」
その言葉に、ルフィの我慢が限界に近いと気付く。そもそも、私を使うと言った時に暴れなかったのを褒めないといけない。
ルフィも、ゾロも、サンジ君も、同じタイミングで殺気立ったのは気付いてたもの。多分……アーロンが言っていたのが良くなかったのね。
「それは、船長が決める事だわ。私は、麦藁のルフィの……女だもの」
「そうか……」
バタバタとした動きが、落ち着いたのを感じる。時間稼ぎは、とりあえず充分ね。それにもう、ルフィを抑えておけない。