宴の会場へ向かうそれは、妙に薄暗い。深海……そう呼ぶに相応しい、魚人島に到着する直前の暗さである。
そんな薄暗い場所をヒラメは進む。ここを歩けと言われなかった事に感謝すべきなのだろうか?
完全に水中である会場へ進むけど、やはりまた戦いに……なんて事にはならないわよね。そんな不安を微かに抱きつつも、私は前を見詰める。
そうして少し進んだ時、おそらくは開けた所へと到着したのだろう。突然下から歓声が上がり、ヒーローの到着だと喜ばれれば、ルフィがヒーローと呼ぶなと叫んだ。
私達の間を泳ぐしらほしが、真正面にステージがあると教えてくれて、それに視線を向けるとスポットライトを浴びながら人が出て来た。その人は登場と同時に歌い出して、その歌声は蕩けそうな程で、思わずうっとりしてしまう。
それは私だけでは無かった様子で、ウソップとブルックも蕩けきった様子を見せている。私など足元にも及ばないような、文字通り蕩けるような歌声だ。
ずっとこうして聞いていたいと、夢の世界にいたいと思わされてしまう程の破壊力。なのにルフィだけが、例の如く鼻をほじりながら言うのだ。
「俺、ナミとブルックの歌のが好きだなァー」
その言葉に反応してしらほしが首を傾げるので、ブルックは自分がソウルキングである事を告げるけど、私は何も聞こえなかったフリしてステージを見詰める。その時スペシャルゲストとしてマーメイドカフェダンサーズが姿を見せれば、サンジ君が喜びの悲鳴を上げた。
その声にチョッパーが五月蝿いと即座に突っ込むくらいには、確かに騒々しい。それの直後に人魚達が食事を運んで来てくれるのと同時に、響き渡る宴開始の言葉。
ルフィはその瞬間に大はしゃぎで、寝ていた筈のゾロも起きて早速酒に手を伸ばしている。恐縮しきっていたハチ、ケイミー、パッパグも楽しそうに宴に参加を始めた。
「食事を運べ~!!食え、歌え!!飲め、踊れ~!!」
パッパグはメダカの五つ子ちゃんと踊り、歌う。チョッパーはそれを眺めながら、肉巻きを嬉しそうに頬張っている。
ルフィはジンベエちゃんと楽しそうに笑いながら肉にかぶりつき、人魚達が次々に肉をルフィへと運んで行けば、ジンベエちゃんもそれを酒を呑みながら楽しそうに眺めている。人魚達が舞い踊るのを眺めながらゾロ、フランキー、ハチは酒瓶ではなく酒瓢箪を手に笑い合う。
ブルックとサンジ君は人魚に囲まれて幸せそうにしていて、ハッと気付いた時にはサンジ君は石と化していた。それに気付いてチョッパーが慌ててるけど、静かになって丁度いいと思うのよね。
しらほしはジュースとお酒を交互に飲みながら、楽しそうに笑う。それに付き添うようにしていた王が、ルフィやウソップの元へ来て共に乾杯している。
腕の伸びるルフィはともかく、ウソップは普通には出来ないので、ケイミーに支えてもらっていてなんだか微笑ましい。眺めているだけで満足だし、今日は歌えと言われない上に準備も後片付けもしなくていいのだから、本当に楽である。
私は目の前の料理をつまみながら、お酒を口にして満足である。とりあえず料理より果物がいいと言えば、即座に用意してくれるのだから、本当に嬉しい。
あ……このお酒美味しい……。コッチは辛口だけど、喉越しがスッキリしてる……!!
そんな事を思いながらお酒を楽しみ、皆を眺める。すると王子の1人が、話しかけて来た。
確か……長男だったわよね。人魚の入江で、妙に私を気にしてた人。
「人魚では、無かったのですね……」
「あら……。あの時は、ごめんなさい。捕まると買い物とか出来なくなると思って」
「それはもう、良いのです。貴女は……人魚と言われても疑問に思わないくらい、美しい方ですね」
向けられた言葉に少し驚く。だって、王子が社交辞令なんて想像もして無かったから。
葡萄を1粒口に入れて、咀嚼する。うん、美味しい。
気を取り直して笑みを向ければ、何故か赤くなる王子に王子も酔ってるのねと思えば面白い。人間と魚人の違いとか、子をなせるのかとか、その辺りをいつか調べてみたいところね。
「……おだてても何も出ませんよ?」
「では、私から出しましょうか。……お酒は、如何ですか?」
「んっと……美味しいけど……そういう話じゃ無いわよね。……ご所望は、飲み比べ?」
「はい。私に勝てたら……貴女のお望みの物を何か差し上げます」
「……なら、私が負けたら何が欲しいの?」
対価がある筈と思って問い掛ければ、僅かに頬を染めてから、小さく言葉を紡ぐ。するとまだ了承してないのに、目の前にはお酒が用意されているのだから、不思議な感じだけど。
いつの間にかギャラリーのようなものができていて、兵士達が頑張れ!とか小さく言ってるから魚人島では飲み比べの賭けはよくある事なのかも知れないと気付く。……欲しい物、か。
「貴女の時間を……あ、ただ、この島を案内して差し上げたいだけなのですが!!」
「……その条件だと私に不利な事は無いから、良いわよ?」
体格差もあるから、私が簡単に負けると思ってるらしい人達が微笑ましそうに見てくる。でもね、多分負けないと思うの。
観光案内を王子にされたんじゃ、目立つ事この上ない。それなら欲しい物と言うか、必要な物はあるから勝たせてもらいましょうかね。
「……お手柔らかに、ね?」
レイリーからの指導を活かして艶やかに微笑めば、樽ジョッキひとつで真っ赤になる王子。でもま、私は記録指針が必要なので、手加減してあげないけど。
呑みながら雑談をしていれば、他の王子達も集まって来て様子を見て来る。けど、どうやら参戦はしないらしい。
酔い潰れた王子が沈むのを他の兄弟が支えて、何故か兵士達から憐れむような視線を向けられる王子。その様子に、普段はもう少しお酒が強いのかな?と首をかしげつつ私は人混みから離れる為に立ち上がった。
「あ……私からはね、新世界用の記録指針が欲しいって伝えといて」
王子ならそれくらい用意するのも容易いでしょ。金品を頼んでも、この後の事を考えたらビビの時と同じで手に入らないと見た方がいいもの。
貰えるなら10億ベリー位は欲しいわよ。でも、実質不可能なのは分かりきってるもの。
でも、それだけだと寂しいと言うか、つまんないわよね。あ、そうだ!!
「他に……そうね、プラチナの紐があったら欲しいわ」
「鎖ではなく、紐ですか?」
「音がすると、戦いの時邪魔になるから」
「了解しました。必ずお伝えします!」
無闇にトラウマを他人へと吹聴する趣味もつもりは無いので、戦いの為と言ったけど違和感は無かったらしい。喧騒から離れた時、静かに階段に腰を降ろせば流石に私もそれなりに酔っていたと気付く。
これ迄の冒険を思い出して、同時にこの魚人島迄を替歌にしてた人が居たのを思い出す。千本桜を元にして〝1繋宝〟と言う歌にしたのは、ロビンと良く似た声の人。
そう思ったら、自然と唇が動いていた。曲はちゃんと覚えてるから、酔った頭でちゃんと歌詞を覚えてるかだけが心配だけど。
脳内ではチャンチャンチャン、チャンチャンチャンと音が流れ始めていて、ほろ酔いな私は周りに人が居るのかを確認もせずにリズムを取り始める。後でルフィが『俺に聞かせないってどー言う事だよ!!』って怒るかしら?なんて考えたら笑えてしまう。
「『1繋宝』」
この歌は、ファンが作った物だけど……だからこそ共感を呼べるものでもある。魚人島編迄を綺麗に纏めている作品で、歌ってた人にも特徴があり、1部ではあるけど確かに絶大と言える程の人気があった。
替え歌でしかない筈なのに、歌詞がそれ用のサイトに載っちゃうくらいには、人気があった。それって、相当凄い事よね。
「ーーー」
酔っているのもあり、この速度の曲を歌えるのか少し不安だったけど、案外どうにかなりそうね。本当に、叶うならこの歌はロビンに歌って欲しい。
「ーーー」
私のウェイバーがフランキーの手により、ある日木馬の形に改造されてるのを見た時は、流石に怒ったのは覚えてる。でも、人の物を勝手に変な形されたら私だからじゃなくて、誰でも怒ると思うのよ。
「ーーー」
軽く歌われてるようで、簡単に歌ってるように見せかけて……ちゃんと全員のそれが含まれているのだから凄いと思う。取りこぼしなく、全員を歌詞の中に入れているのだ。
「ーーー」
その為に、サンジ君の所ではいつも吹き出しそうになってしまうのだけど。それは許して欲しいところ。
そして案外、本当にモテてるのよね。……サンジ君は口説いたりする癖して、相手が本気で受け取らないって思い込んでるから恐ろしく鈍い為に無自覚だけど。
「ーーー」
直後に来るチョッパーとビビの部分は何とも切なく、サンジ君とのその落差に驚かされる。そして、替歌のクオリティが高くて無理がない形で作られているので、歌いやすいのだ。
「ーーー」
言葉選びも上手くて、きっと音の数とかを考えて試行錯誤を繰り返したんだろうなと思う。だからこそ、これ程の……こちらに来て20年だからそれより更に長い時が流れたのにも関わらず、覚えているのだろうと思える。
「ーーー」
ロビンまで綺麗に入れられたそれは、1番で全て終わっている。2番からは時間軸に沿って、インペルダウンから魚人島を歌うのだから頭が下がる思いを抱くのも当然だろう。
間奏の所は腰から抜いた笛で演奏して、でもこれは流石に売れないわと内心で笑う。でも、仲間内で歌うのはいいかも知れない。
この曲の他にもキャラソン系とかは流石に色々な意味で売れないし、麦藁の1味が揃って歌っていた様なものはどうしたってこの世界で売るのは禁忌。けど……皆で歌うだけなら問題ないかな。
クリスマスとお正月混ぜてるような歌とか、きっと楽しんで歌ってくれる。そんな事を思いながら笛を口元から離して、そっと続きを歌い始めた。
「ーーー」
あの時熊のてによりシャボンディ諸島から飛ばされたルフィは、何を思っただろう。私とは違い、皆は何の知識も無かったのだと思えば、その強さが眩し過ぎる。
「ーーー」
私の知る歴史を大きく変えて、けれども変わらない事も多かった歴史を揺るがす脱走劇。今にして思えば、シキはどうしてルフィに覇気を使わなかったんだろう。
長い事戦いから身を引いていて、使い方を思い出せないままに、感情を揺さぶられて使えなくなってたのかな?でも、だからこそ勝てたし、だからこそあの戦争で助けて貰えたのよね。
「ーーー」
正義の門を抜けた先で待っていたのは、強大過ぎる敵。そこで1瞬邂逅したものの、私は……何も変えられなかった。
私が挑むには、実力が不足しすぎていたのよ。どうしたって私は、最強になんてなれはしない。
「ーーー」
庇われた、戦乱の空。怒号に紛れそうな、エースの声。
あの時の事を、正直私はそれ程覚えていない。ただ、深淵なる絶望が私を襲っていたのだけは間違いなくて、それを引っ張りあげてくれたのは間違いなくミホークだったわ。
「ーーー」
親子揃って、同じような最期を迎える所だった。そこから助かったのは、支えてくれた多くの人達のおかげだわ。
私もエースも似たような事を疑問に思ってたけど、私もエースも〝生きなければならない〟のよね。こちらが想うのと同じくらい強く、相手からも想われて居るのだから。
「ーーー」
仲間を希望として、十六点鐘を打ち鳴らしたルフィ。それが、私達へ向けたメッセージであると、全員が正しく理解した。
何ひとつヒントさえない中で、正しく理解したメンバーが漸く揃った。あれからまだそれ程時は流れてないのに、何だか随分長く共にいるような気がしてしまうの。
「ーーー」
赤い土の大陸を潜り、逃げ回り、必要だからと戦った。その決着が今漸くついたのだ。
私の心にも、漸く決着が着いた気がする。私は、ジンベエちゃんを嫌えない。
「ーーー」
約束の舟、これはいつか必ずルフィに関わる。もし叶うなら、出発前に1度しっかり見ておきたいわ。
「ーーー」
どれだけ多くの敵が立ちはだかっても、それがどれ程強大でも、飛び越えて行けると信じられる。千の海を越える船が、共にあるから。
「ーーー」
私は歌い、ブルックが演奏して、皆が笑ったり踊ったりする。そうして進む先が地獄のような光景でも……きっと誰も後悔なんてしないから、新たな島を目指して……進み続けよう。
そうして歌い終えた時、ゾロとサンジ君を連れたチョッパーが揃って姿を見せた。石化してるサンジ君を治療しつつ休ませる為に連れて来たチョッパーと、人から離れて静かにお酒を呑みたくなったらしいゾロの組み合わせだ。
「今の歌……ルフィを歌ってたのか」
「んー……中盤はそうだけど、最初は皆を歌ってたし、最後は全員よ?」
「なら、今度は酔ってない時に聞かせてくれよ!楽しみにしてる!」
ゾロの問い掛けに答えれば、チョッパーが嬉しそうに笑って言うので、小さく頷く。これを歌うなら、それこそ麦藁の1味が揃って歌ってた系の物を皆で歌うのもアリかな?なんて思いながら。
そうしていると今度はケイミーとパッパグ、そしてしらほしが顔を覗かせたけど、酔ってしまったらしいしらほしを2人がそのまま送って来る事になった。それを見送ると今度はウソップが姿を見せて、何だかんだと皆が集まり始める。
どうやらウソップは食べ過ぎたらしい。苦しいとか、気持ち悪いとか言ってるのを聞きながら消化剤とかあったかなと少し手荷物を漁る。
けどそれに気付いたウソップにいらねェよと笑われれば、そうだと思ってお礼を伝えた。ブルックの軽口を止めてくれて、その後も諌めてくれたと知ってしまったから。
私のそれに苦笑したウソップに視線を向けている隙に、ゾロは寝てしまう。転がった酒瓶を手にして、何だかなぁと小さく笑った私は、この穏やかで楽しい時間を満喫していた。