ルフィからの怒りとも殺気ともつかない雰囲気により、凍った空気には気付いてたから、私は宥めるようにそっとルフィの肩を叩く。私は、大丈夫よと伝える為に。
ねぇルフィ、そんなに甘やかさないで。私は1人で立てるし、今度はルフィを支えると決めてるのだから。
そんな思いを込めてルフィを見詰めれば、ルフィはその空気を霧散させる。それから少しバツが悪そうに視線を逸らした。
「アーロンから聞いた事、私の持って生まれた能力で知った事、そして、新聞等から得た情報と、自分で体験し、経験した事で知った事があるわ。……幼い頃、私は〝赤髪の女神〟と呼ばれていた。その後でアーロンに会ってるの」
「赤髪の……!?ニュー……。なら、どうして、助けを求めなかったんだ!?俺達に勝ち目は無かったぞ」
「だって……シャンクス達の邪魔、したく無かったんだもん。あの頃はまだ四皇になってなかったし……新世界で暴れ始めた人達を東の海に呼ぶなんて、そんな傍迷惑な事出来なかったわ。私1人で、どうにか出来そうだと判断してたし……」
ハチからの言葉に素直に答えていくけど、私の声は尻すぼみになってしまう。だって、周りからの視線が胡乱なものになっていくから。
そう言えば……シャンクスも同じような反応したわね。いや、シャンクスは怒りと悲しみで震えてたと言うのが正しいのかしら?
でも、ルフィとの関係に気付いてからの事とか、ミホークとの事があってその時はそれ程色々言われなかったのよね。気が付いた時には、皆の視線が私を責めてる気がしたけど、とりあえずそれは無視する。
「再会した時にその話になって、シャンクスから散々叱られたんだから、それでもう良いでしょ?それよりハチ……話の続きを。ケイミーも人魚姫も、大海賊時代の始まりの頃を……何も知らない世代なのよ」
「ニュー……ナミは、何歳なんだ。昔っから悟り開いてる感じだったけどよ」
「悟り開いてる8歳児って……」
ボソリと言葉を落としたチョッパーは、でもハチの治療を辞める事はない。ハチの言葉は、それからゆっくりと紡がれ始めた。
ハチの言葉に補足する形で、途中口を挟んでいたジンベエさんが、途中からメインになり、その語り部を交代して行く。私はその話をただ、黙って聞いていたし、ルフィはほぼ冒頭の所で寝てしまっているだろう。
……だって、静かだし。つまり、ルフィは本当に歴史とか人の過去に興味が無いのだ。
大海賊時代の始まりと同時に、魚人達から見れば恐怖の時代が始まった。それを助けてくれたのが白髭さんであった事を語るジンベエさん。
しかし、そうして助かったように思えても、1歩島から出れば差別に苦しめられている現実は変わらない。それに立ち向かう為に、正反対の方法で魚人を守ろうと努力した二人の英傑の話が始まった。
人魚姫の母親であるオトヒメ王妃と、多くの奴隷解放で有名な英雄フィッシャータイガーの歩んだ、その生命を燃やし尽くした人生の全て。ただ、その結末は……真実は、伝わっているそれとは本当は違っていた筈。
でも、私はそれを変える術を持たなかった。いいえ、その努力をしなかったと言えるわ。
もしも私がシャンクス経由で白髭さんに連絡して貰っていれば、違った筈。人間に裏切られ、絶望して、大切な人達に看取られて死んだ英雄のそれは変えられなくても、王妃が
そう考えたら、どうしても気持ちは沈む。助けられる生命だったかも知れないのに……。
そんな気持ちを抱いたまま、タイヨウの海賊団を結成した偉大な男を失った後の話を聞く。ケイミーを最初に捕らえたズッコケ3人組も、そのメンバーだったのには流石に驚いたけど。
そうなれば当然、決別する事になったその時、アーロンを殺せなかったジンベエさんの気持ちは、わかる気がした。どれ程悪い子になったのだとわかっていても、私にはドフィを殺せないのと、きっと、同じだから。
「そっか……アーロンを捕まえたのは、黄猿だったのね……」
「ナミさん……」
思わず呟いた言葉にサンジ君が反応する。それにより、私の口は少し軽くなっていた。
記憶の中には、確かに私を気遣い守ろうとしてくれたアーロンもいる。だからこそ、私は最後までアーロンを信じていた。
「アーロンがね、私が1人で海に出るのを最初拒んでて……。その頃は私もね、私が逃げるとか、通報するとか、そう言うのを警戒してるのかと思ってたわ。でも……黄猿に捕まったのなら……違ったのね」
「え?」
「アーロンは、私が殺されたり捕まったりする事を、恐れてたのね。自分では助けに行けないと思って……。……そんなんだから、信じたかったのよ。アーロンの中にあった優しさを、私、信じていたかったの」
あの日皆が私を助けようと動いてくれる迄、お金を渡して解決しようとしてたのは、間違いなくアーロンの中にあったその優しさが理由にある。私がヘマして捕まった時、海軍から得た情報を利用して助けに来てくれた事もあったわ。
まぁ、盗もうとして失敗したんじゃなくて、ただ売れそうな子供として拉致されたんだけど。下手に騒いでは他の捕まってる子が危険かと様子見てたら、アーロンが助けに来てくれて……私が咄嗟に他の知らない子を庇っているのを見て、困ったような顔をしたのを妙に覚えてる。
そうして過去に思いをとばしていたら、サンジ君が苦しそうな声を出す。それに驚いて顔を上げれば、切なそうな笑顔が向けられていた。
「だから、ナミさんは……。ナミさんは、優しいですね。1人で多くの人の生命抱えて、いつも苦しみも悲しみも隠し通して、結局は守り抜いた。こんなに優しい人中々居ないと思いますよ。ナミさんは、誰よりも気高くて、優しい。その内面が、その姿を形容してい「違うわ!」」
聞いていられなくて遮るように、叫びに近い声を出してしまう。それに皆の視線が集まってるのを自覚して、でも、止められない。
「私は、優しくなんてない!!……アーロンが約束を守ってくれるなら……!故郷に住む人達だけ無事なら、後はどうでも良かったのよ。私は、そんなに綺麗な生き物じゃないわ。……家族以外は全員見殺しにする覚悟で、生きてきたんだから……!!」
涙が零れ落ちる。感情を隠すのが下手になったのは自覚してたし、皆に再会してからは甘えてて、言動が幼くなってたのも自覚してたけど……こんな、情けない……!
そう思った時、腰を強く抱かれて……ハッと気付いた時には唇が重なっていた。煙草の苦味が、侵入してきた舌から感じ取れる。
どうしてと聞くよりも早く離れた唇が、言葉を紡ぐ。優しく、労る様な眼差しと共に。
「落ち着きましたか?」
「サンジ……くん……?」
「ナミさんは、誰よりも優しくて、綺麗ですよ。……世界の全てを守るなんて誰にも出来やしません」
サンジ君はそう言って私の目尻を指先で拭う。それから私を解放すると少しだけ膝を折って、視線を合わせてくれる。
「ナミさんは、大切な人を守る為に他人を見捨てたのかも知れない。ですがそれは、他に手段が無かったからだ。貴女がそれを喜んでやってた訳じゃない事は分かるし、その為に心で血の涙を流していた事も、今もずっと苦しんでる事も、その為に自分を責め続けてる事も俺達は知ってる」
「サンジ君……?」
「ナミさんがその人達を傷付けたんじゃない。ナミさんも被害者で、本来なら抵抗さえ出来ずに、下手をすれば我が身を守る為に他の誰かを犠牲にして生きてた可能性もある。そんな中で、大切な人達を守る為に他人を見捨てたからと、責める権利は誰にもありません」
己が虐められない為に、他の誰かが虐められていても見て見ぬふりをして、それに罪悪感さえ抱かない人は……確かに多い。同時に、元々苦しめられていた経験があればある程、逆に虐める側に回るようになる事も多いのだ。
アーロンは、その虐められていた側からの転身であるから、物凄くわかりやすい。あの状況下で、団結して支え合っていた村の皆が寧ろ、人間の心理学的には異様とも言えるのは解ってるわ。
だからこそ、私に対して憎しみを抱いてくれてるのだと思ってたのよね。誰か、手の届きそうな標的が居る事で、団結力は高まるから。
政治的に困ると日本を敵に見立てて攻撃する隣国のやり方と、それは同じ。他に共通の敵かいれば、人の心はそれを打倒する為に団結する。
その心理を利用して、体育祭や文化祭は催されるのだ。クラスが団結して、虐め等が発生しないように。
「そんな中で、ナミさんは
「っ……!」
声が、出せなかった。真剣なその眼差しが、私に向けている言葉が本心だと告げてるから。
……だとするのならば、私は、今度こそ、家族を守れたのかな。苦しめる事しか出来なかった過去とは違って、ちゃんと……守れたのかな。
私……。産まれてきて、存在して、誰かの〝迷惑〟以外の存在に……なれたのかな……?
「ありがとう……」
絞り出した声は掠れていて、でもちゃんと笑った筈。なのに、サンジ君は痛そうにその表情を歪めた。
「ナミさんは、結局ルフィじゃないと……」
「え?」
「いや、なんでもありませんよ。……続きを、聞きましょうか」
そう言ってサンジ君は私からそっと離れて、火のついてない煙草を咥えた。ルフィは1連の流れに参加してないから、多分……熟睡中だろう。
その後の話はそれ程長くは無い。アーロンが捕まっている間に、王と王妃にのみタイガーの死の真実とその背景を伝えたジンベエさんが、魚人島を守る為に七武海加入を決めた。
その事で、タイガーを慕い集まった者達が元の派閥に別れた。そうして、決別はしたもののアーロンを殺せなかった代わりに、何かあれば止めに行くと誓っていたジンベエさんだけど、情報操作されて何も分からなくなっていた為に8年もの間、故郷周辺は結果的に放置された。
その期間の間にもオトヒメ王妃は戦い続け、天竜人の心を変えた。ただ、その切っ掛けとなった事件により、人魚姫の能力が厄介な相手に知られてしまった事が問題だけれど。恐らくは、正しく導く者と言うのは、ルフィかシャンクスだと私は思ってる。
……恐らく、シャンクスだろうと。彼のこれ迄の言動等から、その役割をわかっているのだろうと……何故かそう思えてならない。
……勿論、ただの推察だけど。本来なら、主人公のルフィがその導き手と思うのが正しいんだろうけどね。
オトヒメ王妃が死んだ所で、話は終わった。共にタイヨウを目指す〝子供達〟と言う希望を繋ぐ終わり方で。
「その後10年……」
署名は再び、三人の王子とここに居る人魚姫の広報活動により集まっていると言う。私がこの世界に飛び出したのとほぼ同じ頃からの……16年に渡る短くて長い差別との戦い。
「お前さんの故郷を苦しめたと言うアーロンは……つまり、わしの弟分なんじゃ……!!責任を、感じとる!!」
「なら何故!さっきナミさんにあんな他人事のような言葉を!!」
「他に、言葉が見つからなかったんじゃ。傷付ける意図はなかったが……すまん!!」
その瞬間、サンジ君は煙草に火をつけて、煙を吐き出してから言った。本来こうして呼吸を挟めば、人間はある程度落ち着く筈なんだけどね。
「そうか……。じゃァてめェ……腹を切れ!!」
その言葉に皆が反応するのに、私は何も反応出来ずにいる。その時、ルフィの身体がユラユラと揺れていたけど、それに対処する事も出来ない。
考えるべき事が多過ぎて、過去と現在が私の中で混ざりあって、思考が定まっていないのだ。
「サンジ……」
「死んで詫びを入れろ!!」
チョッパーが名を呼んでも止まらない。サンジ君は煙草の火を押し付けんばかりにジンベエへと向けて、言い放つ。
「それでも許す訳じゃねェが、ちったァナミさんの気も紛れらァ!!」
「やめてサンジ君!!……全くジンベエさんに悪意は無かったじゃない」
「しかしだな、ナミさん!ナミさんが受けた仕打ちと、その身に残ってる数々のトラウマ等を考えたら……!!」
「それとこれとは、別な話よ。ジンベエさんが、私に何かした訳じゃないわ」
片手を上げて制する私に、サンジ君は納得出来ないと言葉と瞳で訴えて来る。当事者の私よりも怒ってる様子に、本当に優しいのは私じゃなくてサンジ君ねと思ってしまう。
そんなやり取りの中で、ジンベエさんが両手をついた。つまり、土下座だ。
「なんなりと、処分は受ける!お前さんの気の済むように……「やめて!!私が嫌いなのはアーロン!」」
そう言ってから、私は揺れるルフィの傍に腰を降ろす。その瞬間私の方へと倒れて来るルフィをそっと地面に寝かせて、その頭を軽く撫でてから体育座りするように膝を抱えた。
自分で自分を抱えなければきっと、泣いてしまう。そうじゃなければ、ルフィに膝くらい貸したんだけど……。
「兎に角、ジンベエさんがアーロンを扇動した訳じゃなくて良かった。……ルフィの、友達なんでしょ」
ルフィが選んだ人に間違いなんて無い。そうわかってるけど、ルフィが騙されたんじゃなくて、本当良かったと……そう思ってしまうの。
「確かに、アーロン1味には酷い目にあわされたけど……。そんな酷い渦の中で、出会った仲間もいるのよね」
言って、辺りを見れば大切な仲間が居る。友達がいるの。
あの経験がなければ、きっと……出会えなかった。それに私は、全員は無理だったけど、命だけは繋げた人もいるし、運命も少しは変える事が出来たわ。
元々のナミちゃんと違って、ノジコを独りにしなくて済んだ。ゲンさんに毎日、お墓の前で1人で語らせなくて済んでる。
大切な、
「全部繋がって、私ができてんの!!……魚人だからって恨みはしないわ」
私の方を見て固まるジンベエさんに、私は嘘偽りない言葉を向ける。魚人だからなんて、そんな理由で怨むなら……なんでハチを許せたのって話になるじゃない。
そうなればケイミーを助けたのだって、そもそもおかしい事になる。特にハチは、アーロン1味の幹部だったんだから、その妹分であり、そんなハチを恋い慕う相手なんて……苦しめと願わなければならなくなるわ。
でも、私にはそんなつもりないの。ハチもケイミーも、ルフィの友達で……私から見ても、ケイミーは可愛いもの。
だから、私はただ本音を音にする為に唇を再び動かし始めた。ケイミーやハチから見て、ジンベエさんもまた、大切な人だと分かるから、傷を無駄に残したくはないのよ。