※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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人間だから

 心は、凪いでいる。本当に、私の中に憎しみなんて存在しないんだとそう思えるの。

 哀しみはある。悔しさもあるわ。

 嘆きも、苦しみも、痛みも……後悔だって……きっと消える事はない。でも……だからと言って皆を傷付けた人達以外を、同じ種族だからと嫌う意思はないの。

 憎む事と嫌う事は全く違う。あの時、もしも裏切られなければ、私はアーロンを嫌いにさえならずに終えていただろうと今は思える。

 酷いと思うし、苦手だとも、怖いとも思うけど、憎んだり嫌ったりはしなかったんじゃないかって。だけど、アーロンは私との約束を破り、皆を殺そうとした。

 だから私はアーロンを許すつもりは無いし、大嫌いなままでいる。けど……憎む程囚われてもいない。

 あの時の経験が、その先の冒険で活きて来た事もある。ただ、平穏に生きていた私では、役立てない事も多かっただろうと分かるの。

 

 「……だから、私の人生に勝手に謝らないで。……捨てたもんじゃないのよ?今、楽しいもん」

 

 言い切った時、私は自然と笑顔になっていた。大切な人達の笑顔が脳裏を過ぎり、その温もりが私を包んでくれてるようなでそんな気がしたの。

 その時、喘ぐような、苦しげな嗚咽が聞こえて来た。見れば、ジンベエさんの身体は小刻みに震えていて、大粒の涙を拭う事無く、隠す事さえせずに流し続けている。

 大人の流す涙は、重い。親を泣かせた罪悪感に近いものが胸に痛みとなって宿るけど、続いた言葉に私は息を飲まされて何も言えなくなる。

 

 「……っ!!……なんちゅう、勿体無い言葉……!!かたじけない……!!」

 「ニュ~……ナミ~……」

 

 ケイミーが泣くハチに優しい視線を向ける。その慈愛に満ちた様子は、既に恋だのなんだのと浮かれてるそれではなく、愛と呼ばれるものを連想させる程。

 ……ジンベエさん、そんなに、苦しんでたんだ……。嫌味言っちゃって、悪かったかな。

 そう思って苦笑した時、いつまでも寝ているルフィをサンジ君が蹴り飛ばした。それにより弾け飛ぶようにして私の方へと移動して来たゴム……いや、ルフィを慌てて抱きとめる。

 すると鍛えた為に重くなってたルフィは、私のが座ってる状態であり、重力が加味されたのもあって腕で支えきれずに私の胸へとダイブしてきた。それにより押し倒されたみたいになっちゃったけど、まぁ仕方ないかな。

 ……とりあえず、ルフィが怪我しなくて良かったわ。そう思って身体を起こせば、ルフィの腕が私の腰にグルグルと巻き付いて来た。

 

 「てめ!こらクソゴム!!何を羨ま……違う!良いから起きやがれクソゴムがァ!!」

 「むにゃ~……蜜柑……」

 

 そう言ってルフィが胸に噛み付いてくるから、本気で痛い。文字通り食べられそうである。

 なので流石に慌てて、その頭を叩いて起こそうとしてみる。て言うか、蜜柑だと思ってるなら皮回収してるんだから丸齧りじゃなくて、ちゃんと剥いてから食べて欲しい。

 

 「ちょっ!?ルフィ!私は蜜柑じゃないし、蜜柑だとしても皮剥いて食べなさいよ!!」

 「あゥ!!流石はナミ!!突っ込む所がどっかズレてやがる!!」

 「やっ……!!ちょっと、痛いってば!ルフィ……!!」

 「ナミさんから離れろクソゴム!!」

 「ん~……?あ、ナミ!!悪ィ!蜜柑かと思ってた!……ん?ナミ、これだと胸元隠しておかないとな?」

 

 ニンマリと笑ったルフィに、まさか本当はわざとなんじゃないかと疑ったのは当然と言えるだろう。でも私から顔を離したルフィがジンベエさんを振り向いて、笑った事でこの会話は強制終了だ。

 それにしても、なんで胸元隠す必要があるのかしら?

 湿度高いから上着着たくないのよね。まぁ、ルフィにつけられた跡があるのはロビンが怒ってたから、分かってるけどさ。

 とりあえず、そんなに気にしなくても良いかな。ロビンにも上着着てろって言われたけど、これから戦いになるならこの湿度の中では上着なんて着たら動きが鈍くなっちゃうものね。

 

 「……で、ジンベエ!!弱虫の母ちゃんが捕まえた強盗はどうなった?」

 「お前、ほぼ寝てたろ!!オープニングだよ、それ!!」

 

 サンジ君が怒り、ジンベエさんが呆然とした顔をする。それを横目に、私は人魚姫へと話し掛けた。

 

 「貴女、しらほしって言うの?」

 「お前、海王類と友達なのかー!?」

 「ナミちん!!チョッパーちん!!王女様だよ」

 

 焦るケイミーだけど、私やチョッパーから見たら王女だからなんだと言う話である。ビビになんて枕投げ付けたわよ、私?

 ルフィはビビを殴ったし、皆でお姫様には不用な妙な事を沢山教えてたわ。別れの直前にはお風呂で私のとビビは水鉄砲の飛ばし方練習して遊んでたし、そんな私達を男達は覗いたりしてたもの。

 覗きメンバーには王様……つまり、ビビの父親も混ざってたから微妙な所だけどね。そう考えたらあの時のメンバーは、ゾロ以外全員王女の裸体を見ているのだ。

 

 「……はいっ……あっ……!!申し訳ございませんっ!お母様の事思い出してしまって、涙が……!!」

 

 涙を拭いながら笑うしらほし姫に、私は笑いかける。本来なら、私も目の前で母を殺されるところだったのだ。

 そう思えば共感できるところも多い。うん、まだ幼いのによく頑張ってるわ。

 ……王族として見ないのなら……だけどね。なんて言うか、浮世離れしてるのよね。

 

 「立派な、お母さんだったのね」

 「!……はいっ!!」

 

 嬉しそうに返事をしたしらほし姫は、身を屈めて私に視線を合わせてくれる。うーん、それにしても見れば見る程、確かに似てるわ。

 ハンコックも、しらほし姫も、私も……基礎の顔がほぼ同じ。そう思ってじっと顔を見詰めていたら、しらほし姫が嬉しそうに笑った。

 

 「ナミちん様、初めてお会い致しますのに……!!何だかほっと致しますね」

 「あ!人魚姫様〝ナミちん〟はあだ名で」

 「そお?……境遇が少し、似てるからかな?」

 「あの、なら、ナミ様とお呼びしても?」

 「だったら私も、しらほしって呼ぶわね」

 「はい!是非!!」

 

 そんな事を話してる間に、ジンベエさんはルフィに簡略的に先程の話を伝えようとして苦戦してたらしい。だって……チョッパーが泣いてる。

 

 「ナミ~!!ルフィに説明してやってくれよ~!!」

 「ルフィ!つまりね、しらほしのお母さんと、奴隷解放したタイガーは全く違う形で魚人島を守ろうとしていたの。だからとっても人気のある人達だったのに、それぞれが人間に殺されちゃった……と、魚人島の人達は思ってるのよ。分かった?」

 「おう!分かった!」

 「そんで、タイガーはジンベエ……ジンベエちゃんとアーロンの、お兄さんみたいな人だったのよ」

 「ジンベエの……兄貴?……そっか……」

 

 ルフィも大切な兄を喪った。それが後に生きていたと知れたのだとしても、二人の兄の死を1度は経験しているのだ。

 共感や理解は出来たことだろう。そう思っていたらケイミーが焦った様子を見せる。

 

 「ナミちん、親分さんをそんな……!!」

 「仕方ないじゃない。ジンベエちゃんは私への罪悪感でまともに私に視線さえ向けられないのよ?」

 「それは、そうかもしれないけど……親分さんはナミちんよりずっと歳上だし、ナミちんに罪悪感があるなら、余計にその、馬鹿にされてる感じに思っちゃうかもだし……」

 「……そんな事では、この先ルフィと関わっていくのは困難だわ。だから私を真っ直ぐに見られない内は〝ちゃん〟ってつけて、私は親しんでるんだって事を理解して貰うしかないと思ったのよ。……少なくとも私は、ジンベエちゃんを嫌ってないわ」

 「……かたじけない……!!」

 「これだもの……。ね?」

 

 私の言葉にケイミーが小さく頷く。その時、チョッパーが感動したように声を上げた。

 

 「ナミスゲェ……あの長い話、これだけに纏めてルフィを納得させた……!!」

 

 その後少しわちゃわちゃと話をしてから、ジンベエちゃんが皆に状況確認をして来たのでそれに頷く。その時ハチが計画通りならもっと酷い事になってると言い出したので、ハチからその計画を聞きだそうと話が続けられた。

 そこへ現れた巨大電伝虫が、映像と共にアーロンの弟かと私が思ってしまった相手を映し出す。ただ……おかしいのよね。

 アーロンとは根本的に何かが違い過ぎる。それと、力ではアーロンなんてもう目じゃない位強い筈のホーディなのに、どうしてもアーロンに抱く絶対感がないのよね。

 私がアーロンに対して怯えてるから……って事じゃないと思うのよ。それなら、同じ雰囲気を持つ、下手したらもっと凶悪な気配を持つこの男に、怯えて当然だもの。

 うーん。なんて言うのが正しいのかしら?

 そうね……弱って飛び回るセミを見た時の、なんとも言えない感じと似てる。確かに怖いんだけど、苦手なんだけど、それよりも先に大人しくしていればもう少し生きられるのにって、そんな事を思わされるような……。

 ホーディ……正確にはホーディ・ジョーンズが長く人間への怨みを語る。それを皆黙って見ていた。

 時に唸ったり文句を口から出す時もあったけど、基本的には静かに。けれど、それが大きく変わったのは画面に王の姿が映った時だった。

 

 「『かつての〝大騎士〟ネプチューンも歳をとった……!!』」

 「お父様!!」

 「……あの王様が捕まってる原因は……私達にあるって言うか……〝ゾロにある〟って言うか……」

 「えー!?何をして来たんじゃ、お前達っ!!」

 

 しらほしの反応を見てつい口から零れた真実に、ジンベエちゃんは叫ぶけどあれは不可抗力よ。ストレス発散に使おうとしたのは人間の海賊の方だから、王様が捕まってる方に関してだけ言えば、私に罪はないわ。

 そんな事を考えてた私を庇うように、ケイミーが間に入ってくれる。その間にもホーディは語り続けるけど、大切なのはホーディが手にしている〝天竜人の書状〟と、魚人島の過半数を超える人達の署名。

 それをホーディが〝裏切り者のリスト〟と呼んだ。どう考えてもそれの中には、ハチ、ケイミー、パッパグの名が刻まれているだろう。その他にも、マーメイドカフェメンバーは確実と見ていい。

 ……見捨てる選択肢を、私は持たないわ。ルフィをどうやって説得しようかな。

 

 「『そして最後に、海賊〝麦藁の1味〟』」

 

 突然の呼び掛けに、私達は揃って反応する。すると画面には捕まってる三人の姿が……。

 

 「ゾロ~!!ウソップ!!ブルック!!」

 「何をやってんだ。アイツら……」

 「勝てない相手じゃなかった筈なのに……。うーん、何かあるわね」

 「ありゃー!!捕まってる!!」

 

 上からチョッパー、サンジ君、私、ルフィである。水中でもゾロの斬撃は飛ぶから勝てないとは思えないけど……まぁ、二人を守りながら戦ったなら仕方ないのかな?

 でも待ってよ。人魚である王様もいたのよね?

 人魚って、泳ぎの天才で他の追従を許さないんじゃなかった?

 

 「『懸賞金4億ベリー〝麦藁のルフィ〟!!お前達の首は地上の人間への見せしめにちょうどいい!!……さァ!!旧リュウグウ王国の大掃除を始めるぞ!!3時間後、この国はプライドある魚人島に生まれ変わる!!』」

 

 放送が終わった直後、僅かな沈黙が流れる。そしてルフィはにへーとその顔を崩して、懸賞金が4億に上がった事をただ喜んでいるので、思わずその頭を叩いてしまった。

 

 「戦争でお前さんら、1気に有名になった……。3億超えたらそうそう上がるもんじゃないんじゃがのう」

 「ちょっとジンベエちゃん〝お前さんら〟って言わないで!!私はただの美少女航海士よ!?」

 「そうは言っても、ナミさんが今はウチの二番手ですからね」

 

 ジンベエちゃんの言葉に渾身の抗議をする私に対して、サンジ君が思い出したように頷き、苦笑しつつそんな言葉で追い討ちかけてきた。……酷いんだ……。

 

 「あ!そういや、レイリーから聞いてたな。ナミお前なァ……強いけど脆いんだから、1人で行動すんなよ!!」

 「なにその、微妙な表現」

 

 ルフィの言葉に思わず突っ込めば、ルフィがその瞳を揺らす。苦しそうに。

 

 「……守れる範囲に居てくれ。ナミが傷付く姿を、俺は見たくねェ」

 「ルフィ……」

 

 それ以上言葉を紡げなくてそのまま俯いた私を置き去りにして、ルフィはいつもの調子を取り戻す。ルフィはどうしてこう、計画性ってものが無いのかしら?

 

 「でもまァ、売られた喧嘩は買うだけだ!!」

 「おい待てルフィ君!!」

 

 ジンベエが慌ててルフィに手を伸ばすのと同時に、しらほしがサメに飛び乗り無謀にも飛び出そうとした。家族が生きているのなら、死なないで欲しいと願うのは当然の事だろう。

 ……でも、同じ姫でもこんなに違うものなのね。これは王位を継ぐ……国を背負う覚悟を持って育った姫と、守られて育った姫の違いだろうか。

 でも、この子の持つ能力を考えれば、きっとそれで良かったのよね。この子の甘い思考と優しい心が、この先重要になるのは間違い無いから。

 ルフィとしらほしをジンベエちゃんが必死で止めて、ハチがしらほしを説得したのに、ルフィはサンジ君にしらほしを託して戦いに行こうとする。そうなれば、ジンベエちゃんも必死で言葉を紡ぐ。

 ただ、そうやってヒートアップしてしまえば、どうしたって空気は険悪になっていく。そんな中でホーディと私達が戦ってはいけない理由について、フランキーとチョッパーが声を合わせて問い掛ける。

 

 「「俺達が〝人間〟だからか?」」

 「お前らが言うとなんか話が拗れるわ!!」

 「そうじゃ……」

 

 即座に突っ込んだサンジ君のそれに内心で同意してから、それを全く気にせずに話を進めるジンベエちゃんを少し尊敬した。でも、ルフィも譲れる筈無いのよね。

 ジンベエちゃんの言い分はもっとも。でも、ルフィの言い分ももっともなのだ。

 仲間を取られ、友を人質に取られ、友が目の前で傷付き倒れている。ルフィを止める手立ては無い。

 私としても、どうやってルフィに戦って貰うかを検討してたので、それを止める気にはなれないのよね。そんな事を考えている内に、ルフィが怒りに満ちた顔をするから、胸が高なってしまう。

 ……っ!そんな場合じゃないのはわかってるけど、戦う時の、怒ってるルフィの顔って……有り得ないくらいカッコイイ……!!

 ……絶対、言ってやんないけど。普段から負けっぱなしなのに、そんな事を知られたら私……調子に乗ったルフィに酷い目にあわせられる!!

 そんな事を脳内で喚きながら、私はルフィの顔に釘付けになっていた。これだけ成長したルフィが、それに気付かない可能性の有無に考えが至らないままに。

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