ルフィに連れられて降りた先には、観光地らしく多くのお店が立ち並んでいた。見てるだけでも楽しい気分になるくらいに、可愛らしい小物やデコレーションされたお菓子等が販売されている。
花屋さんには切花の他に種や苗もあるから、ロビンと見に来たいなと思う。金物屋には、工具とかも置かれていて、なんだかお土産屋さんには似つかわしくないわねと笑ってしまう。
その途中で本屋を見つければ、足が自然にそこへ向かうけどルフィが手を離してくれないので途中で止まる事になってしまった。どうして駄目なの?と視線で訴えたら、深い溜息を落とされてしまう。
本が私を呼んでるのに。あんなに手に取ってと泣き叫んでるのに……酷い。
「ナミ、本抱いてたら何も食えなくなるだろ」
「サニーに送って貰うから!お願い!!」
「……ナミが自分で書いてんだから、他の奴が書いたのなんかいらねェだろ」
呆れを隠さないルフィに、それは違うと首を横に振る。それは大いなる間違いだわ。
「そんな事無いわよ。だって、資料として必要になる事もあるもの」
「資料?」
「例えば料理の本を書く時に、材料を知らないと書けないから材料について書いてある本が欲しいのよ。お肉だけよりも、お野菜入ってるお鍋の方が美味しいでしょ」
「……少しだけだぞ?俺、腹減った」
許可を得られて良かったと笑って頷いたけど、直後に首を傾げてしまう。だって、まだ街に来て30分もたってない筈だわ。
「…………今、食べてきたわよね?」
「いい匂いするんだから、腹減るだろ」
お小遣いの半額、勝手にプールしておいて本当に良かった……と心から思う。ルフィとゾロのお小遣いは、皆の半額しか渡してないのだ。
皆が1日に3000ベリーのお小遣いだとするなら、ルフィ達には1500ベリーという事。そうしないとルフィは肉に、ゾロは酒に、その全てを変えてしまうから。
その事はサンジ君とロビンに話してあって、私がいなくてもどうにかできるようにしてある。勿論私がいる時にお金の問題が起きたなら、それは私が対応できるので別に構わない。
ただ、私がいない時の為に2人に話を通してあり、お金の保管場所も伝えてあるのだ。何せルフィは船長として見栄をはらないといけない時も有るだろうし、ゾロは刀でお金が必要になる可能性が高いもの。
そんな時にお小遣いは食べ尽くしてたから何も出来ませんって訳には、いかないだろうなと思っての事である。そんな事を考えながらルフィを眺めていたら、突然手を掴まれて本屋に連れ立って入った。
物珍しそうにキョロキョロするルフィに小さく笑いながら、気になる本を手にしては中をパラパラと眺めて、良さそうだと脇に抱える。予想と違う内容ならば、本棚に戻して……というのを何度か繰り返していく。
すると突然脇に抱えていた本をルフィに取られてしまい、慌てる私にルフィは溜息を落とす。どうやら空腹が限界値らしい。
「あの、ルフィ待って!後少しで「もう少し付き合ってやるから、買うの俺に寄越せよ。コーリツ悪いぞ、片手だけだと」」
どうやら、急かしてた訳でも限界な訳でも無かったらしい。それにより嬉しくなって笑えば、ルフィは困ったような顔をする。
「ありがとう。……急ぐわね!」
「……フランキーに船の強化頼む日も遠くないかもな。図書室、上に伸びてるしよ」
ゾロの数百キロに及ぶトレーニング道具を、サニーの中で1番高い位置に造ってある見張り室に問題無く積んでるんだから、本が数冊増えても問題は無いと思うのよね。そう思って膨れるとルフィが楽しそうに私の頬を突っついて来た。
結局購入したその本達は、約束した通りサニーへと直接届けて貰う様にお願いしてからお店を出る。1冊くらい持って行きたかったけど、汚れるぞって言われたらそれ以上は何も言えなくなるのも当然だろう。
表に出るとルフィは死んでも離さんとばかりに手を強く握るので、逃げないから!なんて言って笑ってしまう。それに今なら、ルフィの方が足も早い気がするのよね。
不思議なもので、ハチは普通にたこ焼き売ってたのに、この辺りでは魚貝類を使ったお店は見当たらない。やはり魚人と人魚の違い何だろうか。
その為にたこ焼きならぬ牛焼きとか、イカの串焼きでは無く焼鳥を売ってる屋台が立ち並んでる。そんな中で、ルフィが食べたいと言う物を買いつつ食べ歩く。
片手はルフィが離してくれないので、私が空いてる手で持ってルフィに食べさせている現状である。そんな他愛ない事が、本当に殆ど経験なかったんだなと気付かされてしまうのだ。
「ナミ、あーん」
「あー……」
言われるままに口を開けば、私が持っていたお皿の中から1つ取ったルフィによりたこ焼きにしか見えない牛焼きを押し込まれる。それが熱くて、もう既に味なんて分からない。
でも、ルフィは満足そうである。てか、本当に熱いんだけど!!
「美味いよな!」
「んー……?」
「あれ?嫌いだったか?」
「んーん?あふ……」
「あ、熱かったか!わりぃ!」
そう言いつつも楽しそうに食べ続けるルフィは、突然腕だけ伸ばして何かを買うと腕を戻す。本気で私と繋いでる手は、離さないつもりらしい。
そんな些細な事が嬉しくも恥ずかしい。ルフィが、傍に居てくれる事が本当に幸せなの。
その時ルフィが何かを1口飲んでから、残りを差し出して来たからそれを空になったお皿を捨てつつ慌てて受け取った。とりあえずそれを舐めるように飲めば、どうやら人参ベースの野菜ジュースだったらしい。
「蜜柑かと思って買ったら、野菜だった。……ナミ、飲めるか?」
「うん。美味しいわよ?」
「良かった。喜ばせようと思ったのに、失敗しちまったかと思った」
明るく笑うルフィを見ていたら、もう十分過ぎる程に満たされてると感じる。私は、こんなにも幸福で……許されるのかな。
そんな事を思った時、ルフィが珍しいお店の前で足を止めた。宝石のお店だ。
宝石を売る以外の目的で興味があるとは思ってなかったから、どうしたのかなと思う。あ……相場を知りたいのかな?
「……結構するんだな……」
「そうね、宝石って結構するのよ。だから、売った時沢山の食材になるの」
「……そっか」
そう言って何かを考えるようにしたと思ったら、そのままルフィは私を連れて中に入る。そして宝石の無い指輪を、真剣な顔で眺め始めた。
すると突然私の右手をギュッと握り、1人で頷く。その後突然言った。
「これ、名前彫れるか?」
「あ!ヒーロー、麦藁!?」
「ヒーローって言うな!俺は何もやらねェぞ!」
「ヒーローの名前なら彫れなくても彫りますよ!!好きな素材をお選びください!」
彫れないなら諦めなさいよ、とは、内心で。それからあれよあれよという間にルフィがその店主らしき人と話を進めて、完成したのは銀色に輝く細い指輪。
それを手にしたルフィが、私の右手の薬指にそっと嵌め込んだ。それに驚いて視線を向けたら、ルフィがにししっと笑う。
「〝恋人〟って意味の指だって聞いたから、俺から!……まだナミは〝冒険したいお年頃〟なんだろ?」
「ルフィ?」
「俺もまだ〝結婚〟に対してそこまで急いでねェし、ちゃんとしたのは海賊王になってから考える。だからそれまでは、右手でいい。だからこれはナミの未来に予約な!邪魔にもなんないだろうから、やるよ!!」
「ありがとう……」
それ以外の言葉は、音にならない。私は
過去を思い出しているからだろう。私には、縁のない物だと無意識に思っていたのだと気付く。
あの頃とは何もかもが違うと分かってるつもりで、何も分かってなかった。ルフィは、彼等とは全く違うのに……。
私はルフィにこんなにも想われていた。ルフィはこんなにも……私と繋がっていてくれようとしてくれる。
なら、私は……それにどうやって応えたら良いんだろう。奪われて、苦しめられて、傷付けられて、だから抵抗して……同じものを返してしまっていた気がする。
その為に、どうやったら……温かさを返せるのか分からないの。攻撃を反射するのは簡単なのに、優しさや想いを返す手段を、私は知らないのだ。
「ルフィ……」
「な、泣くなよナミ!!俺、ナミに喜んで欲しく「嬉し……ぃ……」」
「……ナミ」
涙をボタボタと落とす私をルフィはそっと、抱き締めてくれる。だから私はその肩に頭を預けて、止められない涙を必死に止めようと努力を続けた。
それに気付いたのか、ルフィに肩を掴まれて顔を覗き込まれてしまえば、そっと唇で涙を拭われる。それが、優しくて、同時に擽ったい。
「……ナミ」
「ルフィ……」
そのまま互いに強く抱きしめ合い、その唇を重ねれば……ルフィの他には何も見えない。感じないのだ。
合わさる唇が、絡む舌が、ルフィの想いを伝えてくれる。私の想いも、ルフィに同じだけ伝わっていたら良いのだけど。
「……今はこれが精一杯だけどよ、ちゃんと海賊王になったら……その時はちゃんとしてやるから。今はまだ……俺の可愛いナミで居てくれ」
「うん。可愛さには自信あるし、ルフィが望むなら、何でも叶えてみせるわ」
「……俺が言ってんのは、その性格とかなんだけど……わかってねェな。……ナミ、愛してる」
「私も、ルフィを愛してるわ」
そうして繰り返される口付けの向こうで、突然割って入る咳払い。そして、気付けば店内を覗き込む多くの人々がいると気付く。
私は動揺し過ぎて、硬直したまま。顔が赤くなる隙さえ既に無い。
「その指輪、もう、代金いらねェから、その……そろそろここを出て貰えますか?」
店主の言葉にルフィはキョトンとした顔をしてから、私をひょいと抱き上げて頷いた。ありがとうと言い残して店を出れば既に人垣ができていたけど、ルフィはそれを簡単に飛び越えて物凄い速さで駆け抜けて行く。
そうして到着したのは、高級住宅と高級ホテルの立ち並ぶ1角。私は漸く硬直から開放されたけど、その分真っ赤になってしまって顔を上げる事も出来ない。
ルフィは迷わずにホテルの入口に足を進めると、フロントへと向かう。そして当然のように言った。
「支払いは〝じゃもんのオッサン〟がするからよ、泊めてくれ!」
「ネプチューン様って言いなさいよ」
「そんな名前なのか?あのオッサン」
ルフィの言葉につい笑ってしまう私に、ルフィは少しだけ穏やかそうな表情で視線を向けて来た。それは、本当にいつもよりずっとルフィを大人に見せる。
「俺は、そうやって笑うナミが好きだ」
「ルフィ……」
「ニセモノの笑顔じゃダメだぞ!ちゃんと、普通に笑ってるナミが何より可愛い!!」
「あら酷い。私は、どんなルフィも愛してるわよ」
そう言って唇を重ねようとした時、大きな咳払いと共に投げ渡されたのは部屋の鍵。それを確認したルフィが動き出せば、少し後にドアが見えて来る。
そのドアを開ければ確かに上質な部屋だと分かるそれについ、おぉー……と、可愛くもない感嘆の声がもれる。そんな私にルフィは驚いたような顔をして、それから確かに凄ェななんて笑った。
そっと足でドアを閉めたルフィが私をソファに降ろすと、頭を撫でながら問い掛けてくる。いつもなら迷わずベッドか、食事してベッドなのに。
「気持ちが昂ってるだろ。風呂でも入って来るか?」
「あ……うん。でも、指輪、まだ外したくない」
「……誰も奪わねェから、それ、外してちゃんと見て来いよ。1度見といた方が……いいからさ」
その言葉に指輪を守るように1度ギュッと強く左手で右手を覆ったけど、ルフィが言うならそうしておこうと思い頷く。皆が互いに大切な恋人へと指輪を贈りあっていたのを、何だか神聖な物の様に思っていた。
それがまさか自分に起きるなんて、考えても見なかったの。私にだけは縁のない物だって思ってたから。
求められるのは、いつも……肉体と能力だけ。私個人なんてどうでも良いとわかってたし、求めて貰いたいなんて考えるだけ無駄だと思ってたのに……。
「ナミ?」
「ううん、お風呂、入って来るわ」
気遣うようなルフィの視線から逃げ出すように駆け出せば、ルフィが後ろから転ぶなよと声をかけてくるから、それにはーいと返事して脱衣所に入る。そこで飾り気の無い細い指輪をそっと外して、内側に彫り込まれてる文字を読む。
『
それを見た瞬間、呼吸が止まりそうになる。ルフィの名前が入ってるのだと思ってはいたけど、他が予想外過ぎたのだ。
彫れる文字数に制限があったからだろうけど、単語を繋いでるだけとなっていて、なのに、いや、だからこそ、ルフィらしい気がしてしまう。私はその指輪を両手で包むように握り、胸に押し付けるようにして膝をつく。
暫く、動く事ができなかったのだ。宝石なんかいらない、ルフィにこれだけ想われているなら、他には何も欲しくない。
いつか、私からもルフィに返したい。せめて、似ている指輪を。
ルフィが、私の執筆や海図を描くのに邪魔にならない物を選んでくれたように、私もルフィの戦いを邪魔しない物を。ルフィが喜んでくれる物を……贈りたい。