広場に動揺と歓声が谺響する。それはそうだろう。
1縷の望みをかけて、藁にも縋る思いで呼び続けた男が、愛する姫様の助けを求める声に応じて姿を見せた。その上で、敬愛する王様を救ったのだから。
そうなれば、騒ぎにならない筈がない。予定よりもやはり早まったそれに、けれども私ももう限界だったので文句は無い。
もしもルフィが暴れなければ、私が雷を落としていただろう。原因不明の雷ならば、神の怒りで天が撃つなり……と言う事に出来るわよね。
え、この言葉知らない?そんなバナナ!?
「ルフィ様あ!!えーん!!」
可愛らしく泣くしらほしに、恐ろしく可愛いわねと思う。そんな時に、ジンベエちゃんが慌てた様子で声を響かせた。
「……おぬし……。もう出てしもうたか。……じゃが、今のは致し方無し!!急げ
「大丈夫よ!始めから急いでた」
ジンベエちゃんの言葉に答えながら、蜃気楼を解除する。自分の姿が足から見えるようになってる筈のその途中、まだ誰にも見えないのをいい事に、私はクスクスと笑ってしまう。
「ルフィが作戦通りにじっと待つなんて、そんな奇跡ある訳ないもの。……今回はそれでも、大分待ってた方よ?」
ペラペラと今回の作戦を立てた目的とも言える紙を揺らしながら、ジンベエちゃんに視線を向ければ辺りは大騒ぎだ。泣き続けてるしらほしを、けれども今は気にしてあげる余裕なんて無い。
万が一にも求めてる物と違うと言われたら、もう一度奪わなければならない。なので確信はあるけど、先に確認だけはしなければならないのだ。
「これでいい?ジンベエちゃん!〝天竜人の書状〟!……後、錠の鍵はロビンに」
「上出来じゃ、ようやった!!」
私の言葉に反応して慌ててる人達。その隙をついて、ロビンが王族とジンベエちゃんの錠を外してくれる。
私だけが先に姿を見せたのは、この錠を外す時間を作る為。油断を誘うには、何かで気を引くのが1番なのだ。
その状況下で、空から登場したサニー号が更にその場にいる多くの人の意識を奪う。その状態でサニー号は、広場に向けてガオン砲を発射して攻撃すると共に意識を反らせる。
そうして逸らされた意識を利用して、王族達をクジラが連れて逃げた。それにより広場に残った王族はしらほしだけとなり、そのしらほしを守るようにサニー号が落下する。
そもそもの計画では、しらほしが捕まる予定は無かったのだ。だから助けを求めるのはジンベエちゃんの筈であった。
けれどもしらほしがおドジさんにも共に捕まってしまったので、その場で作戦を変更したに過ぎない。とは言え、しらほしは大きな人魚。
目立ち過ぎるが故に、いくら危険とわかっていても簡単には逃がせない。ならば……守るしかないじゃない。
大切に守り抜いた甘く優しいその思考を、未来に繋ぐ事が重要。この子に、魚人島の未来はかかっているのだ。
大丈夫よ……私達が全員揃ってる状態で、負けなんて考えられない。相手が誰であれ、1味のメンバーが全員揃ってるのだから、私達の未来に〝勝利〟以外の文字は存在しないのよ。
そうなる為に、私達は2年の空白を作ったのだ。実力をつけて、自信を持ち、互いに長所を伸ばし……大切な人を支え守り合う為に。
皆が集まったその瞬間から騒がしくなる。物思いにふける時間なんて、ある筈もない。
サンジ君とブルックの軽口を聞き流して、ウソップにクジラの事を聞く。あの可愛いクジラを、何処で仲間にしたのかずっと気になっていたのだ。
「王族を助けるって話してたら近付いてきてよ、チョッパーに通訳して貰ったら協力したいって言ってくれたから、ここまで船を引いてきてもらったんだ」
「それは、助かったわね。時間短縮になったし、あのままだと逃がすのも難しかったから」
「それにしても人魚姫はデカいから、守るの大変そうだな」
「その話、今ルフィとジンベエちゃんがしてるわよ」
そう言って笑えばウソップはルフィ達の会話を聞いて、納得したように頷いた。それを確認してから、私はしらほしに書状を手渡す。
これは大切な紙であるのは勿論だけど、形見でもある筈だから。戦いで燃えたとか、濡れて読めなくなったとか、破れたとか言われても困るもの。
「はいコレ、書状!」
「ありがとうございます。皆様……!!……これはお母様が残して下さった、魚人島の希望……!……え?ルフィ様……今わたくしの事……。今までわたくしの事〝よわむし〟と……」
「ん?ああ、詳しくは知らねェけど、お前思った程弱虫じゃ無かった」
「え」
私との会話の途中、近くでジンベエちゃんと話してたルフィの言葉にしらほしが反応した。それに私は小さく笑う。
普通に名を呼ぶ程ではないのだろう。でも、ルフィはしらほしの生き方を認めたのだ。
「その通りじゃしらほし姫」
ルフィの言葉に続いてジンベエが言えば、しらほしは動揺を隠さない。つい今しがた何年も耐えたその行為が間違っていたと言われて、その証拠にと父親と兄が殺されかけたのだ。
何も無く素直に受け入れるなんて、できる筈もない。そんな傷付いた心に寄り添うように、ジンベエちゃんは言葉を尽くす。
しらほしはそれを受けて涙を流して、震えながらお礼を言う。それを見ていたルフィはにししっと笑っているので、不快にはなってないらしい。
「お前〝よわむし〟じゃねェけど〝なきむし〟だな!……ナミ」
「へ?」
突然真剣な声で名を呼ばれて首を傾げると、ルフィはしらほしを指さした。……人を指差しちゃいけません!
「少しは〝よわほし〟を見習え!」
「……どの辺を?」
「え?」
「私、戦えるし、航海術持ってるし、可愛さもどっこい位だと思うわよ?……何を見習えばいいの?」
ルフィは言葉に詰まったような顔をしてから、しらほしを見て、私に視線を戻した。海王類呼べとか言ったら流石に怒るというか、困るから辞めて欲しい。
「よわほしは泣き過ぎだけど、ナミは泣かなさすぎだ。もっと俺に甘えろ!」
「……っ!?な、何言ってんの!?私、最近やけに泣いてると思うけど!?これ以上どうしろと言うのよ!?」
「……足りねェ。悲しい時とかつらい時、無理に笑うなって言ってんだよ」
その言葉にふと、サンジ君が痛そうな顔をしたのを思い出す。まさか……。
「それ……もしかして、わかりやすい?」
「おう!普通に泣いてくれた方が良いって位、苦しそうに笑うんだよ。ナミって」
「……心配かけない為に笑ってたのに。今度から、辛そうな感じにならないように気をつけるわ!」
「そうじゃねェだろ!?」
「ふふっ!ルフィ様とナミ様は仲良し様なのですね」
しらほしの言葉に私は赤くなり、言葉を無くす。それに対してルフィはにししっと笑って頷いた。
そっと私の腰に腕を回して抱き寄せると、私の頬にキスをする。それにより、多分私は今首の後ろまで赤くなっているだろう。
「おう!ナミは俺の女だからな!!俺の自慢の仲間で、最高の航海士で、この船で1番怖ェんだ!」
「……私、怖い?」
必要な事だから怒ってたけど……。でも、怖いと思われるのは少し寂しい。
まぁ、嫌われるのだとしても言わなきゃいけない事なら言うけどね。そう思って俯いていた私の顎にルフィの指が触れる。
「あァ……いつ、壊れちまうか、いつ、奪われちまうかって……いつも怖い。だから、ちゃんと傍にいろよ。その笑顔を守るのが、俺の役目だ」
「ルフィ……」
「ナミ……」
そっとルフィの頬に触れると、ルフィが切なそうにその瞳を揺らした。そのまま強く顎を掴むそれにより顔を固定されれば、視線を逸らす事も出来ない。
私とルフィの視線が絡み合ったまま、当然のように近づいて行く。顔が間近に迫り、私の瞼は自然と落ちる。
そのまま自然と重なった唇は、安心感と幸福感を与えてくれる。ずっとこうしていたいと思わされる程、ルフィと触れ合っているのは私にとって特別な事。
いつまでそうしていたのか、ルフィの唇が微かに離れて行く。優しく瞳を細めたルフィが顔を動かして、首にルフィの吐息が私の肌を掠めたその時、声が聞こえて来た。
「おーい、そろそろ戦いになりそうだから二人の世界から帰って来てくれー……」
ウソップの言葉でハッとして振り向けば、ルフィが私の耳元で舌打ちした。それから私の首筋に軽くキスをしてから、私を解放して数歩前に出た。
私は首筋と唇を押さえながら、赤くなる顔をどうしたらいいだろうかと本気で考えさせられる。そんな時に広場の人達がルフィに問い掛けるのを聞いて、私の思考は戦闘モードに切り替わった。
「〝麦藁のルフィ〟~!!答えてくれ!!お前達は、魚人島の敵なのか!?味方なのか!?」
「敵か……味方か?……そんな事、お前らが!!勝手に決めろォ!!」
私はその時、ルフィの背に白髭さんを見た気がした。同じ事を、あの戦場で白髭さんが言っていたし、ルフィもまたその場に居た。
ルフィは自分が凄いと思った相手の影響を強く受ける。なら、白髭さんのそれを受けたのだとしても、何もおかしいところは無い。
そんな時、ルフィに殴り飛ばされたホーディが回復して姿を見せてしまう。その狙いは、考えるまでもなく、しらほし1択。
「ルフィ……狙いはしらほしよ。気を付けてあげて」
「ん。分かった」
人間と仲が良い事を、ジンベエちゃんはホーディから責められる。〝兄貴〟である筈のタイガーも〝弟〟である筈のアーロンも人間に殺されたのに、どうして……と。
その後も口上は続く。けれどもその中に、言ってはいけない単語が含まれていた。
「見ろ、この腕に覚えのある海賊達の姿!!これがお前達の未来だ〝麦藁〟!!俺こそが真の〝海賊王〟に相応しい!!」
「海賊王……?」
「ジャハハハハハハハ!!吹けば飛ぶような、たった10人の海賊に何が出来る!!こっちは10万人だぞ!!やっちまえ〝新魚人海賊団〟!!」
その瞬間アーロンを思い出す。ホーディの笑い声を聞いたからかも知れないけど。
そう、喋り方も何処と無く似てるのよね。憧れてる人に似るって事かな?
「……ああ、笑い方が似てるだけじゃなくて、同じ事をアーロンも言ってたわね」
「アーロンが?」
「えぇ……ルフィに
「あー……覚えてる。確かに似てますね、笑い方も」
サンジ君が同意してくれたので、私の記憶違いでは無いらしい。……ってあれ、そう言えばウソップとチョッパーの姿が無いわ。
フランキーの姿も見えないから、だとするなら何か玩具でもフランキーに貸してもらったのかもね。……あ、パッパグの姿も無いわ。
その直後怒声が響き渡り、1人頭1万人倒せばいいのかと話してるゾロとサンジ君に私の分もお願いねと笑って見せた。けどそんな私達に意識を向ける事無く、ルフィは歩いて行く。
その背中が怒りに満ちていて、私はただ黙って見送る。
……背中が、何処と無くシャンクスと似て来たわ。ルフィが抱えてる人数は、シャンクスが抱えてるものにまだ遠く及ばないのに。
ルフィは憧れた人を追いかけて、恐ろしい速度で成長していく。それは、物語の主人公だからと言っても、当然の事と思うのは難しい。
ルフィから放たれる〝覇王色の覇気〟が、ルフィから近いところにいた人達に影響を与える。1撃で沈められる相手しか倒れない筈だけど……どうやらルフィは、自分に近い位置にいる相手をなぎ倒せるという事なんだろうと理解出来た。
まだ少し幼い覇気だと思う。でも、それはまだまだ伸びる要素があると言う事。
「末恐ろしいわね」
流石は未来の海賊王。歳をとっても、きっとその強さも優しさも、身勝手さも自由な所さえ、ルフィは変わらない。
きっと歳を重ねれば、いつかガープさんみたいになるのね。……うん、レイリーみたいになられたら困るから、なるならガープさんで頼みたいわね。
「これは……覇気!!」
「たった2年でここまで……!!」
ロビンとジンベエちゃんが驚きの声を上げる。なのに、三強の残りふたりは驚きもしない。
「〝覇王色〟やっぱ、資質あったか、あの野郎」
「これくらいやって貰わねェと、船長交代だ」
「ふふっ!ルフィは2年前にも、無意識で何度か覇王色を出してたわよ。……強く、なったのね」
思わず口にした言葉で、皆の視線がルフィから私に移動した事に気付けてはいなかった。私の意識はこの時、ルフィだけに注がれていたのだ。
「ホーディっつたな」
ルフィの低い声が聞こえる。怒ってるのだとわかるそれに、なのに笑ってしまうのはどうしてなのかな。
ふとした時、ルフィを幼い子供のように見てしまう。もう、そんな風に見てはいけないとわかってるのに。
「お前は、俺がブッ飛ばさなきゃなァ。お前が、どんなとこでどういう〝王〟になろうと勝手だけどな」
それは、戦いの合図。ルフィの夢を否定した男を、私達は誰1人素通りは出来ない。
仲間の夢を笑われた時、否定された時、それは決して許してはならない事が暗黙の了解となっている。勿論その他にも、この魚人島に関する思いはそれぞれあるだろうけど、今のルフィを見て、戦わない選択肢だけは消滅したのだ。
「〝海賊〟の王者は、1人で、充分だ!!」
2年前の戦いの日、私は何も出来なかった。ただ、泣いて……縋って……皆に助けて貰っただけだったわ。
だから今度こそ、共に戦う。ルフィの仲間の1人として。
口々に戦いへの意気込みを呟くメンバーのそれの中で、私達は前へと歩き出す。今……これだけの人数の差があっても、何故かしらね?
負ける気は少しもしないの。私はクリマタクトを手に、しっかりと大地に立つと勝気な笑みを浮かべていた。